表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天国白書  作者: 凛1129
PR
53/62

17章 生命を穿つ (1) 胎動

挿絵(By みてみん)

【ビストロ・ル・コパン】


「さあ、今日はネガティブ発言禁止」

「美味しくいただきましょう」


 モニカはそう言うと、キッシュを口に運んだ。


「やっぱり美味しいですね」


 嬉しそうに頬を緩める。


「ネガティブ発言って……」


 メイリンは腑に落ちない様子で言いながらも食べ始め、白嶺は既に食べ始めている。


「監察官は、ご自身のお部屋には戻られないのですか」


 メイリンはペリエを飲み、白嶺に聞いた。


「はい」


「今後も、その同棲生活を続けるおつもりですか」


「はい、しばらくは」


 メイリンは呆れて肩を竦めた。


「いくら私でも、局内に住まわれている監察官のお部屋まで監視しませんよ?」


 そう言いながらパンをちぎる。


「はいっ、そこー! ネガティブ発言禁止!」


 すかさずモニカが指を差し止める。


「っ! 失礼……」


 メイリンはそう言うと、ハンカチで口元を拭った。


 白嶺は少し微笑んだ。


「思春期の子どものような演技……」


「あれは今の監察官を見ると、思い出し笑いしてしまうほど傑作でしたね」


 メイリンは話題を変えた。


「上手く行きませんでした」


「私も一度、夜デートに付き合ってもらおうかしら」


 メイリンは妖艶な雰囲気を漂わせ、白嶺を横目で見た。


「ちょっ!? メイリンさん!」


「あらっ、ネガティブ発言はしてないわよ?」


「っ!」


 モニカは言葉を飲み込んだ。


 白嶺は意に介さず食事を続けている。


「データは見たけど、どうしたら、こんな人になれるのかしら」


「必要ありません」


「え?」


「誰か一人で十分です」


 白嶺はそれだけ答えると、また静かに食事を続けていた。



——————————

 

