表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/44

もう一人の自分

 人は常に孤独である。と言う人がいる。

 そのためなのか孤独であるが故に、寂しさ等から人との関係性を持つ。


 逆に言えば、自分が望めば孤独になれるということになる。

 例え、親兄弟がいようとも。


 だが、本当に人は常に孤独なのだろうか。

 記憶、思い出の中に誰かがいれば、それは孤独ではない。

 心の中に誰かが寄り添っているため、孤独ではない。


 孤独を求めようとも心の中に住む者がいる限り、人は孤独にはなれないのだ。

 心にいる者が、良い者でも、悪い者でも……。


 孤独を愛する人も多いだろう。

 だが、あくまでも空間上であって真の孤独は得られないのだ。


 孤独を求めるなとは言えないが、君は孤独ではないとは言える。

 孤独に生きることを希望した者、しかし孤独にはなれなかった者。今回はそんな話をしよう。


    ・   ・   ・


3月下旬

 萌香は祐の住むと言われる屋敷の前の門に佇んでいた。

 古めかしい洋館作りの建物で、庭にはガーデニングがされている。


 祐は名家の生まれとは聞いていない。

 孤児院に居たのだから持家ではないだろう。


 しかし、1人で住む借家にしては大きすぎる。

 場所は幸から聞いた住所に間違いはない。

 そもそも、本道から一本入った所にあるので、まずここで合ってるはず。


 門を開けて入る勇気が出てこない。見た目は綺麗な屋敷なのに、何かを感じる。

 門の前で悩んでいると玄関のドアが開いた。


 出てきた男性は外人のような端正な顔つきで、綺麗なワイシャツに折り目が正しいパンツを履いており、清潔感がすごく漂ってくる。


 「どちらさまでしょうか?」

 清潔感のある男性の透き通るような声で問われて気付いた。自己紹介をしないと。


 「…都 萌香と言います……。祐さん…いえ、守屋さんの家は……ここでしょうか」

 その言葉に清潔感のある男性が笑顔で頷いた。


 「祐さんですね。お部屋にご案内いたしましょう。こちらへどうぞ」

 そう言われて、門をくぐり玄関へ進んで行く。やはり不思議な気配がする。


 「屋敷に入る際には、屋敷へ入る挨拶をお願いいたします」

 男性がそう言うので、それに従おう。

 そもそも家にお邪魔する際に、挨拶は欠かせないのでは?


