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行ってはいけない場所(後編)

 呪い。古代から続く人に対して災厄や不幸が訪れるように願う、負なる感情。

 時代を経るに連れて、その呪いの方法は様々な形に変貌していく。


 しかし、結局は他者に対する嫉妬や妬みなどの負の感情を呪術等を駆使して、一方的にぶつけることには変わりはない。


 呪いを掛ける相手は1人と決まっている訳ではない。

 家族、一族、国家…呪いを掛ける範囲はそれぞれだが、ただ切っ掛けはたった1人から始まることも多いだろう。


 人を呪わば穴二つと言う言葉があるとおり解釈はいくつかある。

 その1つとして、人を呪うことは自分にも返ってくる可能性があり、そのため相手と自分の墓が必要となると言われている。


 では届かない呪い。一方的な負の感情を抱えたまま、その人生を終えてしまえば…残り続ける呪いはどうなるのか?


 呪いに人生を掛け、呪いに縛られた者について今回は話をしよう。


    ・   ・   ・


 祐達は周りを赤い目をした老人達に囲まれていた。だがその正体に気付いた。


 この老人達は式神だ。人の形をしているし、人と同じ動きをできるが、生きた人間ではない。

 倒すには人形ひとかたを壊すか、何らかの方法で人形に込められた力を無くすか払う。


 正体さえ分かってしまえば、問題ない。

 リュックからライターと戻火花火もどりびはなびを取り出した。


 花火に火を点け宙に投げるとそのまま舞いながら、老人達の周りをくるくると回っていく。

 戻火花火に回られた者がどんどん消滅していく。いや、人形に戻っていく。

 花火が燃え尽きると、周りにいた老人達が全員消えた。


 「え? 守屋氏、これは?」

 「まあ、秘密道具みたいなもんさ。バラすなよ」

 まだ理解が追い付いていない山崎に軽い口調で言い、口止めしておいた。


 戻火花火は力は強いものではないが、霊力に反応して対象となったものの周り飛び交う。

 その火花は対象の霊力を散らす力がある。

 基本は邪魔な浮遊霊などに使用することが多い。


 ただ、これで敵の正体はだいたい分かった。

 陰陽師か、その修行をしたものだ。しかも大したものだ。

 これだけの数の式神を呼び出し、使役することができる程の力の持ち主だ……。


 危険な老人達が全て去ったからか、皆は安堵した表情を浮かべた。

 恐怖が落ち着くと、皆はここから出ようと口々に言い始め、来た道を戻り始めた。

 おそらくは無駄と思うが付いて行く。


 来た道は一本道であったはずだ。

 なのに、気付けばまた村の入り口に戻ってきてしまった。

 次も注意しながら進んでみたが、結局、村の入り口に戻ってきてしまった。


 道を通らず、森の中を進んで行けば、と恐怖が舞戻ってきた表情で一刀斎が言った。

 「それは無理でしょう。私は途中で感じたのですが、おそらく迷いの結界。

 その中に入ってしまえば、嫌でもまたこの村に戻ってきますよ。まあ、信じないのなら良いですけど」

 もう2回も戻ってきてしまっている。その事実を突きつけられたのだ……。


 誰も反論してこなかった。

 今の光景を見てしまえば、こちらの言っていることが正しいと思ったのだろう。

 しかしこのままではいられない。しかも、消えた人達も探さないとならないのに。


 悩んでいると、山崎が心苦しそうに話しかけてきた。

 「守屋氏、やっぱりここから逃げて態勢を整えてってのはどうかな?

