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孤独なネクロフィリア

 人は死について基本的には恐れるものである。他人の死について喜ぶ者は少ないだろう。

 しかし、そんな死を欲し愛でる者もいる。それはネクロフィリア、死体愛好者と呼ばれる者達である。


 定義は色々あるが、死体に対して愛情を持つという、通常の人の考えから外れたものである。

 そこまで死体に執着心や愛情があるのは何故だろうか。故人に対しての思い入れもあるのかもしれない。


 とはいえ、死んでしまった者に対して愛情を抱くことは、時に死者を冒涜する行為になることがある。

 屍体を愛するがあまり性的欲求を覚えてしまう者もいるのだ。


 死んだ者すべてに敬意を払えとは言わないが基本的には必要だと思う。

 ただ、ネクロフィリアにはその考えはない。死んだ物として…死体として考えるから。


 人は死を恐れ、死を悲しむ。そんな中で人の死を望み、愛でるという大きな価値観の違い。

 言えることは、ネクロフィリアは死体を人間のように扱っていることだ。


 そんな一般的な考えから逸脱した者がどうなっていくのか。今回はそんな話をしよう。


    ・   ・   ・


6月下旬

 梅雨の時期にしては珍しく快晴であった。

 祐は天に良い天気だからどこかに行こう、と提案をし海に面した物産館を目指した。


 なかなか有名な所で、珍しい魚のお刺身から、大きな魚を目の前でさばくショー、取れたての魚を買う時にさばく、珍しい魚の珍味など色々とある。


 そこまで魚に興味はなかったが海岸線がドライブしたいと言った俺に対して、天がここを勧めてきた。

 確かに、職人の包丁さばきには見惚れてしまうものがある。

 正直、切り身の魚しか買ったことのない自分からは達人のように見える。


 一通り見て回ると、天が海を見ようと言うので、物産館を後にし、外に出る。階段を下りればそのまま砂浜に行けるようだ。

 何気なく砂浜を見ると、白いワンピースを着た女性が歩いているのが見えた。透明感があるな、と遠目からでも、そう思った。


 「祐さん…何を見てるんですか? せっかく彼女とのデートなのに、他の女の人に見惚れてどうするんですか? ここは少しぐらい恋人らしいことをしましょうよ」

 もっともな意見を天に言われた。ただ恋人らしいことか……。


 「一緒に砂浜を歩かない?」

 「嫌です。祐さんが見惚れた相手に会いたいだけなんじゃないんですか? もう…、私は物産館でお土産を探してくるので、どうぞ見惚れてください」

 顔を横にしゃくりあげてそう言うと、天は物産館へすねた様に歩いて行った。これは追いかけるべきだろうか……。


 まだ夏ではないが輝く海に見惚れてしまって、少し出遅れた。

 追いかけようと思った時に、砂浜側の少し離れた所に先ほどの女性が立っていた。


 「海……お好きなんですか? 先ほどから見られてますが」

 その女性は白いワンピースのせいか、肌が白いせいか、髪が長く艶やかな黒な所為か…この世界に溶けて行きそうな、逆に存在を強調していそうな。

 人であり人でない、というと失礼だがミステリアスな感じがした。


 「ええ、まあ。これだけ天気が良いと見たくもなりますよ。海鳥も飛んでて、とても良い風景です。そう、輝く海に惹かれてしまったんでしょうね」

 言って自分で恥ずかしくなった。女性はそんな俺を見て、少し笑った


 「面白い方ですね。少しロマンチストなのかしら。…海のどんな所がお好きなんですか?」

 「どんな所が、ですか……。好きな所と、嫌いな所があります。好きな所は、今日のような海。身を委ねたら優しく包んでくれそうな海。

 嫌いな所は、月明かりのない海。すべてを引きずりこむ力、より深くに沈めようとする海。…というところですかね」

 思わず考えさせられてしまった。ロマンチストと言われたからか、変に凝った言葉を口にしていないだろうか、そんな心配をした。


 女性はその言葉を聞いて前の笑顔より、微笑むような感じになって俺を見ている。

 「やっぱりロマンチストなんですね。どちらの考えも分かります……。ただ、私は思ってしまいます。結局は海に取り込まれるだけだと……。

 先ほどあなたが言ったように昼と夜で違う海。相反するようで、実のところはどちらも海。……本人の見方次第ですけどね」

 そう言って、また俺を見て笑顔を見せた。恥ずかしいので、海に目をやってから言う。


 「確かにそうかもしれませんね。

 結局は海……。海で生きようが死のうが海に帰る。海で生まれたのが夜で、死ぬのが昼でも海は海ですもんね……」

 「人も似たようなものかもしれませんね……。生まれるから死ぬことになり、死ぬから生まれたことが分かる……」

 女性は先ほどの微笑みが消えたように遠くを見ている。