 「…お邪魔します……」

 普通に挨拶をしたが、これで良かったのだろうか。


 周りを見れば、洋館らしい玄関ホールが出迎えてくれている。

 綺麗にされているせいか外よりも年代を感じさせない。


 さっきから玄関ホールの上にあるシャンデリアが揺れている。

 「どうやら家に歓迎されたようですね。とても喜んでいるようです」

 「…家? …ですか……?」

 男性は綺麗に微笑むと階段を上がりながら、こちらへ、と声を掛けてきた。


 階段を上り、一番奥の部屋に通された。

 「こちらになります。少々お待ちください」

 男性がドアをノックすると、中から祐の疲れた声で返事が返ってきた。


 「都様が来られました。ドアを開けてよろしいでしょうか?」

 男性の問いかけに、また疲れた声で招きいれる言葉が聞こえた。


 男性にドアを開けてもらったので、彼に頭を下げて中に入る。

 「…祐さん…大丈夫ですか……?」

 ベッドで横たわっている祐に聞く。力を使い過ぎたのだろうと幸は言っていた。


 「まあ、だいぶ良くはなって来たよ。事務所の再開も近いかな」

 祐はまだきつそうだが、敢えて明るく振る舞うように言った。


 「…あの、お見舞いです…。どうぞ……」

 そう言って、祐のベッドに近づく。1人で寝るには大きいベッドだと思った。


 「ああ、それは嬉しいね……。お、チョコレート菓子があるじゃないかぁ。

 流石は萌香ちゃん、気が利くね」

 祐がチョコレートに大きく反応した。素直な人だと思いながら、その嬉しそうな顔を見ていた。


 「…それでは…お疲れのようなので…失礼します……」

 元気に振る舞っているのが分かっているから、無理はさせたくなかった。


 「あれ、帰っちゃうの? ごめんね、せっかく来てくれたのにお茶も出せずに……」

 疲れ顔で申し訳そうなさそうに祐が言う。

 その顔の調子だからこそ、休んでもらいたい。


 祐の部屋を出て、階下に向かい玄関ホールに行くと男性が待っていたのか、こちらを向いて立っていた。

 「もうお帰りになられるのですか? 祐さんはお喜びになると思ったのですが……」

 男性が少し残念そうな顔をして言った。


 男性と家に挨拶をし、祐の家から帰る。

 思えば、祐の家がどのようなものか聞いたことがなかった。

 今度、聞いてみようと思った。


    ・   ・   ・


 事務所に戻ると、幸がソファベッドで寝転がっていた。


 「あ、萌香ちゃん、おかえりぃなさ~い。祐さん元気でしたかぁ?」

 のんびりとした話し方で、幸はあまり心配していない感じで聞いてきた。


 「…はい。あ、いえ…あまり元気そうでは……」

 幸に隠すことではないので、感じたままに伝えた。


 「あ~、頑張りすぎたんでしょうねぇ。祐さんの悪い癖です。

 もうちょっと事務所は閉店ですねぇ」

 幸の言葉の悪い癖は、良い点でもある。それも分かって言っているのだろうけど。


 「…はい。…祐さんは早く戻りたい…感じをしてましたが……」

 そう言うと、幸がこちらを向き、ため息をついた。


 「でしょうねぇ。あの人、頑張り屋さんですからぁ。良くも悪くも……」

 悪くも? 確かに自分を犠牲にしているところはあるが。悪いと言えるのか……?


 幸は祐のことを多く知っている。信頼しているからこそ、色々話している。

 幸の言葉はすごく分かる。でも、もっと深いところも知っているのでは?


 「どうしましたぁ? 真剣な顔はいつもですが、険しい顔になってますよぉ?」

 こちらを見つめている幸に問いかけられたことで、決心した。


 「…幸さん、祐さんと過去に…出会った時の話を聞かせてください……」

 「萌香ちゃん……聞くことに意味があるんですか? 仕事に支障はないですよ?

