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天国白書  作者: 凛1129
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47/62

15章 沈黙の包囲網 (1)空蝉の引き金

挿絵(By みてみん)

「モニカさん、モニカさん」

「なにっ!?」

 呼ばれた瞬間、モニカは眉間を押さえた。

 その声色だけで、ろくでもない話だと分かる。  

視線を天井へ向け、小さくため息をついた。


「この映像を見て下さい」

 白嶺は端末を軽く操作すると、空中ディスプレイに映像を展開した。

 そこには、ワイセツな画像が浮かんでいる。

 

 モニカは映像を見るなり目を細める。

 呆れを隠そうともせず言った。

「仕事中です!」

「もうすぐお昼休みですよ」

 白嶺は、意に返さず下世話な話を進める。

「今度、こんな感じのやりたいです」

 映像は女性が男性の上に乗っている。

 

「……」

「いい加減にしなさい!」

「あら〜」

 白嶺はあまりの迫力に言葉を失った。


 呆れたメイリンは資料データなどの映像をまとめて白嶺に飛ばす。

 

「昼休憩の前に、これを処分してから、いちゃつくなり何なりしてください!」

 

白嶺の前は二十件近い資料データで埋め尽くされ、その姿すら半分ほど隠れた。

 

「そうですよねぇ……仕事中ですからねぇ」

白嶺は資料を一枚ずつ読むことはしなかった。

全ての資料を左側に寄せ、端末へ目を落とし、数秒視線を滑らせるだけで次の資料へ移る。

 

「これは、モニカさん、報告書として局へ流してください」

 次の資料を横目で確認する。

「これは、メイリンさん、自治体に差し戻してください」

 止まらない。 

「——これは内容が不透明です」

 モニカは慌てて指示を入力する。

「えっ……ちょっと待ってください」

「次です」

「——このデータ、おそらく偽装です」

 白嶺は右を向き、モニカのデスクを見渡す。

「メイリンさんお願いします」

「はっ、はい」

 メイリンとモニカのデスクがどんどん資料データの映像で埋まっていく。

 

「この資料は私が市長と話をします。今の時間なら確かいるはずですから、メイリンさん、こちらへ繋いで下さい」

「はっ、はい!」

「それとこれは——」

 

 20近くあった資料の判断は2分ほどで仕分けられ、モニカとメイリンの前に、仕分けられた映像が返ってきた。


「監察官、市長と繋がりました」

「資料を飛ばして下さい」

白嶺は、市長の案件とは違う資料を横目に、処理しながら対話を始める。

「あっ、長柄市長さんですか。どうも……天国センターの栗山です……」


「能力は人間離れしているのに、なぜ……」

 メイリンはうつ向き呟いた。

AIによる行動解析診断でも、栗山白嶺は前例のない脳移植後の症例であり、判断不能と結論づけられていた。

行動だけを切り取れば、思春期の少年。 性的な話題に興味を示し、突拍子もない行動を繰り返す。

それなのに――

仕事になると、別人だった。

 

人間離れした判断力。

速いのではない。

最初から答えを知っているかのように、一度も迷わない。

データには出てこない違和感だけが、メイリンの中に残っていた。


——————————

 

「はい。それでは次の選挙も頑張って下さい」

 白嶺は市長の映像を左下に落とし、通信を切る。

「はい、終わり。お昼にしましょうか、皆さん」

 白嶺は立ち上がり、手を広げ伸びをした。

 

「「すいません……まだ終わっていません」」

モニカとメイリンは、疲れ果てている。

 

 白嶺は、メイリンのデスクに向かう。

「この資料は、この部分とこの部分」

 指を回し、丸をつける。

「ここを見て、整合性が取れていれば概ねオッケーですよ」

「こちらは、この二か所」

「これは相手の出方を見るので、質問だけ間違わなければ大事には至りません」

 白嶺は要点だけを指示し、残りの処理を数十秒で終わらせた。


「先生〜」

 モニカから諦めの声が聞こえる。

「投げて下さい」

 モニカは目を丸くして喜んだ。

「どぞっ!」

 4つのデータが白嶺の前に現れる。

「返信はこれ」

「——確認はこっち」

三十秒もしないうちに、四つのデータはすべて処理済みに変わった。


「どうです? 今日の私、イケてますか」

 メイリンは白嶺を見る。

 

