秘剣 活殺自在
剣術とは古来から人を殺すための技術であった。
その技術も体系は様々で多くの流派が発生していった。
そうなると自分達こそが一番であると、その力を誇示するために流派の違う道場に行き、そこの門弟などと勝負をするのだ。
これを道場破りというが内容は真剣ではなく木刀であり、場合によっては相手の道場を持ち上げるためにわざと負け越して、客として道場に招いてもらう者もいたと言う。
しかし現代と違い、剣術とは人を殺してこそのもの、と考える者も少なくなかった。
特に戦国時代などには切った人数などを挙げて剣術を見せ、その国の剣術師範になるものもいた。
ただ、名声やお金を求めて剣を振るう者ばかりではない。
自分の限界を試すかのように、命を捨てて戦う者もいる。生き残れば剣豪という名を後世に残すこともできる。
しかし、すべてが華やかな訳ではない。光あるところ闇ありと言うように、輝かしい剣豪もいれば闇に隠れた剣豪もいるのだ。
そんな剣に生き、魂を燃やした者が、時を超え再度対峙した者について今回は話をしよう。
・ ・ ・
6月上旬
見た目から重そうな黒い雲から落ちてくる雨の中、祐は車の中から浮気調査を進めていた。
式神に任せていることは多いが、事務所にずっといるのも何か悪い気がして一緒に調査をしている。
雨の中なのに元気が有り余っているのかねぇ? と思ってしまう。
まあ、そういう人間にはその世界に没頭して、季節の変化にも動じないのだろう。
そう思い直して、またカメラを覗く。今日は外れかな、と言い式神に任せることにした。
ただでさえこの雨だ…気分が良くない仕事に、更に気分が重くなる。
事務所に戻ると幸と萌香が喋っていた。最近、ちょいちょい見る光景だ。
「ただいま~。2人で何話してたの?」
気になったことをそのまま聞いてみた。オカルトの類に萌香も色々勉強をしているからかもしれない。
「お帰り~でぇす。また式神ちゃんに仕事を任せたんですかぁ?
ここも式神ちゃんに乗っ取られる日は近いかもですねぇ」
「…お帰りなさい。…そちらのソファにタオルを出しておきました……」
何と気が利く助手であろう。寝転がっているアシスタントとは雲泥の差だ。
「萌香ちゃん、ありがとう。ところで、2人で何を話してたの?」
何か無視されたようで寂しかったので、もう一度聞いてみた。
「乙女の会話に男の人が入るもんじゃないですよぉ。祐さんに乙女心は分からないでしょうしぃ」
幸は怪異の心は読めそうだね、と言葉にしたかったのは飲み込んだ。
事実、理解できないところが多い。
自分の机に座って、目を瞑る。寝る訳ではなく、物思いにふけるでもない。ただ、雨音は結構好きなのだ。
濡れるのは勘弁だが、音としては地面に落ちるもの、雨どいから出るもの、建物に打ち付けられて下に落ちて行くもの……。
様々な音が織りなす1つの曲のようで梅雨の中で楽しい一時だ。
そんな自分に酔っている時に、携帯のメッセージ着信音が鳴った。
見ると、前に天と遊びに行った際に買ったゆるキャラのぬいぐるみと、嫌そうにしている天の妹の写真が送られてきた。
メッセージには『こんな顔してるけど、すっごく喜んでいるから。ありがとう、ダーリン』。ダーリンて、あんた。
まあ、天の悪ふざけだろうと思い、『任せろ、ハニー。俺の財布は悲鳴をあげてるけどね』と返しておいた。
「いやぁ、やっぱりキモいですねぇ。萌香ちゃん、さっき話した通りでしょ~? この顔を見せられるのは軽い拷問ですよぉ」
幸が俺を見ながら、本当に酷いことを言ってきた。
「ちょっと待て。キモいまでは許す、認めたくないけど許す。
でも拷問はないでしょ? そんな話を萌香ちゃんとしてたの!?」
萌香の方を向くと顔を背けられてしまった。少し肩が震えているように見えた。
「萌香ちゃんが笑いにもだえているじゃないですかぁ。
生まれてこの方で人生初の彼女にデレるのも分かりますが、もうちょっとしゃんとしてくださいねぇ」
言った覚えはないが、よほど顔に出ていたのだろう。
これからは自分の顔を見るための鏡が必須かと思ってしまった。