 聞いてどうしたいんですか? 私が話すメリットも感じられませんね」

 幸は普段ののんびりした話し方ではない、固い物言いをした。


 目からも伝わる。これ以上、踏み込むな、と。

 でも知りたい、祐のこともだが幸のことも……。


 「…知りたいだけです……。幸さんには嫌な話し…かもしれません。…ただ知りたいんです……。

 …何をしていたのか…何があったのか…何も知らない…。

 でも、幸さんのように…祐さんのこと…もちろん…幸さんのことも…知りたいんです。…分かり合いたいんです……」

 幸の目を逸らさず言った。たとえ拒絶されようとも、2人のことをもっと知りたい。


 「…萌香ちゃん、話したくないことを人に聞くのは、その人の心に傷をつけます。

 そして話してしまえば…心の中を侵されます。その人に話したという記憶によって……。

 嫌な思いをしてまで話すと思いますか?」

 幸の言葉はなんとなく分かる。


 話したくない話を無理に聞き出されれば、嫌な記憶により心はまた傷つく……。

 心は、記憶はそのことを忘れないかもしれない……。


 「…話したくないと…思います……。でも…幸さんのことを…幸さんを知ることが…私の心の中に刻み込めます……。

 …自分でも何を言ってるか…分かりませんが…知りたいんです……」

 まだ幸の目を逸らさず言うことができた。知ることで理解したい、2人のことを。もっと……。


 幸は深いため息をついた。目を私から離して、うつむいた。

 「…萌香ちゃんはべらべら喋らないし、人に深く入らない子かと思ってましたが、祐さんの話す通りですね。

 頑固なところ、曲げない信念みたいなところがあるって言ってましたが……」

 そんな風に見られていたのか。幸に話すとは悪い意味ではないと思う。


 「萌香ちゃん、今から話すのは独り言です。話しに入らないでください。

 質問も禁止です。あくまでも、自分の思い出を声に出しているだけです……」

 幸は、少しうつむきながら言った。辛いことを思い出させることに、罪悪感を覚えた。


    ・   ・   ・


 私は小さい頃から、頭が良いと言われ続けてきた。

 本を読めば内容を大抵のことは記憶し、理解できた。


 それが当たり前だと思っていた。

 親は末は学者か何かと言っていたが自分はどうでも良かった。

 自分の命だ。好きなことをして生きたい。勝手に押し付けられても困る。


 人は何とかして心に入り込もうとしてくる。

 求めていない。受け入れる気もない。自分にとっては不要。


 しかし、本は違う。

 何も語らない。こちらがページを開くことで語りかけてくる。

 本を読み終われば、もう語らない。本を読むことが語らう時間。心地の良い時間。


 特に本であれば何でも良かった。読み進めれば必ず語りかけてくる。

 ただ、何故かオカルトと言われる荒唐無稽な本が好きだった。

 おどろおどろしい妖怪や怪物、鬼、悪魔、天使、などが描かれている本。


 学校も成績が良ければ、人と関わらなくても何も言われない。

 ちょっかいを出してくる人間もいたが、興味もないので反応する気もなかった。

 ただただ本を読む。本が語りかける時間に没頭していった。


 時は流れて一流大学といわれる所を卒業した。

 選んだ職はもちろん司書である。大きな図書館の司書になることができた。


 しかし、司書の仕事は何かと人と関わらなければならない。

 人と関わらなければ仕事…生きていけないのである。


 分かっていなかった訳ではないが、これは相当つらい。

 今までのらりくらりとかわしてきた人間関係を、一から習得するのだから。


 そんな気の滅入る日々を続けていると、少しずつ人との関係を築けるようになった。

 ただ、空気といった、その場の雰囲気を読むことはできなかった。


 人と話せるようになると、今度は人と話す言葉に注意しなければならなくなったのだ。

 自分の言葉が相手を傷つけるかもしれない。


 自分が嫌悪していた、人の心に入り込み傷をつける者になるのかもしれないのだ。

 そう考えると、余計に人と話すのが怖くなってきた。

 どれだけ孤独の時間が恋しくなったことか……。


 自分があれだけ嫌っていたことを他人にしているかもしれないのに、のうのうと生きていくのが辛いと思っていた。


 そんな時、目つきが悪く、喪服のように黒いスーツ、だらしないネクタイの男が現れた。


    ・   ・   ・


 男は言った。オカルト関連の書籍を探している、と。珍しいと思った。


 何故か自分が好きなオカルト関連を調べようとしている男に少し興味を持った。

 何を思ったのか自分から話しかけてしまった。

 「どのような本を探してるんですか?」

 今までは相手から話しかけられないと答えなかった自分が、自分から話しかけた。


 「あるかどうかは分からないんですが、霊関係ですね。もしあれば浮遊霊や地縛霊について書かれているものが」

 また随分とマニアックなことを、と思った。天使や悪魔などではないのか。


 「お探しの物に近いと思われるものがあります。こちらです」

 何故かこの男に興味が湧いた。本のように読み進めたくなる感じがしてきている自分に気付いた。


 男は紹介した本を目次から自分の目的に該当しそうなものはないか調べているようだ。


 「浮遊霊や地縛霊などは、確かこの本のここら辺のページとこっちの本のこのページ辺りに記載されていたはずです」

 覚えていることを話しただけだが、男は目を見開いていた。


 男と少し話して思った。人と関わらず、しかし人と嫌々関わっている自分が、他人に興味が湧くなんて。

 しかし興味を持った男の目は、決して嬉しいものではないが。


 男は真剣に教えたページ付近を確認している。どうやら何かを得たらしい顔をした。

 「ありがとうございます。これだけ適格に覚えていらっしゃるとは。すごいですね」

 その褒め言葉は子供の頃に散々された。記憶が刺激される。


 「……すいません。あまり嬉しくない言葉だったかもしれませんね。何にせよ助かりました」

 男はそう言うと寂しそうな笑顔を見せて、また本に目を下ろした。

 嬉しくない言葉……。そうかもしれない。褒められることが苦痛だったからか。


 仕事に戻る、と男に言いその場を去る。

 何故、あの男はあのような言葉を口にしたのか。


 褒められるのが苦痛と思えるような事があった人なのか?

 そんなことを考えながら、度々目線を男に向けていた。


 次の日も男は調べに来ていた。こちらに気付くと笑顔で話しかけてきた。

 「昨日はありがとうございました。お礼ついでに一つ伺っても良いですか?」

 何の話しだろうか、話を聞かれるのは好きではないが。


 「あなたは大きな怪我とか大病を患ったりしたことはないですよね?

