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神隠し

 人が突然、何の前触れもなく少し目を離した隙に消えてしまう。

 俗に言う、神隠しである。神隠しは主に神や天狗の仕業によるものだと言われていた。


 神隠しに遭うのは子供が多い。大人も遭わない訳ではないが、子供の例が多いのだ。

 これは子供であれば容易に姿を隠すことができるからであるとも言える。


 神隠しの正体の多くは誘拐であったり、事故にあったりで姿を消してしまうことも多い。

 しかし、本当に神隠しに遭ってしまった者もいるのは事実である。


 今日でも神隠しの伝承が色濃く残っている場所があり、禁足地とされている。

 この時代に霊的なものや天狗のような不可思議なものを恐れる者が多いのも、また事実なのだ。


 では、神隠しに遭った者はどうなるのか。見つかることもあるが、見つからなかった者はどうなるのか。

 色々と憶測はあるが、その答えは神隠しの被害者にしか分からない。


 神隠しに遭うというが、神隠しさせられるということもあるのではないか。

 人の悲しみが、人の欲望が絡みあう神隠しについて、今回は話をしよう。


    ・    ・   ・


4月上旬

 祐は事務所の中で萌香に今までしてきた修行より、ワンランク上の修行に入ろうとしていた。


 萌香の霊力は徐々に高まっている。どこかで止まるかと思っていたが、そもそも素質があったのか……。

 何にせよ自分を守る力を手にすることは必須条件である。


 事務所のカーテンを閉め切り、電気も消す。できるだけ暗い空間を作成した。

 幸は不満そうではあったが、何も言わなかった。文句か愚痴の1つくらいあると思っていたが。


 「萌香ちゃん、今までやってきたように目を閉じて、自分の中から光が出ていくように念じてみて」

 萌香の胸の辺りから丸い光球が出てくる。今までは、この光球で悪い物を追い払うことができるようにしていた。

 今の萌香の力からか、そこそこの霊能力者よりよほど大きく輝きも綺麗だ。


 萌香もその光球を見て、こちらを見つめてくる。

 ドヤ顔ではなく、次の指示を待っているのだろう。


 「じゃあ、その光の形を変える修行に入るよ。まあ、守護霊をどういう形にするか、って感じかな。

 普通の人の守護霊は、萌香ちゃんが出した光が体にある状態で見る者によってその姿が変わる。

 言ってしまえば不安定。怪異などの力の強いものにしてみれば、大した力がある姿には見えない」

 守護霊は見る人によって様々なのだ。

 その人の願望により形作られる事もあるが、不安定なものに変わりはない。


 萌香が頷いたの見て、理解したと判断し話を続ける。

 「では、どのような姿にするかなんだけど。ぶっちゃけると人次第なんだ。龍だったり、仏像だったり、侍だったり、本当に様々なんだ。

 ただ、大抵は力強いイメージを持つ姿に変える。これは一種の威嚇というか牽制になるんだ。強そうに見えるから攻撃しないように抑える。

 でも、力があまりなければ攻撃されて簡単にやられてしまう。

 力がありそうな形にするのも良いけど、そういうのは複雑なものになりがちでね、それを形作るだけでもかなり苦労するんだ」

 龍は凄く強そうに見えるが、これを完全な形でイメージできず、貧層な龍になってしまえば怪異には威嚇の効果も得られない。


 「…簡単に作れる形を…イメージし易いものを…形作る? ということですか……?」

 萌香の言葉から、だいたいは分かっているようだ。しかし、本当に良いものは少し違う。


 「萌香ちゃんが理解した通りで基本間違いはないよ。ただ、簡単に作れる形を無理にイメージする必要はない。

 逆にそれだと力をあまり引き出せない。力強く複雑な形だと作りづらいし、イメージしやすいからといって簡単なものを作ったとしても力を発揮できない。

 そこで一番良いのが、自分の中で思いついたものを形作る。これなら多少複雑でもイメージはできているから形作りやすい。

 それに思い入れも強いから、いざ呼び出す際にも光からすぐにイメージして扱うことができる。力については…まあ、できればそれなりに力を込めやすい形が良いかなぐらいで」

 言うのは簡単だが、なかなか難しい。それぞれ思い入れが違うのだ。人によっては亡き妻や刀、虫の群体など様々だ。


 萌香の悩んでいる姿を見るしかない。

 下手に声を掛けて、こちらのイメージを植え付けてしまうと、彼女の思い入れのあるものの形を成せなくなる可能性がある。


 すぐに光球の形が変わってきた。萌香の顔を見ると目を閉じている。

 もうイメージが出来上がったのか? 何にせよ、見守るしかない。


 少しずつ形になって来た。4本足、動物か? 形が精密になっていく。

 犬だ。中型犬か? 肩と足にモコモコな毛があるようだ。


 更に形成が進む。尻尾は枝毛のように一本の尻尾からもう一本生えている。尻尾は炎のように揺らめいている。

 何故か背中の辺りにそれなりに大きな羽が生えてきた。何の羽だ?

 いや、そもそも初めてなのに、ここまでイメージできたことに驚くしかなかった。


 犬の形が光球に戻り、萌香の胸に戻る。

 「萌香ちゃん、正直すごいよ。普通は最初の動物の形ぐらいで、集中力が切れて作れないんだ。

 最初なのにほとんど形が出来上がっているよ。あとは何度も繰り返し、すぐに形作れるようになったら、次のステップかな」

 ここまでできたことに正直な感想と、今後すべきことを言った。


 閉じたカーテンを開け、電気を点ける。

 萌香の光球しか光がなかった事務所が明るくなる。


 「萌香ちゃん、すごいですねぇ。祐さんがそこまで言うから、すごいんでしょう。やりますねぇ」

 幸はやったことがないから分からないだろうが、本当にすごいことなのだ。


 萌香はこちらを向き頷いて、幸に対して頭を下げていた。

 すごいことではあるが、少し心配でもある。


 才能があるのは良いことではあるが、必ずしも良いことばかりでもない。それが怖い場合もある。

 自分の杞憂であればと思った……。


 プレシャス・タイムに行くと言い、事務所を出た。


 「いらっしゃいま…どした、なんかあったんか?」

 三善は察してくれたのか、それとも自分の顔に悩んでいると書かれているのか。


 萌香の霊力の上昇、修行の成果について話をしてみた。

 「ん~、どういうたらええんかなぁ。お前の悩みはもちろんなこっちゃとは思うんやけど、なん言うても悩みは消えへんで?」

 それはそうだと、三善の言葉を聞きながら思った。悩んでも手遅れだ。

 そして、それを止めなかった俺が悪いのかもしれない……。


 「三善、俺は間違ったのかな? 良かれと思って、萌香ちゃんに色々教えてしまった。でもそれが悪い方向に進む気もするんだ」

 「祐~、ネガティブになんなや。お前が悩むと周りにもそれが伝わるで。ほれ、桔梗ちゃんも心配しとるで」

 普段は怖く、人の痛いところを思いっ切り突いてくる桔梗が心配?


