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天国白書  作者: 凛1129
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18章 那由他のとびら (2) 禁呪と禁胎

挿絵(By みてみん)


「この人を止めれば……」

 

 モニカは、なゆたを見つめた。

「子どもたちは助かるんですか」


 白嶺は答えない。

 ただ、左手をゆっくり握った。


 黒い指輪。

 何の変哲もない、ただのアクセサリーにしか見えない。

 親指で内側のスイッチを押す。


  カチッ。


 バチッ、バチッ、バチッ――


 指輪の先端から、青白いプラズマ光が激しい音を立てて伸びた。


 一メートルほどの光刃。

 違法改造リング――《ラ・エスピーナ》。


 エクアドルの若いギャングの間で流行している暗器だった。

 白嶺は躊躇なく踏み込む。


 狙いは喉。


 光刃が一直線になゆたへ走る。


 しかし――

 なゆたは瞬き一つしない。


 ピッ――


 白い閃光。

 室内のどこから放たれたのか、誰にも分からなかった。


「っ!」


 白嶺の左腕が弾かれる。

 ラ・エスピーナの指輪は床に転がった。


 肘から先が、一瞬で黒く炭化した。

 皮膚は焼け焦げ、袖が灰となって崩れ落ちる。


 血は出なかった。

 傷口は、流れる前に焼き塞がれていた。

 肉の焼ける匂いだけが、部屋へ広がる。


 白嶺の呼吸が、一度だけ乱れた。

 だが次の瞬間には、もう平常に戻っていた。


「先生っ!」


 モニカが悲鳴を上げる。


 白嶺は焼け爛れた左手を見下ろす。

 まだ細い煙が立ち昇っている。

 指先を軽く舐めて、口角を上げ、なゆたを睨んだ。


「……簡単にはいきませんね」


 なゆたは初めて、小さく笑った。


「左利きか」

「私と同じだな……」


 なゆたはうつむき、左の口角を上げる。


「私の子として……」

「男として……」


 そう言うと、なゆたはくるりと後ろを向いた。


「ついてこい」


   ◇


 なゆたは培養槽の間を歩いていく。

 透明な液体の中で、同じ顔の少女たちが眠っていた。


 幼いもの。

 少し成長したもの。

 なゆたと同じ年頃のもの。


 液体の中で、髪だけがゆっくり揺れている。

 眠っているようで、眠っていない。

 生まれる前から、死ぬ順番だけを決められているようだった。


「この子たちは……」


 モニカが声を絞り出す。


「全部、私だ」


 なゆたは振り返らずに答えた。


「正確には、私だったものになる予定の器だな」


 モニカは足を止めた。

 白嶺だけが、なゆたの背中を見つめている。


「クローン人間は完成していない」


 なゆたは続ける。


「倫理で止められた技術だ。研究は進まなかった。だから、この身体は自力では長く生きられない」


 培養槽のひとつに、細い管が何本も繋がっている。


「栄養を与えているわけじゃない」

「細胞に、まだ生きていると錯覚させているだけだ」


 モニカの顔色が変わる。


「そんな……」


「液が止まれば崩れる」


 なゆたは淡々と言った。


「心臓が止まるより先に、身体が自分を維持することをやめる」


 別の培養槽の表示が、淡く点滅していた。


《第一世代 終了》

《第二世代 終了》

《第三世代 稼働中》


 モニカは口元を押さえる。


「じゃあ……あなたは……」


「生きているんじゃない」


 なゆたはようやく立ち止まった。


「生かされ続けている」


 白嶺の表情は動かない。

 だが、指先だけがわずかに震えていた。


 なゆたは培養槽の少女へ視線を向ける。


「ここにあるのは希望じゃない」


「予備だ」


「次の私」


「その次の私」


「そのまた次の私」


 室内は静かだった。

 眠る少女たちは、誰も泣かない。

 誰も叫ばない。

 誰も助けを求めない。

 最初から、声を与えられていないからだった。


「終わらないんだよ」


 なゆたは小さく笑った。


「脳が残る限り」


「私という名前が残る限り」


「この悲劇は、終わらない」


 白嶺は、なゆたを見た。


「なぜ、悠・ベレナール・松永だったのですか」


 なゆたの足が止まった。

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