 あなた自身、命に係わるような事があっても無事だったりしませんでしたか?」

 この男は真面目な顔で聞いてきた。何が目的でそんなことを聞くのか。


 「失礼しました。嫌な質問だったかもしれません。間違っていたら、ごめんなさい」

 そう言うと、男はオカルト書籍のコーナーに向かって行った。


 言われた通り、自分は大きな怪我をしたこともなければ、大きな病もない。

 大抵の人はそうかもしれないが、命に係わることを避けることができた事は確かにあった。


 小学生の頃、暴走車が集団下校中の自分を目がけるように突っ込んできた。

 多くの同級生が死んだり怪我もしていたのに、自分は全くの無傷であった。


 何故、それが分かったのか。聞こうと思ったが聞けずじまいだった。

 もう調べ物が終わったのか、図書館に姿を見せなくなった。


 興味が湧いた人間がいたことに驚き、いなくなったことに寂しくなった自分に驚いていた。


 しかし、偶然とは恐ろしいものだ。

 仕事を終えて家路についていると、住宅街の十字路に立ちつくす男の姿を見つけた。


 何やら十字路の色々な場所を眺めたり、手を当てたりしている。

 一見すると不審者だが、その真剣な表情を見るとそうは思えない。


 声を掛けるか、どうしようか考えながら歩みを進めると男から声を掛けてきた。

 「あれ? ああ、こんばんは。仕事帰りですか? お疲れ様でした」

 黒いスーツの男は、こちらに対してありきたりな挨拶をしてきた。


 何をしていたのか? 当然な疑問が浮かんできた。

 そんな私の表情を察したのか、男が勝手に話しかけてきた。


 「不審者に見えたでしょ? 前に教えていただいたことを調べているんです。いやぁ、なかなか難しいですね」

 おどけるような口調で、後頭部に手を当てて困ったような顔をしている。


 「調べているって、幽霊ですか? そんな非現実的なことを信じているんですか?」

 思わず言ってしまった。しかし、幽霊やお化けなどは人の勘違いなどから出てきたものだ。


 男が軽く唸った。返答する言葉に詰まったのだろう。

 それはそうだろうと思っていたら、男は十字路のある看板を指さした。

 そこには2枚の看板があった。車と車、もう一つはバイクと人の事故の目撃者の探すものであった。


 「ここって見通しは良いし、ミラーもそれぞれの曲がる箇所に設置していますよね。街灯も綺麗なLED照明です。

 なのに、事故が多いんですよ。自動車だけでなく、バイクや自転車、歩行者とぶつかるものに規則性はありません。

 ただ共通しているのは皆、気付かなかった、と言うそうです。よそ見をしていたなどなら分かりますが、気付かない、とはなんでしょうか?」

 男は最後にこちらに質問してきた。十字路を見るが、確かに男の言う通り事故の可能性は低く感じる。


 こちらが十字路を見たことで分かったと思ったのか、男は話を続けてきた。

 「ここは昔から事故が絶えないから、このように事故が起きにくい作りに変えたそうです。

 足元のペイントも事故を回避しやすいものですよ。珍しい形をしてますよね」

 男はまた看板に目を向けた。それにつられて看板を見てしまった。たまたま悪いことが重なることもあるだろう。

 それだけで幽霊と決めつける理由になるのか、その考えが分からなかった。


 男はあいまいな笑顔をこちらに向けてきた。なんとなく分かった。私には届かないと思ったのだろう。


 「信じられないですよね。まあ、それが普通の反応でしょう。分かってもらうには、この程度の話では説得力に欠けます。

 もし信じていただけたとしても、あなたは大丈夫でしょう。この道を使われても問題はないと思いますよ」

 男の言葉から、また私の何かを知っているような言い方をした。


 「何故、そう思うんですか? 私の何を知っていると言うんですか?」

 少しきつい物言いをしたのは理解している。

 しかし、自分のことを知っているという感じが、私を不快な気持ちにさせたからだ。


