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天国白書  作者: 凛1129
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16章 ヤエルの天幕 (2) 異端の擬装師

挿絵(By みてみん)

「まあ……これでもウチの仕事を何度かこなしている」

 ヴィクターは戸惑いながら言った。


 ノアールは椅子の背もたれにだらしなく身体を預け、ストローをくるくる回した。

「ハマキングの仕事、つまらないのばっかりなんだもーん」

 そう言うと、片足を椅子に上げ、オレンジジュースを飲み干した。


「そうだ、今度ハマキングの顔、大天使ミカエルにしてあげるよ」

「遠慮しておく」


 そんなやり取りを見ながら、白嶺は話を切り出した。

「この方に決めた理由は?」

「天才だからーー!」


「ノアール、少し黙れ」

 ヴィクターは少し強めに言った。


「んだよっ、クソが! いつもいつも……」

 ノアールは椅子をギシッと鳴らしながら背中を反らせた。


 ヴィクターは視線を天井に一度向け、再び白嶺へ目を戻した。

「だが、こいつが言うのも一理あるんだ」

「天才?」

「ああ」

「メイクが天才ということですか」

「それは半分の能力だ」

「半分?」

「もう半分は、AIが見抜けねーってことだ」

 ヴィクターは火のついていない葉巻を指先で転がした。

「まさか」

 白嶺が少し驚く。


「それは無理ですよ」

 モニカが割って入る。

「網膜なんか見られたら一発で認識されます」


「網膜ならな」

 ヴィクターは葉巻で机をトントンしながら答えた。

「しかし遠距離での認証くらいなら、パスしちまうのさ」


「なるほど……」

 白嶺は頷いたが、続けてヴィクターに聞いた。

「しかし事前にいただいたデータでは、その特殊メイクですか」

「擬装メイクアーティスト!」

 ノアールが不貞腐れたように割り込む。

 ヴィクターが肩を竦めた。

「その擬装メイクアーティストとして、彼女は配信してらっしゃるようですが……」


「登録者数、見たか?」

「ええ、百四十人くらいだったような」

「がっはっは! それが逆にカモフラージュになってんだよ」

 ヴィクターは大笑いした。

「死ね! もう! やらん! こんな仕事やらんのじゃ!」

 ノアールはさらに不機嫌になり、喚き始めた。


 白嶺は視線を落とし、口元を緩ませた。

「ノアールさん」

「なんじゃ? クリ! 貴様も殺すぞ!」

「多くのクリエイターに、認められたいと思いませんか」

「なにっ!?」

 指先で遊んでいたストローが止まった。


「今回の依頼が成功すれば、かなりの確率であなたは有名になります」

「ハマキングの仕事だぞ? 公にできるか!」

「私は、その公の人間です」

 白嶺は背筋を伸ばし、優しい顔でゆっくり言った。


「はっ? クリはマフィアじゃないのか?」


「マフィア!? 私たちが?」

 モニカが顔を真っ赤にして割って入る。


「そう。マフィアとマフィアの……スケ?」

 モニカは耳を紅くし、震えている。


「話を戻しても?」

 白嶺が落ち着いて言うと、ノアールは「すまん……」と言い、頷いた。


「公ですが、公として能力を紹介するわけではございません」

「ほらっ、やっぱり、いかがわしい仕事じゃっ!」

 白嶺は両手を小さく縦に振り、落ち着かせる。

 それから一度だけ目を閉じた。

 そして一呼吸置き、真剣な顔に戻す。

「いいえ。公ですから、都合の悪い話は蓋をします」

 はっきりと言った。


 四人の空気が一瞬止まる。

 ノアールはヴィクターの顔を見たあと、再び白嶺へ視線を合わせた。


「その言葉! 偽りではないな?」

「もちろんですよ」

 白嶺はニコリと笑い答えた。


 ノアールはしばらく考える。

「つまり……あたしは?」


「端的に言えば、優良なお客さんが増え、口コミであなたは有名になるでしょう」

「私の力が……?」

「口コミで広がる……?」


「のった!! やる! 絶対やる!」


「ありがとうございます」

 白嶺は握手を求めた。