 「死が人の終着点で、生まれてから死に向かって行くまでにした事は、死んでしまえばその人にとっては生まれた証明にしかならないと?」

 女性にそう問いかけると、女性は笑顔を見せて、その場を去っていった。


 「祐さん、何を話してたんですか?」

 女性が去ったのを見計らったかのように天が問いかけてきた。隠すことでもないから言おう。


 「海が好きかって話をしてたんだよ。天ちゃん、海は好き?」

 天が悩んでいる。安直ではあるが女性は大抵海が好きなものと思っていた。


 「見るのは好きですけど、入るのはちょっと。引っ張られるような気がして……。あっ、嫌な訳じゃないですよ。一緒に入りたいと思ってます」

 「それじゃあ、入るときは手を繋がないとね。引っ張られて、天ちゃんがいなくなったら大変だからさ」

 照れた天をいじるように返した。でも、事実だ。連れて行かれたくはない。


 「ちゃんと支えてくれますかぁ?」

 意地悪な顔で天が俺の何かを試してきた気がした。


 「善処するよ……」

 自分でも情けない回答だ。天の笑いの壺には入ったようだが……。

 笑っている天の手を引いて砂浜に降りる。海に浸かってはないが、手はしっかりと握った。


    ・   ・   ・


数日後

 抱えていた案件も終わり、新規の仕事もない探偵事務所は萌香の修行をするか、幸とどうでもいい話をするしかない状況だった。

 そんな状況を変えるような電話が掛かってきた。刑事の神尾からの電話だ。


 「守屋さん、申し訳ござません。何度もお願いしてしまい、すいません。今、お時間はよろしいでしょうか?」

 いつもの事だが、神尾は礼儀正しすぎる。


 「神尾さん、もうお礼とかは良いですから。それより今回は何があったんですか?」

 「それは…署まで来ていただけないでしょうか」

 珍しく神尾が口ごもった。言う通り、警察署に向かう。


 警察署の玄関に着くと、神尾がすぐに出てきて来客用の駐車場に誘導してくれた。

 「神尾さん、こんなことまでしていただいてすいません」

 神尾は首を横に振った。


 「こちらがお呼び立てしたのですから。お手数ですが、またご協力お願いいたします」

 そう言って折り目正しく頭を下げてきた。


 警察署内の小さな部屋に連れて行かれた。映像を再生する機械が揃っている。

 何かの上映会ですかねぇ? と言いそうになったが、もう1人の警官も真面目な顔をしているので止めた。

 「守屋さん、あまり気分が良いものではないものを見ていただきます。申し訳ありません」


 どういうことだ? 映し出された映像は死体安置所か?

 そこに長いレインコートを着て、フードを目深くかぶった男が入ってきた。遺体を引き出して、台に乗せる。


 しかし、ここからが異常だった、体中を舐めまわし、遺体に口づけをし、恋人と愛し合うようなことをする。

 腹がむかむかしてきた。死者に対する冒涜としか思えない。しかし、これは一種の性癖だ。


 「神尾さん…これは『ネクロフィリア(死体愛好)』ですよね? しかし、これ…ここです。肌がすこしだけ見えますが死斑が出てるように見えるのですが?」

 死斑、死んでから現れる紫色のシミのようなもので、死んで血液が回らないため血管に詰まったものが変色したものである。


 「守屋さん、その通りです。コートも長く、フードを深くかぶって見えづらいのですが、これは死斑だと思います」

 死んだ人間が死体を愛でに来た? 新しいおとぎ話でも作れそうだ、怖い話での。


 「実はこれは警視庁にいる友人からのものです。しかも、警察署内で起こったことです。他の県警にも同じようなものが……。見ていただけます?」

 ここまで来て見ないとは言えない。気分は良くないが、見てみないと分からない。


 まさか3件も同じような死体同士の愛情表現を見せられるとは、さすがに気分が悪い。

 まあ、まだ死体とは決まってはいないのだが。


 しかし、3件とも女性ということは、死体なら何でもOKという訳ではないのだろう。

 ただ、気になることがあった。毛髪はもちろん採取されていたが、体液は抽出されなかったと。


 こうなると、ますますオカルト染みてきた。

 しかも、バレずに進入していることから、知能があるのか、それとも誰か後ろ盾がいるのか。


 悩んでいると吉報が入ってきた。DNAが一致したという知らせだ。しかし、この報告が余計に混乱を招いた……。

 やはりと言うか、思った通りと言うか……。完全にオカルトになってしまった。


 DNAが一致した人物は死んでいるとのことだった。

 この人物は過去に逮捕歴が有ったという。

 大学の遺体安置所への不法侵入だ。やはり病的だ。ネクロフィリアの考えが分からない。


 しかし、死んだとなればヤツは生きていない。死斑と思われるものがある…ということはゾンビ?