 「あなたが守られているからですよ。何かはよく分かりませんが……。まあ、戯言と聞き流してください。それでは」

 去っていく男の姿がスーツの色と同じ色の闇に溶けていった。


 何の話をしていたのか? 守られている? 理解の範疇を超えていた。


 そもそもオカルトに傾倒している人間の話だ。まともに聞く必要もないと思った。

 そう思ったが、この十字路の事故防止のための対策は異常と言ってもいい気がした。


     ・   ・   ・


 あの男と会話をした数日後、仕事を終えるのが遅れてしまった。


 日は跨がずに家に帰れそうだ。そんなことを考えていると、あの十字路に差し掛かった。

 あの会話をしてから、気をつけて通るようにしている。いや、あの言葉を信じた訳ではない。

 ただ道を通る時に必要な注意を張っているにすぎない。


 そう思った時、右から勢いに乗った自転車がこちらに向かってきたのが見えた。

 ぶつかる! しかし衝撃はなく、目を開けると自転車が自分の左手の電信柱に当たってこけていた。


 一応、大丈夫かと確認しに行った時に見えた。前輪がパンクしていた。

 自転車の人は軽症だが、パンクしたことに驚いているようだ。

 自転車の運転者が、お互いが大きな怪我もなくて良かった、と言い自転車を押しながら帰って行った。


 「ぶつからなくて良かったですね」

 後ろから声を掛けられ、驚いて振り返ると黒いスーツの男が立っていた。


 「ラッキーでしたね、と言ったほうが良いのでしょうか? まあ、こういうこともありますよね」

 また知った風な口ぶりで男が話す。少し頭に来るものがある。


 「これもあなたの言っていた、守っている何かがしたこと、って言いたいのですか?」

 これに男は軽く笑うだけで、返事はしなかった。


 「夜も更けてきましたら、早めに帰られた方が良いですよ。怖い目に会うのも嫌でしょう?」

 こちらの質問に答えずに、こちらに帰るように言うのはどうなのだ。


 「帰らなかったから何かあるんですか? 帰る、帰らないは私が決めることです」

 男はこの質問と言葉を聞いて、後頭部に手を当てて困った顔をした。


 「いや、まあ、そうですね。強制はできないですからね。

 私は私がしたいことをします。あなたはしたいようにされて下さい」

 そう言うとタバコの箱を出し、一本のタバコを男はくわえた。


 この男からはタバコの匂いはしてなかった気がする。

 そんなことを気にしていると、タバコに火を点け煙をくゆらせていた。


 男はタバコを吸うのではなく、煙を漂わせて歩き回っていた。

 時々立ち止まって、煙を口に溜めて吹きかけていた。灰に吸い込む為のタバコではないのか?


 男は何度もタバコの煙を漂わせながら、十字路の色々な箇所を歩いては、止まり、煙を吹きかける。

 どう見ても不審者にしか見えない。しかし、その目は本気の目をして何かを探している感じがした。


 「ここか……」

 自分の近くに来て、タバコの煙を上に向いて吹きかけた後に男は呟いた。

 その後に男は本気の目をしたまま、こちらに振り向いた。


 「あまり気持ちの良いものではないので、お帰りになることを推奨しますが?

 お帰りにならないなら、私はこのまま自分の仕事をします」

 男の言っていることが理解できない。気持ちの良いものではない? 仕事?


 そこら中に煙を吹きかけていた、その残り香が漂ってきた。

 タバコの匂いではない、何かの香草、透き通るような心地よい匂いがする。


 男が近くの電信柱の前に立ち、口に思い切り煙をため上の方に向かって勢いよく吹きかけた。


 電信柱が煙を浴びることで分かった。

 電信柱の点検用に上るための取り付けられている棒に、側頭部を貫通しぶら下がっている男がいる。

 さっきまではいなかった。何があったのか理解できない。そんな自分のことを察したのか男が振り向いた。


 「あまり気持ちいいものじゃないでしょ? これを処分するのが私の仕事なので」

 処分? 男は言った。あの男の救助や救急車などを呼ぶのではなく?