だいぶへこんだところに、携帯の電話着信を告げるメロディーが流れる。
表示名は家だった。なんか嫌な気がする……。
「あ、祐さん、お仕事中でしたか? 申し訳ありません。リリエール様が、」
「早く帰って来ぬか、化け物人間。腹が減って仕方がないわ。至急じゃぞ、至急」
リリエールは一方的に電話を切った。仕方がない今日は帰るとするか。
2人に今日は店じまいと伝えて、家路につく。
家に挨拶をして帰ったことを伝えると、食堂から待ってましたと言わんばかりにリリエールが扉を思いっ切り開けて出てきた。
「お主はわしを餓死させる気か? もう空腹で空腹で…ほれ、近こうよれ」
血を与える側が向かうのもどうかと思うが、仕方なく近づく。
抱きつかせようとして手を広げたら後ろに下がられたため、そのまま前に進むと今度は前に飛び込んできた。
「ちょ、なんでフェイントを掛けるんですか? ていうか、近い! 近いから、早く吸ってください」
妖艶な美女に飛びつかれたんだ。照れない方がおかしい。しかし、少し違うことに気付いた。
「まったく、いつまでも初々しいのぉ。からかいがいのある男じゃ。それでは貰うぞ」
なんか最近、吸う量が増えた気がしたと思ったら、また気持ち良くなった。
「リリエールさん、お腹の子…もしかして大きくなってませんか?」
そう聞くとリリエールは目を丸くして返してきた。
「そうなのじゃ。ここの屋敷のお陰なのか、ゆっくり休めているからか。もしくは化け物人間が血液を安定供給してくれるからか……。
どれが原因か分からぬが、成長が前より早くなっておる。
まあ、そもそも逃避行ばかりで食事にありつけぬことも間々あったからのぉ……」
言われればそうだ。ここに来るまではヴァンパイアの生き方としてよくあることだ。
しかし、妊娠している者がそんな生活を送って子が育つとも思えない。
「なら良かったです。こっちも嬉しくなりますね。血を吸われるのも悪い気がしなくなってきましたよ」
リリエールが俺の言葉に笑いとともに返してきた。
「化け物人間は相変わらず面白いのぉ。まあ、嬉しくなったのもわしのお陰じゃな。わしにしっかり血を飲ませるんじゃぞ」
そう言うと、自室に戻って行った。食堂から出て来ていたシュタルクが笑っているので、おそらくリリエールも嬉しかったのかもしれない。
血液パックにできるだけ血を保存しようと、献血用の機械を使って血を抜いている。
針を刺すときはシュタルクがするが、流石というか滑らかだ。
「いつもすいません。いっぱい保存していただいて」
シュタルクが申し訳なさそうな顔で言った。
「いえ、もし何かあってしばらく帰れない時があったら困るでしょ? 特にリリエールさんがなんて言うか」
2人で笑って、しばらく血を抜いていると、携帯の電話着信のメロディーが流れた。
表示されている名前は神尾 誠治であった。
・ ・ ・
梅雨独特の体にまとわりつくような湿気の中、実況見分や鑑識を行っていた。
雨は止んでいるようなので、警察も多少は気が楽だろうと思った。
いつも通り、規制線の一番前に出て神尾が出てくるのを待つ。
しかし、出てきたのは立花であった。手をこちらに振るのはどうかと思う。
「いやぁ、守屋さん。こんなときに申し訳ないです。
あ、この間は事件を解決してくれてありがとうございました。あれの真相はなんだったんですか……?」
立花、お礼が遅すぎるし依頼するときは先に言えと思ったとき、奥から神尾が近づいてきた。
「立花! お前、守屋さんにご迷惑を掛けたんだろう。もしかして、今お礼を言ったんじゃないだろうな?」
神尾の厳しい顔の迫力はなかなかである。立花がタジタジになっているので、仕方なく助け舟を出す。
「神尾さん、被害者の死体が見れるようになったら見せてください。よほど奇妙なものなんでしょう?」
湿ったブルーシートを潜り、被害者の所へ向かう。今回もキツイのでなければ良いが。
「守屋さん、こちらです。この男が今回見てもらいたい被害者です」
一見普通のヤンキー風な男だ。目立った外傷は心臓の位置に血が滲んでいるだけか?
