表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/44

真相

 真相を究明する。よく耳にする言葉である。

 現状の裏に潜む真実の姿を見つけるという言葉である。


 しかし、全てのことに対して真相を究明することが正しいのだろうか。

 謎の部分があるからこそ、人は空想しある種の魅力に憑りつかれる。


 怪異でもこの事は当てはまる。

 真相を究明しようとする、更に人が空想することで怪異はその体を得ることができる。


 それが正しいことでも、正しくない事でも謎があれば、それを究明したくなる。

 不毛な議論も多いだろう、偽物や紛い物もあるであろう。


 それでも人は真相を求め、謎に惹かれていく。それがより一層大きな感情や関心を生む。

 そんな人の思いが生んだ怪異との戦いに身を投じた者の話を今回はしよう。


    ・   ・   ・

   

9月下旬

 祐は天野原市のメインストリートから一本入った所にある歓楽街を、昼間に1人で歩いていた。

 何が悲しくて昼間に歓楽街を歩かなければならないかというと、ある物の調達である。


 シークレット・ベース、ここに行くのはいつも憂鬱である。

 事前に連絡を入れてはいるが、間違いなく襲われる。確実に……。


 歓楽街にある雑居ビルの地下にあるドアを3、2、3回と間をあけてノックする。

 少し待つと鍵が開く音がしたのでドアノブに手を掛け押して中に入った。

 相変わらずのラブグッズが所狭しと陳列されている。


 「祐ちゃ~ん、久しぶ~り~。何度も焦らされると、事務所に押し掛けちゃうぞ」

 「いや、風間さん、とりあえず抱擁が痛すぎて呼吸が……」

 相変わらずの対応で疲れる。何故、自分より全体的にガタイが良い男に抱きつかれにゃならんのだ。


 「あら、1人? この前の助手さんは? 遂に決心してくれたの?」

 「何の決心か知りませんが、今回来たのは前回とちょっと違います。退魔用武具を見せてください」

 風間は頭を少し傾げている。そうだろう。今まで退魔用道具は買ったことがあるが武器は買っていない。


 「祐ちゃん、顔色が良くないわね……。ま、男の事を詮索しすぎるのは女のやることじゃないわね。じゃ、いらっしゃい」

 そう言ってくれると助かる。下手に情報を漏らすのも良くないし、俺を恨む怪異もいるかもしれない。しかし、女ではないと思った。


 通された部屋はすでに武具が見えるように隠し壁が上げられていた。

あまりまじまじと見たことはなかったが、色々あることに正直驚いた。


 「お求めの品はどんなのかしら? それに合わせてチョイスするから」

 「そうですね。できれば近接用のナイフか何か、中距離用の銃とかですかね。あとは呪符もあれば助かります」

 「ふ~ん、珍しいチョイスね。でも、祐ちゃんって銃は扱えた? ちゃんと練習しないと難しいわよ?」

 確かに体術なら少々はできるが、ナイフも銃も心得はない。全くと言っていいほど扱ったことがないのだ。

 しかし、これからは自己防衛の為に必要になる。


 「じゃあ、ナイフはこれが良いかもね。長さも控えめだし、メリケンサックのハンドガード付よ。

神聖文字も彫ってあるから殴って良し、斬って良し、刺して良しよ」

なかなかに恐ろしいことをあっさり言う。風間は慣れているから、この程度は当たり前なのだろう。


 「後は珍しいナイフだけど、カランビットも良いかも。もちろん神聖文字付きよ。輪っかに小指を入れれば、ナイフを持ったまま他の指が自由に使えるわよ。

 祐ちゃん、怪異と戦うんなら色々と用途がある物が良いでしょう?」

 鎌状のナイフで握る場所の最後に輪っかがある。短い刀身だが、あの輪に指を引っ掛けるのだろう。


 「今のナイフの二刀流とかカッコいいわよ。後は…銃と呪符ね~」

 色々と一緒に風間と相談しながら決めていく。風間が俺を気にする顔をしていたが何も言わない。


    ・   ・   ・


 事務所に今日調達した品を置いてプレシャス・タイムに向かう。

 幸は俺を少し見たが何も言わず、本を読んだままだった。もう覚悟を決めているのだろう。


 プレシャス・タイムのドアを開け、ベルの音が鳴り響く。

 「いらしゃいませ。…祐、とりあえずここに来いや」

 何も言わずに頷いて、いつものカウンター席に座る。


 「この間の事件からお前の顔色、ホンマ悪いで?

