表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/44

悪魔との契約

 運命と人々はよく口にする。

 その人には決められた定めがあり、自分の意志ではどうしようもできないことをさす言葉だ。

 特に人の死の際などで慰める時などに、その人物の運命だったのだと言うことがある。


 しかし、運命とは本当にあるのだろうか。天国、もしくは地獄から何かを決められているとしたら、その人の人生には本当の選択肢はない。

 運命に抗うという言葉もあるが、運命に抗うことでどうなるのか。運命は変えられないから運命なのではないのか。


 それは運命ではなく降りかかってきた災難と思われる。

 災難に抗うなら、それは人が生きる中で多くあり、その中から正しいと思う選択肢を選ぶ。

 例え、それが間違いであろうと、自分で決めたことが重要なのだ。

 

 運命の人と出会うとも言うが、それもただの出会いであって、そこからどうなるかは自分の力と偶然に身を任せるしかない。

 偶然は起こりうることだ。だが、運命とは違う。人に訪れるのは偶然であり、運命という言葉に身を委ねてはならない。


 厳しい言葉になるが、運命を呪えば、運命に喜べば、そこから何も学ぶことはできない。運命で片付けてしまうから。

 人に降りかかるものは偶然であり、それを如何にして乗り越えるのか。

 運命と言って諦めるよりも、みっともなくとも足掻くことが運命という言葉を打ち壊すことになる。


 運命という言葉に縛られ、己を悲観する者。運命という言葉を否定し、前を向く者。今回はそんな話をしよう。


    ・   ・   ・


6月中旬

 まだまだ梅雨が続く中、祐は萌香と共にある依頼をこなしに向かっていた。


 「…祐さん…今日会われた方は……?」

 祐の依頼は知り合いの高僧からのものであった。


 「絶求さんのこと? あの人は位の高い人だけど、山奥の寺院に籠っている人なんだ。まあ、観光名所にもなっているから、儲かってはいるだろうけど。

 そういうことを断っているんだ。求める心を断つってね。欲求は誰しもあるのに、それを断とうとする……。なかなかの人物だよ。

 真理奈さんとも知り合いだし、その伝手で今回の依頼が来たんだ。真理奈さんが褒めるぐらいだから、余程の人だよ」

 萌香も感じたのだろう、絶求和尚の出す綺麗な力を。あそこまで行くと人ではない気もする。


 「…すごい方なんですね。…そんな方がどんな依頼を……?」

 「それほど難しい依頼じゃないよ。人がいなくなったお寺の護符の交換と簡単な掃除。あとは寺に霊力を注入するだけ。

 まあ、掃除が大変かもしれないけどね」

 難しいことではない。だが、それをこなせる人物が育っていないのだろう。

 頼み先はもっとあるだろうが、あの人からの指名と考えると受けたくなった。


 絶求和尚の寺院から、一旦下り、また山に登るというなかなか遠い道だ。


 しかし、道自体は舗装されている。

 おそらく保養所も多く、穴場の避暑地として最近注目されているからであろう。


 そんな山の中腹に目的の寺があった。

 階段を上り、寺全体を見てみるが古くもない。綺麗な空気をまとっている。


 たぶん毎年、キチンと手入れをしていたのだろう。

 今年はたまたま自分しかいなかったのだろうと思うと、少しだけがっかりした。


 早速、依頼を済ませようと護符の交換をし、掃除をする。

 掃除もどこまでしたら良いか分からず適当にしようと思ったが、萌香が真剣にやっている。


 流石に助手に任せて自分は休憩とはいかないかと思い、掃除に加わる。

 掃除でくたくたになりながら、霊力を込めなければならないが仕方がない。これが依頼だと言い聞かせて霊力を込める。


 「…祐さん…私も力になれますか……?」

 霊力の注入に? 萌香もそれなりに修行を続けているから、できないことではないが……。

 それに悪い子ではないから、問題はないだろう。


 「よし。なかなかできる機会でもないし、やってごらん」

 その言葉を聞くと、萌香は大きな柱に掌を当て、目を閉じた。

 霊力自体は発生させることができる。今はそれを外に出すことができるよう練習をしている。


 「…祐さん…どうでしょうか……? できるだけ…送ったつもりなんですが……」

 萌香と同じように柱に掌を当てて、確認してみる。

 もう十分、満たされている。これだけあれば、1、2年は大丈夫だろう。


 萌香にバッチリと言うと、少しだけ笑った。出会った頃と比べると、大きく変わった気がする。

 人ともよく接するし、言葉は少ないが自分の意思をはっきりと伝えてくる。

 それに表情や感情も少しずつだが増えてきている。


 普通に生きて行けたら、そんなことは当たり前にできたかもしれない。

 しかし、あの環境からこの短時間で変われてきたのは嬉しい。


 「…祐さん…どうかしましたか……?」

 萌香に見惚れていたのか、心配するような顔で萌香が聞いてきた。


 「いや、萌香ちゃんの成長を間近で見て、大きくなったもんだなぁと思ってたのさ」

 ちょっと茶化した言い方をしたが、本心だ。


 「あ…、これ、天ちゃんに送りました……」

 何かと思えばスーツ姿で必死に雑巾掛けしている俺の姿ではないか。


 返信には、『スーツ姿で雑巾掛けって』とのメッセージとキャラクターが笑っている絵が添付されていた。

 こっちも好きでやった訳ではない。


 雨も強くなり、暗くなって来たので早く帰ろうと車に戻った。

 雨の中の運転は気を使う。スピードを出し過ぎないようにしないといけないし、視界も悪い。


 そんな時、遠くから何か大きい物を落としてズレていくような音がした。

 少し先に行くと、正体が分かった…土砂崩れだ。コンクリートの防止壁を破壊して道を塞いでいる。


 流石に木もコンクリートもこんもりと道に積まれているのを見れば、通れないことは明白だ。

 参った…どうしようかと思い。カーナビで地図を見ると、道を戻り山を越えれば別荘地やホテルがあるようだ。

 車で寝る訳にもいかないので、萌香に一旦引き返してホテルに泊まると言った。


     ・   ・   ・


 やっと山道を抜けて、別荘地にたどり着いたが、光が付いているホテルが1件しかなかった。


 それはそうだ。シーズンじゃないから、開いてないホテルも多いだろう。

 それに注目されているのは別荘だったはずだ。


 その1件のホテルはヨーロッパのお屋敷のような作りをしていた。

 外観から感じる……。これはかなりのお値段が掛かることが……。


 意を決してホテルに入ると、いかにも丁寧そうなややお年を召した男性が出迎えてくれた。


 「いらっしゃいませ。当ホテルへ、ようこそおいで下さいました。本日はお泊りにいらしたのでしょうか?」

 時間的にそうだろう。ディナーもあるかもしれないが、それよりも土砂崩れの事を言わなければ。


 「泊まりでお願いします。シングルを2部屋用意できますか?