「神尾さん、これは普通の遺体じゃないんですか? 何が怪異と結びつくと思ったんですか?」
今、見ただけでは特別すごい何かがあった訳ではなさそうに見える。
「実はこの男、人を殺して指名手配されていたんです。しかし、殺された。
実は、同じように人を殺した者が別の者に殺されるという事件が3件続いております。
すべてチンピラだったりと素行の悪いやつ等ですが、人を殺した人間が次は殺されて、同じように人を殺した人間が次は殺される……。
おかしいと思いませんか?」
神尾の話だ。間違いないであろう。
怪異ならば、なにかしらの痕跡があるはずだ。しかし、目立った痕跡は残っていない。
「神尾さん、被害者の共通点などはありますか?」
「素手での喧嘩と、致命傷はすべて心臓を一突きしたものが共通点です。
人間関係などは今のところ有力な情報は上がっておりません」
素手での喧嘩なら分かるが、心臓を一突き? 喧嘩なら勝負がついた時点で終わりじゃないのか? わざわざ殺すほどの怨恨や怒りがあったのか?
いや、それなら何度も刺すことが多い。一突きで殺すなど、殺し屋みたいなものだ。
「神尾さん。あなたが気にされている点は、先ほどの殺人の連鎖と、この心臓の一突きですね?
良ければ、胸の傷に指を入れても良いですか? 素手になりますが……」
「守屋さんの仰る通りです。心臓を一突きできる人間はそうはいません。
あと傷に指を入れたことは、何かあればすぐにこちらでフォローします」
神尾は相変わらず理解が早い。それでは、と傷口に指を突っ込む。
神経を研ぎ澄ませ、怪異の痕跡がないか……。ここは心臓? ここに怪異の痕跡がある。
「神尾さん、結果から申し上げます。おそらく怪異の仕業です。
しかし、人を殺して乗り移っていくようなヤツがいたかどうか…アシスタントに聞いてみます」
神尾は目礼をして見送ってくれた。幸に電話を掛ける。
「はいは~い、幸でぇす。今日は店じまいですよぉ~、ガラガラガラ~」
「ごめんごめん、無理に店じまいにしたことは謝るよ。
で怪異でさ、人を殺したヤツが別の相手に殺されて、その別の相手が更に別の相手に殺されてる。そんな人を渡り歩くような怪異いたっけ?」
かなり端折った言葉で質問をしてしまったが、幸ならこれだけでも通じるだろう。
「う~ん…。んん~、人に憑りついて殺すまでは分かりますが、殺した相手に乗り移るのは、あまり怪異らしくありませんよねぇ。
乗り移った相手が善人だったりしたら、怪異には大損になりかねませんからね。
基本的に怪異は憑りついた人間やその周囲をターゲットにします。
ただ、怪異に何かしらの目的があっての殺人ならあり得ます。それが何の為かは分かりませんが……」
幸に礼を良い、神尾の元へ戻る。
「守屋さん、今、本部に問い合わせたところ、もう一つの共通点が見つかりました。
全員、自分から喧嘩をふっかけていたそうです」
神尾から1つの情報がもたらされた。
・ ・ ・
神尾には怪異ではあるが、思い当たるものはないことを言い、司法解剖の際には立ち会わせてもらえるようお願いした。
雨は降っていない。夜を照らす月を隠していた雲が少し減ってきた。
家に帰ると、庭でマゴロクが素振りをしていた。
「マゴロクさん、今日も精が出ますね。って、最近は雨続きでしたから久しぶりになりますかね?」
