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天国白書  作者: 凛1129
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41/55

13章 白に墨差す (1) 慈雨は染む

挿絵(By みてみん)

「メイリンさん、それはどういう意味で」

 モニカは苛立ちを隠せずに言った。

 

「今回、栗山監察官は個人所有のBANREIを用い、事件の重要な手掛かりを得られました」

 メイリンは静かに言葉を選ぶ。

「しかし、特別対策本部を設置する以上、私的な権限行使をそのまま認めることはできません」

 

「当然ですね」

 白嶺はそう言うと、杏仁豆腐を一口食べた。

「!?」

 メイリンはわずかに目を見開く。

「そのため私は、本部運営の適正性を確認する立場として派遣されています」

「結果として、お二人の行動には一定の制限が加わります」

「そんな……」

 モニカは身を乗り出した。

「それじゃ、対策本部は私たちを監視するために設置されたみたいじゃないですか」

 

 メイリンは一拍置いた。

「……そう受け取られても仕方ありません」

 

「!?」

 モニカは止まった。

「実際に、面白く思わない人、そういった人もいると考えています」

 

 メイリンは緊張が隠せない。

 白嶺は黙って杏仁豆腐を食べている。

「先生は、この件がおかしいとは思わないんですか」


 「思いませんよ」

 モニカもメイリンも言葉を失った。

白嶺は杏仁豆腐を一口食べる。

 

「皆さん、公人ですよ」

穏やかな声だった。

「私たちが目指すものは一つです」

「児童を助けること」

「そのために対策本部が設置されたのでしょう」


「ええ」

 メイリンは静かに頷く。

「でしたら」

白嶺はスプーンを置いた。

 

「私が監視されても行動が制限されても構いません」

「それで児童の命が助かるなら異論はありません」

「……」

メイリンは返す言葉が出なかった。

 

「ただ」

白嶺は首を傾げる。

「児童を助けるための組織なのに」

「なぜ最初に」

「——『監視』という言葉を選ばれたのですか」

 

「…………」

「そこだけ、少し気になりました」

 メイリンは何かを口にしかけた。

しかし、言葉は最後まで形にならない。

 白嶺から目を逸らし静かに息を吐くと、湯飲みへ手を伸ばした。


——————

 白い壁。白い床。白い照明。

 部屋を埋め尽くす無数の映像が浮かんでいる。

 そこに、新たにデスクが一つ増えた。

 

「南米支部のマルセロ・"チェロ"・バルデスと連絡を取ります」

「既に手配済です」

「そうですか」

「19時以降であれば向こうも対応可能だそうです」

「わかりました」

「それからNLV-9045の映像は」

「こちらです」

 メイリンは映像を白嶺に投げる。

 白嶺の目の前に映像が浮かび上がる。

 若い男と楽しそうに話す被験体の様子が映し出されている。

「こちらが現在彼女のデータです」

 メイリンは映像をさらに投げる。

 映像が3つ飛んでくる。

 白嶺はそれを一通り目を通す。

「あれから異常は、見られませんね」

 白嶺は呟く。

「恐怖反応が鈍化しています」

 

「“慣れ”だと思われます」

 またメイリンのデスクから映像が投げられる。

 グラフは、緩やかに下降している。

「恐怖反応は低下しています。環境適応、あるいは慣れでしょう」

メイリンは、他の映像をいくつかだしながら答える。

「慣れ……」

 白嶺は映像を見ながら呟く。

 

「違います」

「この人、慣れたんじゃありません」

「諦めたんです」

 

 白嶺が手を止める。

 メイリンも一瞬黙る。

 

 モニカは続ける。

「好きな人と話す映像だけ、目線が少し下がってる」

「笑ってるのに、肩が動いてない」

「嬉しい時の笑い方じゃない」

「もう、自分が戻れないことを知ってる人の顔です」


 白嶺とメイリンがNLV-9045の映像を並んで見る。

 メイリンは、左手で登録時データを探す。

「DEX処理は中枢化時に行われています」

 メイリンはデータを見ながら言った。


「この伊東ファリーダさんは確定者と同じ状態でここにいるのでしょう……残酷です」

 モニカは映像から目を逸らした。

「……それでも、この方は毎日笑おうとしていたのですね」

 メイリンは映像を見て呟いた。


「……モニカさん」

「はい」

「以前受け入れた確定者、ヴァネッサさんのデータ履歴と照合して下さい」

「はい!」

 モニカは少し嬉しそうに検索を始めた。

 白嶺は登録データを見つめたまま、小さく呟く。

「DEX処理は正常」

「恐怖反応だけが異常」

「……」

「考えられる要因は一つ」

 白嶺は映像を指先で拡大した。

「意識の核に施された、多重プロテクトです」


「じゃあ……」

「この人」

「現世を全部覚えたまま……」

 モニカの手が止まる。


「ええ」

「この少女は」

「現世を失えないまま」

「天国へ閉じ込められています」


3人は、映像を黙って見ていた。


——————

 

 メイリンは静かにドアを閉めた。

「いかがでしたか」

 神代は窓の外を眺めたまま聞く。

「……想像以上です」

「どちらが?」

「両方です」

 神代は小さく笑う。

「栗山監察官は?」

「監視という言葉を否定しませんでした」

「しかし」

 メイリンは少しだけ考える。

「私の意図を見抜いたようにも感じました」

「そうだろうね」

 神代は振り返る。

「彼はそういう男だから」

一呼吸おいて神代は続ける。

「少し私は怖くなるときもある」


「神代次局長でも、ですか」

メイリンは微笑みながら聞いた。

「私だって一人の人間だ。それほど傲慢ではない」

神代はそう言うと、ゆっくりと目を伏せた。

 

 メイリンは何も言わず、神代のそばへ歩み寄った。

「……少しだけ」

 神代が呟いた。

「はい」

 メイリンは両腕を広げる。

 神代はその胸に額を預けた。

 抱きしめるというより、受け止めるような抱擁だった。

 メイリンの指が、神代の後頭部に静かに触れる。

「大丈夫です」

「君は、いつもそう言う」

「言う必要がある時だけです」

 神代は小さく笑った。

「私は、間違っているのかな」

「間違っているかどうかは、後の時代が決めます」

「厳しいな」

「慰めは得意ではありませんので」

 メイリンは神代を抱いたまま、窓の外を見た。

「ですが」

「あなたが背負っているものを、私は知っています」

 神代は目を閉じた。

「……それで十分だ」 


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