3章 凶気と脆弱と (2)飢餓
髪を乾かしていた時だった。
モニカの端末へ、赤い通知が浮かぶ。
【緊急新収者有り 対応せよ】
「……はぁ?」
モニカはドライヤーを止めた。
数秒だけ画面を見つめ、それから露骨に顔をしかめる。
「マジかよ……今日は帰ろうと思ってたのに」
濡れた髪を乱暴にまとめながら、ロッカーから白衣を引っ張り出す。
時刻は深夜を回っていた。
泊まり込み職員しか残っていない時間だ。
廊下へ出ると、同じシフトだった男の職員が笑う。
「顔に出すぎ」
「だってこの時間の緊急新収って、“確定”でしょ」
「まぁな」
男は端末を操作しながら肩を竦めた。
「最近多いよな。配信型」
「もう見飽きた……」
二人は並んで搬入口へ向かう。
施設内はすでに動き始めていた。
輸送ドローン。脳波同期ユニット。医療用AI。移植設備。白い機材が静かな廊下を次々と通り過ぎていく。
モニカは歩きながら、空中モニターへ流れた事件概要をぼんやり眺めた。
事件は北米西海岸の山岳保護区域で、十九歳の少女が凍死体で発見された。少女は数日間行方不明になっており、発見時には衣服の大半を失い、両足には骨折痕が確認された。周囲の雪面には、引きずられたような跡と大量の血痕が残されていた。
事件の発端は、リンク《Lync》と呼ばれる世界共通型SNSネットワーク上でのトラブルだった。
被害者は、人気配信グループに所属する女の画像を無断で使用したとされている。
死刑確定者の名前は、ヴァネッサ・レイン、女性。
配信、モデル契約、違法ドラッグ、人脈誇示、地下クラブ配信などで有名な女だった。
ヴァネッサは普段から、
「誰に喧嘩売ってるか分かってる?」
「私のバック舐めない方がいいよ」 など、裏社会との繋がりを匂わせる発言を繰り返していた。
被害者は、話し合いという名目で山岳エリアへ呼び出される。
そこには複数人の男女がいて最初は謝罪要求だった。
だが次第に空気は変わっていく。
土下座。暴言。人格否定。衣服剥奪。配信撮影。不同意性交。周囲は笑いながら映像を回し続けた。
それは時間と共にエスカレートしていった。
ヴァネッサは被害者へ繰り返し言った。
「ねぇ、今どんな気分?」
「自分が主役だね」
「配信伸びてるよ」
被害者が泣き崩れると、周囲はさらに興奮した。
山の気温は氷点下まで下がっていた。
被害者は途中で逃走を試みたが、転倒し足を骨折したとみられている。
だが加害者側は救助を行わなかった。
それどころか、雪の中を這う姿を撮影し続けていた。
「ほら頑張れよ」
「視聴者応援してるよ」
「死ぬなよ、まだ配信終わってないから」
最終的に被害者は、山中で失血と低体温症により死亡した。
事件後、押収された端末からは、嘲笑映像、リアルタイム配信、恐怖反応を楽しむ会話“どこまで壊れるか”を競うチャットなどが大量に見つかった。世界中で大きく報道され、《Lync Murder》として知られる事件となった。
最終的に、少女は低体温と失血で死亡。
押収端末からは、リアルタイム配信、嘲笑映像、“ど
こまで壊れるか”を競うチャットが大量に見つかった。
「うわぁ……」
モニカは思わず呟く。
「またこのタイプか」
最近増えていた。
暴力そのものより、“見せること”へ興奮する人間。
人が壊れていく様子を共有するタイプの犯罪。
搬入口の隔壁が低い音を立てて開く。
大型輸送ユニットが静かに入ってきた。
透明な医療カプセル。
中には、一人の女が固定されている。
金髪。痩せた身体。両腕と首には拘束具。
眠っているようにも見えた。
「ヴァネッサ・レイン……」
モニカが呟く。
死刑確定囚。通称“確定”。
死刑確定後、一週間だけ選択権が与えられる。
天国センターへ行くか。そのまま執行されるか。
変更は不可。
モニカはカプセルを見つめる。
“確定”の処理は早い。
脳波、適合検査、移植準備。
気づけば身体の大半は各医療施設へ運ばれていく。
最後に残るのは、ほとんど脳だけだ。
「ほんと慣れないな……」
モニカは小さく息を吐く。




