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天国白書  作者: 凛1129
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34/38

10章 死線に触れる (3)零れる名

数日後

「はいこれ」

モニカが予約データを白嶺に渡す。

「なんでしょうか」

データを白嶺は見ると“佐藤病院”と映し出されている。

「なぜこれをモニカさんが?」

白嶺は、視線を資料に戻し、聞いた。

 

「私が聞きたいですよ」

「なにをですか」

「大の大人の病院の付き添い?」

「……!?」

 

一瞬白嶺の動きが止まる。


「病院も一人じゃ行けないのですかぁ?」

モニカはニヤニヤしながらコーヒーを白嶺の机に置いた。


「しょうがないから付いて行ってあげますよ」

「一人で迷子になられても困りますし」

白嶺は数秒天井を見上げた。


「それは、次局長からの依頼ですか」

白嶺はまた資料のデータに目を向け、聞いた。


「あら、なんで分かるの?わざわざ局の次局長から来て私もビックリしたよ」


モニカは白衣を脱いだ。

「先生、なんかあったの?次局長と」

「いえ、なにも」

「また、なんかやらかしたんでしょ!?」

モニカは手を広げ、天井を見上げ、自分の机に向かった。


机の引き出しからピアスを取り出す。

「モニカさん、デート前の行動みたいですね」

モニカは机を叩き、大きな声で言う。

「外出の時くらい仕事忘れたいだけです」

「そうですか」

「それだけです」

モニカの動きは早くなり、足音も大きくなる。

「先生、準備出来たら行きますよ」

「もう来るのですか」

白嶺は背もたれに身体を預け、少し姿勢を正す。


「そのために予定を空けたんです」

「そうですか」

「そうです」


モニカは鞄を掴む。

「あと先生」

「はい」

「付き添いじゃありませんから」

「?」

「違いますから!」

「何がですか」

「全部です!」

モニカはそう言い残し、モニカは先に行った。


――――――――

数分後。

「待ってたよ。佐藤病院 院長の佐藤です」

「でしょうね」

「ちょっ、先生」

「恐れ入ります。文明局救済課天国センターのライラ・モニカ・サントスです」

モニカは白嶺の腰を叩き、自己紹介をした。

「栗山 白嶺です」

白嶺は、少し会釈をした。


「おたくの次局長から伺っています。どうぞこちらへ」


古い本が沢山棚にある部屋に案内された。

「今どき珍しいですね」

辺りを見回した白嶺が言った。


「えぇ、まぁ趣味です。紙の本ってなんか良いものがありまして」

「どうぞそこにお掛けください」

佐藤院長は椅子に手を向ける

「はい。では」

「そちらの付き添いの方もどうぞ、そちらへ」

「はい。ありがとうございます」


モニカはドア脇の小さな椅子に座った。


「お話は恐らく、一部、次局長さんが言える範囲というのでしょうか」

「依頼内容は記憶の改善」

「ただし異変があれば直ちに中止」

「命に関する場合は医療センターへ緊急搬送」


「命に?」

モニカが反応する。

「ええ、栗山さんにもBANREIは搭載されていると思いますが、局のデータも入っているのはライラさんと聞いていますので」

白嶺は黙って聞いている。

「それでも、記憶障害の改善治療を行いますか」

佐藤院長は白嶺をじっと見て言った。

「概ね検討はついているつもりです」

白嶺は淡々と答えた。

「検討!?」

「えぇ」

モニカは眉をひそめている。

「では何故!?」

「証明です」

佐藤院長は目を丸くする。

そしてデータを再度確認する。


「命の……」

佐藤院長は言いかけたが止めた。

「そういうことです。始めて下さい」

「そうですか」

佐藤は視線を白嶺から外さず答えた。


午前中の気持ち良い風が窓から入って来る。

草木の匂いが、部屋の中を通り過ぎた。


「では、説明をさせていただきます」