 あと、土砂崩れがあったことを県の土木課に連絡してもらえませんか?」

 「土砂崩れがあったのですか!? それは早急にお電話いたします。

 あと…非常に申し上げにくいのですが、ダブルの部屋しか開いておりません……」

 ダブル!? ツインじゃなくて!? ダブル……。ああ、最悪だ。仕事を頑張った身に、降りかかる災難によって頭が重くなる。


 「…私はダブルで構いません。…祐さんが良ければ…ですが……?」

 構わないと!?

 萌香の言葉に驚愕した顔になったであろう。ダブルだぞ…俺も経験したことがない……。


 夕食の時間に間に合ったようで、ディナーにありつけるらしい。

 でも、問題はそれではない。


 泊まる事になった部屋は、広い部屋だ。置かれてる化粧台や絵、テーブルとイス、お風呂も凝った作りをしている。

 なんと良い部屋だろう。部屋の真ん中に鎮座するダブルベッドを除けば……。


 「…素敵なお部屋ですね。…何かとても落ち着ける感じが……」

 萌香は気にならないのか? 確かに素敵な部屋だが、見ろ、このダブルベッドを。大きいが同じベッドに寝ることには変わりはない。


 「…このベッド…程よい感じですね。…気持ちいいです……」

 なんでベッドに座るんだ! どんだけ無防備なんだこの子は……。

 まだ寝る前なのに心が掻き乱されてしまった。


 ディナーは美味しいものであった。舌鼓したつづみを打ちそうな物が多かった。

 良いものを使っているのだろう。萌香も満足そうに見える。


 こんなディナーなのに、他の客からは何か重たい雰囲気が伝わってくる。

 雨のせいもあるかもしれないが、こっちの気分も重くなる。

 最初にホテルに入った時に接客してくれた男性が入ってきた。


 「皆様、ディナーの途中で申し訳ございません……。実は土砂崩れがあり、道が復旧するまであと2日は掛かるそうです」

 皆、どよめき始めた。俺も1日ではなく2日もあの空間で……。そんな辛い時を過ごすことを危惧していると、泣き出したカップルがいた。


 「やっぱり運命なのよ。この日を指定してきて、逃げられないようにしたんだわ……」

 何の話をしているのか分からない。だが他の人間もつられるように嘆いているようだ。

 何の事かは分からないが、落ち込んでいるところに話しかけるのもどうかと思い食堂を出た。


 「…祐さん…何かあったのでしょうか? …皆さん、何かすごく…悲観的な感じをされていましたが……」

 萌香も感づいていた、流石と言うかなんというか。自分の周りには勘が良い人が多いと思った。


 「そうだね。泣き出す人もいたから、何かあると思うんだけど…あの空間で聞くのもちょっとね……」

 この言葉を理解してくれたのか、萌香も頷いた。


 「とりあえず明日、誰か朝にあった人に聞いてみようか? それなら落ち着いているだろうし」

 この言葉にも萌香は頷いた。まあ、自分が朝を無事に迎えられるかが勝負なのだが……。


 部屋に戻ると、お風呂をどちらが先に入るかになった。

 もちろん、レディーファーストで萌香に入ってもらう。


 ありがたいことに、ここはユニットバスではない。

 トイレに入り欲望を消すのだ、絶求和尚のように……。頭の中でお経を唱え続けた。


 「…祐さん…お風呂、お先に頂きました……」

 萌香がお風呂から上がったことを伝えに来た。自分は今、悟りの境地に至っている。大丈夫なはずだ。

 ……ダメだった。湯上りの萌香を見ると、さっきまでの瞑想が吹き飛んで消えてしまった。


 次は風呂で悟りを開こうと思いバスルームに入った。

 もはや頭の中には少し湿った髪の毛とバスローブの萌香しか思い出せない。

 この煩悩を消して欲しいと切実に願った。


 風呂から上がり、バスローブに着替える。待ち構える光景が恐ろしい。

 部屋に戻って、中央のベッドに…萌香がいる。もう、布団に足を入れて携帯をいじっている。

 ため息しか出てこない……。できるだけ萌香を見ないでおこうとテーブルとイスが2脚ある所に行き座る。少しでも距離を取りたい。


 携帯のランプが点灯しているので確認してみると、まあ、来るだろうと思ってた人物からのメッセージだ。

 『また萌香ちゃんと2泊もするんですか? どれだけ好きなんですか?』。まあ、そう思うわな。


 『いや、仕事とアクシデントだよ。土砂崩れには対応できないよ。それに天ちゃんがいるから心配はいらないよ』と返した。

 心配いらない訳がないとは思っているだろう。事実、自分でも心配なのだから。


 天は返信が早い。『わかってますよ。軽いやきもちです。ここは男の見せ場ですよ。もちろんいい意味で。ではダーリン、ファイトォ』、添付されたキャラクターも俺を鼓舞してくれている。