 何があったかよう分からんけど、話してくれてもええんやないんか?」

 「……三善、俺は処分屋をしばらく休業することにした。

 多分…いや、確実に今のままじゃ不味いことになる……」

 俺の言葉に三善は驚いていたようだが、すぐに悲しそうな顔に変わった。


 「そぉかぁ、やっぱあかんかったか……。

 色々と使い過ぎた反動やろなぁ……。しばらく休めばええんやろ?

 なら、しばらくは探偵業に集中しいや。そんなら、禍ツ喰らいは使わんで済むんやろ?」

 「一応な。昔はしばらく使わなければ落ち着いた。今は…前とは違う形になったから、どれぐらいで落ち着くかは分からん……」

 三善の言う通りだ。おそらく使わなければ落ち着く。今後はしばらく休憩するしかない。


 「…祐。なんか厄介なことがあったら言いや。わいも手伝うたるから……。あんま自分で抱え込まんでええ」

 優しい三善の言葉に静かに頷いてプレシャス・タイムを後にした。光本家に向かうために……。


 運転していると思い出す。過去に起きた禍ツ喰らいの浸食……。あの時とは違う感触。

 前は力も不安定で黒いただの伸びる口付きの物体だった。

 だが、そのままでは力が弱い。萌香の守護化身ではないが自分のイメージを固定化した。


 そこで自分がイメージしたのが百足だった。前にしか進めない百足。不退転の決意による形だ。

 そこが悪かったのかもしれない。強くはなったが諸刃の剣だったのではないか?

 力が強くなった結果がこの様とは皮肉なもんだと思った。


    ・   ・   ・


 光本家に着くと秋斗が竹刀を振っているのが見えた。

 俺に突撃するかと身構えたが一瞥すると竹刀の素振りを止めなかった。


 「おいおい、秋斗~。お兄ちゃんが帰ってきたのに取る態度か?」

 意地悪い顔をして秋斗に声を掛けたが、返って来た言葉は嬉しいものではなかった。


 「なんか兄ちゃん疲れているだろ? 家の中で寝てきたら?」

 何なんだ俺は……。弟に心配されるとは、つくづく阿呆だな。


 「じゃあ、後で横になるよ。真理奈さんは裏?」

 俺の問いに、秋斗は頷くだけだった。


 家の裏にいるであろう萌香と真理奈に会いに行く。できるだけ明るく話し掛けよう。

 裏では思った通り萌香がオイル缶の火で暖をとる様に手を出している。

 修行中であることが分かったので、萌香の後ろで腕を組んで見届けている真理奈にだけ話しかけに行く。


 「真理奈さん、うちの助手の調子はどうですか? 良いセンスでしょ?」

 「祐? あんた……。家で寝ときな、話しは夜に聞くからさ」

 おかしい。頑張って明るい顔をしたのに、なんで皆から心配されるのだ。

 仕方がないので寝ることにした。


 目覚めれば夕方だった。

 いい加減、起きて家族と会わなければと思いリビングへ向かった。

 リビングに入ると楓が料理を作っているのが見えた。真理奈も萌香も秋斗もいない。


 「楓ちゃん、お帰り。夕食は楓ちゃん特製かぁ。これは楽しみだね」

 「お兄ちゃん、起きたんだ。うん、お母さんがちょっと出かけてくるからって。…顔色悪いけど大丈夫?」

 楓の気遣いは嬉しいが、それ程までに顔色が悪いのか? あまり自分では悪い気がしないのだが……。

 秋斗は剣道場から帰ってきたが、真理奈と萌香は夕食には間に合わなかったようだ。


 夕食を終えて、風呂に入っていると真理奈の車のエンジン音が聞こえた。

 なかなか遅い帰宅だな、と思い。体を綺麗にし鏡を見る。やはり血色は悪い気がしない。


 真理奈とは夜に話すと言っていたが……。とりあえず、リビングへ行こう。

 そこには家族勢揃いといった感じで皆がいた。


 「真理奈さん、萌香ちゃん、お帰りなさい。先にお風呂いただきました」

 明るく声を出したが、誰も何も言わない……。何で?