マゴロクは素振りを止めないまま、返事をした。
「刀を振るわねぇとなぁ。なんか落ち着かねぇんだ……。やっぱり刀があっての俺って事だな」
刀があってこそ、か。マゴロクには刀が自分の半身なのかもしれない。過去は知らないがそういう世界に生きていたんだろう。
「ほどほどにしておいてくださいね。風邪は…引かないかもしれませんが、ほどほどに」
俺を見てマゴロクは少しだけ笑い、素振りを続けた。
家に帰ると、シュタルクからお茶に誘われた。
どうやら家と同じ紅茶の香りがシュタルクも好きなようで、その匂いに家もシュタルクも酔いしれていた。
「そういえば、シュタルクさんは紅茶が好きですが、リリエールさんやマゴロクさんは何が好きなんですか?」
普段から話すが、こういったちょっとしたことを聞いたことがないことが度々ある。多分、他の会話が楽しいのかもしれない。
「リリエール様も紅茶がお好きですよ。私のとは違う茶葉を好まれますが。コーヒーはダメみたいですね。
祐さんが好んで飲まれているのを見て、『化け物人間だけあって苦いものが好きなんじゃろぉ』っと言っておりました」
シュタルクと思わず笑ってしまった。酷い言われようだが、リリエールの言いそうなことである。
「マゴロクは緑茶ですかね? やはり、こちらの出自ですから、口に合うのかもしれませんね」
あ~、やっぱり日本人か、と改めて思った。まあ、名前からしてそうとは思っていたが。
上半身裸で、汗が眩しいマゴロクが食堂に入ってきた。
「おっ、なんだ。まだ起きてたのか? もう寝てる頃かと思ったぜ」
喉が渇いたのか水を飲みながら、こちらを横目で見ながら言ってきた。
「いやぁ、ちょっと事件の依頼があって、悩んでるせいもあってかこんな時間まで起きちゃいました」
水を飲み干すと、マゴロクが俺を向いて聞いてきた。
「お前も人が良すぎるんじゃないか。まあ、そこが良いところかもしれんが……」
マゴロクはぶっきらぼうだが、意外に優しい。優しいから3人で旅をしていたのかもしれない。
ふと、気になって聞いてみた。剣の使い手の2人なら、心臓を一突きするのは容易かと。
「私個人としては難しくはありません。武器自体も突くことに特化していますから」
なるほど。レイピアは切ることもできるが、突くのが主目的なのか……。
「俺も難しくはないが、やっぱりぶった切る方が好きだからなぁ。
細かい技も使わにゃならん時もあるが。って、何でそんな事を聞くんだよ?」
シュタルクとマゴロクに今回の事件を話して見た。
心臓を突くのは2人には難しくないが、素人にはとてもじゃないが……。
「お前、心臓を一突きされたのはどっちだ?」
一突きされたの? もちろん死んだ方が刺されていた。生きている方は行方知れずだ。
「お前の事件と関係があるかは分からんが、似たような剣技があった。
その名前は『活殺自在』……。その名の通り、生かすも殺すも自由自在ってやつだ」
シュタルクがマゴロクにお茶を出すと、それを一口飲んで話を続けた。
「その剣技は秘剣だ。他の誰にも見せちゃあいけねぇ。
何故かと言うと、その技は暗殺剣だったからだ……。表に出てはいけない、知られてはいけない技……。
俺はその昔、力こそがものをいう時代に生きていてな。
まあ、剣客で腕が立つ者がいると聞きゃあ飛んでいく、強い道場があれば乗り込んで暴れた訳よ」