 返信をして安心させようと思い、携帯に打ち込んだ。『やきもちとは可愛いやつめ。任せろハニー、もちろん男を見せるさ。ただ力尽きないことだけは祈っててね』。


 「…祐さん…天ちゃんからコネクトで…隙を見せたらダメよ…って来ました……」

 まあ、先手を打ってくれるのは嬉しいことだ、これで萌香が警戒してくれれば、俺も距離が取れる。


 「…やっぱり嫌なんでしょうか? …天ちゃんは…可愛いし…問題ないと思うんですが……」

 ない訳がないだろうと言いたくなった。現に俺は緊急警報発令中なのだ。


 「萌香ちゃんも好きな人ができたら、そう思うんじゃないかなぁ? 信頼していたとしても、相手がどう思っているのか分からないしね」

 「…そういうものなんですか? …祐さんも思うんですか……?」

 萌香のストレートすぎる質問になんて返せば良いのか…頭が燃えつきそうだ……。


 「まあ、人は見た目じゃ分からないしね。自分の主観も大事だけど、他人の意見も聞き、その中で中身も見て、外見も見る…それを総合して判断しないとね。

 それに…萌香ちゃんは魅力的だよ。…だから寝るときはできるだけ離れて下さい。いや、全力で離れます……」

 我ながら想像以上のヘタレっぷりではあるが、言っておく必要があった。萌香を見ると心なしか照れているような顔に見えた。

 地獄の夜が幕を開けた。


     ・    ・    ・


 意外に寝れたことに安堵した。


 助手の信頼に応えなければと思うと、意外に何とかなるものだ。

 しかし、油断は禁物だ。バスローブははだける。

 間違いなく、何かしらのチラリが俺に襲い掛かってくるはずだ……。


 着替えて外に出ようと思ったが、まだ雨が降り続いている。

朝の陽ざしを遮る黒い雨雲に舌打ちをしたくなった。


 それならばと、着替えてホテルの中を歩いてみよう。

 俺の家よりも全然豪華な作りをしているのだ。建築美を楽しむとしよう。


 しかし、朝になったとはいえ、まだ誰も起きていないのか? 昨日の皆が動揺した件が気になった。


 ロビーまで出ると、お年めいたホテルマンが挨拶をしたので、こちらも挨拶をした。

 先ずは相手と話す基本の天気の話からする。ホテルマンは復旧作業のことを気にしていた。


 ホテルで働く従業員の人達はどこで寝泊まりしているのかと聞くと、仮眠室や布団倉庫などで無理やり寝ているそうだ。

 それは可愛そうにと思った。しかし、そこで疑問が湧く。何故この梅雨の時期に部屋が満室に近かったのか……。


 「何故か、立て続けに予約が入りまして。この時期にそんなことはあまりないのですが……。来週などは空いているのに……」

 ホテルマンはそういうと、まだ少し不思議そうな顔をしていた。


 ここは避暑地なので、それなりに楽しめる所はあるが梅雨の時期に来る所ではない。それも、決まった日にだ。

 朝食の時間を教えてもらい部屋に戻る。やはり誰ともすれ違わなかった。


 部屋に戻ると、萌香は起きていて服も着替えていた。一先ず安心し、ホテルマンから聞いた話をした。


 「…皆さんが昨日…悲観的な感じになったのと…関係があるのでしょうか?」

 正直に言って分からなかった。ただ、おかしなことには何か理由がある。誰かからそれが聞ければ良いが。


 朝食の時間になったので、萌香と一緒に食堂へ向かう。

 食堂には何人か集まっていた。ここにいる人から情報を収集しようと思い、早めに朝食を平らげる。


 狙いは1人で来ている、暗そうなメガネの男にしよう。

 口が軽いのもいればと思ったが、カップルか夫婦なのか分からないが黙っているので、弱そうな独り身を狙った。


 「おはようございます。ここの朝食美味しかったですね。私は今日も泊まるので昼食が楽しみです。というか、土砂崩れで帰れないんですけどね」

 明るい口調で話し、最後はおどけた口調で言ってみた。しかし、メガネの男は沈痛な面持ちのままだった。


 「こちらよろしいですか? 皆さん黙っているから、話し相手が欲しくて。どうですコーヒーでも?」

 相手が押しに弱そうなのはなんとなく分かる。こちらのペースで話を進めたい。


 「ええ…構いません。コーヒー、いただけますか?」

 メガネの男はまだ警戒しているようだが、とりあえず第一関門突破だ。


 「こんな時期に人がいっぱいですよね? 何かイベントでもあるんですか? 花火とか?」

 そう、この男も怯えている感じがする。何か知っているはずだ。


 「…いえ、そういうのじゃないです。ただ、行かないとダメなもので……」

 行かないとダメ? 誰かの呼び出し? 


 しかし、命に係わるような事があるとしたら、ここに集める理由が分からない。

 そう思っていると、萌香が近づいてきた。メガネの男の横に立って言う。


 「…私も、ご一緒しても…大丈夫でしょうか……」

 ここまでくれば萌香と挟むことで相手に言わせる状況ができる。

 圧迫感を感じれば言ってスッキリしたくなるものだ。


 「行かないとダメですか? なんか怖いですねぇ。…もしかして、他の方もですか?」

 メガネの男の体が反射的なのか、悪さがばれた子供のように動いた。

 これは怖いことがあるから? それとも恐怖が来ている事によるものか……?


 「…そうですね…皆さん、顔が怖いというか…怖がっている感じですね。…あなたも怖いんですか……?」

 萌香の存在は助かる。他の人だけでなく、自分を気遣ってくれている。これは嬉しいことだ。


 「怖いですよ…そりゃあ……。まさか土砂崩れまで起こして、逃げれなくするなんて…運命としか……」

 土砂崩れを起こして? 爆発音のような音は聞いていない。

 しかも逃げれないとは、ここに呼び出して監禁することを意味しているのか?


 「…辛いんですね。…でも他のホテルや誰かの別荘に隠れる…そんなこともできるのでは……?」

 ここは萌香に任せよう。男の出る幕ではない。


 「それはできません……。ここにいないといけないんです……」

 ここにいないといけない。何故? ここが重要なんだ。


 「…あの…でも…土砂崩れで…誰も来れませんよ?…怖いのから逃げるなら…今では……?」

 萌香の言う通りだ。今なら誰も来れないのだ。ここまでの道はあの一本しかないから……。


 「信じてもらえないかもしれませんが……。私達は悪魔と契約をしてしまったんです」

 男の言葉に目が大きく開いた。悪魔と言った。今、この男は悪魔と言ったのだ……。


 「すいません、悪魔って悪魔的に怖い人ではなくて、本当の悪魔ですか……?」

 最後の言葉を強調した。それで確認したかった。これが本当であれば、大問題だ。

 メガネの男は観念するように頭を下げた。


 「何があったのか教えて貰えませんか? お力になれるかもしれません」

 男が驚いた顔でこちらを見た時、向かい側から女性が怒鳴ってきた。


 「何をあんたたち聞いてるの!? 部外者なんでしょ!?