 桔梗が近づいてくる。普段と変わらない表情のように見えるが?

 「なんですか店長? こちらをじっと見て。何かあるのでしょうか? 祐さんと話すのも結構ですが、お仕事はしっかりお願いいたします」

 いつもと変わらぬしっかりとした口調で、そう言い桔梗はフロアに戻って行った。


 「な? お前と話すのがええってゆうたやろ? 普通やったら、もっとズバズバ言うてくるで?

 お前の話を聞いてやれぇっちゅうことや。不器用ながら、桔梗ちゃんも心配しとるっちゅうこっちゃ」

 フロアの桔梗を見ながら三善は言った。心配されたのは嬉しいが、やはり悩みは消えない。


 「結局、蓋をあけるまで分からないって事か……。三善、悪いな。また愚痴っちゃって、桔梗ちゃんにもお礼を言っておいて」

 そう言ってプレシャスタイムを後にした。


    ・   ・   ・


数日後

 事務所に依頼の電話が掛かってきた。その依頼はとても難しいものであった。人探しだ。


 失踪した人間を探す。言うのは簡単だが一筋縄では行かない。

 調べる情報も多ければ、様々な伝手を駆使しても見つからないことも多い。


 しかし、今回の依頼はそのような人探しではないようだ。

 消えた人間を探す。人探しではあるが、大きく違う点が1つある。


 目を離したほんの少しの間に消えてしまったそうだ。

 いわゆる、神隠しというものだ。しかも同じことが近くで、もう1件あったらしい。


 もはや、それは単純な人探しではない。

 警察に連絡して、行方不明の捜査をしてもらう方が見つかる可能性が高いと言った。

 だが、それができないと言う。


 細かい話は直接会って話しがしたいと言ってきたが、神隠しにしろ、行方不明にしろ、どちらも時間との勝負であることには変わりはない。

 早めにこちらに来れないか聞くが、こちらへ来るのは難しいとのことだった。

 それならば、こちらから伺うと言い住所を教えてもらって電話を切った。


 依頼の内容と簡単に終わりそうでないこと、数日は事務所を離れるかもしれないと2人に言った。

 本当はすぐに行くべきであったのだろうが、着替えなどが必要になるだろうと思った。

 誰の? 自問してしまった。


 翌日、朝早くに事務所に行った。

 「祐さん、電話番はしときますから頑張ってくださいねぇ。あと、その顔ぉ。何とかしてくださいねぇ。子供が見たら泣きますよぉ?」

 こちらをちらりと見て幸はそう言うと、本を読み始めた。


 「幸ちゃん、悪いね。この顔は変えようがないよ。外科的手術を行う気もないけど」

 幸の茶化した言葉に、同じように返答した。しかし、幸は本を閉じてこちらを見てきた。


 「分からないなら重症ですねぇ。萌香ちゃんのことで悩んでるんでしょ~?

 もう、やっちゃったことです。悩んでも仕方がありません。もし何かあれば祐さんが助ければいい話です」

 自分が自分で嫌になる。悩んでいることが丸分かりなのだ。萌香、本人からしたらいい迷惑なのかもしれない。


 「そうかもね……。じゃあ、行ってくる」

 幸の言葉に対して、この程度の言葉しか口にすることができなかった。


 事務所の階段を下りると、萌香がちょっと大きめの旅行鞄を持って立っていた。

 「…準備してきました……」

 萌香はこちらを見ずにそう言った。

 確かに助手だとは言ったが、数日間家を離れるのに付いてくるか? 言わなかった自分に少し後悔した。


 「うん。じゃあ、行こうか」

 出てきた言葉はそれだけだった。もっと言わなきゃいけない気もするが、言ってはいけない気もする。


 依頼主の家はまでは2時間は掛かる距離だ。田舎といわれる場所にある村である。

 運転は好きだが今日は気分が重い。自分のせいだと分かっているから尚更だ。早く仕事に集中したい。


 「…修行、頑張ってますから……」

 運転してどのぐらいしただろうか。萌香が突然言ってきた。なんて返せばいいのか返答に窮する。


 「そっか。えらいね」

 口したい言葉ではないことを言った。何なんだ、俺は……? また自問する。終わらない自問を……。


    ・   ・   ・


 苦痛とも思える移動が終わり、依頼主の家に到着した。敷地は広く、家も真新しい。


 周りの家と比べると浮いているとしか言えないが、それは周りの家が古いからだろう。

 早速、家のインターフォンを鳴らす。何かを感じた。いや、感じる……。

 そう思っているとインターフォンから声がした。


 守屋であることを伝えた。敢えて探偵という言葉は口にしなかった。

 少し間が空いてドアが開けられた。顔色の悪い男が依頼主の田代たしろ 雅隆まさたかであった。


 「遠いところ申し訳ありません。中へどうぞ。本当にすいません」

 何度も頭を下げながら、そう言うと家の中に通された。新築独特の匂いがする。


 客間に通されて、雅隆から妻の雪子を紹介された。こちらも同じく憔悴している感じだ。

 それはそうだ。今回の依頼は子供が神隠しに遭ったためなのだから。


 「すいません。田代さん、神隠しにあった状況を苦しいかもしれませんが教えてもらえませんか?」

 神隠しなのか誘拐なのか事故なのか、状況から判断できるかもしれない。この問いについては雪子が口を開いた。


 「私が最後の姿を見ました……。庭で選択物を干していて、あの子が遊んでいました……。気付いたときにはもう……」

 大体の状況は分かった。近くにいたのに消えた。広い敷地で見通しも良いことから考えて、誘拐や事故の線は少ないか……。


 そうなると、神隠しであると考えるのが妥当か……。

 別の部屋から子供の泣き声が聞こえた。雪子は一礼して部屋を出て行った。


 「田代さん、もう1人お子さんが?」

 子供の泣き声が聞こえれば、そうだろうと思ったが一応聞いてみた。


 「はい。うちは2人子供がいまして……。お願いです、息子を探してください……」

 泣き出しそうな声で雅隆は頭を下げてきた。

 子供がいない自分だが、家族にもし何かあれば死ぬ気でなんとかしたい気持ちは分かる。


 「そのために来ました。ただ、気になることがあります。なぜ警察に届けなかったのですか?