佐藤院長は空中の映像を指で動かした。

脳の立体映像がゆっくり回転する。


「まずは昏睡状態にさせていただきます」

モニカが眉をひそめた。

「昏睡?」


「昏睡と言っても麻酔のようなものではありません」

佐藤院長は映像を拡大する。

「深い眠りにつくような感じです」

窓から入った風で、 机の上の花が揺れる。


佐藤院長は引き出しから細い電極を取り出した。

銀色の針のようにも見える。

「そこにある電気信号のようなものを送り込みます」

モニカは思わず身を乗り出した。

「それを頭に?」

「ええ」

佐藤院長は肩を竦める。

「かなり微弱ではありますが」


「そうすると記憶に変化が感じられる()()もあります」


「つまり確実ではないと」

モニカが口を挟む。


「そこは微妙な部分で、人によるってことです」

佐藤院長は後頭部を掻いた。

「再現性は七割ってところでしょうか」

「七割!?」

モニカの声が大きくなる。

佐藤院長は苦笑する。

「だから研究所なんですよ」


「一般の統計で老衰や、乳児には使えないってことですね」

佐藤院長は白嶺を見る。

「流石、次局長が過保護に扱うわけだ」


 白嶺は黙って映像を見ていう。

「特殊な私では、統計にない」


「まあ、一応注意点として聞いてもらえればいいかな」

佐藤院長は、また後頭部を掻く。


「問題ありません、是非お願いします」

白嶺は深々と頭を下げた。


――――――――――

 佐藤院長は奥の扉を開けた。

診察室の奥に、もう一つ部屋があった。

白い壁。窓はない。

中央に、簡素なベッドが一つ。

ただ、その周囲だけが古い病院と釣り合っていなかった。


細い透明なアームが天井から何本も下がっている。

先端には、銀色の薄い膜のような電極がついていた。

壁際の装置には、脳波のような線が静かに流れている。


「ここで行います」

佐藤院長は言った。

白嶺はベッドに横になった。


モニカはすぐ横に立つ。

「本当に大丈夫なんですか」


「大丈夫とは言っていません」

佐藤院長は端末を操作する。

「中止できるようにはしてあります」


天井のアームが音もなく動いた。

電極が白嶺のこめかみ、額、首筋へ近づく。

触れた瞬間、薄い光が皮膚の下をなぞるように走った。


モニカの指が、白嶺の袖を掴む。

「先生」

「はい」

「戻ってきてくださいね」

白嶺は少しだけ目を向けた。

「努力します」

「そこは約束してください」


佐藤院長が小さく息を吐く。

「始めます」

部屋の照明が一段落ちた。

壁の線がゆっくりと同期していく。

音が遠くなる。

モニカの声も。

佐藤院長の端末を叩く音も。

風の匂いも。


――――――


「おい」

少年……?

「聞いてる?寝てたんじゃないの?」

「先生に言っちゃおうかなぁ」

「早く帰ろうぜ」


「おいっ!マタンキ鳴ってるぞ」

「だってお前のBANREI金玉じゃん」

子ども……子ども達の笑い声


ノイズが走る。

眼の前が銀色に変わる。


「中御門くんどうして……」

これは……俺?

「痛っ」

「もう帰りたい」


「――もう少し」

「痛っ」

「歩ける?ちょっと歩いてみて」

「もう、無理。ママを呼んで」

 

「ママってかぁ……ママを呼んで……ママを呼んでかぁ……うっ……あぁぁ」

 

「寒い……」

 

「おぉ、お前って奴はどこまでも……ハァ……ハァ」

 

「許して……なにか僕がしたんなら謝るよ……」


「謝る!俺にか!?どうしてお前は俺をこんなに……こんな思いに……最高だ!お前っ!」

 

「男の子同士でキスはしちゃいけないんだよ」


「我慢できるかっ!ほら腕出せっ!」


「痛い、もうやめて」


白嶺は目を閉じる。

ノイズが走る。


「ほらっ聞いているか?」


「少しでも感じろ」

女性……?

 

「いいか?これは素晴らしいことなんだ」

「諦めはしない」


声……俺は声を出せない!?

少年は……?

中御門……くん?

