魔王からの依頼
魔王と言うと何を連想するだろうか。
色々な媒体で魔王は登場するが、最も有名なものはサタンであろう。
サタンの誕生にはいくつか諸説がある。
神に元々は使える身で在りながら、神に挑み堕天使として地獄に落とされた話が有名だろう。
そんなサタンも人間界に出てくることがある。
よくエクソシストがお祓いや浄化の為に名前を呼ばせた時、その名を口にする。
しかしながら、サタンもそれほど暇ではない。
サタンの力を借りて、この世に現れた紛い物達である。
では、サタンは地獄で何をしているのか……。
自分の子供を作り、地獄の軍勢を整え、いつか天国に戦いを挑む。そんな魔王から依頼を受けた男の話を今回はしよう。
・ ・ ・
9月中旬
祐は目が覚めると、四角く打ちっぱなしのコンクリートの様な空間の中にいた。
この空間にはドアもなく冷たい鉄の椅子の上に座っている。この状況を思い出してきた。
後ろから軽快でリズミカルな口笛が聞こえてきた。ご機嫌そうな音色だ。
気付くと目の前に俺の座っている椅子と同じ物が出現していた。
その前に出てきたのは、茶色のコートに灰色のスーツと帽子、長く首に掛けただけのマフラー。優しそうな笑顔が逆に怖い。
どう見てもイタリアンマフィアにしか見えない、この男こそ『サタン』である。
「祐ちゃ~ん、元気にしてたかな?」
「どうも。あんたの不死の体のお陰で嫌でも元気だよ」
「良い送り物だろう? 厳選に厳選を重ねた結果のプレゼントだ。もっと嬉しそうな顔をしても良いんだぜぇ」
へらへらと笑みを浮かべながら、サタンは言ってきた。
「まだ、何だっけかぁ……そうそう、処分屋だ。続けてんのか? 早くこっちに来て楽になっても良いんじゃねぇか?」
「ありがたいことに絶賛営業中でな。そっちに行く暇はないんだよ」
「けっ、連れねぇことを言うもんじゃねぇぜ。余計に連れて行きたくなるじゃねぇか」
頭をくねくねさせながら楽しそうに言う。4年前と変わらない……。
「しっかし、だいぶ天の鎖が太くなってんだなぁ。これも祐ちゃんの頑張りかな?」
「不死の体の呪いが強すぎてね。こんなもんじゃ足りないだろうが…もっと善行を積むよ」
「まあ、俺のプレゼントのセンスは最高だからなぁ。ファッションセンスもだ。これ、流行っているちょい悪オヤジって感じだろう?」
「もう流行は終わっているし、その恰好じゃイタリアンマフィアだぞ。お前のセンスなのかもしれないがな」
「……あの野郎、嘘つきやがったな。あとでぶっ殺してやる」
コーディネートで殺されるとは相変わらず恐ろしい世界だ。
「で、どうなんだ実際のところはよぉ? 悪い話じゃないと思うぜ。地獄も来たらパラダイスだぜぇ」
「さっき殺してやるって簡単に言ってただろ。とても楽しい場所とは思えないが?」
そう言うとサタンは口をへの字にして、目を軽く見開いた。
「強情なやつだ。でも、そこが可愛いところでもあるんだよなぁ。どうだ? 義理の親子になったって良い。それぐらいお前を買ってるんだぜぇ。
俺自ら力を与えてやる。そりゃあ、もう地獄でやりたい放題だぜぇ。色んな意味でなぁ」
「俺は大事な人達を天国で待たせているからな、地獄に堕ちる気はないぜ。それに、あんたが親父だと怖そうだ」
サタンはその言葉が楽しかったのか、笑い出したので一緒に笑ってやった。
「こう見えても子煩悩な父親なんだぜぇ。まあ、なんだ? こっちで言うと会長職みたいな感じだ。
基本的な経営は俺の子供達に任せてあるんだ。まあ、あいつら仲が悪いから喧嘩ばぁっかしてるけどなぁ」
「そんな恐ろしい兄弟の中に俺を義理の息子として入れるなんて、あんたどうかしてるぞ」
そう言うと、サタンが真面目な顔になった。
「お前に依頼をしたくて呼んだんだ。子供達の争いが激化してきてなぁ、終いにはこの世の人間に手を出して力を持とうとするやつまで出てきちまった。
それを止めて欲しいんだよ。このままじゃ天国との戦争になっちまうが、如何せん子供同士の喧嘩の所為でガチンコで戦うとなると負ける可能性が高い」