 いや、それを作り出した理由はなんだ? 死体同士で、いちゃいちゃさせる為じゃないだろう。

 怪異か、それともゾンビなのか、はたまた別のものなのか。何にせよ、捕まえなければ。


 「神尾さん、まずはこいつを捕まえましょう。

 生きているにしろ、ゾンビにしろ、怪異にしろ、このままじゃ死者への冒涜は止まらない。

 こいつがどこにいるかとかは分からないんですか?」

 神尾はまた首を横に振る。自分を呼んだんだ。こちらが何かを出さなければいけないだろう。


 もし死者だと考えろ。過去の記憶を持つ死者は聞いたことがない。

 それはネクロマンサーの世界が聞いたら大スクープだ。ほぼ人の復活ができたことになる。


 ではゾンビだ。これも黒魔術の一種、もしくは特別な薬で作り出すことができるが、警備を掻い潜ってまで潜入するほどの知能はない。

 ならば、怪異か…それが一番可能性が高い。神出鬼没な怪異はいる。そいつに死体が乗っ取られているのなら……。


 「すいません、ちょっと電話しに行ってきます。すぐに戻りますので」

 部屋を出て、幸に連絡する。しかし、なんと言えば良いのだろうか。


 「もっしも~し、オカルト専門店の幸ちゃんですよぉ? 祐さん、こんなに早く頼るなんて可愛いところがあるんですねぇ」

 「いつから俺の事務所がオカルト専門店になったんだ? それに…まあ、ちょっと手詰まりなところがあってね。説明が難しいんだけど」

 幸に、今回の件と3つの可能性から何か分からないかと聞いてみた。


 「祐さん、まず死者は難しいです。記憶を持っての復活レベルの事が起きたら、闇の世界ではパーティー状態です。しかし、聞いたこともありません。

 だからと言って、ゾンビもあり得ません。基本、知能はないです。隠れて行動するのは難しいでしょう。

 となると、怪異ですが、死体に憑りつくものはいますが、わざわざ他の死体と仲良くしたとは聞いたことも見たこともないです。

 私なりの考えになりますが、死者、もしくはゾンビを使役できるネクロマンサーがいるとします。これが可能な人も少数ですが、います。

 そこに怪異を使って身を隠すことができれば、今回のいちゃいちゃ事件の一部は解明されます」

 「幸ちゃん、その怪異の名前や特徴は?」

 ネクロマンサーと怪異が結びつく。そんな事があり得るのか?