 その方が見つかる可能性は高いと思います。神隠しでなければ…ですけどね」

 そうなのだ。そもそも警察に早く言うべきである。その後に助けを求めるのなら分かるが……。


 「それは……、実はこの村の駐在さんに相談に行ったのですが、のらりくらりとかわすだけで…全く、相手にしてくれないんです。

 しかも村の人達も捜索活動をしてくださったのですが、神隠しだから諦めろと言うんです。迷信深いのかもしれませんが、私は信じれなくて……」

 何故、駐在は相手をしないのか、村人も何故、神隠しと決めつけるのか。何故……。


 「状況は理解しました。あと電話で伺いましたが、もう1件神隠しに遭ったご家族がいるとのことですが?」

 そう、もう1件あるのだ。同じ村で2件も神隠しが……。


 「はい、少し離れた所に住んでいらっしゃいます。角間さんといいます」

 雅隆に角間の家の場所を教えてもらう。あと気になることが1つあった。


 「申し訳ありません。私がこのような件に詳しいことは誰から聞かれたのですか?」

 怪異も専門にしていることを知っている者。それは誰か。神隠しと考えて紹介したとしか考えられない。


 「私の同級生に刑事がおりまして捜索願いを出そうと相談したところ、それならいい人が、と」

 刑事と聞いて嫌な感じがした。


 「その刑事の名前は?」

 「立花 新一郎といいます」

 あの男…そもそも相談したのなら、こちらに連絡を入れろ。

 そう思ってから、気持ちを切り替えて雅隆から子供の情報を詳しく聞いた。


 田代家を離れる際に1つだけお願いをした。

 「私達をあなたの親戚と言ってただけないでしょうか? 探偵と言うと身構えられるかもしれませんから」

 この願いについて承諾してもらった。これからは田代家の親戚のように振る舞う。


 車に乗って角間家に向かう前に萌香に一言いった。

 「萌香ちゃん、これからは俺たちは田代家の親戚だ。甥っ子がいなくなったことを心配しているように振る舞って」

 この言葉に萌香は頷いた。まあ、萌香はあまり表情が明るい方ではないから、常に悲しそうに見えなくもないかと思った。


 教えられた角間家に到着した。こちらも敷地が広く家も新しい。

 田代家と同じようにインターフォンを鳴らした。こちらは早々に返事があった。


 しかし、違うのは田代家の親戚と言ったことだ。

 同じように神隠しに遭ったためか、すぐに家に招かれた。


 客間に通されると、すぐに角間夫妻に頭を下げた。

 「田代家の親族というのは嘘です。申し訳ありません。私は探偵の守屋 祐と申します。こちらは助手の都 萌香です」

 探偵と聞いて、夫妻の顔が少し強張ったのが見て取れた。


 「話を続けます。私は田代さんに依頼されて、田代さんの息子さんを捜索しに来ました。

 辛いことかもしれませんが、あなたのお子さんの行方が分からなくなった時の状況を、教えていただけないでしょうか?」

 依頼者でない人に聞くのは辛い。だが、ここで何か手掛かりに繋がるものがあれば……。


 こちらの話を聞くと夫が話し始めた。

 「いえ、田代さんが動いてくれて助かりました。

 私は村の皆さんから言われるがまま、何も行動できず……。すいません、状況の話でしたね……。

 私と遊んでいたんです。ゴムボールを投げ合っていました……。

 息子の投げたボールが私の後ろに転がってしまったので、ボールを拾い上げて振り返ると息子がいなくなって……」

 悲痛な顔をして言った。たぶん自分を責めているのかもしれない。自分が見てさえいれば…と。


 「ありがとうございます。お辛い話しをさせてしまって。やはり、田代さんの息子さんと一緒の状況ですね……。

 確約はできませんが、あなたの息子さんも探します。その為にも色々とご協力いただくこともあるかもしれません。よろしくお願いいたします」

 夫妻に頭を下げながら言った。辛い思いをしている人がいる。自分は力を持っているのだ。それが役に立つなら助けたいと思った。


 「守屋さん、顔を上げてください。こちらこそ、お願いすべきことです。…息子を助けてください…お願いいたします……」

 もう涙が止まらなくなったようだ。それでもお願いしてくる姿に、もし自分が同じ立場でも同じようにするだろうと思った。


 田代家と同じように角間家にも子供の情報を教えてもらった。そんなとき子供の声が聞こえた。


 「お子さんがいらっしゃるのですか?」

 子供の声に反応して聞いてみると、寂しそうな顔で妻が答えてくれた。

 「はい、3人兄妹です。2人が男の子で、末っ子が女の子です」


 角間家を去る際に、同じように田代家の親戚であるということにしてくれと。

 こちらに来たのも、同じような事件にあった人から話が聞きたくて来たことにしてほしいと。


 そう言って、角間家を立ち去る。その時に感じた。

 田代家に入る前に感じたものと同じ。これは…視線だ。誰かが見ている。

 感じ続ける視線に対して、こちらは萌香に話しかけながら目を動かす。


 「萌香ちゃん、感じているか分からないけど視線を感じる。ずっとね……。

 顔を動かさないで……。目だけを動かして見て。車に向かう間も、注意して見て」

 そう言って、車に向かいながらも視線に注意した。

 どこにいるかは分からない、いや周りの家からか? 何にせよ、歓迎されていないことは確かだ。


 調べることはいくつもあるが、先ずは確認するべきは駐在だ。

 駐在所に向かい駐在に話をする。

 田代家の親戚である、甥っ子が行方不明になっているのになぜ動かないのか。


 人に怒鳴るのは性分ではないが、強気に出る必要がある。しかし、雅隆の言った通りのらりくらりとかわす。

 情に訴えかける言葉でも無駄だった。ここまで頑なになる必要があるのか。


 しかし、少しだけ反応した言葉がある。この村に何かあるのか、との言葉だ。

 気になって口にした言葉だ。協力的なのに、神隠しと諦めろという。矛盾している気がしたからだ。

 