マゴロクならやりかねない気がした。時代もワイルドだが、本人もワイルドだ。
「そんな中、1人の男と俺が対峙する機会があった。
まあ、俺も悪名だけは上がって来てたから、名声欲しさに狙ってきたのかと思ってよ、本気で臨んださ。
しかし、隙が見えなかった。あれだけ色々な戦いをした俺に見えなかった。おそらくヤツもそうだったようで、距離を縮めては離れ、構えを変えては元に戻す……。
目に見えない決闘って言やぁいいのか? そんな感じで結局、戦わず終いさ。
ただ、そんなことがあった所為か何故か仲良くなっちまってよぉ。しばらく泊めてもらってたんだ」
そう言うと、マゴロクは緑茶に映る自分の顔を眺めて、また一口飲んだ。
「そんな時、ヤツが夜更けに出て行くのが見えてな。まあ、気になって物見遊山程度に行った訳よ。
そうしたら、夜道を歩く侍を背後から一突きしたのさ。
不意打ちなんて卑怯という考えが残っている時代でもあったから、俺はヤツを咎めたんだ。
そうしていると刺された侍が立ち上がって、また歩き出したんだよ。
月明かりの中、よく見ても血が落ちてなかったんだよ。
しかし、確かに突いたのは見えた。俺はヤツに問いただした。いったい何をしたのかと……」
刺された相手が立ち上がって動き出す? そんなことがありえるのか? マゴロクの次の言葉が気になる。
「ヤツは言った。暗殺剣である、と。
次の日、城下町ではある侍がその国の重臣を切り殺し、自分もその場で死んだことを知った。俺はすぐにヤツの元へ向かったよ。
ヤツは静かに、たき火に木をくべていた。そして言ったんだ、『あれが秘剣 活殺自在。殿の命があれば、暗殺剣を駆使して敵を排除する』とな。
だから、ヤツはあれだけの力を持ちながら、表舞台に上がれなかったんだ。ヤツの暗殺剣が求められ続ける限りな……」
その時代に剣豪と呼ばれれば後世にまで名を残せるのに、それができなかったその人はどう思ったんだろうか。
「結局、種明かしはしちゃあくれなかったが。
自分の念を込めた刀で心臓を一突きし、その念を相手に送っているような感じのことは言ってたぜ。
まあ、一種の神業というか、与えられても嬉しくない力と言うか。ヤツも無念だったろうよ……。
剣客として生きれずに、暗殺者として人生を送る。俺はご免だね」
そう言ってお茶を飲み干すと、マゴロクは食堂を出て行った。
・ ・ ・
翌日
昨日のマゴロクの話を事務所で整理していた。
人を刺して、その人を生かし、別の人間を殺し、殺した人間も死ぬ。
このままであれば、マゴロクの話した剣術使いの技の結末になる。
しかし、今回の事件は、人を殺した者が、別の人に殺され、その別の人も、また別の人に殺される。
似てはいるが、根本的に違うのは剣術者がいないことだ。結局、どちらかが生き残り、片方は死んでいる。
では、なぜそのようなことをしたのか。もしかして……。
神尾に確認の電話を掛ける。
「神尾さん、守屋です。2件聞きたいことがあります。
先ず1件目ですが、殺された者の相手はドンドン強くなっていませんか?
喧嘩屋からボクサー、ボクサーからキックボクシングのように、その格闘技や競技の優劣は別として、強い相手に喧嘩をふっかけていませんか?
2件目は凶器なのですが…日本刀ではありませんか?」
神尾は黙って聞いていた。何か理解できたのか?
