13章 白に墨差す (3) 見えない墓標
「以上が報告内容です」
メイリンは神代次局長にレポートの映像を提示した。
報告映像を見終えた神代は、腕を組み、しばらく何も言わなかった。
画面の中の白嶺は、笑っていた。
南米支局長チェロと、女の話をし、酒場の話をし、少年犯罪を軽口のように受け流している。
メイリンの報告は、簡潔だった。
「栗山監察官は、想定以上に南米支局長と親密です」
神代は目を細めた。
「親密、ですか」
「はい。少なくとも、通常の監察官と他局局長の距離ではありません」
メイリンは端末を操作し、記録映像の一部を再生する。
そこには、チェロの下卑た笑いに合わせて、白嶺が穏やかに微笑む姿が映っていた。
「会話の内容も、かなり俗悪でした。売春、金、若い女性、少年犯罪。栗山監察官はそれらを咎めることなく、むしろ相手に合わせているように見えました」
神代は映像を止めた。
数秒、白嶺の笑顔だけを見つめる。
「……そういうことか」
小さく呟き、再生ボタンを押した。
「肝心の南米支局から、栗山くんへの情報提供はありましたか」
映像を横に流して落とした。
「最後に少しだけ栗山監察官に質問されていましたが、そのような大きな山は手に余ると」
メイリンはデータを読みながら簡潔にまとめた。
「次局長が、気にされるほどの男なのでしょうか」
テーブルにあった菓子を一つ口に放り込む。
「彼の能力は素晴らしいものでしたよ。純粋で、真っすぐでした」
神代はメイリンの視線に合わせて言った。
「そのような……聞いていた印象とは相違があったと感じております」
「女性の感は鋭いからな」
メイリンは静かに目を伏せた。
「少年だった彼にも、いつかは大人が混ざる」
映像を横へ流し、停止した白嶺の笑顔を見つめる。
神代は画面を閉じる指を、一度だけ止めた。
「そういう時期なのかもしれませんね」
神代は独り言のように呟き、映像を落とした。
神代は菓子をもうひとつまみ口に入れた。
「確かに優秀ではあると思います」
メイリンは報告を続ける。
「栗山監察官は通常なら気付かないプロテクトの穴を見抜きましたが……」
「ライラ補佐官と共に見つけていましたから一人でというよりは……」
「ライラ補佐官も想定以上だった」
「はい」
「あの二人は、互いの欠点を埋めています」
神代は微笑みながら言った。
「プロテクトの穴は先方に伝えておこう」
「はい、そのほうがよろしいかと」
「次の報告を」
メイリンが一歩前に出る。
「中枢化特別会計についてです」
神代は静かに頷く。
「海外要人からの追加出資が承認されました」
「予定額を上回ります」
「これにより第三中枢化施設は第一期計画を三年前倒しできます」
「結構」
湯呑みに手を伸ばした。
その瞬間、机の端末が一度だけ赤く点滅した。
神代の視線だけが動く。
「……失礼」
メイリンには表示内容は見えない。
神代は一秒だけ画面を見つめ、
「続けてください」
と言った。
「神代次局長」
メイリンの声のトーンが一段上がる。
「なんだい」
「もしかして、まだミアちゃんのことを」
神代は答えず、湯呑みを置いた。
湯気は、もう消えていた。
メイリンの視線は横に逸れる。
「私情で動くほど愚かではないさ」
「でも当時3歳という若さで……」
「そうだな」
「きっかけであったことは、否めないな」
「お察しします」
神代は立ち上がりメイリンを抱き寄せた。
「ありがとう」
「私には全世界を変える力はない」
「だがせめてこの日本では、弱者の最後の砦、脳死まで天国への中枢化の約束」
「はい……」
メイリンは神代の腰に手を回した。
「そのためだったら、いくらでもこの程度の手を血に染める覚悟はあるさ」
神代はさらにメイリンを抱き寄せ口づけをした。
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違法中枢化特別対策本部が発足してから二ヶ月が経とうとしていた。
「ほう——」
白嶺は頷く。
「メイリンさん、今日までの分はこれで最後ですか」
「そうですね、これが最後のデータです」
メイリンは、デスクの端末を確認しながら映像を白嶺へ投げる。
【中枢化名 吉岡 マリーナ 129歳】
【婚姻期間 32日】
【配偶者 日本国籍】
【特別中枢化申請】
【全財産譲渡 完了】
【判定 審査済】
白嶺の指が止まり映像を拡大する。
【オールクリア】
【扁桃体活動率九八・七%】
【海馬記憶固定を確認 可】
【情景を再構築……可】
【DEX処理 済】
「……減っていますね」
と呟く。
モニカが、
「何がですか」
と聞く。
白嶺は画面を見たまま、
「怪しい人たちです」
「……児童です」
メイリンはそういうと、デスクから立ち上がり白嶺の前に立った。
「……と言いますと」
白嶺は椅子に座ったままメイリンを見上げる。
「局としても最優先事項として各国へ注意喚起しております」
「はい」
「栗山監察官の調べではどうですか」
「ええ、面白いように、児童の痕跡がなくなりました」
「効果が出ているようですね」
メイリンはデータが映し出された映像を出し、児童の脳移植の痕跡が緩やかに減っていっているグラフを出した。
「データは明らかに脳移植者なのに、なぜ……」
「流石に移植までは止められない現状は監察官のほうがお詳しいのではないですか」
メイリンは横目で白嶺を見て言った。
その時、モニタールームの自動ドアが開いた。
「栗山くん、お久しぶり」
「どうも」
モニカもすぐに振り向く。
メイリンは一礼した。
そこには神代次局長が立っていた。
「次局長、おはようございます」
モニカは立ち上がり一礼した。
「ああ、仕事は続けてくれてて構わないよ。ライラくん」
神代はモニカに両手を仰ぎ座らせる。
「結果は出ているようですね」
神代は白嶺の前に浮かぶ映像へ目を向けた。
「わかりません」
「わからない」
神代は首を傾げた。
「いえ、それほど私が優秀であるわけではないので」
白嶺は被験体の映像を見ながら言った。
「ご謙遜を」
神代は笑顔で白嶺に言った。
「まだなにか、気になることがあるのかい」
「偽装結婚であることは明らかですから」
「そこだね。私も気になっては、いる」
「……」
白嶺は黙って神代を見ている。
「今の私の力では移植者を止めることはできないのが現状だよ」
神代は視線を落とした。
「だけど、少なくともこのプロジェクトで児童案件は減らせているのではないか?」
「そう思いたいのだが、どうだろうか」
「減っていますよ。減るどころか今は0です」
「……0?」
白嶺は神代から目を離さない。
「そうか。喜んで良い結果として受け止めても良いかな」
「はい。流石です。次局長」
白嶺は表情を変えず答えた。
「だが、もうしばらく監視を続ける必要があると思うのだが、栗山くんの意見を聞きたい」
「そうですね」
「数字だけを見るなら、終わっていますが……」
一度だけ映像へ視線を送り
「一か月後あたりまで確認し、改めてレポートを提出するということでいかがでしょうか」
変わらず表情を出さずに白嶺は答える。
「ちょうどいいね」
「君のことを考えれば今回の計画に参加してもらえたことは、よかったことだと思っている」
「こちらこそ」
白嶺は始めて目線を外し会釈した。
「じゃあ引き続き頼むよ」
モニカとメイリンは一礼し、次局長を送り出した。