 『明暗覆衣(みょうあんおおい)』、その身を覆い隠すもので、衣の様にまといます。ただ、服になった時の形状は様々なようです。

 平安時代からいるみたいですね。この怪異は基本、人に害を与えません。せいぜい空中を浮遊しているぐらいです。

 しかし、怪異を使役する者にとっては、『明暗覆衣』は喉から手が出るほど欲しいものです。何せ、自分の姿を消せるからです。

 ただ、それ以外の特徴がないから他の怪異の食い物にされて、個体数も多くはないみたいですね。かなりのレアものです。

 まあ、昔から怪異を使役できる人もいたから、その人に偉い人がお願いして夜の女性の部屋に忍び込んだのでしょう」

 怪異を使役するもの…パッと思いつくのは九条院だが、やつはこんなことに労力は掛けない。


 「幸ちゃんからしてどう思う? ゾンビや死者を操作しながら、怪異を使役する。それは可能なのかな?」

 悩んで唸っている声がする。それはそうだ、俺も分からない。ただ、背中を押してもらいたいだけなのかもしれない。


 「ぶっちゃけて言うと、可能でしょう。ただし、かなりマルチな才能の持ち主です。できるとしても九条院さんぐらいでは?」

 やはりそうなるか……。しかし、その可能性はない。となると、それほどの人物がいると言うことか……。頭に骸骨顔が思い浮かんだ。


    ・   ・   ・


 部屋に戻ると、期待される目をされる。この目にはいつも参る。


 「神尾さん、先ず見つからずに潜入できたのは怪異の力のようです。

 魔法なども考えて見ましたが、自分の姿を一時的に消せても、長時間は難しいです。

 それならば怪異と考えるのが妥当と考えます。問題は、死んだ者が自分の意思なのか、操作されているのかです。

 基本的に自分の意思で動くことは、先ずあり得ません。そう考えると近くに操作した者がいるはずです」

 神尾は話を黙って聞いていた。その後、目を閉じて言った。


 「やつは、警察の死体安置所に侵入してます。確か…検視してからですので、比較的新しい死体。もしかして……」

 神尾の考えは分かった。やつを待ち伏せする場所がある程度絞れてきた。


 怪事件が起きた時間と、その死者が死体安置所に入れられた時間を照らし合わせる。

 流石は神尾だ。やつは狙っているとしか思えない。比較的、新しい死体を。氷漬けは嫌だって事になるのか……。

 となると、都内になる。そこまで出て行かないといけないの少し面倒だが、ここまで来て降りる訳にもいかない。


 「守屋さん、申し訳ありませんが都内までご足、」

 「神尾さん、了解です。付き合いますよ。ただ、私は都内には疎いのでその辺は神尾さんに任せますよ」

 真面目な顔が更に引き締まった神尾が大きく頷く。

 面倒事を自分から背負う人だと思った。思えば自分もか……。


 さすがに都内といえど、1日に何件も殺人事件は起きないであろう。

 しかも対象は女性だ。どれだけの確率で当たるのか。

 都内のビジネスホテルを根城にすることにしたが、長期戦もありうるし、狙ったやつが他の県に移動するかもしれない。


 ただ、都内を目指していたのは前の2件からも分かる。

 他の県を無視して直線で来ており、その中でたまたま新鮮な死体に遭遇したのだろう。


 事件が起きることが多い都内なら、やつは潜んで待つかもしれない。

 他に移動してお預け状態になってしまうよりはその方が良いだろう。


 しかし、分からないのが操作していると思われる者の考えだ。

 こんな死体同士のメイクラブをさせてどうするんだ。それも頭に入れておかなければならない。


 とりあえず、待つしかない。昼間なのに眠気がしてきた。

 昼寝でもしようか、そんな眠気を飛ばすように携帯が着信のメロディーを流し始めた。


 相手はもちろん神尾であった。

 まさかこんなに早く死体が見つかるとは……いや、残念なことだが。神尾に警察署を教えてもらい、タクシーで向かった。


 都内の渋滞に巻き込まれたが、まだ死体安置所までは届いてないとのことだった。あとは、この中であいつを待つのか……。死体と共に。

 やつは入ってくる時は「明暗覆衣」の力を抑えているのか見える。ドアの横に潜んでやつが来るのを待つ。これはこれでしんどいと思った。


 死体安置所に被害者の女性が移送されてきた。今までだと、数時間以内にここに入ってくるはずだ。

 神尾は集中した面持ちを続けている、集中力がすでになくなりそうな自分とは違う。流石は……今回は早いな。


 やつが来たのは霊力で察知できる。死者かゾンビにしろ、あちらはこちらの存在に気付くまい。

 神尾に目を送り、やつが近づいてきている方向に頭を一度上げた。


 静かだからか、足音がする。近づいて来ている。

 たいしたことないやつと思うが心臓は早く脈を打っている。ドアが静かに開く音がした……。


 入ってきた…こちらは息を殺して…先に神尾が動いた!

 やつの手と首の服を掴み、自分に引き寄せたかと思うと、投げ飛ばした! 関節も決めて、取り押さえていた。


 流れる様な動きに感心してしまった。そんな場合じゃない……。

 神尾が捕えている、この男を確認しなければ。何者なのかを、手を当てて探ってみる……。


 怪異ではない? いや、怪異の感じはするが、それはこいつの着ている『明暗覆衣』の力だ。ならば、何だ?

 暴れているし、声を上げているが、人の言葉は発していない。

 あくまでも動物が取り押さえられてるように、唸ったり、吠えたりしているだけだ。


 「守屋さん、こいつの体は私の力でも押さえつけれています。何か霊的な動きはしていませんか?」

 それがないのだ。怪異ならば何かしらの超能力的な力を使うかもしれないが、こいつは怪異ではない。死者かゾンビで、大きな力は持たない。


 しかも、操作しているのならどこかに痕跡があるはずだ。

 しかし、こいつの霊力には混じりがない。こいつ自身の力しかないのだ……。


 「神尾さん、あまり信じたくはないですが、こいつは死者です……。

 ただ本能のままに生きているだけの……いや、本能だけがある死体です」

 神尾は死者の手に手錠を掛けて、動けないようにした。人の力しかないのだ。早々外すことはできないはずだ。


 「神尾さん、死者は自分で動くか操作されるかの二択です。

 ですが、操作されていれば術を使った形跡、呪文の跡などが残るはずです。

 しかし、それがない……。操作なしとすると、今回のネクロフィリアのような行動はできません。

 ただ、動き、襲うぐらいです。そいつの性癖などを戻すことはできません」

 死者を作りだすのは比較的簡単だ。適当な浮遊霊を捕まえ自我を消して、死体に入れる。あとは操作するか、勝手にさせるか……。


 普通は操作する。が、こいつには何も呪文などが刻まれていない。術者と繋がるものが何もないのだ。

 電波で動くとも聞いたことはない……。暴れる男に目をやると、気になるものがあった。


 「こいつ、手と足に何か縛られた跡があります。ひもでしょうか、くっきり残ってますが暴れて擦れたような跡ではありません。これは死んだ後に結ばれた跡ではないでしょうか?」

 「守屋さん、手足を拘束する……。これは土葬ではありませんか?

