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天国白書  作者: 凛1129
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3章 凶気と脆弱と (2)飢餓

 髪を乾かしていた時だった。

モニカの端末へ、赤い通知が浮かぶ。

 

【緊急新収者有り 対応せよ】


 「……はぁ?」

 モニカはドライヤーを止めた。

 数秒だけ画面を見つめ、それから露骨に顔をしかめる。

「マジかよ……今日は帰ろうと思ってたのに」

 濡れた髪を乱暴にまとめながら、ロッカーから白衣を引っ張り出す。

 

 時刻は深夜を回っていた。

 泊まり込み職員しか残っていない時間だ。

 廊下へ出ると、同じシフトだった男の職員が笑う。

「顔に出すぎ」

「だってこの時間の緊急新収って、“確定”でしょ」

「まぁな」


 男は端末を操作しながら肩を竦めた。

「最近多いよな。配信型」

「もう見飽きた……」


 二人は並んで搬入口へ向かう。

 施設内はすでに動き始めていた。

 輸送ドローン。脳波同期ユニット。医療用AI。移植設備。白い機材が静かな廊下を次々と通り過ぎていく。


 モニカは歩きながら、空中モニターへ流れた事件概要をぼんやり眺めた。


 事件は北米西海岸の山岳保護区域で、十九歳の少女が凍死体で発見された。少女は数日間行方不明になっており、発見時には衣服の大半を失い、両足には骨折痕が確認された。周囲の雪面には、引きずられたような跡と大量の血痕が残されていた。


 事件の発端は、リンク《Lync》と呼ばれる世界共通型SNSネットワーク上でのトラブルだった。

被害者は、人気配信グループに所属する女の画像を無断で使用したとされている。


 死刑確定者の名前は、ヴァネッサ・レイン、女性。

配信、モデル契約、違法ドラッグ、人脈誇示、地下クラブ配信などで有名な女だった。

ヴァネッサは普段から、

「誰に喧嘩売ってるか分かってる?」

「私のバック舐めない方がいいよ」 など、裏社会との繋がりを匂わせる発言を繰り返していた。


 被害者は、話し合いという名目で山岳エリアへ呼び出される。

そこには複数人の男女がいて最初は謝罪要求だった。

だが次第に空気は変わっていく。


 土下座。暴言。人格否定。衣服剥奪。配信撮影。不同意性交。周囲は笑いながら映像を回し続けた。

それは時間と共にエスカレートしていった。


 ヴァネッサは被害者へ繰り返し言った。

「ねぇ、今どんな気分?」

「自分が主役だね」

「配信伸びてるよ」


 被害者が泣き崩れると、周囲はさらに興奮した。

山の気温は氷点下まで下がっていた。

被害者は途中で逃走を試みたが、転倒し足を骨折したとみられている。


 だが加害者側は救助を行わなかった。

それどころか、雪の中を這う姿を撮影し続けていた。

「ほら頑張れよ」

「視聴者応援してるよ」

「死ぬなよ、まだ配信終わってないから」


 最終的に被害者は、山中で失血と低体温症により死亡した。

 事件後、押収された端末からは、嘲笑映像、リアルタイム配信、恐怖反応を楽しむ会話“どこまで壊れるか”を競うチャットなどが大量に見つかった。世界中で大きく報道され、《Lync Murder》として知られる事件となった。

最終的に、少女は低体温と失血で死亡。

押収端末からは、リアルタイム配信、嘲笑映像、“ど

こまで壊れるか”を競うチャットが大量に見つかった。

「うわぁ……」

 モニカは思わず呟く。

「またこのタイプか」


 最近増えていた。

暴力そのものより、“見せること”へ興奮する人間。

人が壊れていく様子を共有するタイプの犯罪。

搬入口の隔壁が低い音を立てて開く。

大型輸送ユニットが静かに入ってきた。


 透明な医療カプセル。

中には、一人の女が固定されている。

金髪。痩せた身体。両腕と首には拘束具。

眠っているようにも見えた。

「ヴァネッサ・レイン……」

モニカが呟く。


 死刑確定囚。通称“確定”。

死刑確定後、一週間だけ選択権が与えられる。

天国センターへ行くか。そのまま執行されるか。

変更は不可。

モニカはカプセルを見つめる。

“確定”の処理は早い。

脳波、適合検査、移植準備。

気づけば身体の大半は各医療施設へ運ばれていく。


 最後に残るのは、ほとんど脳だけだ。

「ほんと慣れないな……」

モニカは小さく息を吐く。

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