 次は村役場に向かう。運転しながら考える。ヒントは、男の子、年齢は同じぐらい、この村に何かがある……。

 少ない……。これだけではダメだ。何がある……。いったい何が……。そう考えていると萌香が話しかけてきた。


 「…田舎の村なのに…新しい家、今時の家が…いくつかありますね……」

 言われれば確かにそうだ。ここはそこまで大きな村じゃないのに。


 村役場に到着して、中に入るとこちらを見る目が冷たいことが分かる。

 招かれざる客なのだろう。あの視線から察すれば、この対応にも頷ける。

 窓口に行き、田代家の子供が行方不明なのになぜ誰も動かないのか、役場からも働き掛けてくれと伝えた。


 これに対して、ここも役場としては動きようがないし、有志を募って捜索活動もした、これからも続けるから問題はない、との一点張りだ。

 ここでも揺さぶりを掛けてみる。人数が多いし、顔色が変わる者も見つけやすい。


 この村は何かを隠しているのか、なぜ同じ村の人間の子供に対して、同情するような顔が見られないのか、と大声を上げた。

 ビンゴだ。何人かの顔色が変わった。顔をうつむける者もいた。これから察するに村ぐるみであることが分かった。


 役場から出ようとした時、萌香が村の紹介や村興しが書かれているパンフレットを見ていた。

 萌香に帰ると言うと、そのパンフレットを片手に車に乗り込んだ。


 「…祐さん、これ……」

 萌香がパンフレットの、あるページを見せてきた。

 そこには移住してくれる人に対して助成金を出す。更に移住してくる人数に応じてその額は上がるようだ。


 「…これがあるから、新しい家が多いんだと…思います。…今回の神隠しに遭った子は…みんな新しい家の子……」

 萌香の言葉から1つのヒントが追加された。ならば、新しい家を訪ねて回るかと思った。


 車を走らせようとした時、墓地が目に入った。

 何がある訳ではない。ただ、何も話してくれないなら、こちらから探るしかない。


 車を停め、墓地に入る。綺麗に掃除されている墓地だ。何かあるか…萌香と見て回る。

 墓標を見てみる。昔から住んでいる住人が多い為か、墓標に記されている名前が多い。


 人は口を閉ざせば何も教えてくれないが、物は教えてくれる。何度でも見て、脳裏に刻み込む。

 いくつも見ると死亡年月に規則性があることが分かった。10年毎に必ず誰かが死んでいる……。


 もちろん、村人がそれなりにいる所ではあるし、毎年死人が出る年もある。

 ただ、例外的に10年毎の同じ時期に死んでいる規則性があるのはこの10年毎なのだ。


 その10年毎で計算をすると、丁度今年がその10年毎に当たる。

 萌香に話しかけようと思った時、また視線を感じた。


 やれやれ、と思いながら視線を感じた方を見ると寺の住職と思しき人物が立っていた。


    ・   ・   ・


 住職と思しき人物は高齢と思われるが、しっかりとした足取りでこちらに近づいてくる。


 「どなたかのご親族のお参りですか? あまりお見受けしない方なので、気になってしまいまして」

 住職は顔色を変えず話しかけてきた。歓迎されていないことに慣れてきた自分がいる。


 「いえ、田代の親族です。今回、甥っ子が行方不明になりまして…何か手がかりになるものがあればと思って。

 しかし、お墓には何もないですよね……。焦ってしまって…何でも良いので、あの子に繋がる何かが欲しくて……」

 我ながら良くできた芝居だと思った。嘘をつくのは嫌いだが、嘘をついてくる人間には別だ。


 「そうでしたか……。村の方々と一緒に私も捜索したのですが……。申し訳ありません」

 住職のその言葉が白々しく感じた。

 悪いことは言っていないが、心がこもっていない気がする。仮にも住職なのに……。


 「ご住職とお見受けしますが、私共は裏道から墓地に入ったんでしょうね。もし良ければ、お寺も見せていただけないでしょうか?」

 この言葉への反応も重要だ。墓地と寺は切れない関係だからだ。何かあると思った。


 「ええ、どうぞ。私共も、何かないかと見ましたが…何も見つけられませんでした。それでも良ければ、どうぞ」

 住職は沈痛の面持ちをしているが、探して何もなかったと言うのは遠ざけたい、あまり探られたくないという心の現れか?

 こちらへ、と寺があると思われる方角に手を向けたので従っていく。


 寺は綺麗にされており、古びた感じもない。

 塗装なども時期を決めてしているのか色も綺麗だ。


 「ご住職、失礼ですが、このお寺は村民からすごく愛されているのですか? 綺麗なもので少し驚きました」

 子供とは関係ないかもしれないが、気になったことを聞いてみた。


 「古くからある寺ですし、あなたの仰る通り愛していただけているのか寄付も多い為、このような立派な寺を維持できております」

 住職のありきたりな答えを聞いて、外観からの収穫はなしと判断した。


 寺の中も綺麗だ。手入れが行き届いてるし、漂う空気に悪いものは感じない。

 色々見て回る。何かないものか。何度見ても分からないと悩んでいると、萌香が何かに指をさした。


 「ああ、あの鎌ですか。あれは五穀豊穣を願うためのものです」

 住職の言葉通り、豊作などを祈るために鎌を飾る伝統はある。


 「特にこの村は農業が盛んで、ブランドになる野菜や果物もあることから、特に豊作を願う為、力を込めています」

 「ご住職、やはり五穀豊穣を祈るお祭りとかもされるんですか?

 特に迷信深いことに熱心なら、さぞかし賑やかなんでしょうね。あの子にも、楽しませてあげたいなぁ……」

 少し遠い目をしたフリをする。祭りがあるか……。祭りは重要なのだ。もしかしたら神隠しや怪異に繋がるかもしれない。


 「ええ、祭りをしております。賑やかというよりは、静かにお祈りをする感じです。子供には物足りないかもしれませんが」

 住職が言った、子供に物足りないとの言葉。少し引っかかる。


 「そうなんですね。五穀豊穣を願うときは結構賑やかなお祭りのイメージでしたから。あの子も見に来てましたか?」

 祭りに関わる。それは怪異との接点にもなりえる。ここは重要なポイントと思い慎重に聞いた。


 「さあ、どうでしょうか。人もそれなりに集まりますし、夜に行いますのでどなたかが来たまでは……。何か関係があるのですか?」

 住職の表情が疑問の顔に変わった。

 踏み込み過ぎたのか、住職からストレートな疑問を投げかけられた。ただ、これは逆にとれば……。


 「いえ、よく迷信では天狗や鬼の仕業とか言われますから。

 多分、私はすがりたいのかもしれません。あの子は死んでない、ただ別の世界で生きているんだ、と……」

 寂しく呟くように発した言葉に納得したのか、住職は沈痛な面持ちに戻った。


 住職にお礼を告げ、寺を後にする。墓地を通り、車に戻ると近くで農作業をしている壮年の男性がいた。

 こちらを見る目が敵意に満ちている。分かりやすい。どうやら、かなり面倒なことになりそうだと思った。


    ・   ・   ・


 気付けば、もう夕方になっていた。先ずは経過を報告するために田代家に向かう。


 インターフォンを押すと、すぐに雅隆の妻の雪子が出てきた。

 期待している目をしている。こういう目をされても、今日伝えられる情報が彼女の思いに少しでも答えられるものかと思うと気が重い。

 

