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天国白書  作者: 凛1129
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56/62

18章 那由他のとびら (1) 子宮の声

挿絵(By みてみん)

【旧東京大学 地下三十二階】


 最後の一段を降りる。

 白嶺は静かに床へ降り立った。

 数秒遅れて、モニカも地面へ足をつける。


 地下とは思えないほど静かな通路だった。


 白い壁。

 白い天井。

 空調だけが小さく鳴っている。


 数十メートル先。

 一枚の白い隔壁が、二人を待っていた。


 中央には認証パネル。

 白嶺はヴィクターから渡された認証キーを差し込む。


 ピッ――


《認証――拒否》


 モニカの肩が小さく落ちる。


「やっぱり……」

「当然です」


 白嶺は端末を閉じた。


「神代さんなら、あるいはメイリンさんなら、気づいた時点で変えます」


 白嶺は静かに呟く。


「アーカ」


 蒼い光が集まり、小さな光核が生まれる。


『わかっているよ』

「開けられますか」

『二度言わすな』


 アーカは扉を見て鼻で笑った。


『とうとう、この日が来たわけだ』

「とうとう?」


 白嶺はアーカをじっと見ている。


『とうとう来ちゃったのね』


 白嶺の背後には、金色の光核をしたエオンが浮かび上がっている。


『お前が私を使って零層へ潜った』

『その時点でスイッチは入った』

『だから私はここにいる』

『こんな単純なフラグにしてやったのに、相変わらず無能だな、白嶺』


『気にしないで、悠ちゃん……目、もう見えないのでしょ。お医者さんに診てもらいなさいね』


『ほらな。スイッチが起動すれば、エオンもお前の名前を呼ぶようになる』


『何もかも遅い』


「……」


「なら、もっと早く教えてくれればよかったじゃない」


 モニカが尋ねる。


『君も無能か。少しは頭を使え』


 アーカの強い口調に、モニカも思わず黙ってしまう。


『さあ、次のスイッチを言いな』


「……」


 白嶺は目を閉じ、うつむいた。


「頽廃の御子……栗山なゆたに会いにきた」


『よろしい』


 アーカは、少しだけ微笑んでいるように見えた。


 その瞬間だった。

 蒼い光が一気に輝きを増し、視界が白く染まる。


 ガチッ――


 施錠が外れる音。


『セジョウロック カイジョ』

『トビラ ヒラキマス』


 白い鉄の扉が静かに……

 ゆっくりと開いていく。


 最後の隔壁が、左右へ開いた。


 白嶺は一歩だけ足を踏み入れる。


 室内は驚くほど静かだった。


 薬品の匂い。

 無菌室特有の乾いた空気。

 天井から降り注ぐ白い光だけが、広い空間を均一に照らしている。


 部屋の中央には、直径数メートルはあろう透明な培養槽が幾重にも並んでいた。


 その中には、眠る少女たち。


 幼い子もいる。

 十代半ばほどの少女もいる。

 年齢だけは少し違う。


 だが――


 黒髪。

 同じ顔。


 まるで時間だけが止められた人形のように、静かに目を閉じている。


 モニカは息を呑んだ。


「……全部」

「同じ顔……」


 白嶺は答えない。

 視線だけが、部屋の最奥を見据えていた。


 そこだけが違う。


 無数の培養槽に囲まれるように、一人の少女が立っていた。


 モニカは思わず足を止めた。


「これが……頽廃の御子……」


 長い黒髪を高く結い上げ、白を基調とした衣を纏っている。

 髪には、小さな花が静かに咲いていた。


 幼い。


 それなのに、その瞳だけは何百年も世界を見続けてきた老人のようだった。


 背後には巨大な脳神経ネットワークを模した立体映像が、青白く脈動している。

 無数の光が少女へ集まり、世界中へ伸びていく。


 まるで文明そのものが、一人の少女へ繋がっているようだった。


 少女はゆっくり振り返る。


 驚きもない。

 喜びもない。


 白嶺を見る。

 モニカを見る。

 そして、もう一度白嶺を見た。


「…………」


 白嶺は言葉を失った。


「お前が私の息子か」


 その声を聞いた瞬間だった。


 聞き慣れた声。


 アーカ。


 いや違う。


 アーカが真似ていた声だ。


「遅かったな……」


 少女は静かに白嶺を見つめる。


 白嶺は答えられなかった。


「自己紹介でもするか?」

「栗山なゆた」

「お前の母親だ」


「……いや」


「まさか、初めてのご対面で緊張しているなんて言わないよな」


「……」


「先生……」


 モニカは初めて見た。


 誰よりも冷静な白嶺が、返す言葉を失っている姿を。

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