「守屋さん、もしかして今回の怪異は自分から強い者に殺されに行って、ドンドン強い体を手に入れているということですか?」
そう、一般的にはそう思う。
しかし、いくら喧嘩をふっかけられたとして、相手を殺すまでには至らない。
「神尾さん、近いけど間違いです。最初は単純に人を殺しています。仰ったとおり、この怪異は強い体は求めているからです。
ですが次以降は、先に勝ったのは死んだやつの方です。
死んだやつが、強い肉体を求め、殺して憑依する。その前に憑依していた体は死を迎える、と私は考えています。
発見されたやつが死んだのは、元々そいつが死んでいたからです。
そうして、ドンドン強くなっていきます。なので凶器の件は早めにお願いします」
神尾は依頼の件は了承してくれた。おそらく、すぐに調査をしてくれるだろう。
あとはこちらの仕事だが、もし今回の事件が推測通りなら、何らかの怪異にぶつかる可能性がある。幸に電話を掛ける。
「幸ちゃん、怪異でこんなやつはいなかったか調べてもらえないかな?」
必ずあるはずだ。マゴロクの見た秘剣 活殺自在…それが事件のカギになっているはずだ。
夕方に、神尾から連絡が入った。凶器は日本刀でほぼ間違いないと。
あと、喧嘩をふっかける相手だが、確かに自分よりガタイが良かったり格闘技経験者だった、と。
神尾に礼を言い、考える。
どうしたら怪異をあぶり出せるのか。手当たり次第ではない。自分より強い肉体を求めている。
しかも、時間が経てば経つほど犠牲者は増える。
方法を色々と考えるが、これしか思い浮かばなかった。
・ ・ ・
夜の街を色とりどりの看板が照らしている。昼間と違って、幻想的に見えなくもない。
人々の喧噪もどこか祭りでもやっているかのように陽気だ。
あてどもない散歩ではないが、こういう景色をまじまじと見るのも悪いものではないと思った。
すでに分かっていることだが、後ろから等間隔でついてくる者がいる。
敵意という訳ではないが、人を品定めしているような粘っこい視線を感じる。
わざと人気の少ない、脇道に入っていく。やはりまだ付いてくる。ならば、あそこの公園がいいだろう。
歩みの速度は変えず後ろに敵意も見せない。ただ、散歩をしているだけにしか見えない感じを装う。
公園に着いた。街灯の下で背中を見せたまま、立つ。ヤツの反応を知るために。
「おい、お前! 何、人に背中むけとるんじゃ! ふざけるな、こっちを向け! ぶん殴ってやる!」
後ろから付いて来ていた者が、距離を縮めて俺に挑発を仕掛けてきた。
おもむろに、後ろを振り返るマゴロクであった。
「いよぉ。何百年ぶりになるか俺もよくは覚えてねぇが、かなり久しぶりになるな。元気にしてたか?」
俺は今、自分に挑発してきた相手に親しげに話している。相手は少し動揺したように後ずさりした。
「おぉい、ちょっと逃げんなよ。一緒に飯食った仲じゃねぇか。昔話ぐらいしねぇか? 酒なら昔のより断然美味いのがあるぜ?」
こっちの問いかけに反応してこない。やはり守屋の言った通りかもしれないと思った。
「全く…つれねぇなぁ。ま、刀になったら喋れないか……。それとも…偽物だから俺と喋ることはないってことか?」
相手がどう動こうか考えているようだ。しかし、こちらはどう動かれても対応できる距離を取っている。
「仕方がねぇ。今日は止めにして明日にしようや。
明日の朝か昼ぐらいに、街の北側にうってつけの森がある。そこの開けた場所で待っててやるからよ。とりあえず、今日は帰んな」
そう言うと、相手は来た道を戻って行った。守屋の言っていたことを思い出す。
『影憑真似付鬼』、守屋はそう言った。
この怪異は人の影に住み着き、その人の持つ技術などを習得し、影をつたって別の人間に乗り移るらしい。
別の人間は怪異によって、前に住み着いていた人物の能力を引き継ぐことができる。
しかし、その技術も人の影を移動すると、憑りついていた人間に怪異からもたらされた技術をすべて失ってしまう。