 基本的には禁じられていますが、まだ残っている地域もあります。こいつの名前も住所も分かります。探しに行きましょう」

 そうするのが一番だろう。しかし、このまま放置する訳にもいかない。

 とりあえず、こいつを完全に拘束しよう。不謹慎かもしれないが、腐敗がないというのは助かる。


    ・   ・   ・


 住所を当たってみたが、普通の街である。土葬をするとしたら、もっと田舎だろう……。

 しかし、トランクにガッチガチに固定している死体があると考えると気味が悪い。


 「すいません。ここではなさそうですね。葬儀屋にも確認しましたが、普通に火葬をしているらしいです。となると、本籍地を当たるのが良さそうですね」

 本籍地を変えてなければ良いが……。カーナビに入れると、なかなかの田舎のようだ。

 死体と一緒に長くはいたくない。時々、暴れているのか車が揺れる音が気持ち悪い。


 「守屋さん…ここまで付き合ってもらってすいません。どうしても、今回のような事件は許せません……。

 死んでもその人の体は、その人のものです。それを辱めるような行為は認めらませんでした……」

 神尾の過去に何かあるのかもしれない。…いや、なくても自分も怒っている。

 真面目な神尾にとっては、本当に許せない行為なのだろう。


 「乗りかかった船、という訳じゃないですが私も許せません。お互いが許せないのですから、キッチリ終わらせましょう」

 俺の言葉に、強い意志を持つ眼差しをこちらに向けて、神尾は頷いた。


 カーナビに登録した地点に到着した。周りを見渡せば、豊かな田園風景が広がる。

 都会にはない、緩やかな時の流れを感じさせる。


 しかし、田舎の風景には良い思い出が最近ない。

 ここでも悪い思い出を作らされるのかと思うと、先ほどの気持ちも吹き飛んだ。


 到着した地点と住所を照らし合わせると、ここのデッカイお屋敷しかない。

 さぞかし偉いのだろうという事が、見た目から伝わってくる。

 神尾は自分より早く屋敷の中に入っていった。


 慌てて追いかけるが、早々にチャイムまで鳴らしていた。

 決めたら、動くのが早い。しかも、考えながら動けるから困る。俺は、まだどう切り出すか考えているのに。


 玄関の引き戸が開けられて、やや御歳の女性が顔を出した。

 スーツ姿の2人が来たら、怪しむだろう。もちろん、この女性も例外ではなかった。

 神尾はそんな事を気にせず、名刺を差し出す。


 「急に押しかけてすいません。警察のものです。

 こちらのご主人、『松山(まつやま) 久之(ひさゆき)』さんはご在宅でしょうか。お話しをお聞きしたく参りました」

 名刺を見て、神尾が何者かを理解した女性はすぐに家の奥に行った。おそらく呼びに行ったのだろう。


 しかし、デカい屋敷だ。よく見ると離れまである、結構大きい。

 奥から、これまた偉そうな…いや貫禄のある赤いちゃんちゃんこを着て、久しいぐらいの歳の男性が出てきた。

 作務衣を着て、厳格な顔から厳しい言葉を吐かれるかと思った。


 応接間に通されると、早速、要件を聞いてきた。

 「警察の方ですか……。こちらは、警察のご厄介になるようなことはしておりませんが? 何をしにこちらへ?」

 確かにこの爺さん、松山 久之には思い当たることはないだろう。

 さて、神尾がどうするか。俺がここで話すのは不味いだろう。


 「単刀直入に質問します。

 あなたのお孫さんの『松山(まつやま) 翔太(しょうた)』さんは服毒自殺をされましたよね? その後、どのように埋葬されましたか?」

 本当に単刀直入だ。真っ向勝負だが、神尾の迫力ではそちらの方が効果的だと思った。

 突っぱねるより、できればかわしたくなるように。


 「確かに、その通りです……。悲しいことですが……。

 しかし、ここでは土葬は認められていますよ? なんの法律違反はしておりません。

 何かおありなら、然るべき方法で探されるのが良いかと」

 松山はやんわりと帰れと言ってきた。


 思った通りだが神尾はどうするのか。

 これからどうするのか、あまり考えたくないが…あれだろう。


 「松山さん、お手数をお掛けいたしますが、外の私たちの車までご足労いただけませんか? あなたに聞きたいことはそれからになるかと……」

 最悪だ。自分が親族なら絶対に嫌だ。

 でもそれ以上に酷いことをしているから、親族にもその思いを知ってもらう必要もあるかと思った。


 相変わらずいぶかしんだ顔で、こちらの後ろから付いてくる。

 神尾は足早に進み、車のトランクを解放するボタンを押す。


 松山が到着するのをじっと待ち構えている。

 その目を見れば良い事ではないと松山も感じたのだろう。少し立ち止まって、また歩きだした。


 「松山さん、何があっても悲鳴をあげないでください。見て楽しいものではないです」

 そう言うと神尾はトランクを開けた。松山は最初、何かと思ったのだろう。

 しかし、顔色が驚きから恐怖へと変わっていった。それはそうだ、あんたの孫だから。


 神尾は松山が自分の死んだはずの孫が生きている……。

 いや、死者として動いていることを理解したと思ったのかトランクを閉めた。


 「今のをご覧になって分かりましたか? あなたのお孫さんは死にました。

 しかし、動いて大きな問題を起こしております。今一度、詳しくお話しをお聞きしたいのですが、よろしいですね?」

 ここまで来ると、まともに声が出なかったのだろう。松山は何度も頷くだけであった。


    ・   ・   ・


 改めて、松山邸の応接室に3人で集まった。

 聞くべきことは、それほど多くはないが解決の手掛かりになるものがあればと思う。


