13章 白に墨差す (2) 灰になるまで
「よう監察官、久しぶりだな」
映像には散らかった部屋にチェロが、相変わらずの態度で椅子にふんぞりかえっている。
「おはようございます。チェロさん」
白嶺は微笑みながら言った。
「いーな。日本は」
「……」
「べっぴんさんが、もう一人増えてるじゃねーか」
「はじめまして。わたくし、特別対策本部監理統括官 朱 美玲と申します。今後とも宜しくお願い申し上げます」
と、メイリンはチェロに一礼した。
「羨ましいな!この色男」
「そうですか。ベネズエラの女性は男をダメにすると聞いていますが」
チェロは首を横に振る。
「若さがあればな」
チェロは煙草に火を点け言った。
「この歳になると情熱より情愛だ」
メイリンは目を閉じ天井を仰いだ。
「ところでチェロさん、最近店はどうですか」
椅子に座った白嶺がチェロに話かけた。
「まあまあだ」
チェロは煙草を咥えたまま、椅子を揺らす。
「最近の娘は贅沢で困る」
「ほう、贅沢ですか」
「昔は飯だけ食えりゃ働いた」
チェロは煙を吐く。
「今はブランド物だ」
「教育の問題でしょうか」
「いや」
チェロは灰皿に煙草を軽く叩いた。
「客だ」
「お客さんですか」
「そうだ。娘は客に育てられる」
「なるほど」
白嶺は小さく頷く。
「世も末ですね」
手を広げ首を左右に振る。
メイリンは表情を崩さず、ただ記録だけを続けている。
モニカは、白嶺を横目で見た。
「チェロさん元気がないようだ」
「最近、変な客でも来ましたか」
「そりゃ無数にいるさ」
チェロは笑う。
「特に金払いのいい客ほど、面倒くせぇ」
「そういうものですか」
「ああ」
「ただ、今回の客はうちの客じゃなかった」
「というと名前を知らないヤツがきた?」
「知らねぇやつはファミリーじゃねーってことだ」
チェロは煙草を指で回した。
「いけ好かねー野郎だった」
「格好は普通だったが、靴だけ妙にきれいだった」
「靴ですか」
「泥がついてねぇ」
「なるほど」
白嶺は一度だけ瞬きをした。
「では、店の裏口から入ったわけではない」
「だろうな」
チェロは口元だけで笑う。
「正面の鍵を持ってた」
「鍵ですか……」
「その娘さんは何か話していましたか」
白嶺はさらに尋ねる。
「最初は泣くさ」
チェロは女性が泣くジェスチャーをして答える。
「やはり!皆そうですか」
白嶺は指を鳴らし笑った。
「ああ」
「でも今回は違ったぜ?」
「違う……と言いますと?」
白嶺は驚く。
「泣き方を忘れてた」
「忘れただって?」
白嶺は両手を軽く上げて首を振る。
「いや」
「泣けなくされてた」
「それほど過酷なのですね」
白嶺は手を広げ肩を竦める。
「さらにこっちのガキにも困っている」
「ガキ?」
「バカなガキが急に高い時計して歩いてる」
「盗んだんですか」
「そんな度胸はねぇ」
「じゃあ?」
「誰かが着けてやった」
「着けてやった?」
「相変わらず、治安が悪いんですね」
「仕方がない。この国じゃ皆、生きるのに必死なのさ」
モニカは腕を組み、小さく首を傾げた。
「その子……」
三人の視線が集まる。
「学校には、ちゃんと通ってるんですか」
一瞬だけチェロと白嶺の目が合う。
チェロの口元だけが笑う。
「嬢ちゃん」
煙草をくるりと指で回す。
「学校なんざ、とっくに卒業してるぜ」
チェロは大きな声で笑った。
「そうですか」
モニカはそれだけ言って黙った。
白嶺は、ほんのわずかに口元を緩める。
メイリンは二人を交互に見た。
「……南米では、そのような少年犯罪も深刻なのですね」
メイリンは表情を変えなかった。
ただ、湯気の消えた茶へ、指先だけが伸びる。
口には運ばない。
「売春や少年犯罪を、そこまで日常のように話されるとは思いませんでした」
チェロは肩をすくめた。
「姉ちゃん」
灰皿に煙草を押し付ける。
「ここじゃ、それが日常なんだ」
「悲しい話ですが……」
メイリンは端末に記録を残しながら、わずかに眉をひそめた。
「では」
白嶺は表情を戻した。
「本題に入りましょう」
「児童の脳移植が行われている可能性があります」
チェロの笑みが消えた。
「……こっちでも聞いてる」
「関与は」
「ねぇ」
チェロは即答した。
「俺は小遣い稼ぎしかしねぇ」
「あんな山に手を出すほど、命を粗末にしてねぇよ」
「信じてよろしいのですね」
白嶺はチェロを見て言う。
「これでも俺はここの局長だぜ?」
チェロは手を広げ部屋をアピールする。
「俺の夢は退職金をもらって、若いねーちゃんと静かに余生を送ることだ」
「安心しました」
「おう。友よ」
「娘を見つけたら」
「今度は泣かせてやれ」
「また、なにかあれば遠慮なく言ってくれ」
「はい。では、また」
白嶺は通信を切った。
通信が切れると、部屋に静けさが戻った。
メイリンは記録映像を確認しながら、小さく息を吐く。
「随分と……独特な方ですね」
「ええ」
白嶺は淡々と答えた。
「南米支部では、あのような表現が一般的なのですか」
「人によります」
「普段の栗山監察官とは別人のような会話でした」
「お友達になる秘訣は、相手の文化を尊重してあげることですよ」
「メイリンさんにもできますよ」
白嶺は微笑んで言った。
メイリンはそれ以上、聞かなかった。
「特に……」
「特に重要な内容ではないと思いますが、他局との通信ですので、一応報告して参ります」
「ありがとうございます。メイリンさん」
白嶺は軽く会釈をした。
嵐の後の静けさのような部屋。
モニカは白嶺を見ていた。
「先生」
「はい」
「最後の言葉」
「どれですか」
「娘を見つけたら、今度は泣かせてやれって」
「……」
「泣かせてやれ、は……感情を戻せって意味ですか」
白嶺は目を細める。
「普通、そんなこと言いますか」
「チェロさんは、人の泣き顔を見慣れている方ですから」
「誤魔化さないでください」
モニカは一歩近づく。
「さっきの話、全部……別の意味がありましたよね」
白嶺は少しだけ笑った。
「モニカさん」
「はい」
「学校には、ちゃんと通ってるんですか」
「……」
モニカは一瞬、言葉に詰まる。
「やっぱり」
白嶺は何も答えなかった。
比喩会話
「チェロさん今回の事件を知っていますか」
「あー知っているとも。こっちでも大騒ぎだ」
「チェロさんは今回の事件に関わっている?」
「いや、そこまで大きな山はやっていない、俺は小遣い稼ぎが出来ればそれで良いのさ」
「それを証明することはできますか」
「証明もなにも、犯人はそこにいる誰かだろ?」
「犯人がうちの組織にいると?」
「海外側から日本のような硬い組織を操作できるわけないだろ」
「それは信憑性がありそうですね」
「お前の仲間のヴィクターもそうだろ?」
「多分そうですね」
「リスクの高い山じゃなくても人一人が幸せになるための報酬がある。それはそういうレベルの話さ」