「思いっきり、不可侵条約違反だからな。しかし、どこからこの世に出るんだ? 方法は多くないと思うが」
サタンの息子が持つ力だと簡単に出ては来れない。小物の悪魔なら可能かもしれないが、大物過ぎる。
「そこなんだよぉ。だから、できるだけ穏便に済ませたいのさ。天国からのクレーム処理は俺がするんだぜぇ? 流石にパパも疲れちゃうよ。
んでな、子供、いやアマイモンが現れる条件だが、多くの人間に災厄が降り掛かることを起こすことで開くはずだ。ただ…場所は分からねぇ」
「それで俺に依頼か。一応聞くが、日本であることは確かなんだろうな?」
海外だったらお手上げだ。日本でも探すのは難しい。
「それは間違いない。日本以外なら祐ちゃんに頼まないよぉ。他にも目を付けているヤツは多いんだからさぁ」
「なるほど。可哀想な人が何人もいることは分かった。……依頼を受けよう。報酬は?」
サタンとの交渉ができるチャンスだ。ここを上手く切り抜けなければ。
「サタンとの交渉とは…祐ちゃんもやるねぇ。不死の体の時は無理やりだったのに」
笑いながらサタンは言うが、あの時の絶望感と恐怖は忘れられない。
「お前も分かっているだろう? お前が俺に何かをしたら、天は別の力をくれる。このまま行けば、全身が天使と悪魔で固められるかもな」
「それはそれで良いじゃねぇか。意外にカッコいいかもしれねぇぜ? ま、下手に手を出すのは止めておこう」
サタンは目論見通りにいかなかった事を理解しているようだ。ならば、こちらから攻める。
「不死の体…この呪いを1/2減らせ」
「祐ちゃん……。それは言い過ぎだろ? 1/5だ」
「お宅の息子の不始末を片付けるんだぜ? 1/2だ」
ここで終わる訳にはいかない。ギリギリまで交渉する。
「百歩譲っても、1/4が限界だ。祐ちゃんを俺の義理の息子として迎えることが、できなくなるかもしれねぇだろ?」
「1/2……」
「いや、1/4だ」
もっとだ。もう少しは下げられるはずだ。
「何度も言わせるなよ。1/2だ」
「けっ…、1/3だ。これ以上は下げることはできんぞ?」
「良し、1/3で契約成立だ。悪魔も律儀なのは知っているが、契約は守れよ」
明らかにふて腐れているサタンは、への字にしていた口を開いた。
「アマイモンが出てくるのは、おそらく今日から3日以内だ。その中で、この世に出ないように抑えてくれ」
「この世に現れて、地獄に送り返した場合はどうなるんだ?」
この質問にサタンは首を傾げた。恐らく天国からのクレームを考えているのだろう。
「まあ、それもありだ。ギリギリセーフと言ったところか。おそらく、天国も厳重注意か脅しをかけて来るぐらいだろう。全面戦争をするには、まだ早えぇよ」
「どっちも死活問題だからな。どちらも今の状況を維持したいってところか……。なのにアマイモンは均衡を崩そうとした」
「子の成長は嬉しいものだが、道を外したらお仕置きが必要だからなぁ。祐ちゃん、よろしくなぁ」
・ ・ ・
目が覚めて、勢いよくベッドから起き上がった。
横で寝ているワラベエも驚いて起きてしまったようで、目を少し丸めていた。
「ああ、ごめんね。ワラベエはもう少し寝てて良いよ」
そう言うと、ワラベエは安心したように眠りについた。まだ6時前か……。
しかし、あの夢…いや、夢じゃない。あれは魂を介しての話し合いみたいなものだ。
とにかくサタンとの交渉は上手く行ったと思うが、冷や汗まみれだ。シャワーを浴びて、服を着替えよう。
自室を出て浴室に向かおうとすると、リリエールが玄関のロビーから自室に上がろうとしていた。
「リリエールさん、今からお休みですか? 丁度、ご飯も食べられたところでしょうね。
…そうだ、私の血を飲んでください。もしかしたら長期の出張になるかもしれませんので」
リリエールはゆっくり近づき抱きつかれる格好になる。いつもながら恥ずかしい、が今日は違った。
「お主のその顔、何か大変な事があるのであろう?