 こっちは命が掛かってるんだから、昔の話なんて聞きたくないのよ!」

 女性はそういうと食堂を出て行き、相方と思しき男性も後を追って行った。命が掛かっている……。昔の話……。


 「…あの、悪魔はあなた達に…命を求めている…ということですか……?」

 萌香がまたメガネの男に質問をし始めた。命を求めるか……。


 「昔の話になりますが良いですか?」

 男のその問いに萌香と共に頷いた。今、必要なのは情報だ。


 「この週刊誌のこのページを見て下さい。私たちは全員この事故の犠牲者なんです」

 10年近く前の週刊誌に目をやると、バスがガードレールを突き破って下に滑り落ちている。


 男はこの記事から目を逸らして言った。

 「この事故が起きた時、死ぬ瞬間が見えました……。その時、悪魔が語りかけたのです。助かりたいか? と……。

 もちろんお願いしました。そう言うと、契約はなった、いずれまた会おう……、と言っていなくなったのです……。

 それから目が覚めると死んでなくて、軽い怪我をしただけでした。周りの皆さんも同じように驚いていたので、おそらくは……。

 そして1か月前ぐらいから、毎日夢に出るんです。ここに集まるように、と…。なので、ここに来ました。他の方も同じだと思います」

 男は言い終わると力が尽きたように萎んで見えた。


 悪魔との契約……。しかし、悪魔自身が出て来れるのか?

 思いっ切り条約違反だ。しかも死をなかったことにする契約まで結ばせて……。

 人に憑りつくまでなら、まだお目こぼしもされるが、ここまで堂々と出てきたとなれば大物だ。そうなると、条約は……?


 「…生きてからも…怖くなかったですか……? 悪魔のことが頭から…離れなくなってしまわなかったんですか……?」

 「それは怖かったですよ…命が助かったことを喜んだ反面、もし悪魔がまた来たらかと思うと。それに契約が何んなのか怖くて……」

 悪魔のことが頭から離れないのは仕方がないことだ。生きれたことは喜べるが、何を引き換えにしたのか分からないのだから。


 「…その契約の内容はいつ…分かるんですか……?」

 その内容…萌香の疑問と同じことを考えていた。萌香は更につっこんだ質問をしたのだ。

 「…それは……今日の夜に分かるそうです……」


 男に礼を言い、萌香と部屋に戻る。

 情報を整理しようと思った。俺の考えと萌香の考えを合わせてみたい。


 「萌香ちゃん。今回、聞いた話を一度整理しようと思う。

 先ずは、ここに集まった人間はバスの滑落事故に巻き込まれた人間。

 次に、死ぬ瞬間が見えたこと。そのときに悪魔が現れ、命を保障する事と引き換えに契約を結ばせた。

 それが今、悪魔が夢の中に現れて、ここに集まるように言った。

 そして分からないのが、契約の内容が今夜分かる。という事だね」

 萌香は理解したようで頷いた。この先は俺の考えになる、と前置きした。


 「まだ未確定だけど、気になるのが、その悪魔が何かをしたかって考えてなんだけど、土砂崩れと何故1日前にここに集めたのか。

 土砂崩れが集まる前に起こってしまえば、全員が集まることができない可能性がある。なのに、土砂崩れは今日ではなく昨日起きた。

 悪魔が好むのは、人の苦しみや絶望した時の負の感情が多いんだ。

 それから考えると、昨日の土砂崩れも、昨日を指定し集合させたのも、全ては皆を不安や苦しみに苛ますため…と思う……」

 悪魔であればの話だ。しかし、悪魔がこんな人前に悪魔として出て来れるのか…?


 「…祐さん…それに生きている間…どこかで悪魔のことが…頭から離れなかったと言ってました……」

 そうか。そこも不安を常に抱えて生きることになる。

 その不安が沸点に到達するか、忘れられる前にここに集めたのか?


