12章 鳳凰は羽根を遺す (3) 静水深流
「待っていたよ。2人とも。ささ、そこにかけてくれ」
次局長はそう言うと、部屋のソファへ案内した。
天井から伸びた接客用ロボットアームが、コーヒーをテーブルに置いた。
「今日、内閣府文明庁より国際中枢化機構から正式に対策本部が、設置されたんだ」
次局長は空間に映像を立ち上げ、公式文書として発行されている画面に切り替えた。
【違法中枢化疑惑に関する特別調査本部の設置】
このように書かれていた。
白嶺たちは黙って聞いている。
「先日話してくれた児童が搾取されている件ね、報告させてもらったら、とうとう上も重い腰をようやく上げてくれることになってね」
次局長は、意気揚々と話をしている。
「違法中枢化は、世界各国で様々な形で問題になっていることは、珍しい話ではないが——」
「良かったらコーヒーも召し上がって、冷めてしまいますよ」
「「いただきます」」
白嶺とモニカはコーヒーを一口飲んだ。
「栗山くんが昨日行った2体のBANREIでの直接アクセス。アレが決め手になったんだ」
モニカは少しうつ向いた。
「データの異変、よく気づいてくれましたね」
「ええ……まぁ」
白嶺は視線を窓に向けた。
「BANREIは各個人所有のプライベート機能だから、会話とかは分からないが、あの時のBANREIの解釈は、なんて言っていましたか」
「……」
白嶺は少し考え答えた。
「私には、ロマンが足りないと」
「先生っ!?」
モニカが慌てて口に出す。
白嶺がゆったりとした民族衣装のような服の隙間から、モニカの二の腕の袖をそっと引っ張る。
「!?」
「ロマン……?」
次局長も驚いている。
「えっと……栗山くん。分かるように説明してもらえるかな」
「端的に言えば、BANREIであっても脳の記憶……意識と言いますか」
「中枢化に繋いだあとの意識のことですか」
「私もそう思いましたが、そこは記憶ではなく、イマジネーションの問題であると話をしました」
白嶺は、モニカの裾を離した。
「そうですね。いまだ、解明できないこともありますしね」
次局長も頷く。
「しかし、栗山くんのBANREIにより、恐らく児童の脳に何らかの異変があることを報告できました」
次局長は立ち上がり、頭を下げた。
「ありがとう」
次局長は頭を上げ、またソファへ座った。
再度次局長はコーヒーを飲む。
「どういたしまして」
白嶺も座ったまま頭を少し下げた。
「あの事件以来……初めて一歩前に進んだ気がします」
次局長は目を潤ませ、鼻をすすった。
「我々はあくまでも公人。権限なんてあっても結局は、上が決めたことを全うするだけです」
「目の前の子どもが、苦しんでいても私たちになにかを決める権限なんてないのが現状でした」
白嶺は次局長を真っすぐに見ている。
「今後は前進できます」
次局長の声に力が入る。
「では、今日私が呼ばれた理由は——」
白嶺は淡々と聞いた。
「おお、そうだった」
次局長は映像を切り替えた。
【違法中枢化特別対策本部 総指揮 栗山白嶺】
「正式に要請されている」
次局長は、嬉しそうに白嶺へ言った。
そのいくつか上の欄には次局長の名前があった。
【違法中枢化特別対策本部 責任者 神代 朔】
「協力してくれるね」
神代次局長は立ち上がり手を白嶺に差し出した。
「ええ、こちらこそ、喜んで」
白嶺も立ち上がり、両手で神代の手を握り、微笑んだ。
「それからモニカさん」
次局長は手を離し、モニカに顔を向けた。
「はいっ」
「引き続き栗山監察官の補佐をお願いします」
「はい!」
「これから、忙しくなると思うけど、共に頑張りましょう。栗山さん」
「はい、頑張りましょう」
「ところで、彼女には会えそうですか」