 「お兄ちゃん、やっぱり疲れてるんだよ。今日は早く寝ておいた方が良いよ?」

 楓の言葉に頷くことしかできず、布団へ入りに行った。

 おそらく、夜に真理奈が呼びに来るだろうと思い目を閉じた。


 「……祐。起きてる? 起きてるならリビングに来なさい」

 やはりというか、真理奈が声を掛けてきた。特に体も重くないので素早く布団から出る。


 「真理奈さん、いったい何なんですか? 皆して俺の顔色が悪いって言うんですけど?」

 リビングに入りながら言うと、目を閉じて腕を組んでいる真理奈がいた。


 「なんですか、真理奈さん? ちょっと怖いじゃないですか……。何かあったんですか?」

 「あんたの事だよ……。これを見てみな……」

 何かと思うと鏡だった。しかし、鏡の自分の顔はさっき見た顔ではない。真っ青といっても過言ではない。


 「真理奈さん、これって? 俺が見た鏡ではこんなことには……。」

 「自分で見えないのなら、限界水域に達しているのかもね。少しだけでも減らせるように、今日お札を貰ってきたの……」

 「限界水域って…ヤバいってことですよね? もう何もしたらダメってことですか?」

 「そうなるね。このまま力を使い続ければ…おそらく前と同じになる。……でも、今なら間に合う。だからこれ、胸に貼っときな」

 これが今の状況を多少改善するための最適な処置なのだろう。

 黙って胸にお札を当てると吸いつくように張り付いた。


 「……真理奈さん。俺、処分屋をしばらく止めようと思ってます。本当は人を助けたいんです……。

 でも、今の状況だと他の人に迷惑が掛かります……。個人的な都合で人を見捨てることになります……」

 「…別に良いじゃない。あんたが生きる。それだけで、どれだけの人が喜ぶか考えなさい。いっそ霊山に籠ってもらいたいぐらいさ」

 真理奈の言葉に少しだけ安心した。ただ、不安もある。今後、怪異と遭遇する場面が出てくるはずだ。


 「…お母さん。今の状況だと自分の身を守れないと思っています。

 何分、今まで色々やらかしてますから怪異に狙われる可能性もありますしね。

 だからその為の修行だけはしようと思っています。禍ツ喰らいを使わずに済む方法を……」

 「それも良いと思う。ただ、感情だけは昂らせないようにね。前の時は怒りに反応してしまったからさ」

 だからこその処分屋だったが、そこは更に気を使わないといけない。


 「萌香ちゃんには言ったの? あんたの事を一番心配しているかもよ?」

 「……言ってないです。言いたくないんです……。多分、甘えたくないんです。強いままの自分を見せたいんです……。

 ちっぽけなプライドですよね。言わないといけないのは分かっているんですけど……」

 乾いた笑いで締めくくった。が、真理奈は納得した顔をしていない。情けなくなって、何も言えず部屋に戻った。


    ・   ・   ・


 次の日も真理奈と萌香は夕方まで修行をするとのことで、事務所に連絡し仕事がないことを確認した。


 「祐さん、残念ながらというか良かったというか、どちらも依頼はなかったですよぉ。今の内に休んでくださぁい」

 「幸ちゃん、ありがと。あそこまで悪化していたとはね。自分でも驚いたよ。

 安定剤みたいな物を貰ったし、しばらくは休養に専念するよ」

 「ですねぇ。とりあえず、何かあったら連絡しますのでぇ。ごゆるりとぉ」


 幸も分かっていたが、何もできないから言わなかったのだろう。

 しかし、そこまで悪化していたとは……。


 昼過ぎに家に着くと、さすがにヴァンパイア3人は寝ていた。ワラベエが1人でおもちゃ遊びをしている。


 「ワラベエ、ただいま。一緒に遊ぼっか?」

 大体、ワラベエはこう言うと一緒に遊びに行く。まあ、肩車とかしたりするぐらいだが……。

 しかし、ワラベエは首を横に振ってベッドに駆けだすと布団をめくり、ベッドをポンポン叩いた。


 「ワラベエ、寝ろってこと?」

 そう言うとワラベエは首を何度も立てに振った。座敷童子にまで心配されるとは……。

 仕方がないのでベッドに入ると、ワラベエは家がドアを開けて外に行ってしまった。