 「それでは、早速ですが質問をさせてください。お孫さんは、死体に対して興味がおありだったのですか? それも性的なものも含めて?」

 神尾の言葉に松山は静かに頷いた。認めたくないことだろうが、事実であることを教えてくれた。


 「翔太は昔から少し変わった子供でした。動物の死体など、他の子供は怖がるのに翔太はまじまじと見ていました……。

 ただ、成績優秀だったので学者肌なのかと思っていました……。しかし、中学生ぐらいからそれはエスカレートして行きました。

 小動物を捕まえて殺して、楽しんでいるというか、その姿に興奮しているようなところを見ました」

 ネクロフィリアの初期段階と言うべきか。最初はそのぐらいなのだろう。

 殺して自分の物だけにするという快感があるのかもしれない。松山が続ける。


 「私はそのときはストレスか何かと思い、強く怒りました。本人も反省しているので、そのときはそこまでにしておりました……。

 しかし、高校に入ってしばらくすると、墓地の死体を埋めた桶が開けられるという事件がありました。

 それも、死んでそれほど時間が経ってない人を選んだかのように。そして、その姿を村人に見られてしまいました、墓を荒らす孫の姿を。

 幸い私はこの村では発言権も強かったので、その人には黙ってもらいました。

 しかし、これは不味いと思い、孫を離れに監禁するような形を取りました。学校以外はずっと離れに閉じ込めて……。それで落ち着けばと思って……」

 それは間違いだろう。理解者もいない孤独な状態で、欲求はさらに溜まっていく。どこかで爆発するはずだ。


 「お孫さんは大学に進まれましたよね。しかもいい大学です。

 しばらくは問題を起こしてなかった。しかし、事件は起きました。大学の解剖室へ入り死体を……」

 最後まで言わなかったのは神尾なりの優しさなのだろう。

 過去の話をそこまで突きつけるは悪いと思っての言葉か……。


 「その通りです……。その事件があったので、すぐに翔太を呼び戻しました。

 ひどく怒りました…人間のすることではないと……。そして昔いた離れで寝ると言って、次の日に……」

 服毒自殺か……。そこまで至った理由が分からない。


 欲求が爆発したことに因る自責の念か? それとも祖父からの叱責か? どの要因か分からないが死を選んだ。

 そして、死を迎えたはずの翔太は、死者となって押さえていた欲望を解き放ち、自分の求めるまま行動をした。


 「…先ほど、見たものは…翔太で間違いないと思います……。でも、本当かどうか確認させてください…。…お願いいたします……」

 松山は畳に額を付けて、こちらに懇願してきた。こちらも確認したいと思っていた、と告げた。


 土葬は古代では壺などに入れられていたが、現在では棺もあれば大きな桶に蓋をするものや、直接埋葬する場合もある。

 ここの地方では、大きな桶に入れて、手足をひもで結び、膝を抱えるように座らせて埋葬するらしい。


 松山家の墓の前に立ち、翔太を埋葬したと思われる所を見る。

 残念なことに、土が少し柔らかくなっているように見える。

 掘り出した、もしくは死者として蘇らせたかだ。


 ここまで来ると無言だ。

 3人の大人が、汗を流してスコップで土を掘っていく。

 思ったより深いようで、交代しながら掘り進めていく。


 もう日が暮れた。懐中電灯の明かりの中で墓穴を掘っていると、墓荒らしをしている気がしてきた。

 残念ながら埋蔵金などではないが、と思っていると土とは違う感触のものにスコップが当たった。

 土を払うように、スコップで表面の土をかき出していく。やっと、見つけた。翔太を入れた桶が……。


 桶の縁に足を置き、閉じている蓋の取っ手に手を掛ける。

 誰も何も言わない。ならば、無言で開ける。


 やはりというか、翔太の死体はなかった。

 しかも、手足を縛ったひももご丁寧に置いて行っている。

 ひもを拾ってみると、はさみか何かの鋭利なもので切られている。


 松山が嘆き始めた。翔太のしでかしたことについての事だろう。

 死んで、更に酷いことをしたなんて事を信じたくないと思うはずだ。


 「…何で…何でこんなことになったんですか!? なんで翔太が…蘇ってまでやりたかったことなんですか!?」

 「松山さん、落ち着いてください。先ずは翔太くんを埋葬しなおすのが先決です。未だ彼は生きています……。いえ、死者として活動しています。

 改めて埋葬を。土葬ではなく…もう死を辱められないように火葬するべきだと思います」

 この神尾の言葉に多少は正気に戻ったのか。松山は何度も頷いていた。


 トランクから翔太だった者を3人で持ち上げて、墓穴まで運ぶ。

 しかし、自分の危機を察してか暴れる暴れる。元気な死体だ、と不謹慎ながら思った。


 やっとのことで墓穴まで翔太を持ってきて、桶に落とす。丁重に扱おうにも暴れるから仕方がない。

 懐中電灯を桶の中で暴れる翔太に当てて見ていると、こちらがどう見ても犯罪者だ。


 「守屋さん、成仏させることはできますか? すでに死んでますがどうなんでしょうか?」

 「神尾さん。残念ですが、この遺体には魂は入っていません。

 ただの死体が、何らかの魔法で動く死体にされただけです。滅却するしかないですね」

 懐中電灯の灯りしかないため、うっすらとしか顔が見えない。

 だが、神尾も松山も顔が曇っているのは容易に想像できる。


 車に戻り、退魔用品を詰めたバッグを取り出して、墓穴に戻るが俺の足も重い。

 死者を滅却する……。気持ちの良いものではない……。


 墓穴に到着してから鞄を漁る。オイルボトルと特製のマッチを取り出す。

