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天国白書  作者: 凛1129
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3章 凶気と脆弱と (3)RAT

 ヴァネッサはニュースで見たイメージと今はまるで違った。

「ねぇ」

ヴァネッサは俯いたまま言った。

「はい」

「……皆もう来ないんだけど」

僧侶は黙っている。

「男もさぁ」

笑おうとする。

失敗する。

「毎日好きとか言ってたくせに」

拘束具が小さく鳴る。

「誰も来ねぇの」

少し沈黙。

ヴァネッサは落ち着かない様子で視線を泳がせた。

「……ねぇ、これ痛い?」

「何がですか」

「死ぬ時」

僧侶はすぐ答えなかった。

ヴァネッサは急に早口になる。

「いや別に怖いとかじゃないんだけどさ」

「……」

「ただ気になるだけっていうか」 

呼吸が浅い。

「なんか最近ずっと変なんだよね」

笑う。

「寝れねぇし」

また笑う。

「音するし」

笑顔が崩れる。

「誰も来ねぇし」

最後だけ、小さかった。

ヴァネッサは俯く。

「……私、そんな悪いことした?」

その瞬間だけ。

十九歳くらいの、ただの恐怖に怯える女の子みたいだった。


「先生、例のDEX-0911ですが、本当に良いのですか」

施設内全体が慌ただしく動いている中、モニカはデータを見ながら言った。

「公では、“地獄のような世界へ送る”って話だったはずです。これじゃ普通の移行処置と変わらない」

白嶺は端末を操作したまま、小さく笑う。

「もう充分地獄じゃないですか」

「……え?」

 

 文明局の発信では、天国センター利用者の大半は過去記憶を維持しない。

中枢化後、人格は再構成される。

現実との連続性を曖昧にすることで、新しい世界へ適応しやすくするためだった。

要するに、“自分だった記憶”を薄める。

だから利用者は、理想郷を夢だと認識しない。

夢の中で、夢だと気づかないように。

だがDEX処理、正式名称«DEX寂滅処理計画»と呼ばれていた。Death-row EXtension、死刑後延長処理の内容は一般の希望者とは条件が違った。


死刑確定囚は、記憶制限を受けない。

自分が何をしたか。

誰を傷つけたか。

何を見て、何を聞き、何を楽しんでいたか。

その全てを保持したまま、天国世界へ送られる。


 当然、制度発表時には激しい反発が起きた。


『なぜ加害者が天国へ行けるんだ』

『被害者は死んだままなのに』

『税金で凶悪犯を生かすのか』


文明局前では、大規模な抗議活動も発生した。

特に問題視されたのは、“死刑後も脳が活動する”という点だった。

国会でも何度も追及が行われた。

だが文明局は、一貫して同じ説明を繰り返した。


『死刑制度は維持されている』

『肉体は国家へ帰属する』

『社会的生命は完全に終了している』

『記憶保持DEX対象者は、幸福保護対象ではない』


 実際、DEX処理対象者には通常利用者のような人格保護権は存在しない。

肉体引き取りも認められなかった。

遺族へ返還されるのは、火葬証明と死亡認定番号のみ。

脳死後の肉体は、国家医療資源として解体される。

移植可能部位は徹底的に再利用された。

それでも残った部分は、合成飼料プラントへ送られる。


“最後まで社会へ償わせるべきだ”

 

当時の首相は、国会答弁でそう発言している。

その映像は、今でもネットへ残っていた。

しかし政府はDEX計画の作成者は匿名としたが、

1つのキャッチフレーズで国民は意識を変えた。


「死刑囚一人の再利用で百名の命が救われます」

「死刑囚年間維持費、一億円、払うのはあなた」

「あなたは、“ただ殺す”だけで満足ですか?」


制度支持率が大きく変化したのは、移植待機者数の激減が発表された後だった。特に若年層は歓迎した。

死刑囚の肉体再利用によって、多数の命や機能障害が救われていたからだ。


『どうせ死刑なら役に立て』

『むしろ今まで無駄だった』

『被害者家族のためにも苦しませろ』


世論は次第に変化していった。

 そして文明局は、ある説明だけを徹底して避け続けた。

DEX対象者もまた、“完全主観世界”へ送られていること。

そこで何を見ているのか。

何を感じ続けているのか。

それを知るのは、一部の中枢化研究者だけだった。


 モニカは慌ただしく準備しながら言った。

「当時のキャッチフレーズも凄い凶気を感じましたよね先生」

白嶺は不思議そうな顔で答える。

「そうですか。わりと分かりやすく作れたと思ったのですが」

モニカの手が止まり白嶺を見る。

「ええっ?先生が考えたんですか」

「ええ、寂滅処理計画を作ったのは私ですから」

モニカは小さく顔をしかめる。

「でも、それって……」

「ええ」

白嶺は穏やかに頷く。

モニターには、DEX-0911の脳波が映っていた。

恐怖反応。

不安定な睡眠波形。

ストレス値上昇。

それでも適合率だけは高い。

白嶺は静かな声で言う。

「人間って、不思議ですよね」

白嶺はDEX-0911の波形を見つめたまま呟く。

「一番消したがっている記憶ほど、脳は繰り返し再生します」

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