 「萌香ちゃん、もしもだけど、悪魔と契約したとする。契約をする時はどうする?」

 萌香は少し頭を傾けた。分からないという事として、話を続ける。


 「契約は一方的に決めるものではない。

 両者がそれぞれの提案を出して条件を決め、それに両者が納得しないと契約とは言えない。

 しかし、今回のは違う。

 死から救う代わりに、何か分からない契約を結ばせた……」

 契約は両者の条件が見合った時に結ばれるものだ。悪魔からは条件の提示がない。


 「でも、これは契約ではない。一方的に提示されたものだ。なのに契約と言った。それだと必ず何かを求められると思うのが普通だ。

 これもまた、人を不安にさせた要因だと思う。悪魔の狙いが分からないと、それが本当かどうかも分からない……」

 契約と言いながらも、その内容が分からない。そんな状況が続くと苦しい状況のまま過ごすことになる。


 「ただそれも時が過ぎれば、夢か幻と思うかもしれない。偶然助かったと、どこかで思っていた。いや、そう思いたくなる。

 そうなると悪い夢と考えてしまい、退魔士などに頼る可能性が低くなる。

 人は都合の良いように考えることが多い。どこかに悪魔のことが頭に残ってても、それは悪い夢と思いそのまま生きていた、と俺は思う」

 萌香も理解してきたようで、頷いている。契約の理不尽さ、悪魔に助けられたことも時が経てば都合の良いように解釈する。


 「だから、俺は本当の悪魔ではないと思っている。

 悪魔を呼び出し契約するという話もあるけど、かなりのリスクと準備が必要なんだ。

 こんなに思いついたように人間を助けて、何かを契約するなんて聞いたことがないし、条約違反も甚だしい。

 普通の悪魔だと細かい条件を決めて契約を取り決める……。まあ、だいたい死んだら自分の奴隷にするのが大半だけどね」

 悪魔は多大な力を提供する、が存在自体を出すのではなく、あくまで地獄にいる悪魔の霊体の一部を映し出しているだけなのだ。


 萌香が考えるような顔になった。これ以上の推測もできない。

 気になる事はあるが、とりあえず体を動かしてくる、と言って部屋を出る。


 ロビーを通りかかった時に階段を降りて来た男と目があった。

 今まで見たことがない人物で、オールバックにあごヒゲの壮年の男だ。何かカッコいい。


 「あなたは…土砂崩れで帰れなくなったそうですね。大変でしたね……。ああ、私はここのホテルのオーナーです」

 オールバックの男が話しかけてきた。しかし、ここまで近くに来たら分かる……。


 「いやぁ、災難でしたよ。あなたも災難ですがね…群青百足!」

 オールバックの男に百足を飛びつかせた。ヤツは間違いなく。


 そう思った時に玄関のドアが開き、外に引っ張られるように吹き飛ばされてしまった。

 百足を床に引っ掛けたがその抵抗も空しく、あっけなく外に放りだされた。


 ホテルに駆け寄り、ドアを開けようとするが鍵が掛かっている。

 いや、ドア自体が動いていないのだ。封印したのだ…このホテル自体を。


 「おい!この程度なら、本気を出したらぶち破れるぞ!俺の助手に何かしてみろ…いや、何かしようとしたら消し飛ばす!」

 怒りがふつふつと湧いてくる。自分の迂闊さにもだが……。

 しかし、ヤツは俺を追い出すタイミングを計っていたのだろう。ロビーを通らないと、食堂に行けないのだ。


 『安心しろ。お前の助手には何もしない。用があるのはそれ以外のやつで、それ以外は不要だ……。

 が、ドアを開けたりするとお前が入ってきそうだからな。何もしなければ安全は保障する』

 俺の力を分かっているのか、何もしないと言ってきた。本当かどうか分からないが、注視するしかない。

 幸に確認したいことがあり、電話を掛ける。


     ・   ・   ・


 祐の言ったことを萌香は考えていた。


 やはり気になるのは、契約の内容…いや契約自体の不正な成立。

 悪魔との契約は細かな取り決めがあると言った。しかし、これは一方的だ。


 死の瞬間が見えた時に、助かりたいか、助かりたくないかと言われれば、助かりたいに決まっている。生存本能といってもいい。

 二者択一、しかも片方が絶望ならもう片方を選ぶ。契約と言うより、無理やり呪いを掛けたようなものだ。時限爆弾を抱えたような生を与えたと言っていい。


 そして、その生の代償が分からなければ架空のものだったと、どこかで思うのも無理はない。怖いけど、あれは幻と自分に言い聞かせた。

 しかし、夢の中で悪魔が呼びかけてきたことで、その忘れようとしていた恐怖と不安が爆発してしまった。そして、もしかしたら……。


 視界の端に何かが動いて見えたので窓の外を見ると、祐が飛び跳ねながら手を振っている。

 何かと思い窓を開けようとするがびくともしない。鍵は開いているのに……。携帯も圏外になっている。


 どういうこと? ロビーに出てみて、ドアを開けようとするが、びくともしない。

 それどころかドアが引っ張られた手応えがないのだ。


 他の客もロビーに集まってきた。どうやら異変に気付いたようだ。

 ホテルマンやシェフも出てきた。誰にもこの事態が理解できないのだ。


 「やっぱり悪魔のせいなのよ! 私たち、どうなるの!? 死んでしまうの!? そんな運命いやぁぁ!」

 女性が叫ぶと男性に泣きついていた。


 その女性の言葉で余計にこの場所はざわめきが広がり、混乱しだした。

 その時、オールバックの壮年の男性が2階から降りてくると声を掛けてきた。


 「私はこのホテルのオーナーです。この現象は知っております。皆さん、落ち着いてください。夜になれば全てが分かります。

 従業員の皆さんも、ゲストの皆様にいつも通り丁寧にご対応してください」

 「あなたは何を知っているんですか!? この現象って!? あんた、なんなんだ!?」

 女に泣きつかれていた男がオーナーと言う男に噛みついた。


 「私も話を聞いた身なので、これ以上は言えません。

 ただ、今夜を過ぎれば全てが元に戻るとのことです。まずは落ち着いてください」

 そう言うと、オーナーは2階に去って行った。従業員は納得は出来ないようだが、それぞれの持ち場に戻った。


 残ったのは、私と事故の被害者達だけだった。

 皆、絶望している。しかし、ここで何もしなければ…祐なら何かするはずだ。何をしたら良いのか……。


 気付けばランチの時間になっていた。

 しかし、誰もここから動き出せずにいる。ホテルマンの呼びかけに応じて、1人、また1人と食堂に行く。

 何をしたら良いのか、そればかりを考えていた。食事を取りながらも考えた。何かが引っかかっている祐の顔を思い出す。


 そうだ! ここにいる全員がバスに乗っていた被害者……。

 逆に考えれば被害者となったバスの乗員は全ているのでは? そして、どこに座っていたのか……。

 それを今、全員が揃っていると思われる人達に聞かなければ。勇気を…祐ならこれをするはずだ。


 「皆さん! …今から皆さんに…聞きたいことがあります! …それぞれに確認…させてください…お願いします!」

 自分に出せるとは思えなかった声が出せた。祐のおかげだ。あの人の真似をしただけだ。


 「何で、あんたに話す必要があんのよ!! あんたは部外者でしょ!?」

 よく人に食いかかる女性だと思った。深呼吸をして、思い出す。どう言うのか……。


 「…そう、部外者です……。でも、私は悪魔などに…詳しいです! 祓うこともできます! でも、悪魔の情報…それがないと戦えません……」

 「何で…あんたになんかメリットでもあんの……?