 オイルボトルには聖別された油が入っており、それを翔太に掛ける。


 相変わらず、翔太は暴れる。どうなるか分かっているのだろう。

 掛け終わると、後は値が張る退魔用のマッチを投げれば滅却出来る。


 「松山さん、これから先は見ても気持ちいいものではありませんよ。もう帰られた方が良いと思います……いえ帰ってください。

 翔太くんは埋葬された。ここにいるのは別のものです。あなたが更に悲しみを背負う必要はありませんよ」

 俺の言葉に促されるように松山は墓地から去って行った。その姿を見ながら神尾が聞いてきた。


 「確かに、この事件は松山さんのせいではないでしょうが、翔太くんがネクロフィリアだと気付いた時に然るべき処置を取っていません。

 その責任も感じてもらう必要があるのでは?」

 神尾らしいと言えば神尾らしい言葉だ。しかし、誰が想像するだろうか。こんな事件になるなどと……。


 「…神尾さん、ネクロフィリアを持った者は孤独だと思います。理解してくれる人なんて、ほとんどいないでしょうから。

 松山さんの処置も……そうするしか思いつかなかったのでしょう。カウンセリングとかは、田舎なので家の恥を晒しに行くようなものと思うでしょうし……」

 孤独……。理解する人がいたとしても、それが何になるかは分からない。

 むしろ、悪くなるのかもしれない……。ただ、翔太には孤独であっただろう。


 マッチを擦り、死体に放る。死体が大きな火で焼かれての苦痛か、暴れている。

 しかし、この場を見なければならない。最後まで……。


 滅却が済んだ。死体が本当の死体になったのだ。これ以上、死を辱められることはない。

 あとは墓穴に土を戻すだけだ。これも2人で黙々とこなす。神尾には神尾の考えるところがあるのだろう。


 今回の事件はそういう事件だ。松山 久之が悪い訳でも、翔太が悪い訳でもない。

 結局、これ以降の事件を防ぐだけなのだから。


 そういえば……。トランクに入れてから、松山に見せる時の間に怪異『明暗覆衣』が消えていた。

 捕まえた時はフードを被っていたままだったが、見せ時には素顔だった。


 犯人は怪異を回収した。しかし、使役できるのだから回収は難しいことでもない。何故あのタイミングで、とは思ったが。

 墓穴も塞がり、とりあえず手を合わせる。後は松山に連絡しに行くだけだ。そういえば、どこに泊まればいいのか……。


     ・   ・   ・


 松山にすべてが終わったことを告げ、近くのビジネスホテルまで神尾が頑張って運転をしてくれた。

 変わろうかとも言ったが固辞された。


 次の日は曇っていた。雨は降らないとのことだが、気分が晴れない。

 重々しい雲……。今回の事件で疲れた自分を表しているように思った。


 帰り道は、海沿いを走って帰ることになった。

 こちらの方が近道というだけで、海を見たくなった訳ではなさそうだ。

 見たことのある建物が見えてきた。天と一緒に来た、物産館だ。


 「守屋さん、あそこで少し休憩にしましょう。お手洗いも済ませたいところでしたので」

 そう言った神尾の提案に乗った。海でも見て少しぐらい気が晴れればとも思った。


 神尾と一旦別れ、自分は海の見える場所へ向かう。

 曇りのためだろう、海が汚れて見える。海は天気によって見る者の気持ちも変える。

 今日は何をしても重くて怠い気分は抜けないのだろう。そう思い、車に戻ろうとした。


 「曇りの日の海はお嫌いなのですか?」

 その声に怠くなっていた目が覚めた。声の主を見ると、先日会ったあの女性だ。


 しかし、曇り空のためか、前のような幻想的な雰囲気はない。むしろ、存在が重々しい。

 この曇った光の世界では、白い肌も黒い髪、何か場違いな気がした。


 「私は曇りの日の海も嫌いではありません。白と黒が入り混じった灰色…人の生と死の後に残る灰…そんな風に見えませんか?」

 女性は海を見ながら俺に問いかけてきた。白が生なら、黒が死か……。


 「確かに、死の後にあるのは灰かもしれませんね。全て灰になって、お終い……。

 でも、その灰は何かに使われる……。そう思うと、死の後にも続きはあるのかもしれませんね」

 「相変わらずロマンチストですね。そうなると、本当の死は来るのでしょうか?」

 女性は前と変わらず、少しだけ微笑えんで質問をしてきた。


 「来ないでしょうね。厳密に言えば、個人としては死んで終わりかもしれませんが、その人の思想や灰などが次の世界、生命を生み出します。

 その繰り返しでしょう。命に限りはあっても、その命以外に残ったものが他の何かに繋がっていく……。そうは思えませんか? ネクロマンサーさん」

 彼女の発する霊力を覚えいていた……。それは松山 翔太の棺桶の中で感じたものと同じだった。


 女性は俺の問いに、笑顔になった。

 とても、闇の世界に傾倒する人間には見えない優しい笑顔で。


 「バレていましたか。ここに来たのは、私を探しに? それとも偶然?」

 「偶然ですよ。あなたが仕掛けた死体騒動を解決した帰り道でしてね。お詫びの1つも欲しいぐらいです」

 女性は悪びれた様子は全く見せない。ただ、笑顔が少し薄くなった。


 「それは大変でしたね。私もよくは分かりませんが、彼が望んだことができたのなら満足でしょうね」

 罪悪感など微塵もないのだろう。彼女はまた楽しそうに微笑んだのだ。


 「あなたがしたことは、死者への冒涜です。許されるものではない。静かに眠らせてやるべきです」

 俺の言葉は心からの言葉だ。死者でも人だったんだ。その尊厳を冒してはならない。


 「あなたは私が彼を蘇らせたことに対して怒っているのですか?