 オカルト好きな僕等だけじゃ、どうしようもできないよ」

 「力技で突破できないこともないかもしれないが、そうなると消えた人はどうする?」

 その言葉を聞いて山崎がうつむいた。無理もない。誰だって逃げ出したくなる状況だ。


 打開策を考えるんだ。ヤツはおそらく、対抗してきた者がいることに驚いているはず。

 そうなると、どの程度の力か確認する為に見に来るか、何らかの方法で近づいてくる。

 それは俺が対処をすればいい話だ。問題は消えた人達……。


 何故、式神は襲ってきた。狙いはなんだ……。

 そもそもここに人を引き寄せたのは……。


 いってはいけない場所……。それが人の好奇心をあおり、この地へ招いた。

 人を呼ぶために…作られた嘘であれば? では何故、人を集めるために……。


 人を集めて何をするか…分かった。おそらくはあそこにいるはずだ。

 ヤツの目的は、おそらく集めた人間を生贄、もしくは血や肉などを利用しようしている可能性が高い。


 生きているとしたら、儀式を行うには打って付けの、あの寺に集められているはずだ。

 あの寺は遠くから見た時に目を引かれた。あの寺自体と集められた人の霊力があったからだろう。

 何をする為かは分からないが……。


 改めて、遠くに見える寺を見る。

 発する力が違っている。あそこに消えた人達がいるのならば……。


 山崎に声を掛け、顔を上げさせる。

 「山崎、お前にしか頼めない。消えた人、ここの皆を守る為に力を貸してくれ。

 このままでは、皆、帰れなくなってしまうかもしれない」

 山崎じゃなくても良い。でも、こいつは変なバカ力がある。それを信じたい。


 「守屋氏…自信がないよ……。そんな力、僕には……」

 「ある! お前はオタクとバカにされても、むしろそれを誇りに思うほど、強い心がある。

 ……それに、もしここで死んだら、好きなアニメの最終回が見れないんだぞ……!」

 俺自身に向けての言葉でもあるが、山崎の目に怒りとも勇気ともいえない光が点っていくのが分かる。

 さあ、反撃のドデカい狼煙を上げてやる。


    ・   ・   ・


 穏やかな村の中を、老人達と鬼ごっこに興じるように走り回っている。


 またどこからか、ぞろぞろと集まってくる老人たちを引き付けながら、逃げている風を装う。

 流石にしんどくなってくる。最近のシニアは元気だ、などと心の中で苦笑いをして、更に足に力を込めて村の中を逃げ回る。


 どうしても山崎達のことが心配になる。

 だがこっちにこれだけの数で注目してもらっている。と言うことは単純な動きしかできない式神ということだ。

 見付けたら、追う、集まる、捕まえる。その程度だろう。


 まあ、これだけの数だ。

 老人会の旅行で使う大型バスよりも多い人数を呼び出している時点で、細かな命令はできないだろう。

 俺の優秀な式神ちゃん達とは違うのだ。


 そんなことを考えていると、周りが老人だらけになってしまった。

 何重にも取り囲こんで、赤い目を輝かせながらこちらを見ている。

 これだけ集まれば、更に山崎達の危険は減ったはずだ。ここらでいいだろう。


 「高齢化社会もここまで来ると、さすがに若者には支えきれないな。

 悪いけど鬼ごっこはここで終わりにさせてもらいますよっ!」

 宙に向けて放り投げたのは、絶叫弾。すぐに耳を塞ぐ、数秒後に訪れるその声に備えて……。

 !? 耳を塞いでも聞こえる、断末魔とも奇声ともいえない、気持ち悪い声に吐き気がする。心臓に悪い声が響く……。


 音が聞こえなくなったのを確認し、塞いでいた手を放す。

 絶叫弾。霊力を宿した植物マンドレイクは引き抜くときに悲鳴を上げる。

 その声を模したもので、本物のように死にはしないが気絶させるぐらいの効果がある。

 ただ、周りにも影響があるのが欠点だが……。


 式神はその声により、込められた力以上のものをぶつけられたため、人形へと戻った。

 人形は宙を揺らめきながら地面に落ちていく。


 「さて、そろそろ出てきたらどうだ? ずっと見ていたんだろう?」

 人形が地面に散らばった中に、ぽつんと黒い影が残っていた。


 黒い影から大きな2つの目を持ち頭と首、胴体だけの黒い物体が上がってきた。

 「お、やっと出て来たな。前方後円墳みたいな姿をして。ずいぶんな懐古趣味だな。

 あぁ、口がないのか。耳はどした? 口と耳、出して来いよ。独り言みたいじゃないか」

 相手を挑発する言動をとる。これは体の、もしくは五感の一部を実体から切り離して操る術。


 目を使っているということは今のヤツに視覚はない。

 あとは耳と口をこの影に出させれば、山崎たちの救出作戦は更に上手く行く。


 黒い影に口と耳が浮かび上がってきた。こちらの挑発に乗ってくれたのだ。

 「お~、やっと独り言から解放されたよ。

 そっちも言いたいことはあるだろうけど、こっちはこの歳で鬼ごっこさせられて文句の1つも言いたいとこなんだ。

 まあ、優しい俺は先に話しを聞いてやらんでもないが?」

 また挑発をする。軽いやつかどうか……。いや、ここで出てきた時点で熱しやすいヤツか。


 黒い影が口を開くと、モザイクがかった声で話しかけてきた。

 「主は何者じゃ? われの邪魔をするのならいねい!」

 ずいぶんと古臭い喋り方から察するに、死んだ者が怪異になったのか?