わしには何もできぬかもしれぬが…生きて帰って来い。そうしたら好きなだけ血を吸わせてもらおう」
また顔に出たのか……。相変わらず情けない。しかし、少しだけリリエールの言葉に勇気を貰った。大きく頷き笑顔を返した。
家を出て事務所に向かう間、考える。アマイモンが何をするのか……。多くの災厄を人々に振りまく、どのようにして?
事務所に着き、静かに鍵を開けて中に入る。幸は寝ているだろう。小さなライトを点けて、幸が起きないように気を使った。
ネットの記事などを読むが、外国ではテロや戦争を宣言する組織などのニュースはあるが、日本は平和だ。
それこそ、何かしらの衝突や事故はあっても多くの人々に災厄をもたらすものではない。
あと3日以内に何が起こるのか……。いや、3日以内となると最悪、今日かもしれないのだ。
「あれぇ、祐さん? おふぁようございまふ……。どうしたんでふかぁ? まだ朝早いですよぉ……」
「幸ちゃん、寝起き早々で悪いんだけどアマイモンの情報を教えてくれる?」
そう言ったが、幸はまだ寝ぼけた表情をしている。頭が働いてないのだろう。
「……幸ちゃん、…実は今日…サタンと会ったんだ」
少し言葉が詰まったが何とか言うと、幸の目が見開いて眠気もすっ飛んだようだ。
「どこで!? どのような話を!? 祐さんの体!? もしかして別の呪いですか!?」
「1つずつ説明するね。どこでは、俺の魂を介して。どんな話はある契約、これが一番重要。俺の体には何もないし、何もされていない」
幸の質問に全て答えると、幸が胸をなで下ろしたような顔をした。
「サタンと話すなんて、相変わらず度胸があるというか……。まあ、それだけ重要な話なんでしょうね。
とりあえずアマイモンのお話ですが、サタンと関連が?」
幸にサタンとの契約の話をし、アマイモンがこの世に現れようとしていることを言った。
「にわかには信じがたい話ですが…よくもまあ、サタンと交渉できましたね」
「あのおっさんとは知らない仲じゃないからね。あいつは俺の血だけじゃなくて、俺も欲しいみたいだし」
「ヘタレな祐さんを自分の陣営に引き込んで何をするんでしょうね? 逆に興味が湧きます」
幸のその発言に湿った視線を送ったが、本人は意に介せずといった感じで書棚から本を取り出している。
「アマイモンについては、端的に言いますと凶暴で貪欲な悪魔です。
サタンの言う通り、暴れ者で力を渇望するあまりこの世に出てこようとしているんでしょうね」
幸の言葉に納得するしかない。あのサタンが止められない……。それほどに地獄は混沌とした状態なのだろう。
「じゃあさ、幸ちゃん的には『多くの人間に災厄が降り掛かること』ってなんだと思う?」
幸は難しそうな顔をし、何度も頭を捻っている。それはそうだろう。俺も全く見当がつかない。
「ん~、隕石でも降らせるか、世界恐慌に陥らせるか、天変地異でも起こすか……。その位でしょうか」
「基本的に世界規模の話だね。ただ、天変地異ではない訳じゃないよね。じゃあ、ドデカい台風とか?」
「天気予報だと、日本にくるような台風はないみたいですねぇ。ん~、後は地震ですかねぇ」
地震か、確かにこれは怖い。多くの人が巻き込まれるし、災厄が……。
「幸ちゃん、地震はないかも。サタンの話を信じると『多くの人間に災厄が降り掛かること』。
確かに取りようによってはそうかもしれないけど、それであれば災厄が訪れる、でも良いんじゃないかな?」
言ったはいいが、結局は悩んでしまう。2人共、目を閉じて何とか考えるが一向に答えが出ない。
・ ・ ・
とりあえず、2人で考えても今はどうしようもないので、開店時間を迎えたプレシャス・タイムに向かう。
「いらっしゃいませ。って、お前、なんや顔色悪いで?」
「三善、すまん。ちょっと話を聞いてくれ……」
掻い摘んで、三善にサタンとの交渉の話をした。
「お前、どえらいことになっとるやないか……。それやったら、何か?