——そこなんですよ

 

先ほどまで下世話な話をしていた男と、今目の前にいる男が、本当に同一人物なのか。

そんな馬鹿げた考えが、一瞬だけ脳裏をよぎる。


「栗山監察官、ありがとうございます」

 メイリンは深く頭を下げた。

「本日、助かりました」

「どうです? これから三人でランチでも——」

 白嶺は一瞬動きが止まる。

「いいですね、最近みんなでランチ、行っていませんでしたもんね」

 と、モニカがすかさず賛同した。

  

————————


【中華料理 紅蓮亭】

 

「回るテーブルのお店ですね」

「ええ、ここ好きなんですよ」

 メイリンは店に入っていき、二人もあとに続いた。


「何にしましょうか」

 メイリンがメニューを片手に二人へ聞いた。

「私エビチリ!」

 モニカが先頭を切って発言した。

「小籠包があれば」

 続いて白嶺も注文した。

「では、それを含めて六品ほどお願いします」

「かしこまりました」

 メイリンは店員に注文した。

 

「前回来て気に入ってもらえましたか」

「おいしいですよ、ここ」

「良かった」

 メイリンは微笑みながら答えた。


 店員が料理を運び、円卓の上へ並べていく。

 小籠包はモニカの左前に置かれた。

 モニカは何気なく円卓へ手を添える。

 反時計回り。

 ほんのわずか。

 小籠包が白嶺の左前へ滑った。


 メイリンの視線が止まる。

(反時計回り……?)


「——ありがとうございます」

 白嶺は一瞬だけ間を置くと、小籠包を皿へ取った。


 メイリンは白嶺ではなく、モニカを見た。

 モニカは何事もなかったように箸を動かしている。


 メイリンは円卓へ目を落とした。

(直径は約一・五メートル)

(円周は約四・七メートル)

(二十センチ……約十五度)


 誰にも気付かれないよう、指先だけで円卓を時計回りへ送る。


 エビチリが、白嶺の右前で止まった。

「まずは栗山監察官からどうぞ」

「お仕事を手伝っていただきましたから」


 モニカの箸が止まる。

 ほんの一瞬だけ。


「えー! 私の注文なのに」

 笑っている。

 だが、その目だけが白嶺を見ていた。


「ありがとうございます」

 白嶺は会釈をした。

 そのまま右へほんのわずか首を向ける。


 レンゲがエビチリをすくった。

 メイリンの鼓動が一つ跳ねる。

 

「このテーブルは時計回りに回すんですよ」

 モニカの表情が、一瞬だけ止まる。

「そうなんですか」

 笑顔で答える。

 

 メイリンは箸を置いた。

 (あと一つ)


 メイリンは静かに立ち上がった。

 白嶺の左肩へ手を置き、自分の方へ引き寄せる。

 その瞬間、白嶺はメイリンの唇を塞いだ。

 

「なっ……」


 メイリンは反射的に左手を振り抜いた。

 白嶺の反応は、一瞬だけ遅れた。


 パシッ。


 左手が白嶺の右頬を打つ。

 乾いた音が店内に広がる。

 周囲の客が、一斉に振り向いた。


「失礼しました」

 白嶺は微笑み、周囲へ小さく頭を下げた。

 メイリンは視線をモニカへ移す。

 モニカは、ただ白嶺を見ていた。


(……そういうこと)

 メイリンの口元が一瞬だけ緩む。

 

「いえ、問題ありません。突然のことで、私も驚いてしまいました」

 メイリンは姿勢を正し、先に頭を下げた。

「こちらこそ逸脱した行為でした。申し訳ありません」

 白嶺も穏やかに頭を下げ返す。


「せっかくのお料理ですから、いただきましょう」

 モニカは何事もなかったように箸を取り、三人のランチは静かに再開された。

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