俺は……


「お前なら出来る!」



「うっ重い……」

「息苦しっ……」

白嶺は呟いた。


酸素マスクに暗闇の部屋。硬いベッド。

医療BANREIが機械に繋がり、浮かび上がる映像に数値が映し出されている。

そして覆い被さっているモニカ。


間もなくすると医療従事者の男と見られる黒人の職員が入って来た。

「おおっ!意識戻っちゃったか?」

と小さな声で言った。


「お兄さん2回目だって?」

「意識今も大丈夫」

白嶺は無言で頷く。

「まぁ命に別状はないけど一応個室〜」


白嶺の耳元に顔を近づけ

「もう少し意識戻るの遅かったら、良いもの見れたかもしれなかったのに、賭けは俺の負けだっ」

職員はニヤけた顔で、白嶺についている配線を外していった。


すると、モニカが起きる。

「えっ!?えっ!?」

モニカは勢いよくベッドから飛び起き壁際に行った。


「お姉さんも寝ちゃうんだもんなぁ」

「結構良いところまでいったのに」

職員はニヤニヤしながら首を振った。


「あ、そうだ」

男は突然振り返る。

「まだ名乗ってなかったな」

白嶺のベッドへ近づく。

「マーカスだ」

「よろしく、お兄さん」

大きな手を差し出した。

白嶺は数秒見つめる。

そして握手した。

「栗山白嶺です」

「知ってる」

マーカスは笑った。


「で、お姉さんも――」

マーカスは手を差し出した。

「よろしく」

「嫌です」

「早っ」

「嫌です」

「二回言った!?」


「お兄さん」

マーカスは白嶺を見る。

「なんとか言ってくれよ」

「私に聞くのですか」

「おう」

「無理ですね」

「なんでだよ」

白嶺は少しだけ首を傾げた。

「心当たりがあるのでは?」

「うっ」

マーカスは固まる。

モニカは顔を覆ったままだ。

「お兄さんまで俺の敵かぁ?」

マーカスは白嶺の顔に指を指す。


「しっかし」

マーカスは白嶺の手首のベルトを外しながら言った。「お兄さんもあそこで起きるとは思わなかったなぁ」

「いきなり、数値が回復したからびっくりだけどよ?」


マーカスは大袈裟に手を広げ肩を竦める。

「俺だったら絶対起きない」

マーカスはニヤリとした。

「何の話ですか」

白嶺が聞く。

「いやいやいや」

職員は白嶺を見る。

モニカを見る。

もう一度白嶺を見る。

「うん」

「これは俺の口からは言えないな」


モニカが勢いよく振り向く。

「言ったら殺します」

「ほらな」

マーカスは笑った。

モニカはただじっと動かず、顔を手で覆い隠していた。


「その辺にしてあげなさい」

どこか温かい低い声が聞こえる。


「栗山さん、僕を覚えていますか」

「佐藤院長先生です」

「やはり特に問題はなかったですね」

「はい……」

白嶺は静かに答える。


「問題!?充分ありましたっ!いきなり脳波が乱れて緊急で運ばれて……それで……」

モニカが怒り任せに言った。


「モニカさん」

白嶺は微笑みながら

「少し静かに」

と、止めた。

「あっ……すいません、先生」


「そうですね。あのときはビックリしましたよね」

佐藤院長は優しく答える。

「僕も一応医者なのでね、データだけ持ってきました」


佐藤院長はBANREIからデータを写し出す。

「この脳波だけ見ると、終始緊張感が生まれています。見てわかりますよね」

佐藤院長は映像を白嶺の前に持ってくる。


「はいっココですね」

佐藤院長は映像を指を向ける。


「そして、異常値に達しましたので、医療センターに自動で……ここですね。発信されました」

「はい……」

「かなり負荷がかかっていたと思います」

「その内容を覚えていますか」

「これだけ負荷が掛かると、現在の記憶にも支障きたす場合がありますので」

佐藤院長は、ゆっくりと説明する。

「はいっ、記憶しています」

「なにか意識の中でわかったことはありますか」


白嶺は数秒答えなかった。

一瞬だけモニカの顔を見る。

モニカも白嶺の視線に合わせる。

 

「院長先生」

「はい」

「きっと私の名前は……」

「本当の名前は……」


「はいっ。落ち着いて。大丈夫ですよ。無理に答えなくても」


白嶺は佐藤院長の顔を見る。


「僕の名前は、悠・べレナール・松永です」

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