 前と同じように客間に通される。雅隆と雪子が揃ったところで報告をする。

 「まず、最初に結論を言います。申し訳ありませんが、確実な証拠は見つかりませんでした」

 この言葉に雅隆は動じなかったが、雪子はかなり気落ちしていた。


 「ただ、今日調べた中でいくつかヒントになりそうなものがあります。

 私が感じなかったこともあるかもしれないので、お2人にも聞いていただきたいと思うのですが、どうでしょうか?」

 この問いに対して、2人ともすぐに頷いた。


 「それではまず一つ目、いなくなったのは年代の近い男の子。二つ目は、最近引っ越してきた家庭。

 三つ目は、オカルトになりますが、10年毎のある時期に誰かが死んでいる年が今年であること……。

 あとは、お子さんの行方を探すことに対して協力的に見せて非協力的です。

 どこか諦めた顔をしています。まだ、神隠しから数日しか経っていないのにです。

 そして、こちらからの問いかけに反応するワードもあります。

 この村に何かあるのか、との言葉には何らかの反応を示すこと。決めつけるには早計ですが、村ぐるみの可能性があります」

 自分達の住んだ村に裏切られたとは、すぐには思えないだろう。だが向けられる視線は言葉よりも多くのことを語っている。

 まだ田代夫妻は悩んでいるので話を続ける。


 「田代さん、先ずはいなくなったのが年代が近い男の子であること。

 そして最近引っ越してきた家庭については共通しているので、そこで思いつくことがあったら教えてください」

 住んでいた者にしか分からないものがあるかもしれない。そう言って立ち上がった。


 「守屋さん、待ってください。どちらかに泊まられるのですか?」

 雅隆の問いに、そりゃ泊まるだろ、と冷たくは言えなかった。


 「とりあえず近くの街まで行って、ビジネスホテルに泊まろうかと思ってます」

 30分もすればそれなりの街に出るし、駅の近くにはホテルはあるだろう。


 「あの、それだと親族のフリとしては不味いのでは? 良ければ、うちに泊まってください。疑われなく済むと思うので」

 雅隆の提案はもっともだ。では、お願いします、と簡単に了承してしまった。

 泊まるということが、どういうことを意味しているのか、この時は理解できてなかった。

 