 「いやぁ、帰りたいのはやまやまなんだけどねぇ。術を掛けられてて帰れない訳よ。

 あれ解いてくんないかなぁ? 何度も往復させられたら、足が疲れ切ってしまうよ……」

 疲れた顔を大げさに見せる。できるだけ時間を稼がなければ。

 影の状態でも攻撃はできるだろうが、術を解かれれば一瞬で元の体に戻ってしまう。


 お互いに対峙したまま動かない。山崎、上手くいっているのか……。

 「分かった分かった。出ていけないのに、出ていくんだろう。

 何か矛盾してるけど…とりあえず元来た道を帰れば良いってことだろ?

 はいはい、こんなとこからさっさと帰らせていただきますよ」

 ゆっくりと影の横を歩く。こちらに反応はない。ヤツは俺1人だと思っているはずだ。


 俺が立ち去るのを確認する為、すぐには体に戻らないはずだ。

 時間を稼ぐ、時間を……。遠くから太鼓を力いっぱい叩いたような爆発音が耳に届いた。

 影がこちらを見る前に、前だけ見て駆け出した。


 少しでも早くあの寺に行かなければならない。

 影はもう本体に戻っているだろう。


    ・   ・   ・


 寺から煙が上っているのを確認し、更に足に力を込めて走った。


 全力で走った。今日は走りっぱなしだ、と心の中で愚痴りながら。

 それでも走らなければならない。山崎が勇気を振り絞って戦っている。


 寺が燃えているのが確認できた。ここまでは成功だ。

 寺のふもとの階段を一息に上る。いや一息ではないが、それでも全力で。


 境内を見ると、山崎達が消えたと思われる人達を引きずっている。

 生きているのか? 確認するために、また走る。


 「山崎…ハァ……皆は…ハァ……無事か?」

 声を出すのが苦しい。肩で息をしているのが自分でも分かる。


 「守屋氏~、みんな生きておりますぞ~」

 泣きだしそうな顔をしながら、山崎はしがみついてきた。

 それだけの思いをしながら戦ってくれたのだ。

 だが、今はそれを褒めている場合ではない。


 「皆さん、すいません。できるだけ、ここから全員離れてください。

 おそらくもっと酷いことがおきます」

 そう、必ず起こる。あの黒い影はまだ処分できていない。


 ここにいる人達総出で、気絶している者達を運んで行く。

 できるだけ遠くに……。何があっても、皆に影響が出ないような場所まで。


 寺が音を立てて崩れていく、まだ何も出てきていない。

 もっと遠くに運ぶ……。ふと燃えている寺を見た時、黒い何かが空から降って来て寺に入ったのが見えた。


 低い地鳴りがし、だんだんと大きくなっていく。

 その音に呼応するかのように地面も震えだした。

 地下から出てくる何かを出迎えるかのように……。


 始まってしまった……。あの寺はおそらく本物だった。

 かなり朽ちていたが、元はしっかりとしたものであったのだろう。

 寺も住職や僧侶、そして参拝する人たちがいなければ信仰心から得られる力が無くなっていき、本来目的としていたものを全うできなくなる。


 その本来の目的……。

 そこにヤツは目を付けたのだろう。

 あの古臭い話し方だと、こうなるのを待っていた、ということだ。


 更に高まる地鳴りと揺れ……。相当な何かを封印していたのだ。


 「皆さん! 怖いかもしれませんが、元来た場所に行ってください! できるだけ遠くへ!」

 振り向かずにそう言うと、燃え盛る寺に向かって走り出した。

 後ろから山崎の声が聞こえた。


 出てきてからでは遅い。もう始まっていると考えるが打倒と考えるしかない。

 四の五の言えぬこの状況で取れる最良の選択は……。


 地鳴りがどんどん大きくなってきた。震える大地は地下から何かが上ってくるのを伝えてくる。

 焦るな、自身に言い聞かせる。深呼吸……良し、いくぞ……。


 禍ツ喰らいの血を…血をもっと深く…もっと強く…もっと血を……。

 体に流れる血が沸騰しているように感じる。

 血がどんどんたぎり、濃縮されていく。


 視界が赤く染まる…来る、嫌なものが……。

 頭の中で声がする。耳を塞いでも頭の中にへばり付くように響く声。

 子供、大人、老人、男、女関係なく俺にすがってくる。俺の体を、血を、すべてを奪いたい……。


 ダメだ! 違う! 俺は俺だ! お前らなんか知るか! 全部、俺のだ!