 「怖ければ目をつぶってください。見えない所まで、ご案内しますよ?」

 男の提案に答えることができない。

 そもそも、あの電信柱の人間をどうするのか? 何をするのか見たい。そんな欲求が湧いてきた。


 「何をするのか分かりませんが、このまま見ます」

 ここまで見せられて帰ることは、何も見ていないのと変わらないと思い、そう言った。


 男は少し呆れた顔をしていたが、根負けした顔になり電信柱に上るため、人の家の塀に上り、ぶら下がった男に近づいて行った。

 何をする気なのか? 目が離せずにいると、男の左手が光っている。左手の掌をぶら下がった男の額に当て、何かをつぶやいている。


 空から柔らかな光が、ぶら下がった男を照らしている。

 その瞬間、スーツの男が地面に落ちてきた。


 何事かと思い近づくと、胸を突き抜かれている。血が…自分の足元に血が流れてきた。

 動揺している耳に不快な音が聞こえてくる。上を見ると、ぶら下がった男の腹から何かが飛び出てきている。


 これは知っている。浮遊霊や呪縛霊に潜み見えづらくして、それを退治しに来た者を襲い力を吸う化け物。

 『潜腹鬼虫せんぷくおにむし』。目的は、気を吸い子供を増やす為だったはず。


  ・   ・   ・


 電信柱に垂れ下がった男の腹部から、体をよじらせている化け物に目を奪われていた。


 その光景と化け物について考えていると、ヤツは腹から飛び出して地面に降りてきた。


 顔が蚊のようで、手は2本どちらも鎌のようになっている。

 胴体は細いが、下腹部と思われる所は胴体を補うかのように太い、その下腹部支える足が6本。

 本で読んだのと一緒だ。しかし、本とは違う。目の前にいる。


 反射的に逃げだした、が足がもつれてこけてしまった。

 『潜腹鬼虫』はこちらを向いていることが見えた、次の瞬間には目の前に飛び掛かってきたのが見えた。


 目を閉じた。しかし痛みを感じない。むしろ温かいものを感じる。

 そっと目を開けると、光る赤ん坊? が大きく体を広げていたのが見えた。


 『潜腹鬼虫』はその光に怯えているように下がり始めた。

 この光を放つ赤ん坊は? そう思っていると、百足のようなものが『潜腹鬼虫』を丸呑みにした。


 「申し訳ありません。助けるのが遅くなってしまいました。でも、やっぱり大丈夫だったでしょ?」

 スーツの男が近づきながら、軽やかな口調で言った。

 胸を突き抜かれていたはず……。そもそもあれだけの血が流れていたのに。


 「お化けでも見たような顔になってますよ。さっきの怪異と一緒にされると傷つきますね」

 笑顔で手を大きく広げ、何でもないような顔をして言った。しかし、ワイシャツには血の跡がある。


 「聞きたい事があるかもしれませんが、今日はもう遅いですからね。その気があれば後日ここに来てください」

 そう言って右手から差し出されたのは名刺だった。守屋探偵事務所、所長 守屋 祐と書かれている。


 「一応、来る前にお電話ください。多分、暇だから大丈夫と思いますけど」

 笑顔でスーツ姿の男は言って、思い出したかの様にぶら下がった男の所に走って行った。

 また同じように光が降り注ぎ、ぶら下がった男は光の中に溶けるように消えて行った。


    ・    ・    ・


 後日、連絡を入れて、守屋探偵事務所の入り口の前に立った。


 何を話すのか。聞きたいことは山ほどある。しかし、聞いても良いのかとも思う。

 自分が聞かれることを拒んでいたように、相手に拒まれたら……。

 でも…胸の奥から前に進むような気持ちが出てくる。その気持ちを信じてドアを開けた。


 中はいかにもドラマで出てきそうな探偵事務所だ。かなり貧相な感じではあるが。

 スーツの男、もとい守屋 祐は上着を羽織っておらず、ワイシャツと黒のズボンだった。なんとなく雰囲気が違う気がした。


 「いらっしゃい。まあ、色々聞きたいことがあるでしょうから。1つ1つ質問してください。嘘はつきませんよ」

 その言葉に甘えて質問をした。あれは何だったのか、あなたは何者なのか、あの光の赤ん坊はなんなのか。


 質問には、すらすら答えてくれた。あれは怪異というもの、自分は退魔士であり、死なないのは不死の体だからだと。

 しかし、最後の質問には考えるような感じで話してきた。