急に何かができるようになった喜びの頂点から、離れたことでできなくなり絶望へと落ちる。その負の感情を食べている、と。
それなら人殺しはする必要はないと言った。ヤツの技を持ったまま誰かに移動すれば良いと。
だが、守屋はそれはできないと言った。この怪異は影を移動する度に、過去に習得した技術が無くなるからだと。
最後に、守屋は推測になるがと話しを始めた。
そもそもの目的は、その怪異の特徴で動いていた。
しかし、ヤツの暗殺剣…活殺自在に苦しむ姿を見ていたのではないだろうか。
自分の力を思うように使えず、必要な時にだけ使わされる……。その無念を怪異は汲み取り過ぎてしまった。
怪異の目的すらも変えてしまうほどの無念を抱えて生きたヤツは、その死に際に怪異に託したのかもしれない。
自分の技術のすべてを知った怪異に、自分の力がどれだけのものであったかを示して欲しい、と。
その思いを受けて怪異は別の人間に乗り移らずに、ヤツの形見である刀に潜んだ。それにより刀自体が怪異になったのではないか、と言った。
そして、なんの因果か今、怪異は目覚め。ヤツの技すべてをぶつける相手を探している。
これは俺の所見だからなんとも言えない。ただ、自分の技を出せずに死んだ男の無念を考えるとそうなるだろう。
ヤツとは互角だった。あとは憑りついたヤツの力量次第か? 何にせよ、明日ですべてを決める。
家に帰って報告をすると、守屋が噛みついてきた。
「なんで、夜に戦わないんですか!? ヴァンパイアの力は昼じゃ、人並み程度になるんでしょ!?」
まあ、勝ち目が高くなる戦い方ではあるなと思った。だが、言わなければならない。
「お前の言い分も分かるがよぉ……。ヤツが望んでいるのは、剣客としての戦いだ。それにはヴァンパイアの力は不要だ」
守屋はまだ何か言いたそうな顔をしている。まあ、こいつの性分なんだろう。
「とりあえず、お前に立会人をしてもらうぞ。手だしは無用。勝負が終われば、後は好きにしな……」
俺の役割と守屋の役割をキチンと分けておきたかった。ちゃんと言わないと手助けするに決まっていると思ったからだ。
・ ・ ・
森の中に開けた場所がある。そこで待つことにする。小雨が続いているせいか、足元もすべりやすい。
戦う条件としては悪いとしか言えない。まあ、お互い様なのだが。
守屋も少し離れた所で俺を見ている。
何の戦いだったか忘れたが、相手を焦らすことで倒したという剣豪の話があった。
むしろ、決闘を待つ時間こそが楽しいはずだ。
相手がどういう技を繰り出すのか、自分にそれが返せるのか。自分はどう切りかかるのか……。
勝負が始まれば無駄だが、それを考えるのが楽しい。
そして、楽しませてくれよ、と願った。森から出てくるヤツに……。
空がこの試合を祝福するかのように雲が切れ、雨も止んだ。俺達の前に光がさす。
ヤツは森の開けた場所に立った。俺の刀が届かないギリギリの距離だ。
俺は居合じゃないんでねっ、と思い、刀を鞘から引き抜き鞘を後ろに放りやった。刀を戻す鞘はいらない、死んでも刀を離さない意思を示した。
ヤツは少し腰を落として、刀を抜いた。あの頃を思い出したが、そんなことはすぐに消えた。
俺の大上段の構えに対して、ヤツは正眼の構え。じりじりと間合いを取る。
しかし、やつも俺の間合いに入らぬように少しずつ体を動かす。
飛び掛かるのも良いがこの足元だ、滑るのが落ちであろう。ならば、渾身の一撃をヤツが反応できぬ速度。
ヤツが動いた、そう認識したときには刀が目の前を通過していくのが見えた。突き!?早い! 正確! ならば!!
雄叫びを上げながら、大上段からの袈裟切り! 避けた? 背中を見せる形から、左手の突き!? 今度は肩を狙ってきた!
後ろに飛び退いて凌ぐ! が、草が濡れていたため、踏ん張ったことで隙ができてしまった。突かれると思い、左腕を上げ刀で顔と胸を慌てて防御をする。
しかし突きではなく、ヤツも袈裟切りで来た。左腕ががら空きになっている。このままでは切られる…このままでは……。目を凝らし一点を見る、刀の切っ先を!