 誰に叫んでいるのかは分からない。しかし、血が語りかけてきている事だけは分かる……。


 黒い血液に腰まで浸かっている。この場所、ここが俺の、禍ツ喰らいの血の深層。

 前から俺が歩いてくる……。


 「久しぶりってほどでもないか。元気にしてるってわけでもなさそうだな。

 また力を使いたくて、ここまで来たのか?」

 俺が話しかけてくる。


 「そうだよ。前にも言っただろう、俺の力だと。

 ここに談笑しに来たわけじゃないんだ」

 俺に返答する。


 「使いたければどうぞ、ご自由に。

 …意外に楽しんでるんじゃないか、力を使うのが……」


    ・   ・   ・


 禍ツ喰らいの深層にて、自分との会合を終えた。


 閉じていた目を開ける。

 その目に入ってきたのは燃え盛る寺から、大きな人の形をしたものが、地下から這い出してきていた。


 燃えた寺を破壊しつくして、上半身を地上に見せた。

 やはり、鬼。薄い紫色の肌をして、くぼんだ目には眼球もなく、痩せ細っているが鬼。それも相当なものだ……。


 「…朱鋼黒百足しゅこうくろむかで

 自分の声により、血に潜む百足が体中から現れて張り付いてくる。

 黒を基調とした装甲に、赤い血管のようなラインが脈を打っているように光る。

 右目に被さった百足に大きな目が開いた。戦う準備は整った。


 すでに上半身は地上に出てきてしまっていた。

 このまま放置をして全身を出させる訳にはいかない。


 足に思いっきり力を込めて、鬼の顔を目掛けて全力で飛び掛かる。


 「やべっ、飛び過ぎた」

 顔を通りすぎて、鬼の背中に着地してしまった。


 そのことに一瞬動揺してしまったが、慌てずに百足の一部を装甲から外して、鬼の背中に喰いつかせる。

 鬼の背中に突き立てた百足でバランスを取る。

 姿勢を整えると、鬼の頭を目がけて、渾身の力を込めた右の拳を打ち出す。


 殴られた鬼は咆哮を上げた。

 痛みによるものなのか、それとも激高したのかどちらにせよ嫌なものではあるようだ。


 それならば、殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る! ……殴る! ひたすら右の拳に力を込めて。

 やはり効果はあるようだ。鬼は足掻いて背部の邪魔者を取り除こうと、背中に手を何度も振るい始めた。

 しかし、こちらも簡単に捕まりはしない。突き立てた百足を操りしならせながら、その手を掻い潜る。


 こちらの狙いは、あの黒い影。怪異と思われるヤツを喰らうことだ。

 おそらく、この鬼を制御するために頭の中にいるはずだ。


 ならば頭を粉砕してでも引きずり出してやる。

 何度目になるだろうか? そんなことが頭を過ぎりながら、右の拳を全力で叩き込む。


 「どんだけ固いんだよ……。まったく」

 何発叩きこんだか分からない。この力を何発受けても何事もないとは信じがたい。

 鬼が生贄もなく復活したてなのに、何故これほどの力があるのか。


 相変わらず後頭部にいる羽虫を掴むために、鬼の手が何度もかすめていく。

 その時に気付いた。周りの木が朽ちていっていることに……。


 鬼にも強大な膂力りょりょくだけでなく、自然の力を扱う者も多い。怪異の中でも上位に入る鬼。

 生贄は総仕上げのためか? 最悪、周りから生気を奪えば復活できるぐらいの力はあったのかもしれない。

 地下深くに眠り、自分を鎮める者がいなくなった時から、緩やかに再生を始めていたのだ。


 大自然の恵みを吸収しながらでは分が悪い。

 しかし、放っておけば自然の力を吸収し、今よりももっと厄介な力となって人に害をなすだろう。

 ならば、あの怪異ごと消し炭にするしかないっ!?