 「あの光る赤ん坊……。あれが私の感じた、あなたを守っている者です。

 人には守護霊、場所によっては守護天使ともいいますが、外から降りかかる災いから守ってくれます。しかし、あなた自身の守護霊は別にいます。

 あの赤ん坊は…あなたの心の中にいるという感じです。失礼ですが、あなたが生まれる前に何かあったのでは?」

 最後は守屋から質問される形になってしまった。しかし、思い当たる節があった。


 自分は双子で生まれるはずだったが、生まれる前にもう1人は死んでしまった話を聞いたことがある。

 そのことを伝えると守屋は笑顔になり話を始めた。


 「その通りだと思います。憶測の域を出ませんが、死んだ赤ん坊は自分の力をあなたに与えたのかもしれません。

 それは…そのままだと、2人とも死ぬ可能性があったから。どちらかを生かすためには、どちらかが死ぬしかない。

 それを医者ではなく同じ母体にいる、もう1人の自分を生かす為に自分を犠牲にした。そのことにより、あなたにはもう1人の魂が宿っている。

 こう考えると、それなりに納得はできます。そう思わなくても構いませんです。あくまでも私の憶測です。

 ただ、1つだけ言えることは、あなたは1人ではないと言うことです」

 その言葉を守屋から聞き、自分は滑稽だと思った。


 孤独でいたいと思っていた私は、最初から孤独でもなんでもなかった。

 一番近くにいたのだ。自分の半身…いや、もう1人の自分が……。


 オカルトが好きなのも、もう1人の自分が興味を持っているのかもしれない。

 特に明確な根拠はないが、赤ん坊の趣味としてはあまり褒められたものではないかもしれない。


 「時々、あなたから人を拒絶するような雰囲気、近づかせないようなものを出されている感じがしました。

 それはあなたが拒絶しているのでもあり、もう1人のあなたが守ろうとしたものなのかもしれません。

 あなたはとても優れた才能をお持ちだ。しかし、それは同時に負担になります。

 それがもし子供の頃からであれば尚更です。子供の受け取り方次第かもしれませんが、褒められることはプレッシャーにもなります。

 そんなあなたを守る為に、より強固に拒絶したのかもしれませんね」

 守屋が言うことが正しいのだろうか。ただ、1人であそこまで孤独を貫き通せるものかと思うと、あながち間違いでもない気がする。


 「ただ、人は孤独ではありません。自分が孤独と思い込んでるだけで、多くの人と何かで繋がっています。それこそ生まれた時から。

 孤独を望むのは心の弱さでもあると私は思います。傷つきたくない、侵されたくない、嫌な思いをしたくない……。

 自分を守るための殻のような言葉…といえばいいのでしょうか。

 孤独に生きたいという思い、それは止められませんが、結局は痛みから逃げる為の口実のようにも思えますね」

 自分の求めていた孤独。確かに閉じこもっていたいたのかもしれない。誰だって傷つきたくはない。


 守屋はそう言うと、こちらをじっと見てきた。

 「もう1人のあなたのことを、心の中で思ってあげてください。きっと答えてくれます。

 そして、あなたが殻から出たいと望めば、それを後押ししてくれるでしょう。あなたのことを愛しているから……」

 少しだけ微笑みながら守屋は言うと、目を逸らして、更に椅子にもたれ掛った。

 傷つきたくないとの思いから孤独に走ったのに、傷つくのを覚悟して殻を出ろと言うのか……。


 そう考えていると、守屋がちらりとこちらを見て、また背中を向けた。

 「この事務所もアシスタント不足でしてね。とくに退魔の仕事については、私も勉強不足で力が足りてないのが現状です。

 オカルト関係で知識の豊富な方がいれば大歓迎なんですが。まあ、これはあなたに関係ない話しかもしれませんね」

 背中越しに口にした言葉がそれか、とも思ったが、自分に居場所を用意してくれたと思える口調だった。

 とりあえず今日は帰る、と言って事務所を後にした。


    ・   ・   ・


 守屋から言われた通り、心の中に何度も問いかけた。

 言葉では返って来ないが、なにか優しい気持ちのようなものを感じた。


 しばらくは、ずっと心の中に話しかけていた。

 お腹の中に一緒にいたこと、自分を守ってくれたこと……。


 返ってくるものがバラバラなのは、もう1人の私の感情なのだろう。

 もっと早く知ることができれば、もっと理解できたのかとも思った。