お前が何とかでけへんかったら、色んな人がえらい目に遭うっちゅうんか?」
「まあ、そうなるな。だから、何とかしなきゃいけないんだけどさ……。これが全く分からない」
そう、俺が何とかしないと、罪もない人々にまで影響があるということだ……。
「かと言うても、地震やったらホンマお手上げやで?
範囲は日本かもしれへんが、海の中から出て来られたら対処のしようがあらへん」
結局、2人でため息を吐いた。これだけヒントがないと、どうしようもない。
2人共、沈痛な面持ちだったのだろう。見るに見かねて、桔梗が声を掛けてきた。
「お2人ともお悩みのようですが……。あまり立ち入る内容ではないと思いますが、私に言える範囲で良ければ聞きますよ?」
「桔梗ちゃん、ありがと。う~ん、そうだなぁ。桔梗ちゃんは日本全体に嫌がらせというか、悪いことをするとしたらどうする?」
「日本全体ですか……。私は風水などが好きなのですが、その中で聞くのは龍脈という大地、というか地中を流れる力があるそうです。
その力は山に流れているものが多く、龍脈が暴れれば大きな災いになると言われています」
桔梗の話を聞いて思わず顔と耳が固まった。三善も固まったようだ。
「桔梗ちゃん、それって日本全国に広がっているの? それとも一部分?」
「いえ、そこまでは……。ただ、多くの山々を流れていると聞いたぐらいで。
ただ、龍脈が暴れると日本全体が大変になりませんか? もし、山が活性化したら休火山でも噴火するかも」
桔梗の言う通りだとしたら? 確かにありうる。
特に日本は火山も多く、地獄から這い上がってくるのなら何かしらの力を利用したいはず……。それが龍脈を活性化させたものなら?
三善と桔梗にお礼を言い、会計を済ませて帰る。やはり頭に残るのは龍脈……。
事務所に戻ると幸と萌香が、深刻そうな顔でそれぞれ本を読んでいる。
「ただいま。幸ちゃんだけじゃなく、萌香ちゃんも探してくれているんだ。ありがとう」
萌香が本から目を離して頷いてきた。しかし、吉報はなさそうな感じだ。
それはそうだろう。オカルトではなく、日本全土、もしくはそれに匹敵する災厄を引き起こすとしたら…引き起こす?
引き起こす、と言えば何かを刺激する意味でもある。龍脈を刺激したらどうなる? 暴れるだろう。そうなるとどうなる。
答えは1つだ。日本全土を火山の火と噴出される火山灰で覆われてしまう。これが『多くの人間に災厄が降り掛かること』だ。
「幸ちゃん、日本に流れる龍脈が載っている地図とかある?」
「龍脈ですか? 風水的ですねぇ。ただ、ないことはないかと。ちょっとお待ちを」
幸の探索作業がもどかしい。しかし、待つしかない。アマイモンの登場がいつかは分からないのだ。
「祐さぁん、お探し物の龍脈地図でぇす。しかし、何でこんな物を?」
「幸ちゃん、萌香ちゃん。これは仮定の話なんだけど、アマイモンは日本全土に災厄を振り掛けようとしている。
この龍脈地図を見ると分かる様に、日本全土に張り巡らされているが、その中でも山が多いのが分かる」
まだ、2人共この時点では分かっていないようだ。
「龍脈は大地を流れる力。だが、それに下手に刺激を加えれば? 龍脈の流れに変化が起きる。
最悪、力を注入したら溢れだして、火山が噴火するかもしれない。そうなると降り掛かる災厄は?