 「くそ! 話しやがれ、この野郎!」

 考え事をしていたことが仇になった。鬼の手に捕まり握り締められた。


 鬼はさぞ嬉しいのか果汁でも絞り出すように、思いっきり力を込められる。

 朱鋼黒百足しゅこうくろむかでが最高硬度であるのが救いだが、ここからどう抜け出すか……。


 鬼の顔が割けると割れた中央から黒い影が出てきた。黒い影とは違って、人の顔をしている。

 髪はボサボサの長髪で、ヒゲもボーボーとくれば、山賊にしか見えない。


 「おや? 怪異と思っていたが人間か? いや、人間を止めたと言った方が良いかな?」

 怪異に憑りつかれた人間かと思ったが、見込み違いだったようだ。


 「われ…無念を晴らす。われを追いやった者、欺いた者、蔑んだ者…すべて許さぬ」

 そう言うと、また鬼の中に戻って行く。割れた鬼の顔は閉じていった…。


 怨みたい気持ちは分かるが、あんたが殺したい者は全員死んでいるんだ。

 やつには届かない思いが頭に浮かんだ。


 鬼はまた強く握ってきた。このままでは埒が明かない。

 その時、鬼の周りを火花が飛びまわってきた。

 これは戻火花火? 寺とは反対の方向を向くと、山崎が何本もの戻火花火に火を点けて、鬼に投げつけていた。


   ・   ・   ・


 鬼に握り締められた状態で、恐怖に顔をひきつらせながらも戦う山崎を見ていた。


 「山崎、戻れ! 死にたいのか!? 今ならまだ間に合う!」

 そうだ、早く逃げて欲しい。行方不明者も見つけたのだから。


 「守屋氏! 僕は、僕は…アニメの最終回よりも、守屋氏に死んでほしくない!」

 山崎は恐怖と戦いながら、ここまで来たのだ。俺の為に……。


 戻火花火が気に入らないのか、鬼は山崎に向けて俺を投げようとした。

 そうはさせまいと手から放たれる直前に、百足を鬼の指に絡めた。

 投げられる力を使って百足を解くと、明後日の方向に飛ばされた。


 「山崎、離れてろ!」

 投げられたことで距離が開いた。まだ寺の力が残っていたのか上半身しか出ていない。


 それならこれで決める。右手の甲に張り付いている、百足が大きく空気を吸い込む。

 血液をその百足に集中させる。まだ寺から出たくて、もがいている鬼に的を絞る。


 「成仏しろよ……」

 百足の口から射出された炎と風が渦を巻き、鬼に直撃する。

 更にその範囲を広げるかのように炎と風の渦が広がっていき、鬼の上半身全体を飲み込む炎の暴風となって襲い掛かった。


 炎と風を出し終えると、百足が少しくたびれたように見える。

 寺が完全に消失してしまった、鬼も含めて……。

 下半身だけでは復活はできないとは思うが、帰ったら知り合いの住職に改めて封印してもらうとしよう。


 しかし、あの山賊みたいなヤツは……。

 おそらくは陰陽師の類だろう。

 都を追い出され、九州の僻地まで流れてきたと考えると、その恨みは察するに余りある。


 その恨みは怪異に付け込まれるでもなく、ただひたすら心に闇をかかえて屈辱な生活の中で更に膨れ上がった。

 おそらく都にいる者に呪いも掛けたであろう。


 しかし、都には他の陰陽師がいる。

 僻地から呪いを掛けても、簡単に妨害されるだろう。


 そこで妨害されずに直接相手を殺す方法として考えたのが、鬼を利用することだったのではないだろうか。

 そのために更に闇に傾倒し、死してなお恨みだけで自我を保ち鬼の復活を待った。

 恨む相手が死んでいることにも気づかず……。


 遠くから山崎が俺を探す声が聞こえてきた。

 百足を解除し山崎の元へ向かう。がフラフラでまともに歩けやしない。


 「守屋氏~! 生きてて本当に良かった~!」

 泣きながら男に抱きつかれるのは嫌だと思ったが、山崎のお陰で鬼を倒すこともできたのは事実だ。


 「山崎、ありがとう。おかげで助かったよ。やっぱり、お前は強いな」

 山崎はあんな状況になっても、恐怖を押し殺して、立ち向かう勇気を持っているんだ。


 「守屋氏には敵わんでござるがな。守屋氏、フラフラではないか? 拙者の肩を貸すでござるよ」

 お言葉に甘えて、肩を貸してもらうことにした。


 山崎に聞けば、行方不明になっていた者には記憶がないらしい。

 多少衰弱はしているが、すぐにはどうとかではなさそうだと言った。

 恐らくは生贄を同時に殺すことに意味があって、人数が集まるまでは生かす必要があったのだろう。