 しかし、すべては彼が…守屋 祐がいたから分かったことである。1人では、この愛に気付くことはなかった。


 心の中に問いかける。私は孤独じゃない? 温かいものを感じた。体を抱きしめられているようだ。

 自分より小さいはずなのに、守ってくれていた。孤独を選んだ時も守ってくれた。


 もう1人の私が一緒にいる。

 2人ならこんな殻を壊して出ることも簡単だ。鼓動のような力強い思いが伝わってきた。

 そう、2人ならできる。2人の決意を胸に携帯を取り出し、電話を掛ける。

 「はい。守屋探偵事務所」


 「ここに来ていただけたということは、ご一緒に仕事をしていただけると考えてよろしいですね?」

 その言葉に頷いた。心の中からも熱い気持ちのようなものが伝わってきた。


 「ありがとうございます。それと今更なのですが、あなたのお名前を伺ってませんでしたね」

 言われれば忘れていた。本当に今更ながら自己紹介をする。


 「福空 幸です。もう1人の子も含めて私です。よろしくお願いいたします」

 守屋が笑顔になった。本当の自分を受け入れたことが嬉しいのだろうか。


 「あと、1つ提案というか気になるのですが、退魔士と言いつつ怪異を食べてましたよね。

 退けるのではなく食べた、退魔士と呼べるのでしょうか?」

 言われてみれば、と言う顔をして守屋は悩み始めた。


 「前に呪縛霊を処分するって言ってましたから。処分屋で良いんじゃないんですか?」

 守屋が素直にビックリし、目の色が輝いていた。

 適当に言った名前に、そこまで良い反応をされると取り消すこともできない。


 「よし! じゃあ、今日からは処分屋と名乗ろうじゃないですか。よろしく頼みますよ、アシスタントちゃん達」

 その守屋の言葉に、心が光に満たされたような温かさに包まれた。


 「はい! よろしくお願いいたします!」

 私は1人じゃない。もう1人の私、そして守屋 祐がいるのだから……。


    ・   ・   ・


 守屋探偵事務所には沈黙が訪れた。萌香は幸の話を聞き終わった。


 幸も祐に救われた。そして、もう1人の自分にも救われていたのだ。

 祐と幸の関係。強い信頼関係の根底が見えた気がした。


 幸に向けて深々と頭を下げて、助手席に座り報告書の整理をする。

 幸も本を読み直し始めたようだ。


 傷つけてしまったのだろうか? 間違いなく傷ついただろう。

 もう1人の幸はどう思っただろうか。傷は癒せないかもしれないが、喜びは与えられないだろうか。

 どうするのが良いのか分からないが、話してくれた幸には何かのお礼をしたいと思った。


     ・   ・   ・


数日後

 事務所に出社すると、祐が所長席に座っていた。


 「お、萌香ちゃん。おはよう。ごめんね、修行を放ってしまう形になって」

 そんなことより無事に戻って来れた事が、本当に良かったと思った。


 「…祐さん、おはようございます。…幸さん、おはようございます……」

 ダメだ、言葉にできない。でも…言わなければ。


 「…祐さん…お帰りなさい。…無事に帰ってきて…ありがとうございます……」

 出せた言葉がこれかと悲しくなる。幸のようにはできない。


 「祐さん、萌香ちゃんに何か言葉はないんですかぁ?」

 幸が寝転びながら、祐を見つめて問いかけている。


 「……萌香ちゃん。ごめん、心配かけさせちゃって。帰って来たよ…恋しくなってね」

 真剣に答えた後に少しおどけるような言い方、いつもの祐の話し方だ。

 たったそれだけのことが本当に嬉しく、事務所の当たり前の光景に涙が出てしまった。


 「萌香ちゃん!? ごめん、そんなに心配かけちゃった!?」

 「祐さん、女の子を泣かせるとは罪深い男ですねぇ。いつからそんな悪い子になったんですかぁ?」

 「悪い子って……。いや、萌香ちゃん、本当にごめんね。うぅ、ごめんなさい」

 「ちゃんと謝ることができましたねぇ。えらいえらい。萌香ちゃん、許してあげてくださいねぇ」

 いつものように祐と幸のやり取りを見ていると、それはそれで涙が出そうだ。


 幸はもう一人の自分と殻を破り、それを祐が引っ張った。それがあったからこそ、この光景なのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