「……」
白嶺は少し考える。
「どうですかね。雲をつかむような話ですから」
そう答え、会釈をすると次局長室を出た。
————————
「先生、すごいじゃないですか」
「なにがですか」
「なにって、総指揮なんて」
「すごいのですか」
「……」
モニカは少し考える。
「まぁ、迅速な対応を頂けたようなので」
「そうですよ。それだけも滅多にないことですから」
「ヤル気出てきましたね」
「いつもは、ヤル気がなかったのですか」
「先生、そうやって揚げ足とらないの」
モニカは、白嶺の腰を手のひらで叩く。
「そう言えば……」
モニカは思い出したように白嶺に聞く。
「あの時なぜ服を引っ張ったんですか」
「ああ……」
白嶺は少し考える。
「話が逸れそうだったので、つい」
「え〜!私が邪魔すると思ったんですか!?」
「はい」
「そんなことしませんっ!」
「先生じゃあるまいし」
モニカは大きな声で言った。
「神代 朔……」
白嶺は呟くように言った。
「次局長の名前ですか?どうしました?」
モニカは聞き逃さず、反応した。
「おもしろい方ですねぇ」
白嶺の口元がわずかに緩む。
————————
「先生、そろそろお昼ですね」
「そうですね」
「なにか取りますか」
「なんでもいいですよ」
「なんでもって先生……」
ドアが開くと、薄い水色のスーツに身を纏った、細身の女性が立っていた。
「だっ、ぶっ部外者は入室禁止ですよ」
モニカが咄嗟に言った。
「申し遅れました。わたくし、特別対策本部監理統括官 朱 美玲と申します。今後とも宜しくお願い申し上げます」
と、メイリンは一礼した。
「栗山です」
白嶺は、淡々と言い会釈をした。
モニカはフリーズしている。
「ほら、モニカさん、ご挨拶」
「えっ、あぁ、失礼しました」
「文明局天国センター統括補佐 ライラ・モニカ・サントスです。宜しくお願いします」
と、モニカも一礼した。
「って、知っていたんですか先生」
「知りませんよ」
「じゃあなんで落ち着いて……」
「あの、もしよろしければ……」
メイリンは割って入った。
「紹介も含めて食事でも一緒にしませんか」
「あっ是非」
と、白嶺は即答した。
————————
【中華料理 紅蓮亭】
白嶺は店内を見回していた。
赤を基調とした内装。
天井から吊るされた円筒形の提灯。
そして中央には、大きな円卓が並んでいる。
「中華料理店は初めてですか」
メイリンが静かに聞いた。
「はい」
白嶺は頷く。
「来る機会がありませんでした」
料理が運ばれてくる。
店員が円卓の中央を軽く押すと、大皿が音もなく回り始めた。
「……」
白嶺の目が、ゆっくりと円卓を追う。
「先生?」
モニカが笑う。
「そんなに珍しいですか」
「ええ」
白嶺は回る料理を見つめたまま答えた。
「合理的ですね」
「全員が同じ距離になります」
「よく考えられています」
そう言うと、白嶺は回転台をそっと指で押した。
少しだけ速度が上がる。
「先生っ」
モニカは思わず吹き出した。
「遊ばないでください」
「遊んでいません」
白嶺は真顔で首を振る。
「確認です」
メイリンはその様子を微笑みながら見ている。
「栗山監察官、お噂通りのお方ですね」
「そうでしたか」
「噂?」
モニカがメイリンに問いかける。
「ええ、博識でいらっしゃる栗山監察官も、専門を外れるとまるで子どものようだと」
「そんな噂が流れているのですか」
モニカは目を丸くして驚く。
「……ふっ、ふぉく、言われまふ」
白嶺は小籠包の熱さに奮闘している。
ひとしきり食事を食べ終えると、メイリンから話をきり出すような形で始まった。
「最初に、断っておきますが」
「私は、お二人を監視するために呼ばれました」