 もしかしたら…あんたも悪魔に何かされるかもしれないのよ!? 何でそんなことすんのよ!?」

 この女性の言う通りだ。でも、私が目指した、目標とした人はこんな事では諦めない。


 「…何でですかって……? 助けたいからに…決まっています!」


 この言葉に応じてくれたのか、食事が終わっても全員が質問に答えてくれた。これで大体の情報は集まってきた。

 多くの人が席から浮いてしまい運転席に激突するか、フロントガラスを突き破る瞬間が見えたとのことだった。


 あと、もう一度、メガネの男性の持つバスの滑落事故の写真を見せてもらった。

 これで頭の中に情報が集まった。祐が傘をさして少し離れた所から私を見ている。

 ちゃんとやってみせる。その力を込めた目を送った。


     ・   ・   ・


 夜のディナーも終わり、全員が食堂の丸テーブルに思い思いに座っていた。

 提供された飲み物に全く手を付けていない人もいる。


 緊張が限界なのだろう。皆、目を下に落としている。

 多分、部外者だから落ち着いているのか……? いや、ここからは私の戦いでもある。

 食堂のドアが空き、オールバックのオーナーが入ってきた。少し笑みを浮かべた顔をしている。


 「皆さん、お待たせいたしました。今日、ここに集まっていただいた理由をお教えしましょう」

 やはりと言うか、このオーナーが知っていたのだ。皆、オーナーの次の言葉を待っている。


 「皆さん、いえ、お一人は部外者ですね。その方以外は以前、バスの事故で命を落とすはずでした……が、私の力で皆さんをお助けいたしました」

 少し食堂がざわめき始めた。オーナーが悪魔であることが分かったからだ。オーナーは続ける。


 「さて、あの時に契約を結びましたね? 命を救う代わりに……その契約を果たしてもらうため、ここにお集まりいただきました」

 あくまでもオーナーは少しだけ笑みを浮かべている。その表情を全く変えず言い続けている。


 「では、その契約とは何か……。それは皆さんもお考えしたことでしょう……もちろん命です」

 この言葉で更なる動揺と悲鳴が上がった。まだ話を聞くべき時だ。出るタイミングではない。


 「皆さん、落ち着いてください。契約を結んだとはいえ、そのまま皆さんの命を貰い受けるのも悪いと思いまして……助かる方法をお教えします」

 オーナー、いや悪魔の言葉に希望が湧いたのか先ほどの動揺は落ち着いたようだ。


 「続けてよろしいようですね?