 三人は会計を済ませ、店を出た。

午後の柔らかな陽射しが街路樹を照らしている。


「このまま局へ戻りましょうか」

 メイリンが聞く。


「はい。こちらの方が近いです」


 白嶺は一本奥の遊歩道へ進んだ。

 人影は少ない。


 頭上では無人輸送ドローンが静かに横切り、街路灯のセンサーだけが三人を追うように淡く点灯していた。


 その時だった。

「見つけたぜぇ」

 東南アジア訛りの野太い声が後ろから聞こえた。

 三人は咄嗟に振り向く。

「お前次局長、神代の秘書だな」

 モニカは口を抑え、動揺している。

 そう言うと男はそのまま殴りかかってきた。

「バチン!」

 乾いた音が聞こえると、この場に白嶺は倒れた。

 手に持たれていたのは自作で作ったブラック・ジャック。


 その瞬間、三人のBANREIが緊急作動した。

 白嶺のアーカとエオンが、それぞれ金と青の光を放つ。


 モニカのミネルヴァは白嶺の身体へ飛び込み、メイリンの薄水色の光核をしたBANREIは上空へ展開した。


 周囲の街路灯、通行端末、店舗外部カメラへ一斉に接続する。


『緊急事案を確認』

『傷害行為を記録』

『加害対象、顔面照合開始』

『周辺映像保存』

『医療BANREIへ接続』

『文明局保安系統へ通報』


 遊歩道の街路灯が赤く点滅した。


「建設工事を中止しなければ、次は殺す!」


 男はそう吐き捨てると、路地の奥に停めてあった黒い車体へ飛び乗った。


 無登録ホバーバイク。

 通称、ブラックライド。

 車輪は地面に触れていない。

 反重力ユニットが青白く瞬き、男の身体を一気に前方へ弾き出す。


『違法機体を確認』

『登録信号なし』

『追跡開始』


 だが、ブラックライドは人間の反応速度を超える軌道で路地を駆け抜けた。


 最高時速五百キロ。

 AI補助なしでは、乗り手の身体が先に壊れる速度だった。

 青い残光だけを残し、男の姿は街の奥へ消えた。


「BANREIの危険感知が遅れた?」

 モニカは信じられないという表情で呟く。

 メイリンは男が落としていった破片を拾い上げた。


「いいえ……」

 小さく首を振る。


「BANREIが反応しなかったのよ」

「えっ?」

「登録兵装なら、振り上げた時点で危険判定が出る」

 メイリンは黒い破片を光へかざした。


「でも、これは違う」

「自作ですか?」


「ええ。犯罪組織では通称ブラック・ジャック」

「部品一つ一つは合法品」

「だからBANREIの事前判定をすり抜ける」

「じゃあ、ブラックライドも……」


 メイリンは男が逃げた方角を見つめた。

「未登録機体よ」

「登録信号を持たない犯罪専用車両」

「近年、海外で急増しているわ」


 白嶺はよろよろと立ち上がる。

「先生っ!」

「なかなか、強烈な一撃でしたね……」

 白嶺は苦笑いしながら頬を押さえた。

「骨に入っていたら、砕けていましたね」


「申し訳ありません……」

「……私のせいです」


 メイリンも白嶺の前へ歩み寄り、深く頭を下げた。


「そういう仕事ですから」

 白嶺は穏やかにそう答えた。


 メイリンはブラックライドが消えた方角を見つめる。

「……あの男」

 

「知ってるんですか?」

 モニカが尋ねる。


「北海道第三中枢化施設の反対運動で、いつも先頭に立っていた人物よ」

 メイリンは目を細めた。


「少し有名だったけど……暴力に出るような人間じゃなかった」


————————

 翌日 午前八時三十分。


 モニカとメイリンは仕事の準備に取り掛かっていた。

 自動ドアが開く。


「おはようございまーす」

 ノソノソと白嶺が出社してきた。

 白嶺の顔には、黒地に白のペイズリー柄バンダナが巻かれている。


 モニカとメイリンは目を丸くした。

 メイリンがモニカへ視線を送る。

 モニカは首と両手を横に振った。


「監察官……それは……?」

 メイリンが早速聞く。

 

 白嶺はゆっくり椅子へ腰を掛けた。

「昨日、少し腫れまして……」


「いえ、その海外のギャングのような格好です」


「ああ、これですか?」

 白嶺は次々と映像を表示させながら答えた。


「昨日、そんな感じの人に殴られたので、逆にいいかなと」


「ぷっ……」

 モニカが後ろで吹き出しそうになり、メイリンも口元が緩むのを必死に堪える。


「もう、思春期の子どもの演技は終わったのでは?」

 メイリンは笑いを堪えるため顔を背け、肩を震わせながら聞いた。


「思春期じゃなくても嫌ですよ」

「モニカさん、昨日見ていないの?」

「ええ……ぷっ、お風呂から上がるなり、そのまま布団を頭まで被っちゃって……」

 モニカは口元を押さえ、笑いを堪えながら答えた。


 メイリンは肩を竦めた。

「昨日、メディカルチェックは行いましたが、暴行事件でもあります」

「報告のため、念のため確認しますね」

 そう言うと白嶺へ歩み寄り、ペイズリー柄のバンダナへ手を伸ばした。


 スッ……


 白嶺は一歩後ろへ避ける。


 メイリンは、もう一度めくろうとした。


 スッ……


「監察官」


「いやです」


「症状を確認するだけです」


「いやです」


 白嶺はぷいっと映像へ視線を戻し、そのまま仕事を始めてしまった。

 メイリンは額へ手を当てる。

 モニカは後ろを向き、肩を震わせている。


 メイリンは一つ息を吐いた。

「メディカルBANREI」

 白い光核が静かに浮かび上がる。


「栗山監察官のメディカルチェックを開始してください」

 白い光核から数本の光子プローブが伸び、白嶺の身体を走査していく。

 白嶺は横目で一瞬だけ確認すると、何事もなかったように映像へ視線を戻した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