マグマや噴石、火山灰……。一番は火山灰だろうね。都市機能はマヒするし、日差しも遮られるから食料も作れない。
そして、フィナーレを飾るのは火山の火の中から這い上がるアマイモンの姿。これが今考えられる事だよ」
2人共イメージができたようで頷いている。この龍脈に悪魔の力が注がれればどうなるか……。
「…では、祐さんはどのようにして…アマイモンを止めるんですか……?」
そこが難点ではあるが、秘策もある。勝ち目があるかは分からないが、俺にしかできない。
「萌香ちゃん、今回ばかりは連れては行けない。おそらく、不死の体じゃないと耐えきれないと思う」
萌香にそう言うと、深刻さが分かったのだろう。静かに頷いた。
「後は場所だね。これだけ龍脈があるとなると……」
「祐さん、答えは簡単ですよ? ここしか考えられません」
幸が指をさした場所は誰もが知っている場所であった。
・ ・ ・
朝早くに事務所を出て、都心からのバスツアーに飛び入り参加をし一路目的地へ向かった。
バスガイドから色々説明がされているが、頭の中には入ってこない。
何せ、これが失敗してしまえば日本に災厄が降り掛かることになるからだ。
バスに揺られて数時間、目的地の5合目に到着した。
晴天に恵まれてか、ありきたりな言い方だが空が透き通るように青い。
服も登山用に着替えて来ているので、ここから頂上を目指す。
目指す場所は旧噴火口である……。
しかし、山登りとはなかなか厳しいものである。普段のランニングでは使わない筋肉を使う。
まあ、筋肉が痛む度に再生を繰り返すので動けなくなることはないが、空気が薄いのが辛い。
登山用のストックで少しずつ上って行く。もどかしい、いつアマイモンが現れるか分からないのだ。
しかし、見晴らしは最高である。流石は霊峰 富士山と言ったところか……。
確かにアマイモンが地上に出るには打って付けの場所である。
龍脈も多く流れており、そこから力を吸収できれば地獄に戻ってもメリットはある。
更に人を災害で恐怖に叩き落とせば、やつにとっては最高だ。
…そんなことをさせる訳にはいかない。
バスツアーの為、式神を呼び出し俺の代わりにツアー参加者としてバスに乗ってもらう。
後はひたすら待つことしかできない。後は天に運を任せるしかないのだ。
退魔用の道具を使い暖をとる。9月なのに、この寒さ。夜は更に加熱させないと。
日も暮れて、夜が来る。さあ、お前たちの時間だ…早く来い。目を閉じて、静かに時が過ぎるのを待つ。
山自体が少し揺れ始めたことで、目が覚めた。時刻を見ると午前2時。丑三つ時を狙うなんて意外に律儀なやつかもしれない。
揺れがドンドン大きくなっていく。富士山の旧噴火口を覗くと、そこには昼に見た時にはない穴が……。
真っ赤に染まった何かが出てくる、それに呼応するかのように地響きが大きくなっていく。
まともに立っていることができない。穴から大量の噴煙が高々と昇って行く中、目を隠しながら噴火口を覗く。
そこには噴火口の中にマグマが溜まっている、湧き上がる訳でもなく湖のように静かに揺らいでいる。例の穴を除けば……。
例の穴から這い出してきている者が見えた。大きさからみて、20mはありそうか?
