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天国白書  作者: 凛1129
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33/39

10章 死線に触れる (2)綻びの鍵

チェロとの通信終了後。

モニカと白嶺は送られてきた資料を再確認していた。


「植物状態の子供……」


モニカは端末を操作する。

「まずリオ・ヴァレンの身体をもう一度調べましょう」

「そうですね」

白嶺も頷いた。

モニカがリオのデータを呼び出そうとした瞬間。

画面が止まった。

赤い警告文が表示される。


【権限不足】


「……え?」

モニカの手が止まる。

再度呼び出す。

同じ。


「おかしい」

モニカが首を傾げ目を細める。


数分後。

文明局本部から回線が入る。

映し出されたのは事務的な表情の職員だった。


「栗山監察官。モニカ補佐」


「何でしょう」

モニカが答える。

「リオ・ヴァレン氏の遺体につきまして」

「ご遺族様の希望により、本日付で火葬・埋葬手続きが行われます」


部屋が静かになる。

「待ってください」

モニカが言う。


「再調査案件です」

「必要な手続きは終了しています」

「まだ確認していない項目があります」

「ご遺族様の希望です」

職員は繰り返した。

通信が切れる。


「怪しいですね」

モニカが呟いた。

白嶺も頷く。

「怪しいですね」


翌日。

白嶺はヴィクターを呼び出した。

自動ドアが開く。

珍しくヴィクターは笑っていなかった。

 

白嶺は即ヴィクターに話しかける。

「リオ・ヴァレンについて調べていただけませんか」


ヴィクターはソファーに腰をかけるなり、葉巻に火をつける。

「断る」

即答だった。


白嶺は瞬きをした。

「理由を伺っても?」


「そもそも客人が入っきてきた瞬間に依頼ってどういうことだよ」

煙を吐きながらヴィクターは不機嫌そうな顔で言った。


「それは、それは失礼。あなたに礼節のことを言われるとは思いもしませんでした」

白嶺は少し微笑んだ。

 

「栗山」

ヴィクターはソファーの肘掛けにもたれかかる。


「前にも言った筈だ。その件はやめろ」

「なぜです」

「命が関わる」


部屋が静かになる。

「私のですか」

「全員だ」


ヴィクターは立ち上がった。

「俺がお前を殺すことにならないようにだ」

葉巻を灰皿へ押し付ける。

火が消えても指を離さない。


互いに視線を外さない。


「考えときな」

それだけ言うとヴィクターは少しだけ微笑み、振り返えり出口へ向かう。


扉の外でモニカとすれ違った。

ヴィクターは立ち止まる。

「おい、ねーちゃん」

ヴィクターは呼び止めた。

「何?」

呼称が気に入らない顔を全面に押し出して答えた。

「あいつを止めろ」

モニカは両手を広げ苦笑した。

「無理よ」

「だろうな」

ヴィクターは去って行った。


静寂。

モニカは白嶺を見る。

「先生」

「何でしょう」

「お役所は所詮お役所よ」

椅子に腰掛ける。

「正しいことが通るわけじゃない」

「臭い物には蓋をする」

「責任を取らないために」

「面倒を避けるために」

「そういう組織よ」


白嶺は天井を見上げた。

「そういうものですか?」


「そういうものよ」

モニカはペンを回す。

途中で止める。

また回す。

「引かなければいけない時もある」


 白嶺は黙る。

そして首を傾げた。

 

「――そうでしょうか」


モニカは嫌な予感がした。


 数日後

文明局本部、次局長の執務室。

次局長はモニターを見たまま固まっていた。

映し出されているのは自分だった。


少年。

そして複数の違法映像。

顔から血の気が引く。


「どこで……」


「皆様もお持ちのBANREIです」

白嶺は微笑んでいた。

「消してください」

「リオ・ヴァレンの調査権限をください」

「脅迫だぞ」


「そうですね……」

白嶺は数秒天井を見上げる。

「脅迫です」


次局長の指が端末の上で止まった。

画面の中の少年を見て、唇だけがわずかに動く。

声は出なかった。

数秒後、彼は端末を伏せるようにしてモニターを落とした。


「やはり来たか」

「?」

男は引き出しから一枚のデータを取り出した。

静かに白嶺へ向ける。

そこに数々のデータが表示されていたが。


【栗山 白嶺】

【年齢 9歳】


白嶺の視線が止まる。

「……」

男は目を閉じた。

「いつか綻びが解けることは分かっていた」

白嶺は何も言わない。

 

男は続けた。

「君の身体から見てあり得ないだろう?しかし登録は9歳だ」


「それは……」

白嶺はモニターから目を話さず言葉にしようとする  

「私の口からは言えない」

次局長が遮る。

「この件とリ……」

「それも言えない」

更に遮る。


次局長は、一度目を閉じ、大きく息を吐いた。 

「言えない。そんな私の性癖がバレるくらいで言わなくて済むならそこから先は、好きにしなさい」


「人質の心理をよくわかっていらっしゃる」

白嶺は目線を変えぬまま言った。


長い沈黙。

そして最後に言った。

「一応言っておく」

男はネクタイを緩めた。

「やめておけ」


数秒後、

次局長は顔を覆った。


「私もダメな部分はあっても一応大人だ」


次局長は椅子に腰を掛けため息をつく。

窓の外を見たまま動かない。

指で机を二度叩く。

三度目を叩こうとして止めた。

 

「佐藤病院」


白嶺の視線が始めて次局長に向く。

次局長は映像でその病院を出す。


「街医者だよ。佐藤はただの大学の同級生。研究所というほうが近いのかな。患者は看ているようだが……」

「先に断っておくが、この件には全く関係はない」

次局長は窓の外に目を向ける。

白嶺は視線を動かさずじっと聞いている。


「ただ、記憶障害やPTSDの緩和だったりと看ているようだ」

次局長は淡々と話す。


「それが解決になるかどうかはわからない」

「大人である以上、多くの人間が悲しいと思うこと」

「辛いだろうと共感すること」


「こんな男でも、やはりそれは感じる」

「そしてそれは文明局の意思でもある」

次局長は白嶺に視線を戻しハッキリと言った。


うつ向いた白嶺はゆっくりと問う。 

「文明局……の?」

「そうだ。公人だからな」

「それと……」

「言っても分からんさ」


次局長はまた窓の外を見る。

「知っての通り診察を受ければ、記録は残る!」

「つまり俺がしてやれるのはそこまでだ」


白嶺は黙って聞いている。


「これ以上、脅迫されるやつを止める」

「一人を犠牲にして百人を救うってやつだ」

次局長は微笑みながら言った。


「ありがとうございます」

白嶺は深々とお辞儀をし、次局長室を出た。


窓の外では、沈みかけた太陽が街を赤く染めている。


文明局の白い壁も、無機質な廊下も、

今だけは同じ色だった。

白嶺は一度だけ窓の外へ目を向ける。

そして何も言わず歩き出した。


長く伸びた影だけが、その後を追っていた。



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