 田代家で食事をいただき、風呂を借りる。寝床は客間に用意したとのことで客間に向かう。


 そこに広がる光景に…やっと自分の迂闊うかつさに気付かされた。布団が二組用意されていたのだ。

 なんということだ。いや、当たり前のことだ。2人で来たんだ。そりゃ二組の布団を用意する。

 ただ、これが悪いことでないのは重々承知だ。あくまでも探偵とその助手なのだ。悪いことは何もない……。


 風呂上りの萌香の姿にドキドキしながら、平静を装うのに全力を注いだ。

 悶々とした夜を迎えることになってしまった。しかし、神隠しか……。


 一体何が起きたのか……。村が閉鎖的なのは分かる。

 だが、よそ者に興味のある視線なら分かるが、子供を探しに来た親族に対して敵意すら感じるものがある……。

 この村が何なのか、そこが重要になる。


    ・   ・   ・


 おかげで寝たのか寝てないのか、よく分からない状態での目覚めになった。


 「…祐さん、おはようございます……。良く眠れましたか……?」

 萌香の声を聞いてまた心臓が跳ねた。萌香は寝覚めが良いようだ。すぐに布団をたたみ始めた。

 おかげ様で眠れませんでした、とは言えなかった。萌香にならって布団をたたむ。


 こちらの物音に気付いたのか、雅隆の妻の雪子が声を掛けてきた。

 朝ごはんへのお招きだったので、よろしくお願いいたします、と言いダイニングに向かった。


 すでに田代夫妻は食べ終わっていたのか、朝ごはんが2つ準備されつつあった。

 テーブルには椅子が4つ置いてある。しかし、今は2つの椅子しか使うことがないのかと思うと切ない。


 食事を終えると、雅隆がダイニングに入ってきた。

 朝の挨拶と、食事の礼をする。見ると、雅隆の腕には赤ん坊が抱かれていた。


 「雅隆さん、娘さんですか? 可愛らしいですねぇ。癒されます」

 雅隆に聞いてみる。しかし、本当に可愛いものだ。子供の笑顔には癒される。

 嫌われるのは自分でも知っているが……。


 「そうです。ええ、私もこの子に本当に癒されます。いえ、家族みんなに癒されます……」

 嫌なことを思い出させたか……。それはそうだろう。ここで謝るのは余計に重くなるだろうと思い、何も言わない。


 萌香も雅隆の娘に興味をいただいたのか、近づいている。頬をツンツンして少し微笑んだ。

 萌香も微笑ませる程、子供の笑顔は力がある。

 大切に思う気持ちは分かる。無事に育って欲しいと他人の自分も思う。


 無事に育ってほしい……。それを願う神事などはいくつもある。ここでもあるということを思い出した。

 「雅隆さん、息子さんは寺で行われたお祭りに行かれましたか?」

 「ええ。家族全員で行きました。楽しいお祭りでした。息子も舞台で踊ったんです……」

 雅隆の言葉に違和感を覚える。住職は静かと言った。でも舞台で子供が踊るのなら賑やかなはずだ。


 「舞台で踊ったのは何人ぐらいなんですか?」

 「私の息子と、角間さんの息子さんで……!?」

 雅隆が気付いたと同時に、こちらも気付いた。また1つ共通点が見つかったのだ。


 「なぜ、田代さんと角間さんの息子さん、お2人だけだったのですか? 子供なら他にもいらっしゃると思いますが?」

 それなりに広い村だ。農業も盛んで、そこそこ儲けている。なら子供だって他にもいるだろう。


 「それは住職さんがお決めになりました。せっかく移住してきたのだから、無病息災になるので、と」

 住職…まったく聞いていない話しだ。移住してきた者なら他にもいる。2人の共通点はこれだけでは……。


 「雅隆さん、移住してきた方々の家族構成などは分かりますか? あと、できれば住所も教えてください」

 住職が移住してきた者を指定してきた。こういうお祭りや神事などは地元の者を優先することが多い。何かあるはずだ。


 教えてもらった移住者の家を一軒一軒回って行った。とはいえ、田代家と角間家を除けば6件だ。

 田代の親族という同情をさそう言葉を口にし、捜索の話から家族構成に話をシフトさせて確認した。


 確認した内容をメモに記載する。萌香も手帳に書き込んでいるようだ。分かった事が、また1つ出てきた。

 移住者に子供はいるが、田代家と角間家と同じ年ぐらいの男の子が1人だけいた。しかし、そこは1人っ子だった。

 田代家と角間家の共通点は移住をしてきた、同じ年ぐらいの子供、1人っ子ではない、祭りで舞をした。しかし、十分な共通点かもしれない。


 萌香に共通点の話をする。自分の頭の中で整理するためでもある。

 「…もしかしてなんですが…五穀豊穣は嘘では?…雅隆さんはご住職から…無病息災と言われたって……」

 萌香の話で思い出した。住職は祭りを無病息災とは一言も言っていなかった。


 「萌香ちゃん、住職に話しに行こう。きっと…いや、間違いなく知っている……」

 萌香が頷くのを確認し、車を飛ばした。


    ・   ・   ・


 寺に到着すると、早速住職を探しに行く。寺の中で住職はお経を唱えていた。


 「ご住職、失礼します。…そのお経は誰の為に唱えているものなんでしょうか? 亡くなった方に唱えるものですよね?」

 こちらの声と言葉に住職は反応した。こちらを向き狼狽した顔をしている。


 「急に何を言い出すのですか。すでに亡くなった方を思って唱えていただけですよ。皆さん、大事な方ですから」

 住職は顔色をすぐにいつもの柔和なものに戻した。


 「嘘をつくのは嫌いなので本当のことを言います。その前に謝罪いたします。あなた方が嘘をつくので、私も嘘をつきました。

 私は探偵でこの子は助手です。依頼を受けて今回の事件の捜査に参りました」

 どの言葉に反応したのか、住職の顔が堅くなったのが分かった。


 「あなたに人としての良心があれば、お答えいただきたい。さっきのお経も2人の子供を思ってのものだと思いたい」

 そう言って、話しを始める。神隠しにあったと思われる者の共通点を上げ、こちらに無病息災を言わず、被害者家族には無病息災と言ったのか。

 知っていることを話した。住職は顔を変えない。しかし、ここに繋がる。ここが起点なのだ。


 「…あなた方の仰ることに矛盾はないと思います。ただ、あなた方に無病息災を言わなかったのは、こちらが伝え忘れただけです」

 住職は忘れていたと言うだけで、他は知らないと言った顔をした。


 「なるほど。人間忘れることもありますね。ならば2人だけ躍らせた理由は? それに必ず10年毎の同じ時期に人が死んでいる。

 そして…今まで規則性があったこの死に、例外があったの10年前……。ここからは私の所見ですし、オカルトな話になります。

 ご住職…この村では五穀豊穣の為に生贄を捧げていた。10年毎に子供を誰か1人、ある時期に。そう、この時期に……。

 行方不明であれば、捜索願を出してから数年しなければ死亡扱いになりません。それに都合が悪いことも調べられる可能性があります。

 だから、ここではすぐに死んだことにし墓標に刻まれている。死ぬことが分かっているから……。

 自分たちが捧げたことから、その罪の意識からでしょうか。すぐに葬儀をしたのでしょう。

 では、何に捧げたか……。これは分かりません。

 ですが、今年は2人捧げたということは、恐ろしいもの、それか恐ろしいことがあったから…ってところでしょうか?」

 住職に向けて、全ての共通点を繋げてから導き出した話をした。


 住職の顔が諦めたように見える。まだ良心が残っている人であると思えた。

 「……あなたの仰る通りです。この村には昔からの伝統があります。

 もう何年前から続いているか正式には分かりません。ただ、20年前までは行っておりました。

 葬儀を上げたのも、仰る通りです。皆の罪の意識から早く行っておりました。

 自分の子供を捧げたのです。その悲しみは推して測るにあまります。

 その悲しみの連鎖を断つ為、10年前は生贄を見せるための舞をせず、鎮魂祭を行いました。

 しかし、この伝統を止めたことが呪いとなって襲い掛かってきました。

 毎年、老若男女関係なく、同じ時期に毎年不審な死が続きました。それに不作な年も増えました。

 そんな時、誰かが言いだしたんです。生贄を止めたからだ…と」

 黙って聞くことしかできない。しかし、酷い伝統である。なぜ子供がとも思ったが今は黙って聞く。


 「その言葉から、村人の多くが生贄を捧げようと言いだしました。

 しかし、止めようと思ってしまうほど価値観が変わってしまったので、自分の家族からとなると黙り込んでしまいました。

 そこで村が考え出したのが移住者の子供を捧げると言うものでした。

 これに多くの人達が賛同し、移住者に補助金を出す制度を作りました。人数が多ければ、更に補助金が増えるように……。

 そして、集まった移住者の中から生贄に捧げる年齢ぐらいの子供が来ました。

 しかし、村人の中には1人ではダメだ、前はしなかったんだから今回は2人だ、と言う者が出てきました。

 ここまで来ると止めることはできません。せめて、1人いなくなってもまだ子供がいる家庭を選びました……。

 それが田代さんと角間さんのお子さんでした……」

 言い終わると、住職は目を閉じた。

 住職の中でも葛藤があったのだろう。その顔に苦渋の色が浮かんでいる。


 「ご住職、教えていただき、ありがとうございます。確認したいのですが、伝統の始まりは何か分かりますか?」

 そう、生贄を求める。怪異、もしくはその類に違いない。何者か分かることが重要だ。


 「伝説のような話ですが、飢饉が続いた村で食うに窮した村人達が生贄を捧げたのが始まりだそうです。

 その生贄が子供の男の子で、10年毎に捧げていた事から、そうなったようです」

 もう住職の口を塞ぐものは外れた。聞いたことをしっかり教えてくれた。

 おそらく、生贄を求める様になったのは悲しみからだろうか?


 「ありがとうございます。まだ、その生贄を求めるものは分かりませんが、そいつの正体を掴めればこの悲しみの連鎖を終わらせられます。

 言ってなかったですね。私はこういったものに対するエキスパートでしてね。子供を探すのも目的ですが、それを阻む悪いものは処分していきます」

 少し大げさに余裕を持って言うと、住職は驚いた顔をしたが、すぐに顔を正した。


 「それならば…まだあの子たちは生きております」

 住職の言葉に驚いた時、外から多くの気配を感じた。


    ・   ・   ・


 外に出てみると、村人達が集まっていた。


 隠す気もない敵意をむき出しにした目をしている。

 1人の男が前に出てきた。偉そうな顔をした男だと思った。もちろん悪い意味でだ。


 「住職、田代さんの親戚に何を話していたのでしょうか? 我々も捜索など十分に手伝った。そのことは伝えていると思いますが?」

 偉そうな男が言う。しかし、真実を知ったこちらからしたら、嘘つきが偉そうに、としか思えない。


 「村長…私は本当のことを語りました。確かに呪われているから、それを避ける為に必要なこと……。そう思おうとしました。

 しかし、自分達が犠牲になるのではなく、何も知らない移住してきた方々を犠牲にするのは別です。

 ここで起きた呪いは、ここに住んできた者達で解決すべきなのです。何も知らない親から罪のない子供を利用してはなりません!」

 住職の言葉は心の中で思っていた言葉なのだろう。しかし、この村長、他の男達が受け入れるか……。


 「住職、あなたもあの時は反対しなかったではないですか? 生贄を捧げなければ、より多くの者が死んだんですぞ!?

 それに農業を中心としたこの村で不作は大問題だ。それにあなたも共犯なんですよ!?

 あなたが祭壇を用意し子供を舞わせた事で、生贄として神隠しに遭うのですから」

 村長の言うことは、自分達…昔から住んでいた者達だけのことを考えた言葉だ。

 だが、ありがたいことに神隠しに遭う条件が分かった。祭りで舞うことで、何者かに生贄と認識させるのだ。


 住職は悔しそうな顔をしている。共犯との言葉が響いたのだろう。

 怒りをあらわにしている村長がこちらを向いた。


 「さて、ここまで聞かれてはただで帰す気はない。まあ、どうなるか予想はできているだろう? さっさと諦めれば良かったものを」

 村長の面構えと言葉を聞いて、まさしく悪役とはこのことか、と思ってしまった。


 「そりゃあ、何も知らない人の子供を生贄にするぐらいですからね。やることなんて片手で数えてもお釣りが来るくらいだ。

 ただ、あんたは言ったな。さっさと諦めれば…と。じゃあ、あんたの孫が何も知らない状況でいなくなったら、はい、そうですか、と諦められるのか?