 その方法はある1人を殺すこと……。その人は、バスの事故で死んではいないのです。まあ、間違って私が契約をしてしまいました。

 その人物の命を救っていないのに命を貰い受けるのは、契約違反になります。そこで、契約をなかったことにしたいのです。あなた方の手でね……」

 悪魔はここの人達に、人殺しとそのための推理をさせようとしているのだ。


 悪魔の言葉に、バス事故の被害者たちは疑心暗鬼に陥ってしまった。

 全員が被害者だったのが、敵になってしまったのだ。


 「さて、私から話すのはここまでです。お茶でも飲みながら、見せていただきますよ。手当たり次第に襲うも良し、推理するのも良し……。

 どのような方法を使っても構いません。その1人が殺されるまではね。ああ、忘れていました。これをお渡しします」

 悪魔はそう言うと、突然それぞれの目の前に危なっかしいナイフが突き立てられた。


 「さすがに絞殺はこちらとしても、あまり気分が良くないので……。これなら、比較的楽に殺してあげられるでしょう」

 そう言うと、悪魔は今日一番の笑顔を見せた。お茶を飲みながら、ショーでも待ちかねているように。


 ナイフを手に取り、周りを見渡す者。ナイフから目を放せなくなっている者。1人1人を恐怖の表情で見ている者……。

 誰が死から免れていたのに、悪魔と契約をしてしまったのか……。それを必死で探している。

 1人が口火を切ると、もう止まらなくなった。誰が座った席なら死なない、運転手なら死なない、前の席にいれば死なない……。


 推理というより、思ったことを口走っているのだけだ。

 これは推理ではない。推理は情報がなければできない。


 止まらない意味のない推理を止めるかのように1人の男がナイフを刀のように構えた。怪しい者を殺そうと考えたのだろう。

 悪魔はその姿を見て、笑顔が歪なものに変わっていった。ここら辺が限界だろう……。一番のタイミングだ。


    ・    ・    ・


 自分のテーブルをひっくり返す。

 陶器の割れる音にテーブルが倒れた鈍い音、どちらも皆を注目させるにはうってつけだった。


 「…皆さん!……先ず、言います。…皆さんは死んでいません……」

 その言葉に全員が注目してきた。


 「いや、それはおかしいよ。俺達は死ぬ瞬間を見たんだぜ!? 死んでないなんて」

 1人で来ていた男が言った。そう死んでいないのだ。


 「…皆さんは…死ぬ瞬間を見たんですよね……? 死んだ後ではなく…その前の瞬間を……。それは死んでないから見れなかった…いえ、見せられなかった。

 …死んだ光景は都合が悪いから。……だから見せたのは自分の死ぬ瞬間だけ……」

 「死ぬ前に助けたって、おかしくないじゃないか? 死んだら生き返らせられないかもしれないだろう?」

 また同じ男が質問してきた。よほど、死んだことに固執しているのかと思ってしまった。


 「…そうですね…それほどの力がないのかもしれません。…なのに契約は…命をよこせ……。

 そして、その解決策を提示します。…契約が不成立の誰かを殺させるという……。

 皆さんの命を助ける力があり…命を寄こせと言った者が…契約をなかった事にすると言いました……。

 …それなら、その正体が分かっている誰か以外を殺せば…契約違反者の命以外は手に入りますし…契約の不成立の問題は済みます……」

 悪魔の顔が険しいものに変わっているのを横目に見た。まだこれからだ、と気を引き締めた。


 「…続けます……。この悪魔は誰も救っていない…救ったというイメージを…皆さんに植え込んだ…自分だけが死に行く光景を見せて。

 そして、一方的な契約を持ち掛けました……。いえ、契約ではなく言葉による呪いを……。

 皆さんが生きていても…常に悪魔の事を…どこかで忘れないように……」

 悪魔が立ち上がろうとした。遮る気であろう。


 「…悪魔さん…あなたは立たないで…ゆっくり聞いてください。…間違っていれば、話の後で…反論してください……」

 そう言うと苦々しい顔をして椅子に戻った。さっきの優雅な感じは全くない。


 「…先ほど契約と申しましたが…契約は双方の合意により…成り立ちます。…それはお互いが提案し…その条件に納得することです……。

 それなのに、条件も告げずに契約を無理やり結んだ……。これは先ほどの…契約を間違って結んだのと…変わりません。

 …契約ではないのですから…何の効力もありません……」

 私の言葉に皆の視線が集まっている。固唾を飲むとはこんな感じなのだろう。


 「…あと、死んでいないのは…あの方の週刊誌を見て下さい。…バスの滑落事故なんです…多少は急な坂です……。

 皆さんの死んだイメージは…落下していくバスから…自分が下に叩きつけられるイメージです……。

 しかし、この記事には…滑落事故としか書かれてません……。

 もし、断崖絶壁から落ちて皆さんが助かれば…週刊誌の見出しも…奇跡とか何かをつけて、もっと大々的に…取り上げるはずです……」

 そう滑落事故で、斜面をバスがすべったのだ。

 しかし、周りからしたら事故で死んでいないことは喜んでも、斜面で助かったなと言う人物は少ないと思う。


 「…人は都合の良いように信じます……。死んだことから…悪魔でもなんでも良いから…助かることができたと……。

 そして、逆に自分に都合が悪いことには…目を背けます。…自分たちの事故の記事…きちんと読まれた方…少ないのでは……?

 …死に行くイメージが残っているから…見たくない…知りたくないのは…当然です。…この悪魔はそこを狙った……。

 …どんなに都合良く考えても…悪魔の存在をどこかで考え…苦しみに悩まされる人々の気持ちを食らうために……。

 …命を奪うような契約はできていない……。その上で人が出す不安や恐怖を…増長するような解決策……。

 これは死の契約でも、運命でもなく、悪魔の…いえ、悪魔もどきが好物を得るための罠なんです……」

 皆がどよめき、悪魔…いや悪魔もどきに振り返る。悪魔もどきは下を向いて顔が見えない。


 「…私の推理では…ここまでです……。あとは悪魔さんの…お話を聞きましょう……。具合が悪そうですが…どうかされました?」

 悪魔もどきが顔を上げた。その顔に皆が悲鳴を上げる。


 人の顔のパーツがバラバラに配置されているのだ。まるで福笑いのように。

 「この小娘が!黙っていれば見逃してやったものを…。

 まあ、こいつらからたらふく食わせてもらったから力が余っているんだ…とりあえず死ね!」

 悪魔もどきの手から黒い火の玉ようなものがいくつも現れ、私に目掛けて飛ばしてきた。


 「コマちゃん!」

 集中し、その名を呼ぶと目の前に柔らかな光が広がった。

 それに覆いかぶさるように黒い火が襲い掛かってきた。


 「あとは他のやつらを殺すだけだな……。生きたければ、さっき言ったように殺しあえ。1人だけなら生かしてやるぞぉ?」

 悪魔もどきは、また酷な提案をしだした。でも、私も戦える。


 聖水を入れた金属の丸い筒状の物の先にあるピンを抜き、悪魔もどきの方に転がす。

 数秒後に訪れる破裂音と飛び散る聖水に備えて……。


 「ああああああぁぁぁぁ、あぁああぁぁぁ、熱い熱い、誰だ誰だ誰だ!! あああぁぁぁぁ、痛いいぃぃ」

 破裂音が響き聖水を被った悪魔もどきが悶絶し、絶叫している。


 聖水噴射筒と言っていた。祐のバックにある退魔用の道具の1つだ。

 ビンに入った聖水もあるが、当てる自身がなかったので、こっちにした。


 部屋が水しぶきと霧状になった聖水でうっすら白くなっている。

 常に、この中にいることは非常に苦痛だろう。


 「おおおおおおおおおお前ぇぇぇぇぇぇ! なぁぁぜ死んでなぁぁぁぁぁぁぁ、痛いぃぃ熱いぃぃぃ!」

 「…簡単な話しです……。私のコマちゃんが守ってくれました……」


 悪魔もどきはすでに人間の体ではなくなっている。

 顔は人間の顔を少し残した動物の様で、4足歩行のようになって筋肉が盛り上がり服を引き裂いている。


 「…もう人間の形も…維持できなくなりましたか……。コマちゃんは…私の守護化身です……。あなたの攻撃なんて…怖くありません……」

 柴犬にモコモコの靴下を履いたのような足、足の付け根には炎のようなものが揺らめいている。

 尻尾も一本の太い尾と枝毛のように分かれた短い尾がある。何故か、背中に羽がある。

 今はこっちに来て、甘えているが悪魔もどきの行動を察知し、臨戦態勢に入った。


 「犬ころぉぉぉぉ、死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 口から先ほどの倍以上はある大きさと数の黒い火の玉を飛ばしてきた。