「おぉぉぉぉ!」
また雄叫びを上げ、ヤツの刀の横っ腹に刀の柄を打ち込んだ。
逸れる切っ先と崩れる体勢を確認し、柄で弾いた反発力をそのままに刀を横に薙いだ。
ヤツの腕を一本切った。悲鳴を上げているが、それはヤツの声ではなかった。右腕を切ったのだ。あとは……。
ヤツは左手のみで刀を構える。もはや突き以外に技はない。
だが、ヤツが極めたのも突きかもしれない。活殺自在はその突きに宿ったものなのかもしれない。
「もう、左手じゃあ限界か? お前の全力を出し切れよ……。じゃねぇとつまんねぇだろが」
そう言って笑うと、刀からヤツの笑い声が聞こえた。
笑い声がなくなると、またひりつく様な空気がこの場所に流れてきた。
片手を失ってもこの迫力……、剣客として生きて行けたら……。高速の突きが飛んできた。
「面白かっただろうによぉ!」
横っ飛びから降り落とし……。ヤツの左手もなくなった。
「おい、どうだったよ? この決闘は? やっぱ、こうじゃねぇとなぁ。あんたの強さ、身に染みて分かったぜ……」
俺の声に応えるためか、刀から響くように声が聞こえた。
「流石だな……。あのときの対峙を思い出しだぞ。ああ、思うがままに振るえる剣とは、真に心地よい…楽しかったぞ。
そしてすまぬな、わしの影にいた者よ。わしのわがままにつきおうてもらって……。感謝する」
刀から悲しい音が響いた。ヤツも怪異も何かで結ばれていたのかもしれない。
「最後に言い残したい言葉はあるか?」
刀に言うのも変なことかもしれないが、ヤツがいるなら聞いておきたい。
「存分に楽しめ…この世を満喫しろ……」
その言葉を聞き終わると、刀を思い切り叩き折った。
「ありがとよ……。こう見えて、結構満喫してるんだぜ……」
守屋が駆けてくるのが見えたので、鞘を探しに行くことにした。
守屋は怪異を喰ったのと、少しだけ残ってしまっていたヤツの魂を浄化したと言ってきた。
「この刀、どうしましょうか?」
ヤツの形見か……。
「脇差ぐらいにはなるかな……。残りはここに埋めとく。お前は先に帰っていいぞ」
守屋は頷くと、森の影に消えて行った。
刀を大きな木の近くに埋める。
目印としては悪くない木だ。ヤツと本気で戦った場所としての……。
・ ・ ・
神尾には事件が終わったことと、犠牲者がいることを伝えた。
今回も神尾に後始末をお願いしてしまうことになった。
ただ、事件は終わった。生きた屍はもう作られることはない。それだけは安心することができる。
マゴロクの戦った相手は刀から力を貰っていたのだろう。おそらく全盛期の自分と同じ程度に。
しかし、マゴロクは更に死線を何度も乗り越えている。そこにも力量の差はあったのではないか……。
マゴロクの過去に少しだけ触れることができた。しかし、寂しい話でもあった。
自分を殺して誰かの為に力を使う。
理解はできるが納得はできない。使う為の誰かが重要なのだ。
昔はしがらみもあったのだろう。今では、そういったものも無くなっている。
そんな時に、数百年ぶりに出会った男との決闘……。溜めこんでいた苦しみから解放されたことを祈りたい。
事務所に戻ると、幸がソファでこれでもかと言わんばかりに、溶けたような体になっている。
「幸ちゃん、今回も助かったよ。しかし、怪異が人の思いに応えるとはねぇ。まだまだ知らないことが多いや」
「文献とかでもちょいちょい載ってたりもしますが、こればっかりはイレギュラー過ぎて分かりませんよねぇ」
幸の言う通り、同じ怪異でもそれぞれが違うということなのだ。それも良いのか悪いのか分からない……。
「幸ちゃん。もしも、少しだけ自分の思い通りに人を動かせたらどうする?」
「ん~、祐さんを操って金庫の中からお金をいただきます。これなら違法じゃないでしょぉ?」
「それ、前に勝手にやったやつじゃん! すでに違法だよ!」