 起きると夜になっていた。寝過ぎた感じもするが、疲れもあったのかもしれない。

 胸のお札を見ると、だいぶくすんでいる。おそらくは良いお札だったろうに1日でこれとは、先が思いやられる。

 部屋を出ると丁度4人が食事を終えたのか、リリエールが2階に上がって来ていた。


 「リリエールさん、おはようございます。食事の時間に間に合わなかったなぁ。…あ、どうぞ血を吸ってください」

 これはこれで日常の風景だ。しかし、今日は違った。


 「お主、今まで以上に顔色が悪いぞ。血を吸うのも憚られるほどにな……。良くなったら直に吸わせてもらおう……」

 そう言って部屋に入って行った。今まで以上……。おそらく、朱鋼黒百足を使った後より酷いということだろう。

 心配されまくって、ドンドン気が重くなっていく。


 気分が滅入っていて、お願い事をするのを忘れてしまいそうだった。

 シュタルクにナイフでの戦いの相手をしてもらおうと思っていたのだ。

 台所にいるシュタルクに早速お願いに行くことにした。


 台所ではシュタルクとワラベエが仲良く洗い物をしていた。

 微笑ましい光景ではあるが、俺の依頼もお願いしたい。


 「シュタルクさん、おはようございます。

 突然の話で申し訳ないのですが、俺のナイフの修行に付き合ってもらえないでしょうか?」

 少し面食らった表情をシュタルクはしたが、笑顔を返してくれたので了承してくれたものと判断した。

 シュタルクよりも早く外に出て、ジャケットとシャツを脱ぐ、間違いなく刺されるだろうから……。


 シュタルクの修行はなかなかに厳しいものであった。ナイフでさばくのも限界で何度も切られ、刺された。

 手加減はしてくれてはいるだろうが、それでも隙があれば、それを教えてくれるように無言の指導を受けた。


 「祐さんは基本的な動作は良いと思いますが…やはり殺気と言いますか、戦う勢いがないから攻撃に転じられないのでは?

 事実、ナイフでのさばき方も上手ですし、あと一歩踏み込めば良いところまで扱えると思いますよ?」

 「褒めていただくのは嬉しいですが、やはり気後れするんでしょね。百足だと怪異とはいえ、殺した感じはしない……。

 でも、ナイフだと刺した感触が手に付きそうで。…そこも乗り越えないといけないんでしょうね」

 決意を確認するように少し力を込めて発した俺の言葉を聞いてか、シュタルクは少し頷いてから修行を再開しようとした。

 その時、俺の携帯電話の着信音が鳴った。


 「祐さん、大変です! 萌香ちゃんが処分屋の仕事に出て行っちゃいました」

 「えっ、なんで!? どうして、そんな話が出てきたの? それに1人でって!?」

 冗談じゃない。幸の言う通りであれば、戦い方を知った初心者が一番危ない。彼女はそれを理解していない。


 「とりあえず、すぐに向かうから。幸ちゃんは萌香ちゃんに電話を掛けて場所を聞いて! あと依頼人はどんな人?」

 「依頼人は女性で、突然駆け込んで来たんです。化け物に襲われて大事な物を落としたって。それを聞いて萌香ちゃんと依頼者が一緒に」

 最悪だ。事務所は怪異が単独では潜入できないように結界用の護符を張っているが、人を操れば結界もすり抜けられる。

 だから細心の注意を払って話を聞かないといけない。


 「とにかく居場所を教えて! 後は俺が手伝いに行くから」

 電話をしながら、退魔装備を詰め込んだホルスターを着用しジャケットをはおると、車で夜の街を目指した。


    ・   ・   ・


 萌香は夜の寂れた商店街を依頼者と一緒に歩いていた。

 日頃からシャッターが下りている店に挟まれた道は夜ともなれば、月明かりと少しの街灯しかない。


 「襲われたのは、この辺だと思います。もうちょっと先かも……」

 「…あなたは何故こんな夜更けに…人が少ない所を……?」

 単純に疑問に思ったことを聞いた。怪異ではなくとも、変質者などに襲われる可能性がある。


 「そうですねぇ。この道を通ると、早く帰れるってところでしょうか?」

 でしょうか? その言葉に疑問を覚えた。何故、明言を避けたの……?