 それなら間違いです。彼は死にましたし、魂もありません。しかし、肉体は残っていました。

 人は死ねば魂は消えて、ただの肉塊になると思っているのなら間違いです。その肉体にも強く残っている思いがあります。

 皮膚、筋肉、脂肪、細胞、内臓、心臓、脳に……残った肉体の思いを聞き届けて私は彼を呼び起こしました。後は彼が欲求に従って動いただけです。

 まぁ、怪異を使って手助けはしましたが……」

 魂の抜けた後の肉体に残る思い。魂が未練を残すことはあるが、肉体にも未練があるのか? 死んだことでできなくなったことに対する未練が……。


 「私はあなたの言うことを理解できません。

 いえ、言っていることは理解できても納得はできません。死者の欲求があったとしても魂がないなら、それはただの残りカスです」

 俺の言葉を聞く間、女性はずっと笑顔のままだった。俺の言葉が滑稽だったのか、言い返してきた。


 「その残りカスこそが、先ほどあなたの言った灰の1つではありませんか? 私のしたことも、次の世界や命を生み出すのかもしれませんよ?」

 揚げ足取りのようなことを言う。ただ、確認すべきことがある。ネクロマンサーとして、何をしようとしたのか。


 「あなたの言いたいことはだいたい分かりました。確認させてください。

 あなたは松山 翔太を蘇らせた。そして、彼の欲求のまま動けるように放置した。

 そして怪異を使役し、彼の欲求を満たす手伝いをした。ここまでは間違いないですか?」

 女性は笑顔のまま頷いた。こんなことをして笑顔のままで……。


 「では、次の質問です。今回は事件とはあまり関係がないですが……。

 肉体に残る思いを感じ取り、怪異を使役する。更には死者まで蘇らせることができる。

 そんなあなたは何をしたいのですか? 死んだ者を蘇らせる、ネクロマンサーは何を求めているのですか?」

 この言葉を聞いて、女性は行儀のよい少女のような笑い声をだした。


 「私のことを買ってくださっているのね。嬉しいことです。

 ネクロマンサーの求めるもの……。あなたが言ったように死んだ者を蘇らせることです。

 何をしたいかは人それぞれでしょう。私の場合は夫を蘇らせることです。この魂と一緒に……」

 そう言うと、彼女の背後に男性の霊が現れた。よく見ると彼女に鎖を縛り付けている。


 「その方があなたの夫というのですか? もう完全に呪縛霊になってます。このままではあなたを呪うかもしれません。早く除霊しないと、」

 「これは私が縛っているのです。夫は私に呪うようなことはしません。

 ただ、この魂がなければ夫は蘇れません。しかし、保存している体に入れたら完全に蘇る訳ではありません。

 そこが我々を悩ませるところです。素材は揃っているはずなのに何が足りないのか。どうしたら良いのか。そのために実験を重ねているのです」

 ネクロマンサーの究極の目的は人間の復活。それも生前と同じように。それは時を遡(さかのぼ)るように難しい。


 「その実験の為に、彼を蘇らせて事件を起こしたと?」

 「事件は偶然です。たまたま新鮮な死体があり、肉体に残っていた思いを汲み取ったら、そうなっただけです」

 やはりそうだ。ネクロマンサーは自分の目的の為だけに動く。

 目的を達したら、後は気にしない。しかし、今回は少しだけ違う……。


 「最後になります。あなたは何故、彼に怪異を貸したのですか? 何の意図があって、」

 俺を見つめ返す女性の目が冷たくなったため、言葉が出なくなった。


 「それは彼がネクロフィリアだったから……。今の私が夫の魂と体を愛するように、彼も死した者を愛していたからです」

 そう言って、彼女は夫の霊を愛おしそうに抱きしめ、頭を撫でた。


 「それではさようなら。ロマンチストさん」

 そう言い残し、彼女は去って行った。彼女の夫の霊と共に……。


     ・   ・   ・


 事件を終え、事務所に戻ってきた。


 「ただいま~、幸ちゃん。お土産で、ピリ辛のさきイカ買ってきたよ」

 「お帰りなさ~い。祐さん、良いお土産のチョイスですねぇ。食べ物を噛んでると読書がはかどりまぁす」

 本当に嬉しいのだろう。すぐに人の手から奪って、袋を破っている。俺は自分の椅子に座り少しだけ目を閉じる。


 松山 翔太はネクロフィリアとして苦悩し、抑えられない衝動から犯した罪に絶望して自殺をしたのだろうか。

 しかし、肉体には彼の強すぎる思いが、普通では感じ取れないほど無数にあったのだろう。そして実験の材料にされた。

 ただ、死んだ肉体ではあっても、彼は同じネクロフィリアと出会った。誰にも理解されず苦悩しただろうに、皮肉なことだ。


 そして彼女も夫が蘇る方法が見つかるまで魂と肉体を愛で続ける。

 ただ、見ようによっては苦しめられているのかもしれない。

 蘇る当てもない中、ただ1人の男性を愛し続ける孤独なネクロフィリアとして。


 曇っていた空がだいぶ晴れてきた。ブラインドカーテンを全開にする。


 「幸ちゃん、曇ってたけど、少し晴れて来たね。

 自分の心に重く圧し掛かっていたような曇が少し晴れて明るくなると、心も少し明るくなるような気がするね」

 「…祐さん、地味に痛い子ですねぇ」

 「…ロマンチストって言って」

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