真紅の体に頭に2本の角。そして、太くて長い尻尾が正しく悪魔と認識させてくる。
流石にこいつとやり合うのは……。
しかし、異物に気付いたのはアマイモンも同じだった。腹の奥まで震えるような咆哮を俺に向けて上げた。
マグマの湖から水遊びでもするかのように、俺に向けてマグマを浴びせてくる。
「群青百足!」
やつはまだこの世に出てきていない。突き落とすなら今と判断した。噴火口をすべり降り、雄叫びを上げ百足を何度も振るう。
だが、当たっているのに効果は薄い。少しだけ首を横に振らせていることから、軽くビンタされた程度にしか見えないのだ。
「くそっ、サタンめ。息子の教育、間違え過ぎだろ」
愚痴を言っても始まらないことは分かってはいるが、マグマを浴びせられる中を百足を使って飛び回るのは厳しい所がある。
「こなくそぉー! 緑青白百足!」
群青百足で俺の体を押し出し、すぐさま変鋼する。力ならこいつが一番だ。
上手くアマイモンに取りつく、と言っても背中に飛び乗る形だ。
これでは以前に戦った鬼と同じ戦いになるな、と思っていたが違った。こいつは鬼レベルじゃないことが……。
アマイモンが咆哮を上げると、体中から熱風が噴き出し、その衝撃により俺も周りのマグマも火口壁に弾き飛ばされた。
完全なる目論見違い。一瞬早く飛び退いたが、それでもかなりの火傷だ。
「全く……。こんなもん、どうお帰りいただければいいってのかねぇ」
本当に愚痴しか出ない。だが、まだだ。いや、あれは不味い。しかし……。
視界が赤く染まっていく……。
・ ・ ・
「……群青百足ぇ!」
改めて、その名を口にすると群青色をした百足が腰から生えてきた。
狙うはアマイモンの頭……。それ以外は不要!
一気に斜面を走り出す。腰の百足を火口壁に突き立て巧みに扱いながら、駆け続ける。
相も変わらずマグマを掛けて来るアマイモンの攻撃の隙間を見つけ、百足の力で体を押し出し飛び着く。
「ハッハー! 水遊びしかできない能無しか!? バカの相手も面倒だ……。とっとと地獄に帰りやがれぇ!」
百足を腰から腹部に移動させながらアマイモンの首に巻きつける。
「緑青白百足ぇ! 行くぜ…目ん玉をくりぬけ、舌を引き千切れ、ついでに鼻ももいでやれ! やりたい放題だ!」
今まで使ったことのない下品な言葉、百足の多重使用。だが、体の…頭の中の怒りが止まらない。
もっと痛め、苦しめ、泣け、喚け、恐れ慄け、裸足で地獄に帰ってしまえ! 何かに突き動かされるように、頭の中が怒りで埋め尽くされた。
顔はぐちゃぐちゃになってはいるが、まだまだアマイモンは元気なようで、体をよじり、手でこちらを払おうとしている。
さっさと地獄に帰れば良かったものを…後は腹の中にでも入って内部から破壊したら……。
何を考えているんだ俺は!? 殺す気か? 確かに悪魔だ。殺していい……いや、良くない!
頭の中で俺を誘惑する…もっと力を使えと。俺は嫌だ、でも使いたい。
「使いた、っくない! 俺はっ!?」
頭の中が混濁していた為、アマイモンの動きに反応できなかった。手で捕まれると、マグマの湖へ投げ飛ばされた。
勢いが強すぎた所為か、水切りの石のようにマグマの上を何度も浸かりながら火口壁に叩きつけられた。
体はぐずぐずだが、群青百足はまだ動く。百足を使い、何とか引きずられるように上にのぼる。
俺に止めを刺したいのか、この世に現れたいのかアマイモンも這い上がってきた。
「ああ、来ちまったか。引き返せば良かったものを…残念ながら、ここまでだぜ」
俺は勝ち誇った顔をしていただろう。事実、勝ったのだ。
この絶体絶命の状況を打開できたのだ。
アマイモンの頭上に天から6枚の羽根を持ち光を放つ人、もとい天使が4人舞い降りた。
「地上に出ないと来ないなんて厳しいね。エンジェル・コールって言えば良いのかな?