 答えは単純だった。

 依頼者の女性の足が止まると私を振り向いた顔の目が、その黒目が両目ともあらぬ方向に動いていた。


 「禍ツ喰らいじゃなぃぃぃぃぃがぁぁぁぁぁぁ、そぉぉのぉぉいぃちぃみぃぃぃな…らこぉぉろぉぉぉすぅぅぅぅぅ」

 そう言うと女性は糸の切れた操り人形の様に崩れ落ちた。

 商店街の一本道の前後に何かがいるのを感じた……。


 こんなことになるなんて、考えてもいなかった。

 祐が何故、初めての依頼者と細かく話していたのかが分かった。

 このような事態を避けるためだ。退魔士などに恨みを抱く怪異もいるとは聞いていたけど、それにまんまと引っ掛かった。


 右手には鎌を持ったマスクをした長い髪の女? 左手には長いナイフのような物をダラリと垂らした紳士風の男?

 どちらも私に敵意をむき出しであることは分かるが、この女の人を置いてはいけない。


 「コマちゃん!」

 目の前に守護化身のコマが現れる。しかし、2人同時に相手をできるか……。


 「私…綺麗?」「売女は…死ね!」

 2人同時にこちらに向かってきた。どうしたら…魔法! 詠唱なしの魔法で1人、コマで1人。


 「コマちゃん、左の奴を吹き飛ばして」

 後は右手の人差し指に神経を集中し、小さな円を描く。コマの遠吠えが聞こえる。左手は任せる。


 「綺麗かって聞いてんのよぉぉぉ」

 そんなの知らない。人差し指に溜まった風の精を放つ。竜巻のような渦を巻く突風が女を吹き飛ばした。

 左手の男を見るため振り向くと、少し離れた場所で倒れていた。どうやらコマも上手くいったようだ。


 この状況…せめて女性を連れて細い路地まで逃げれたら……。

 目指そうとした路地から2mはあろうか、顔のない男が現れた……。


 その男は手足が異様に長く、スーツを着ているのにガリガリの体が手に取るように分かった。

 何も発さずに私に振り向いた。全身を燻らせていると背中から何本も手が生えてきた。


 その光景に息を飲むことしかできなかった。

 どうしたらいいんだろう……。考えることは考えた。でも、頭は答えを出してくれない。


 後ろからは鎌を持った女が歩いてくる音が聞こえる。前の奥では紳士風の男が立ち上がっている……。

 ダメ! 諦めてはいけない。きっと方法はある。あの人なら時間稼ぎをしてでも考える。


 「…土の精よ…我が願いに応えよ…、汝の手の懐に…我を受け入れたまえ…『指の絡めゆびのからめて』」

 地面から2つの手の形をした土が指を絡めるように土のドームを形成した。強力な魔法ではないが、これなら時間稼ぎになる。


 あとは他の精での攻撃方法を考えないと……。

 暗闇の中、土のドームを攻撃する音が聞こえる度に思考が停止してしまう。


    ・   ・   ・


 遠くから低いエンジン音が聞こえてきた。この土のドームに何をするのか……。

 答えは簡単、穴を開けること。なら、私は穴が開いた箇所にコマと魔法をぶつける。


 先ほどと変わらない結論だが、コマなら防壁も掛けられるし、魔法は貫通させる物を使えば良い。

 先ずはコマに防壁を掛けさせる。風についてはほとんど心を通わせている。

詠 唱も少なくて済む。あとはどちらから来るか……。


 仕掛けて来たのは自分の後ろだった。しかし、前のドームにも穴が開きそうだ。

 「コマちゃん、頑張って!」

 その声に応えるかのように、何度も吠え続けた。後は、前から現れる者に集中する。


 「風の精よ…螺旋を描き…我が前の敵を穿て…『風の螺旋槍かぜのらせんそう』」

 指をピストルの様な形にして人差し指に霊力を溜め、この状態で出てくる怪異を待つ。


 壁が崩れる音!? 後ろから聞こえた破壊音と、それと同時にコマの気配が消えた。

 振り返ると拳を大きく上げた毛むくじゃらの大猿が立っていた。


 何で? そう思ったが、すぐに頭を切り替えて大猿に指を向けた。

 風による旋風の槍は胸に大きな穴を開けて大猿は崩れていくと、テレビの砂嵐のように消えていった。怪異の消え方では……?