 そんなことできる訳がないだろが! 田代さんも角間さんも何も知らないんだぞ!? いつまでも子供の影を追い続けることになる……。

 お前たちにその代償が払えるのか!? 悲しみを拭ってやることができるのか!?

 生贄を求めるものも悪かもしれないが、その力を利用し無知な人を巻き込むあんた達は本当の悪だ!」

 言ってしまった。相変わらず熱しやすい自分が嫌になる。が間違ったことは言ってはいない。


 村長や周りの村民もこの言葉には怒りを覚えた顔になっている。

 まあ、こちらの言葉は喧嘩を吹っかけたようなもんだからな。


 「言いたいことは、それだけか……。それでもわしは、この村を守る必要がある。

 悪いが村を守る為にあんた等には消えてもらう。神隠しのようにね……」

 もはや完全に悪役の顔になっている村長が言い終わると、村人たちが押し寄せてきた。

 不本意ながら…半分、憂さ晴らしをさせてもらう。


 「群青百足……」

 人に見えない程度に薄めて、右の首筋から呼び出し、軽く払うように振るった。

 村人は見えない力で次々に転がされていく。

 それを確認し、どうせなら村長も巻き込みたかった、と思ったことは言えない。


 住職が少し声を上げた。ある程度の力があるのか見えたのだろう。

 「ということですよ、ご住職。こういうことができるから、エキスパートと言ったのです」

 笑顔で住職に言った。これで力があることは理解してもらえただろう。

 村人は何か見えない力に転がされて、動揺しているようだ。村長も間抜けな顔をしている。


 「村長さんよ、こういうことだ。下手に手を出すな。他の人達もだ。

 もししたら、こんなもんじゃ済まないし、済ませるつもりもない。

 あんた等の為じゃないが、この呪いを終わらせる。それは何も知らない人を助ける為だ」

 まだ間抜け面を続ける村長に言ったあと、住職に向き直る。住職も分かったようだ。

 2人を助けに、呪いの元凶を処分しに……。


    ・   ・   ・


 寺の脇道というか、獣道を上っていく。


 もう夕方で足元が暗い。

 遠いと困ると思っていると、それほど寺から離れていない所に古い家があった。


 「あの家の中に居るはずです。この家は昔、子供を生贄に捧げられたものが住んでいた家だそうで。

 そこに生贄が集められるので、家の修繕などをし維持しております」

 住職がそう言うと、家の引き戸を開けた。斜陽が薄く家の中を照らす先に、2人の子供がいた。


 「住職、なぜ生きているか知ってますか? あなたが食事を与えた訳ではないのでしょう?」

 住職も分からない顔をし、首を横に振った。怪異やそれに近いものであれば、何かの為に生かしているのだろうが……。


 子供に近づこうとした時に家の暗がりから何かが現れた。その姿から怪異であることが分かった。

 女性と思われる長い髪が降り乱れている。もっとも異様なのは、着物の前がはだけている所から見える多くの顔だ。

 顔と言っても目玉もなければ口はだらしなく開いている。


 住職が息を飲んだ。萌香は少し険しい顔をしている。さて、子供を巻き込まないようにしなければ、だが……。


 「わたしのこ…かわいい…わたしのこ…はなさない…はなしはしない…いや…つれていかないで…いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 怪異は呟いていたと思うと、悲鳴を上げて、こちらに飛び掛かってきた。


 百足を出す暇もなく、怪異と正面からぶつかった。

 怪異と共に土壁を突き抜けて、外に吹っ飛ばされてしまい、地面に叩きつけられた。


 「萌香ちゃん、住職、離れて!」

 怪異がこちらを向いている。敵意もまだこちらに向いている。処分するのは、俺だ。そう決意し、ジャケットを脱ぎ捨てた。


 「緑青白百足!」

 その言葉により、背部から6本の白い百足を呼び出した。ここは力押しで行く。


 怪異がまた突っ込んできた。早いが、避けれないほどではない。

 横に跳び、一本の百足を地面に突き立てて体を怪異の背後に向ける。


 更にもう一本の百足を地面に立てて、足と百足の力で一気に飛び掛かる。

 怪異の後ろから緑青白百足の伸縮による連撃を打ち込もうとした。


 その時、怪異の背中から黒い風が襲い掛かってきた。一瞬目を閉じてしまった。

 目を開けると、少し距離を空けられたが、目くらまし程度ならまだ行ける。と思った時、体に違和感を感じた。


 体が、百足が溶けてきた。怪異を見ると背中も服がはだけており、そこにも顔が無数に張り付いていた。

 おそらく生贄に捧げられた子供の顔だろう。


 その顔は悲痛な叫びを上げているようにも見える。

 よだれのように垂らしているのが、先ほど吹きかけてきた溶解液、いや溶解息と言えばいいのか。


 しかし、参った。緑青白百足は防御に関しては頼りにならない。

 しかも溶けてきたのならば力も発揮できない。一旦、体に戻す。


 「群青百足……」

 体の修復は始まっているが、攻防を考えると群青百足しかない。

 また怪異は突撃してきた。横に飛び避けることはできたが、いやらしいことに溶解息をまき散らしていった。

 これで更に距離を取らなければならなくなった。


 群青百足ならば耐えきるだろう。修復も完了している。捨て身で近づき、喰わせるしかないか。

 そう思ってると、怪異は体から溶解息を撒き散らしてきた。視界を奪う気か? 何故? 2人の子供!


 俺を通り越して、家の前で溶解息を散布した。バリケードを張ったのだ。子供をどこかに連れて行く気だ!