俺の左手、祝福の手は天国とのホットラインみたいなもんなんだぜ。
直通だから、もうちょっと早く来てくれると思ったけど……。やっぱり不可侵条約のせいか、お前が地獄から出ないと来てくれないみたいだな」
アマイモンが頭上の天使を見回しているから、俺の声に気付いたかどうかは分からない。
「ま、これで地獄送りは完了かな? もっと頭上を見てみな。どぎついもんが降ってくるぜ」
この言葉に気付いたのか、俺が右手の人差し指を上に向けた為か、アマイモンは天を仰ぎ見た。だが、気付いた時にはすでに終わっていた。
天国からもたらされた光を4人の天使が増加させ、アマイモンに放った。
光に押し込まれるように、地獄に堕ちていくアマイモンの姿を見つめ、天使が消えたことを確認して思った。
処分完了? いや、契約完了、と。
・ ・ ・
体も服もボロボロ、魔法道具もどこに行ったのやら……。
全くついていない。でも、守ることはできたはずだ。噴火も治まっている。これが最大の成果だ……。
ああ、早く帰りたい。寒いし、暗いし、ろくでもない。それに気分も悪い。
暗闇の中、色無百足をナイトスコープのようにして山の斜面をゆっくり降りて行く。
考えることは今日のことだ。これは考える必要がある。どうしても頭から離れないのだ。
5合目にやっと到着した。後は朝にバスが来る時間まで待とうか、そう思っていると声を掛けられた。
「祐、お疲れ様やったな。そないな格好でおったら通報されるで?」
その声に振り向くと三善がいた。なんで、ここが分かったんだ?
「相変わらず鈍いやっちゃなぁ。幸ちゃんと萌香ちゃんからお願いされたんや。多分、ボロボロやろうてな」
ああ、なんて気の利く2人だろう。それに文句も言わず対応してくれた三善。感謝の言葉しか出ない。
「三善……。本当に助かる。早く車に乗せてくれ、寒くて堪らない」
三善は苦笑いしながら、車に乗せてくれた。
目が覚めると、というか寝てしまったのだろう。四角く打ちっぱなしのコンクリートの様な空間の中にいた。
この空間にはドアもなく冷たい鉄の椅子の上に座っている。服はボロボロのままだ。前はいつものスーツ姿なのに。
後ろから軽快でリズミカルな口笛が聞こえてきた。ご機嫌なのだろう、楽しそうに聞こえる。
気づくと目の前に俺の座っている椅子と同じ物が出現していた。律儀なことに面と向かって話してくれるようだ。
イタリアンマフィア風な格好の優しそうで陽気なおじさんが、ステップでも踏むようにしながら目の前の椅子に座った。
「祐ちゃ~ん、いやぁ、参った参った。まさか、その手を使ってアマイモンを地獄に帰してくれるとは……」
「使える物は何でも使わないとな。お前さんが与えた体に対して貰った手だぜ? 息子さんには打って付けだろ?」
サタンは相変わらず陽気そうな顔を崩さない。どこまで本気なのか……。
「まあ、契約通りアマイモンは地上に出たのを送り帰したのは間違いねぇな。残念だが、契約は契約だなぁ……」
サタンは目を瞑り、上を見て集中しているようだ。しばらくして目を開くと、また陽気な顔に戻った。
「ほらよ。呪いを1/3減らしてやったぜぇ。これで祐ちゃんが地獄に来なかったら、パパ泣いちゃうよ」
自分の足をまじまじと見ると鎖は確かに小さくなっている。
「確かに確認した、契約完了だな。それと義理の親子にはならないからな」
楽しそうな笑顔で俺を見るサタンに言った。地獄に堕ちる気は更々ない。
「まあ、その時はその時次第だわな。祐ちゃんの余命が少ないことを祈るとしよう……って誰に祈れば良いんだ?」
サタンの言葉を聞き終わると、目が覚めた。
横には三善が運転している。足元に目をやると鎖が小さくなっている。
終わったことを再確認して、また眠りについた。
・ ・ ・
天野原市に到着した頃には陽が昇っていた。心なしかいつもより綺麗な光に見える。