 「えっ!?」

 そこに隙が生じていた。足を掴まれた感触がしたのだ。見ると上半身しかない?


 「きゃっ!」

 気付くとすごい力で足をすくわれるように倒され、引きずられて行った。

 上半身しかない怪異にしばらく引きずられると、私を放り投げた。


 「うううう……。はっ!?」

 痛みで顔を上げると前後左右を怪異で囲まれていた。

 もう戦えない、もうダメ。頑張った…これ以上はもう。どうしたら良いのか教えて、祐……。


 絶望が近づいてくる音が聞こえる。

 もう戦う気力もなく地面に倒れ込むと、地面を伝って何かがこちらに向かってくる音が聞こえた。


 重厚なエンジン音を鳴らし、タイヤのゴムがすり減る高い音を立てながら車を滑らせて止まったのが見えた。

 ドアを開ける音がした。車のライトの所為か薄くしか見えないが、この姿は間違いない。


 「おい、そこの化け物ども。俺の所の助手に何してくれてんだよっ」

 言うが早く、呪符と思われる物を昔の宇宙人の様な怪異に投げる。

 光景に見惚れていたのか、宇宙人のような者は呪符の爆発により吹き飛んだ。


 「おいおい。俺よりデッカイナイフ持ってんな。くれたら見逃すかもよ? いや、見逃す気はないけどね」

 紳士風の男に対して祐はナイフを2本持って戦っている。大振りのナイフを祐は右手のナイフでさばいている。


 もう一方の左手のナイフは不思議な形をしており、小さいからか隙を見ては、のっぽな男に左手で呪符を投げながら戦っている。

 のっぽな男が呪符を避けながら遠のいて行く。それを確認したのか、祐は紳士風の男に肉薄した。


 「シュタルクさんの剣に比べたら遅いもんだな、おっさん。首、がら空きじゃないか」

 祐の左手のナイフが鎌のように曲がっている。その鎌が紳士風の男の首を裂いた。

 その力をそのままに上段の回し蹴りを首に当てると、紳士風の男は消えていった。


    ・   ・   ・


 祐は萌香を恐怖に落とし込んだ奴等に怒りを覚え始めたが、深呼吸をして落ち着かせる。


 「…祐さん、ごめんなさい……私、」

 「謝るのは後から。とりあえず、こいつ等と戦うけど数が多い。萌香ちゃんの魔法が頼りだ……。できるよね?」

 振り向き大きく頷いた萌香を見ると、戦う意思を感じる目をしていた。

 これはこっちも頑張るしかないなと思い、更に気を引き締める。


 「おい、この世界の珍獣&怪人たち。とっとと出てこいよ。1対1でも構わないけどさ」

 この言葉に反応したのは、上半身だけの女の子とのっぽなのっぺらぼうだ。


 のっぺらぼうの方が動きは早いが…左手のナイフの輪っかに小指を引っ掛けて他の指を自由にすると、腰の後ろに左手を回す。

 取り出したのは回転式銃のピースメーカー。退魔用に装飾された銃と大口径の銀の銃弾を撃てる。

 のっぺらぼうが飛び掛かってきた。早さはあるが……。


 「この距離で飛んでくるんなら、外さないだろ」

 耳に悪い破裂音が3発響いた。腹に1発、胸に2発。絶命の瞬間を見届ける前に次の動作に移る。

 しかし、その動作の前に左足を引っ張られて、体勢を崩した。


 急に引っ張られたことで後頭部を思いっきり打ち、銃を落としてしまった。

 なかなか痛いことをしてくれる。少女は前を向きながらすごい勢いで後ろに下がっていく。


 「痛ってぇな。どんな匍匐前進…じゃなくて後退なんだよっ!」

 自由な右足で踏ん張り、腹筋の要領で相手の右腕にナイフを突き立てる。


 怪異の悲鳴が聞こえた時に、右手のナイフを頭に突き刺して悲鳴を止めた。

 怪異が消えていく……。この消え方は、やはり普通の怪異とは違う?