 とりあえず皆が無事で良かった。それだけで十分だ。

 車を停めた場所に戻ると、それぞれ取材を受けているようだ。

 一刀斎とセイバーが何やら偉そうにしているが、何をしたのか聞く気も起きなかった。


 行方不明になっていた1人であろうか、携帯を使って電話を掛けている。

 電波が届くのか? 確認すると届いているようだ。

 無料メール・電話アプリであるコネクトに通知が来ている。


 加奈が一番早くメッセージをくれている。

 お礼と一番美味しいのを母親が多く食べたといった内容だ。

 喜んでくれているようで嬉しい。


 次は天からだ。ネックレスを付けた顔写真を添付していた。

 お礼の後にハートマークがついている。この天使め。


 最後は萌香からだ。これには笑ってしまった。

 山崎が何事かと聞いてきたが適当にごまかした。

 プレゼントした側がなぜか楽しくなってきた。


 帰りは4人同じ飛行機で帰ったが、山崎たちは良くわからない武勇伝を熱く語っている。

 他の乗客の気持ちになれと言いたい。


 依頼を終えた俺に待っていたのは残酷な結果だった。

 行方不明者の兄などいなかったのだ。


 おそらくヤツの式神が成り済ましたのだろう。

 しかし、コレクションをやるとか覚えさせるものなのか?


 しかし、捨てる神もいれば拾う神ありだ。

 行方不明になっていた人から念願の駆動騎士ウォードの初期設定資料を貰い、親からも謝礼をいただいた。


 捜索願を出さなかったのは、なぜか分からなかったとのことだった。

 ヤツの式神が何かしたのかもしれない。


 何にしろ読むのが楽しみだ。しかし、先ずは休みをとらないといけない。

 それだけは幸に伝えに行こう。


    ・   ・   ・


 もはや寺とは言えない場所に立ち、残った鬼の体の残骸を覗く。


 「興味深い人間の成れの果てだったが、結局は闇に飲まれていただけだったか……。

 自我は保っていたみたいだけど、恨みだけでは到底闇の住人とは言えないね。

 色々手伝ってはみたが、上手くはいかなかったねぇ。まあ、そもそも恨んだ相手は死んでるけどね」

 鬼の残った体をしげしげと見る。もう復活できるような力はないのだろう。活動も停止している。


 「ん~、完全な状態での鬼も見たかったんだけどねぇ。

 せっかく儀式の為に人を集めたのに…禍ツ喰らいがいたとは。

 彼と戦うには、不完全な鬼では厳しかったようだね……。

 まあ、面白いものが見れたよ。鬼はなかなか見れないからねぇ。

 お疲れ様。成仏…とは言えないか。興味深い時間をありがとう」

 髑髏顔の男は言い終えると闇に消えて行った。


    ・   ・   ・


 疲労を引きずったまま、事務所に戻ってきた。


 「おかえりなさ~い。お~疲~れ~でぇすかぁ?」

 「…おかえりなさい。お疲れ様でした……」

 幸の労いの言葉より、萌香の言葉に癒されてしまう。当たり前だが。


 椅子にもたれ掛る。というか、粘着質な物のようにダラ~っと体を預ける。

 「よほど大変だったみたいですねぇ。萌香ちゃん、マッサージでもしてみますかぁ?」

 萌香が立ち上がって本当に肩を揉み始めた。なんか恥ずかしい。


 「祐さん、若干キモい顔になってますよぉ? まあ、お疲れのようなので許しましょう」

 何故、幸から許しを貰わないといけないのだろうか。


 「萌香ちゃん、ありがとう。もう大丈夫。元気になったから」

 空元気とはこのことだろう。萌香にお礼を言った。


 「あ、萌香ちゃん。あのぬいぐるみ気に入ってくれた? 俺、あれ見て一目惚れしてさ」

 萌香から送られてきた写真を改めてみる。


 母親が撮ったのだろうか、柴犬のぬいぐるみを膝の上に乗せて、ピースサインをしている。

 萌香のその姿に愛おしさを感じた。


 萌香は頷くと自分の椅子に座った。少し恥ずかしそうな表情にも見える。

 何にせよ帰って来れたことが一番の報酬かもしれない。


 思えば今回の人物は人を呪うことに執着しすぎたのだろう。

 人を呪わば穴二つというが、自分が死んでもなお呪いを掛けることへの執着心からか生き続けていた。呪う相手がいないのに……。

 人の闇の深さというものを改めて痛感させられた。

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