「祐……。この光はお前が頑張って守ったもんや。ほんま、おおきにな……」
「こっちにもメリットはあったし、皆を守れたんなら万事OKさ。服がボロボロだから事務所で着替えてくる」
三善に見送ってもらい、事務所に向かう。心配を掛けたであろう幸にお礼を言わなければ。
事務所のドアの鍵が開けっ放しになっていた。そっと開けると中には幸と萌香が寝ていた。萌香まで待っていてくれたのか……。
静かに開けたつもりだったが、萌香が目を覚ました。ボロボロの服を見て欲しくはなかった。それなりに恥ずかしい。
「萌香ちゃん、ただいま。こんなにボロボロの服だけど無事に帰って来たよ。いやぁ、今日も、」
目を瞑って大変だったことを明るく伝えていると、萌香が胸に飛び込んできた。
「…お帰りなさい…祐さん。…今回は本当に…危ないと聞いて……」
おそらく、幸がサタンのことを話したのだろう。確かに下手をしたら地獄に堕ちるかもしれなかった。
萌香の頭を撫でながら、今の気持ちを正直に言おう。
「ありがとう、萌香ちゃん。心配かけて…ごめんね。本当にありがとう。ありがとう……」
口にできる言葉がこの程度とは情けないと思ったが、感謝の言葉しか喉から、心から出てこなかった。
服を着替えていると幸も目が覚めたようだ。
というよりも、萌香が起こしたと言うのが正しいかもしれない。
「おう、ただいま。幸ちゃん、無事に帰って来たよ。
それに、あのおっさんとも話して万事解決。俺の天国行きが、また一歩近づいた訳だ」
「お帰りなさ~い。それはやりましたねぇ。祐さんはやればできる子だと信じてましたよぉ」
いつも通りの会話だが、この会話が本当に嬉しくて楽しい。
萌香は流石に外泊した形になったので、早々に家に帰らせた。両親から何か聞かれたら謝るしかない。
しかし、幸にだけは話しておかなければならない。これは重要な事態で、今後どうするかを決めることでもあるのだから……。
「幸ちゃん、俺ちょっとヤバいかもしれないんだ」
「色々とヤバいところはあると思いますが、何か増えたんですかぁ?」
幸の言葉によって、少しだけ気持ちが楽になった。キチンと伝えられる。
「アマイモンと戦った時、一時的にだけど怒りに支配された……。
今まで負担になるだろうと思って使わなかった百足の多重使用。そして、残虐的な戦い方。思い出すだけで気持ちが悪くなる……。
これには覚えがある。前に話したかもしれないけど、禍ツ喰らいによる浸食……。前と違って今回は少しヤバい気がするんだ」
何か反応があるかと思ったが幸は黙って聞いていた。
「すぐにどうこうなるものではないと思うんだけど……。俺の今後の身の振り方を考える必要があるかな」
禍ツ喰らい、その末路はだいたい決まっている。だからこそ、皆と離れる必要がある……。
「処分屋、止めましょうか? 祐さんあっての処分屋ですよ? これからは探偵業に勤しめば、わざわざ離れる必要はありませんよ」
何でこうも言って欲しくない言葉を口にするのだろうか……。心が挫けてしまう……。
「……俺がいると、多くの人が傷つくかもしれない。それなら、いっそ山奥で心を落ち着けた方、」
「祐さんは残された人のことも考えてください。自分で守るって言った人が、何人もいるんでしょ? その人達から逃げてはダメですよ」
幸の言うことはもっともだ。俺だって離れたくない。ただただ怖いんだ…自分が自分でなくなることが……。
「…結局、流されるのかぁ。そうだね。それも良いかも……。禍ツ喰らいを使わなければ…しばらく休めれば落ち着くだろうしね。
ただ、攻撃的になると不味いからあんまり怒らせないでね?」
「大丈夫ですよぉ。祐さんが怒るのなら、もっと前に怒ってますからぁ」
「それもそうだね」
思わず笑うと幸も笑い出した。この笑い合える関係に少し安心する。しかし、不安がない訳ではない。ただ、今できることをしようと思った。