 萌香に何かないか振り返ると人差し指を回しているだけだった。

 少し気になった。何故、萌香の所に怪異が現れていないのか……。

 そんなことを考えていると怪異の第2波が訪れた。


 1人は女か。真っ赤なワンピースにマスクという出で立ちの女が飛びかかってきた。

 「私、綺麗……?」

 鎌を振り回しながら聞く質問じゃないだろうに。仕方なく答える。


 「ああ、はいはい。綺麗綺麗ですよ」

 「これでもかぁぁぁぁぁ!」

 マスクを下げると口が耳まで裂けるように伸びていた。

 そこを除けば美人じゃないか、と思わず言いそうになった。


 大きく振るってきた鎌を左手のナイフで受け止め、右手のナイフの握り手となるメリケンサックで何度もボディブローを入れる。

 苦痛を上げる怪異に止めの一発を顔面に打ち込む。怪異が消えていくのを確認した。

 「良い整形外科医を紹介するよ。知らないけどさ」


 次に現れたのは、ホッケーマスクにチェーンソーを持ったガタイの良い男だった。

 「…おいおい、もはや怪異ですらねぇよ。13日でもないし、金曜日ですらない。もうちょっとひねろうぜ」

 落ちているピースメーカーを拾い上げて、銃弾を補充する。


 「萌香ちゃん、終わった? もう世界ビックリショーみたいなのに飽きてきたんだけど?」

 「…もう少しです。あとちょっとだけ……」

 その言葉を聞きながら、チェーンソーの音が近くなっているのも聞いた。


 ホッケーマスクの男がチェーンソーを振り上げると、銃を3発撃った。

 意外にタフなのか苦痛の声をあげながらも、まだ動いていたので改めて3発撃つと倒れた。

 また弾の補充をしていると、萌香が目を開いた。終わりの始まりだ。


 奥から3本足のお人形みたいなやつ、普通の女の子、顔がケロイド状の鉤爪男、なんか足腰が元気そうなお婆さん。

 あとは悪魔に似た…ガーゴイルか? あとは浮遊霊みたいに浮かんでいるのっぺらぼう。

 …何か面倒になってきた。ただ、これの足止めぐらいはするか。


 左手のナイフを小指に垂らして、右の脇から巻物を取り出す。巻物を少し伸ばすと大量の呪符が張りつけられている。

 「これ高いんだからな。使ってもらえることに感謝しろよ」

 呪符に霊力を込めながら一気に巻物を引き延ばす。その霊力に反応して大量の呪符が怪異に襲い掛かる。

 爆発、火、それらを巻き込む幾重の竜巻。さながら、燃え盛る壮大なキャンプファイアーのような炎の宴が広がった。


 「まだまだ出てくるみたいだね。萌香ちゃん、あとはよろしくね」

 「…はい。怪異の位置は特定できました…切り裂きます…『風切羽かぜきりばね』」

 萌香の魔法を放つ言葉にに反応して、風の精が商店街の中に散らばって行く。


 この魔法は相手を特定しマーキングしてから風の刃を相手に向かって飛ばす。その刃が羽のように1枚ずつ分裂し切り刻む。

 それなりに高等な魔法である。


 「おお。萌香ちゃん、すごいなぁ。で、本当の怪異はあそこか」

 シャッターの降りている商店の一部に『風切羽』による穴が開いていた。


    ・   ・   ・


 祐に言われシャッターに穴を開けた。本当に良いのか分からないけど、多分大丈夫なんだろう。


 「多分、この怪異は一部の空間を自分の空間として利用していたんじゃないかな。

 だから、あれだけ音がしても誰も気付かなかった。

 さっき萌香ちゃんが呪文を唱えている時に攻撃されなかったことから、そうだと思う」

 前を行く祐の言葉に頷くことしかできなかった。


 聖光筒で部屋を照らしていると、2階にボロボロになった丸い怪異がいた。

 丸い怪異が張り付いているのはノートパソコンのようだ。


 「これは……。パソコンから皆の恐怖の感情などを吸い取って、その力を使っていたんだろうね。

 どこで聞いたか分からないけど、禍ツ喰らいの事もこれで知ったのかも。萌香ちゃん、滅却お願いできる?」

