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天国白書  作者: 凛1129
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37/41

11章 甘密の鎖 (3) 二柱の遺志

「先生……なんですか。今のは」

モニカの声が白嶺の背後から聞こえる。


白嶺は振り返る。

数秒だけ考えるようにモニカを見つめた。


「モニカさん。行きましょう」

そう言うと、モニカの手を取って部屋を後にした。


「えっ……」

モニカの目が大きく開いた。

 

二人は到着まで終始無言だった。

――ビストロ・ル・コパン。


「この時間やっているんですか」

モニカは少し息をきらせながら白嶺に聞いた。


「この時間はオートモードで出せる料理だけ頼めます」と、答えた。


「そっ、そうですか」

モニカはそう言うと店の椅子に腰をかけ続けた。

「そんなにまずい内容なのですか、あの南米からの中枢化希望者が……」


「そうですね。全ての記録モードにロックが、掛りましたからね」

白嶺は飲み物を映像で注文をした。


「先生、そしてなんでここに?」

「アナログな物が多いほど、AIは少ないので」

「盗聴は違法ですから、そこまで気にしなくても」

「相手は既に普通の人間ではありません」

 

白嶺はメニューを見たまま言った。

「こちらの会話が、どこまで届いているか分かりません」

白嶺は矢継ぎ早にモニカへの質問へ答えた。

そして続けて

「今から話す内容は、全て推測を含みます」

モニカは黙って白嶺を見る。 注文を終えた給仕ロボットが、静かに席を離れていく。 白嶺は、その背中が見えなくなるまで口を開かなかった。

 

「今わかっていることは三つあります」

白嶺は一本指を立てた。

「一つ。リオ・ヴァレンの身体は……」

白嶺は一度言葉を止めた。

「恐らく、私です」

 

二本目。

「二つ。私の年齢は九歳として登録されていました」 「それは、この身体に私が宿ったときから九年経ったという意味なのでしょう」

 

三本目。

「三つ。禁呪の痕跡は以前から見え隠れしていました」

「ただし、そこには何らかの制限があったはずです」 「ですが今回は、その制限を越えてきました」

 

白嶺は指を下ろした。 店内には製氷機の小さな作動音だけが響いていた。

 

「ここからは予想です」

再び白嶺は話し出す。


「モニカさんが、あの場で見聞きしたことは、既に知られていると考えて下さい」

モニカは目を丸くした。



「モニカさんは文明局の後ろ盾を頼ってもらい、時として匿ってもらう必要があります」

モニカは静かに聞く。

「文明局ですか?」

「ええ」

「南米が関わっていると?」

「それも違います」

「では誰が?」


白嶺は首を横に振った。

「まだ分かりません」

「ですが、一つだけ分かることがあります」


モニカは黙る。


「私達が見ている事件は、一人では出来ません」

「一つの組織でも出来ません」

「複数の意思が重なっています」

 

「禁呪による犠牲者が生まれています」


「そんなことを突然言われても……」

モニカはうつ向き答える。


「私が今まで関わってきた中枢化も、ここで一つに繋がります」

 

「——そういうことですか?」

「それじゃ……」

モニカは大きく目を見開き立ち上がった。

 

「モニカさん……一旦落ち着いて下さい」

白嶺はモニカの肩を抑え、ゆっくりと座らせ

「私にだけ見せた」

「それが、一番分かりません」

穏やかに言った。


「どういうことですか」

モニカの目が曇る。

「そこは分かりません」

白嶺は天井へ視線を向けた。

「だから、怖いんです」


「私に、役割が与えられたのかもしれませんねぇ」

モニカは白嶺を見る。

「盤を読む者なのか」

「盤に置かれた駒なのか」

「それだけが、まだ分かりません」


「——冷めますから食べましょうか」

白嶺は微笑みながら言った。

 

——————



文明局本部、次局長執務室。

ノックの音が部屋へ響く。


「失礼します」

「入りなさい」


白嶺が部屋へ入る。

次局長は書類から目を離し、白嶺を見た。


「色々……あったようですね」


白嶺は椅子へ座らなかった。

「本日はお願いがあります」


「どうぞ」

「ライラ・モニカ・サントス補佐官を、文明局の保護対象にしてください」


次局長の表情が変わる。

「理由は」

「推測です」


白嶺は静かに答えた。

「ですが、近いうちに私の周囲で何かが起きます」

「根拠は」

「ありません」

 

「私だけに見せられた情報があります」

「そして、モニカさんも同じ場にいました」


——部屋が静まり返る。

次局長は静かに息を吐いた。


「……分かりました」


「補佐官ライラ・モニカ・サントス」

「本日付で特別保護対象とします」


「ありがとうございます」

白嶺は一礼した。


次局長は椅子へ深く座り直した。


「私からも一つあります」

白嶺は顔を上げる。


「これから身元のはっきりしない中枢化希望者が増えることになりますかね——」


次局長はジッと白嶺を見て聞いている。


「喜ばしいことではない事案であるのは、局も同じなのではと思いましてね」

白嶺は少し微笑んだ。


次局長は苦笑し、

「そこから先、私にも情報はありません」

「トップシークレットってやつです」

と答え、窓の外に目線を向けた。


「私へ降りてくるのは」

「受け入れろ」

「その命令だけですよ」

と、更に続けた。


白嶺は少し考え——

そして静かに言った。


盤根錯節(ばんこんさくせつ)ってところですかね」


「答えに困るな」

次局長は少し笑う。


「真理と審理、いつだって相反するのが、お役所ってものだろう」

と、白嶺に視線を戻し答えた。

 

「——そうですねぇ」

白嶺は少し微笑みソファに腰をかけた。


「悠・ベルナール・松永」

空気が止まる。

白嶺は左手で頭を指で2回叩いた。


次局長は白嶺を見つめたまま動かなかった。

やがて目を閉じる。


「……そうでしたか、佐藤の所で」

次局長は小さく呟く。

「——出来ることなら……」


「特に、憂慮していません」

白嶺は答えた。


「君を知る大人は皆、そう思うはずだ」

次局長は天井を見上げ言った。

暫く天井を見上げていた。

——五秒

——十秒


次局長は、引き出しから一枚のデータを取り出す。

【栗山 白嶺】

【登録年齢 9歳】


「私は、この意味だけは知っています」

白嶺は無言だった。


「悠くんの事件のあと」

「君の脳は中枢化準備状態で、人知れず保管されました」

次局長はゆっくりと言った。

更に続ける。

「ある科学者が君を連れ去りました」

「植物状態で保存されていた子どもの身体」

「そこへ移植された」


次局長はコーヒーを飲み干した。

そして静かに言った。


「栗山なゆた」

白嶺の表情が少しだけ動く。

長い沈黙。

 

「彼女は、君を一人で生かしたわけではありません」

「君を見守るものを、二つ残した」

「——君のBANREIが2つあるのは、そのためです」


白嶺は動かず聞いている。

次局長は更に続ける。


「事件後」

「日本政府は栗山なゆたを死亡扱いとし」

「戸籍を抹消しました」


「脳移植、禁呪は世界条約で禁止」

「これで終わるはずでした」


次局長は目を閉じる。

「しかし」

「栗山なゆたの身柄を引き取った人間がいます」


白嶺が初めて口を開く。

「誰です」


「分かりません」

「当時の私は次局長ではありません」

「引き渡し命令だけが残っていました」


白嶺は静かに目を閉じて言った。

「——繋がりました」



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