 コマは唸り声を上げ、着弾する前に何度も吠えた。


 コマの力、吠えることで防御するための透明の壁を何枚も出す。

 それを使って先ほども防いだ。今回も複数枚掛けている。

 何度も火球が襲いかかって来たが、私に届くことはなかった。


 「くそがぁぁ! くそがぁぁぁぁ! 人間…人間を食わせろぉぉ!」

 悪魔もどきが他の人を狙おうとしている。コマの一番強い力を思い切りぶつける……。


 「コマちゃん! 吹き飛ばして!」

 私の声を耳にしたコマは大きく遠吠えをする。

 悪魔もどきが何か気になったようだ。でも、ここまで……。


 コマの口から突風が放出された。

 他の人も皆、顔を防いでいる。が悪魔もどきは違った。その体が小さくなっている。


 コマのこの突風は邪気や悪霊、怪異などに対して、その力を消し飛ばす、または削ぎ落とすものだ。

 悪魔もどきの体が小さくなっているのは、その効力によるものだ。


 しかし、怪異には決定打にはなりえない。

 力を減らすことに力を注いだからだ。あくまでも護身用との祐の考えから。


 今、分かった。悪魔もどきは狐が正体なのだ。

 大きくなっていた部分がなくなったので貧相な体になっている。


 ここまで弱らせた。あとは他の退魔用の道具でヤツを倒さなければ……。

 その考えを巡らせていると、狐は他の者に飛び掛かっているのが見えた…霊力を補充するために。

 間に合わない……! そう思ってしまった。


 次の瞬間、狐の姿がなくなり、代わりに百足がうねうねしていた。


     ・    ・    ・


 怪異の正体が分かり結界を解くことができたが、萌香の成長が気になり、ついつい見惚れてしまっていた。

 流石に一般人に手を出しかけたので、祐は群青百足を使って処分をした。


 しかし、萌香の成長っぷりには驚かされた。あれだけのことを1人でこなせたのだ。

 師匠として嬉しく思う反面、心配もしてしまった。


 割ったガラス戸から食堂にお邪魔する。萌香に近づき、頭に手を置いた。


 「萌香ちゃん…頑張ったね。正直、ここまでできるようになっているなんて。えらいえらい」

 萌香が少し恥ずかしそうだったが、ここにいる多くの人を救ったんだ。褒める以外に口にする言葉が見つからない。


 「萌香ちゃん、とりあえず皆を安心させるために言って。これで本当に皆が救われるんだ」

 こちらの言葉で思いが伝わったのだろう。真剣な表情をして頷き、萌香は前に出た。


 「…皆さん! …今まで皆さんを苦しめてきたもの…悪魔は倒しました。

 …もう怯えることはありません……。安心して生活を送って下さい!」

 その言葉に事故の犠牲者達は喜び、涙する者もいた。何人も萌香にずっとお礼を言っている。

 女性陣からは熱い抱擁もされているようだ。とりあえず、男が来たらパンチしようと思った。


 「…今日からゆっくり寝れます……。皆さん…安心して眠って下さい……」

 昨日からあまり寝れなかったであろう人々は歓声を上げていた。

 俺はあまり安心できないことは、言わないでおこう。


 昨日の夜と変わらず、できるだけ萌香を見ないようにする。

 話す時も、どこか遠くを見るようにする。


 「…祐さん…今日はありがとうございました。…私だけでは…退治できませんでした……」

 あれだけの事をやってのけたのに、まだ自分に自信が持てないのだろう。


 「何度でも言うよ…萌香ちゃんはえらいんだよ。それに頑張った結果、怪異と戦うことができることが分かったでしょ?

 その力で人を助けることができたんだ、えらいよ…本当に」

 1人で戦うのは怖い。俺もその思いを味わったのだ。

 それでも、怖くても萌香は立ち向かった。これを褒めずしてどうする。


 少し笑顔になった萌香を見て安心した。携帯に着信のランプが点る。

 開くと天からだ。まあ、来るだろうなとは思っていたが…『今日で2泊目ですね。何か楽しいことありました?」。


 キャラクターも添付されているが何か怒っている気もする。

 『食事も美味しくて、景色も良いよ。雨を除けばね。天ちゃんを今度連れて行かなきゃ』と返信した。


 とりあえずはこれで良いかと思った。機嫌が良ければ、とりとめない会話になるだろう。

 そう思っていると萌香が笑った。嫌なことしか思いつかない。


 「萌香ちゃん、天ちゃんからだろ? 今度はなんて言ってきたの?」

 「…天ちゃんも心配症ですね。…万が一…億が一にも…何かするかも…だから注意して…って……」

 億って……。それなら心配は不要じゃないか。少し笑っている萌香に、俺も笑って返した。


     ・   ・   ・


 ホテルでの騒ぎ分を請求されるかと思ったら、それはなかったことに安心した。

 オーナーは出勤してきていなかったそうだ。狐が化けていたのだろう。


 もう土砂の撤去がある程度かたづいたので、通ることができるとのことだった。やっと帰れることに安堵した。

 朝食の時にも萌香は皆からお礼を言われていた。タダ働きだが、この時の喜びを忘れて欲しくない。


 車を走らせていると、思い出したことがあった。今回の怪異についてだ。


 「萌香ちゃん、今回の怪異なんだけど、「恐苦狐こくぎつね」ってやつみたいなんだ。

 人の不安や恐怖が好物な怪異。だから、1日早く人を呼び寄せたんだろうね。カウントダウンに怯えさせて……」

 あとはあの殺し合いだ。あれを止めたのも間違いなく、萌香の勇気だ。


 「…私は…祐さんに助けて…いただきました。1人では無理でした……」

 「俺は何もしてないよ。全部、萌香ちゃんが考えて、その中から真実を見つけたんじゃないか」

 多少は俺の推測を元にしたとしても、キチンと導きだしたのは萌香の力だ。


 「…私には…祐さんの背中が見えました。…まだ立ち向かおうとする、その背中が…力をくれました。…ありがとうございました……」

 そんな風に見えたのなら嬉しい限りだ。


 「助手にはカッコ悪い背中は見せられないもんなぁ。ちゃんと目に焼き付けておいてくれよ」

 素直にうなずく萌香に、すこし恥ずかしいことを言ったことにちょっとだけ後悔した。


 またの連泊で都家には本当に申し訳なく思ったが、話はしてあると言って。玄関の前で萌香を下ろした。

 今日は学校に行くと言ったが、今からだと遅刻かなぁ、と思いながら事務所に帰った。


 事務所のドアを開けると珍しく幸がソファベッドにいない、と思ってたら冷蔵庫から俺のチョコを取り出していた。


 「ありゃ? お帰りなさ~い。また萌香ちゃんと2泊もするなんて罪な男ですねぇ。罰としてこのチョコはいただきま~す」

 「なんの罪状か述べて欲しいものだね。ってもう食べてるし! 俺、本当に頑張ったんだよ? あんまりじゃない?」

 目の前で自分のチョコが食べられていくのは悲しいことだ。


 「まあ!? 頑張ったなんてそんな!? …どうせ同じ部屋で悶々としたぐらいでしょうねぇ」

 「うるせぇ! 分かってんなら口に出さないで!」


 昔は口数も少なく、表情に乏しくかった萌香が、今ではあそこまで成長するとは……。人の成長には驚かされる。

 いつか自分の背中を追い越すかもしれない。だが、守ると決めたからには前を走り続けようと心に決めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