 祐の言葉に頷いて、怪異に手をかざす。弱っているので一番簡単な火の魔法でこと足りた。


 祐は何も言わずに2階から降りようと階段に向かった。

 言わなければいけないことなのに、言葉が出て来ない。どうしよう……。


 祐が急に踵を返して足早に私に向かってきた。

 右手を上げた。叩かれる……。でも、それだけのことをした……。

 でも、感じたのは左の頬に添えられた掌の温もりだった。


 「……萌香ちゃん。俺を心配してくれるのは嬉しい。

 でも、萌香ちゃんが大変なことに巻き込まれるのは耐えきれない。

 もし、萌香ちゃんに、何か、あったら、…俺は泣くぞ! だから、こんな無茶は、もうしないで……」

 震えた声で祐は言うと、また踵を返して階段に向かった。祐は言ってくれた、自分の気持ちを……。それなら私も……。


 「祐さん! ごめんなさい……。私、少しでも助けになると思って…祐さんみたいに…なりたくて……。ごめんなさい……」

 「もう、いいよ。無事だったんだしさ。まだまだ教えてないことも多かったから、俺の所為でもある。

 だから泣かないでよぉ。こっちまで泣けてくるからさ……。助手にまだ負けるつもりはないよ。だから…これからもよろしくね!」

 言われて気付かされた。泣いていることに……。そして、私を信頼してくれていることに。涙を拭い前を見る、負けないように……。


    ・   ・   ・

 

 操られていた女性を起こし無事を確認すると、祐は萌香と事務所に帰っていた、が言葉が出て来ない。

 女性の気持ちはどうしたら分かるのか。明るく話せば良いのか。正解はないけど、思ったことを口にする。


 「萌香ちゃん、これからは基本的に処分屋は閉店だから。禍ツ喰らいは使えない…いや、使っちゃいけないんだ。

 俺と萌香ちゃんでできることがあれば対応するかもだけど、無理そうなら逃げる!

 今までとは違う戦い方になる。俺もその修行の最中さ。萌香ちゃんに負けないようにしないとね」

 萌香に今後の方針をキチンと伝えた。何故、こんなことを簡単に言えなかったのか……。今更ながら、情けなく思う。


 「…祐さんはあんな戦い方を……?」

 「したことないよ。ぶっつけ本番! 意外に何とかなったけど、やっぱりあの程度じゃダメだろうね。体が自然に反応しないと」

 「…それなら、私が先を行ってるかも……」

 「言うねぇ。こっちはただでさえ家のエンゲル係数も高いし、風間さんに会いに行かないと武器の補充もできないしで大変なんだよ?

 できれば少し手を抜いてもらいたいところなんだけど?」

 何の言葉が響いたのか萌香が笑顔になった。その笑顔が欲しかったんだと思った。


 事務所に帰ると、先に萌香に入るように言った。幸が心配してくれたからこその救出劇だったのだ。


 「…今、帰りました……」

 「ああ、萌香ちゃん。おかえりなさぁ~い。無事でなによりぃ」

 「…あの…最後まで私を心配して…くれて、ありがとうございました……」

 「まあ、無事に帰って来れたんだし構いませんよぉ。それに祐さんが指示をしてくれたのもありますよぉ。

 萌香ちゃんに何かあったら、あの人がネガティブどころじゃ済みませんからねぇ」

 萌香の言葉もかき消すぐらいの幸の言い草に腹が立ったが、幸なりにどちらも心配してくれたのだろう。


 「ただいま~。幸ちゃん酷い言い草だね。今日、遭った怪異の話をしたくなくなったよ。

 世界ビックリショーみたいなもんだったから。ねぇ、萌香ちゃん?」

 「それは気になりますねぇ。さっきの言葉をちょっとだけ格下げしましょうか?」

 「ネガティブ以上に下がんの? もう限界だよ、上げて上げて」

 横にいる萌香が笑顔で少しだけ笑い声を上げていた。

 これの為なら風間の所に…行くのはやっぱり億劫だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