「コイツは、冷酷な顔して人たらしだからなー」

「女がお前の周りに集まるわけだ」

 ヴィクターは笑いながらそう言い、モニカを見る。

 モニカは慌てて視線を逸らした。


「それでは、詳しい内容はヴィクターさんに聞いてください」

「おう。あとは例の件はチェロが動くってよ」

 ヴィクターは大きな声で言った。


「本日は時間があまりありません」

「えー! あたし、これから夢を永遠に語り合おうと思っていたのにー」

「公ですから、昼休憩も厳しいのですよ」

「BOOOOー!」

「それでは——」

「クリ!」


 白嶺が振り返る。


「絶対、有名にしてくれよ!」

「もちろんです」


 そう言うと、白嶺は席を立ち、丁寧にノアールへお辞儀をし、モニカと共に店を出た。


——————————


【午後二時少し前 執務室】


「お二人とも遅かったですね」

 腰に手を置き、メイリンが立っている。


「えっと……あのぉ」

 モニカは白嶺をちらっと見るが、メイリンを風のようにフラリとすり抜け、デスクに座った。


 メイリンは片眉をピクピク震わせている。

「どちらへ行ってらっしゃったのですか」

「仕事ですよ」

 白嶺は十五個ほど映像をポップアップさせ、ぼんやり眺めだした。


「予定に入っていませんよ」

「予定に入れられない仕事です」

「ぬけぬけと……」

 メイリンの顔がどんどん紅潮していく。

 その隙に、モニカがそ~っとデスクに座る。


「今日は新規の人が入ってくるんですよ」

「わかってますか」


「はいっ、承知してますよ」

 白嶺は、ぼんやり答えた。

「!?」

 メイリンは、白嶺を見て気づく。

「メディカルBANREI、来て」

「ボワン」と、部屋の隅から白い光核が現れる。

「えっ!?」

 モニカが驚き、立ち上がる。

「栗山監察官のメディカルチェックを」


 白い光核が白嶺に近づき、数本、触手のようなものが白嶺に触れる。


「解析完了」

『身体異常なし』

『薬物反応なし』

『精神異常なし』

『睡眠時間 過去四十八時間 推定二十分』

『パフォーマンス低下要因——睡眠不足』


「……たった、それだけ?」

「いや、二十分って……」


「だいたいキリンさんと同じくらいでしたね」

 白嶺は気にせず、映像を眺め、処理を始めた。


「仕事で寝不足には思えませんけど」

 メイリンは呆れた顔でモニカを見る。

「えっ!? 私? 違います違います」

 モニカは慌てた顔で手を横に振る。


「栗山監察官、一応局の者として言いますが、体調管理くらいきちんとして下さい」

「プライベートまでは口にしませんが、仕事に支障をきたされては困ります」

「そうですか」

「そうですかって……明らかにパフォーマンスが落ちているじゃないですか!」

「大丈夫ですよ」

 白嶺はそう言いながら、十件ほどの処理を終わらせていた。

「ほらね」

 白嶺はそう言いながら、仕事を次々と終わらせていった。


 メイリンは、ぐうの音も出ない自分に腹を立てていた様子だったが、深呼吸を一度して白嶺に話しかける。


「監察官、次局長との間に疑念があるのも分かりますが、目的は変わりません。協力し合うところは協力しませんか」

 白嶺は初めて、後ろに立っているメイリンの顔を見た。

「えっ? 協力いただけるのですか」

「私は監視もすると言いましたが、プロジェクトの一員だと思ってこの任務にあたっています」

「ほう……」

 白嶺はぼんやりと天井を見回す。

「——任務とは?」


「私の任務は、文明局職員として法令に基づき、適正な行政を執行することです」

 白嶺は小さく首を横に振った。

「違いますよ……」

 


「今は、小さな命を守ることです」

 


 白嶺は悲しげな目でメイリンを見つめる。

「なっ!?」

 メイリンは、見たことのない白嶺の目に息を呑む。

 動揺する身体の反応を必死に食い止めようとしたが、視線を落としてしまう。


 しばらく白嶺はメイリンを見つめ、ゆっくりと映像に視線を戻した。


 モニカは何も言えず、そっと視線を落とした。

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