 見逃すわけにはいかない。百足を地面に突き立て、自分を押し出すようにして家に飛び込んだ。土壁に突っ込むのは2度目だ。


 土壁に前面から突き抜け、砂埃が上がる中、すぐに家の中を見る。

 怪異がいた。萌香!? 萌香が怪異と対峙している。考えている暇はない。


 「萌香、伏せろ!」

 群青百足を地に這うように怪異の下に潜り込ませ、喰らわせる。

 そのまま天井を突き破って空中で喰いちぎる。肩から頭に掛けては残して……。


 そのことを確認し、萌香を見る。その前には、光を放つ羽が生えた犬がいた。

 彼女の守護化身。ここまで綺麗に作れるようになっていたとは……。


 おそらく、怪異は近づけなかったのだ。萌香の守護化身の力に阻まれて。

 その隙を自分は突いた。いや、突けたということか。


 萌香の姿を一瞥してから、外へ出る。

 肩から上を残した怪異に近づく。よく見れば、悲しい顔をした綺麗な女性だ。


 「わたしのこ…いや…つれていかないで…かえして……」

 怪異が悲しい声を上げている。この言葉、この人の子供が生贄にされたのだろう。

 その悲しさが死んでもなお残り続け、怪異になったのだろう。


 子供の生贄。生命力に満ち溢れた子供を生贄に捧げれば、確かに大きな見返りはある。

 だが子供を失った人に残るのは悲しみだけだ……。


 「あなたの子供はきっと天国にいます。長い時を経て、生贄の鎖から解き放たれているはずです。あなたをきっと待ってます」

 怪異の顔が少し穏やかになった。届いてくれたのだと信じたい。左手に力を込めて、光を溜める。子供と出会えることを願って。


 怪異の額に手を置き、天への導きの言葉を唱える。

 光の中に溶け込んでいく彼女の顔は穏やかだった……。それに少しだが救われた。


    ・   ・   ・


 萌香と住職が、家から子供をおぶって出てきた。


 多少衰弱しているようだが…もしかしたら、怪異は子供を生贄とは考えてなかったのかもしれない。

 我が子のように可愛がり、食事なども与えたのかもしれない。


 しかし、発せられる毒に耐えきれなく死んでしまった。

 今度は放さない、その気持ちから体に取り込んだのだろうか。

 今となっては分からない。自我もなくなっていた。ただ、子供を本気で愛していた。その事だけは事実だ。


 萌香から子供を受け取り、道を下って行く。

 住職に礼を言うと謝られてしまった。その罪を許すのは俺じゃないと思って返事をしなかった。


 寺に戻ると村長と村人が残っていた。正直、まだいたのか、と思ってしまった。

 「この子達は助けたし、呪いもなくなった。それは住職も見ている。後はあんた達が、どう罪を償っていくか皆で相談するんだな」

 そう言って、村人達を押しのけて行った。この子達を待っている人達の所へ。


 角間家でも何度もお礼を言われ、食事やらなんやらと誘われたが辞退した。

 子供に付いていてあげてください、と言って。


 田代家に子供を連れて戻ると、雅隆も雪子も泣きながら抱きしめていた。

 処分完了。…とは言っても、同情してしまったのは……。まあ、仕方がないか。


 子供の無事を知り、一段落したところで、田代夫妻に報告をする必要がある。

 さて、どう言ったものか。仕方がない、皆に罰を被ってもらうか。


 「立花刑事から聞いてるかもしれませんが、私はオカルト専門のところがありましてね。そっちの線で調べて見ました。

 その結果、神隠しに遭った子達は住職が保護していたことが分かりました。

 悪いものに狙われていることを知っていたのでしょう。村の皆さんと協力して守っていたようです」

 そう言うと夫妻は驚いた顔はしたが、子供が無事だったことを考えれば多少の矛盾も忘れるだろう。

 そして、そんな何も知らない人からお礼を言われる心苦しさを味わうがいい、と思った。


 「ああ、あと謝礼の件ですが村長に話をしてください。彼が今回の件の発案者です。何も知らされなかった、あなた方が払うものではないので」

 そう言って、あと何かあればご連絡を、と去って行こうとしたが、今夜も泊まっては? としつこく言われ、根負けして泊まることにした。


 食事も終わり、風呂にも入り、あとは寝るだけ。そう、寝るだけだ。

 横には誰もいない、いないんだ……。と、頭の中で唱え続けた。


 「…祐さん…起きてますか……?」

 萌香が小声で話し掛けてきた。萌香がいることを再認識させられて、眠気が吹き飛んでしまう。


 「起きてるよ。どうしたの? 眠れない?」

 自分が眠れないのに、聞くのはどうかと思った。


 「…今日の事…怒ってますか……? 力を使ったこと…最近、祐さん…悩んでいたから……」

 萌香の言葉に頭を叩かれた思いがする。そう、入ってきて欲しくない世界に入ったのだ。それを悩んでいたことも事実だ。


 「怒ってないよ。勇気のある行動で2人の子供を救えたと思っている。君が救ったと言っても良いよ」

 事実だ。怪異を足止めしたのは萌香なのだ。俺1人では難しかったかもしれない。


 萌香が布団をめくり座って、こっちを見ている。薄明りからその姿は見えるが表情は読み取れない。

 こちらも同じく布団をめくって、萌香を見るように座る。


 「…私は…祐さんに助けられました……。だから、祐さんを助けることが…できるようになりたい…です……。

 でも、祐さんは…傍に来て欲しくない感じがします……。

 私は…傍にいたいです。…祐さんの助けにならなくても……。私がダメでも…また…助けてくれますか……?」

 萌香の心からの言葉に、返す言葉が見つからない。


 さっきだって、きっと怖かったと思う。俺だって怖いと思う時だってある。

 もし萌香に何かあったら嫌だ。でも……守れないのはもっと嫌だ。


 「……助けるさ、君が求める限り。…助けられるように、俺も頑張るから。でも、何かあったら助けてね」

 助けるよ、君のことを。どんなに考えても答えが出ないなら…悪いことが起きた時に何とかできる力を身に付ける。


 「…ありがとうございます……。そして…よろしくお願いいたします」

 萌香から少し安心したような声が聞こえた。


 「こちらこそ、いつもありがとう。そして、よろしくね」

 女の子の言葉をまるっと返すのはどうかと思うが、素直な今の気持ちを言えた。

 萌香が布団の中に入って行ったので、同じように布団の中に入り込む。

 悩んでいたことが解消されたのか、良く眠れそうだ。


 朝食をいただき、事務所に帰ることにした。

 田代夫妻からのお礼が何度目かもう分からないぐらい言われて、何とか車に乗り込み、事務所に向かうことができた。

 帰りは行きと違って心地よく運転ができたような気がした。


    ・   ・   ・


 2時間かけて、事務所に戻る。快適なドライブだと思うと疲れた気がしない。


 「ただいま~」「…ただいま、帰りました……」

 「お疲れ~さまでぇす。萌香ちゃん、大丈夫でしたぁ? こんな人と一緒に2晩も過ごすなんてぇ」

 幸にこんな人、呼ばわりされる覚えはない。


 「…大丈夫です…良かったです……」

 萌香の返事を聞いて幸が少し意地悪そうな顔をした。


 「祐さん、いつもの顔に戻りましたねぇ。まあ、自分で解決したわけじゃなさそうですけどぉ」

 幸の言葉に、うっせぇ、とだけ言って椅子に座る。


 今回の事件を振り返る。村の危機を救う為とはいえ、1人の女性の子供を犠牲にした行動。

 その女性の悲しみが招いた悲劇だが、その女性の子供ではない子供が選ばれた場合は……。


 結果は同じであろう。

 誰かの立場になって考えるのは難しい。自分がその人の味わったものを知るのが一番早い。

 でも、誰も自分が傷つきたくはないだろう。


 結局、どれだけ迷っても出した答えが間違いの場合もある。

 だが、間違いだと気付いたのなら、すぐに間違いを修正することができる。

 元には戻れないが、最悪な状況になる前に手を打つことはできるはずだ。


 萌香が俺を助けたいと願うように、俺も萌香を助けたい。

 例えそれが悪い方向に進んだとしても、最悪な事態にならないように……。

 自分の手で守れる範囲のものは守ってみせる。改めて心に決めた。

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