9章 追憶 (1) 第二の白界
ある日Proyecto Cielo南米人格保存機構から文明局天国センター宛に連絡があった。
『栗山監理官 Proyecto Cielo、マルセロ・チェロ・バルデス様に繋ぎます』
映像が立ち上がると、野太い声が聞こえる。
「白嶺、最近調子はどうだい」
南米人格保存機構の責任者チェロは、陽気に言った。
「普通ですよ」
白嶺はチェロが映し出された映像の前に椅子を滑らせ移動した。
「今日はどのようなご要件で」
白嶺は淡々と言いながら他の映像を落としていく。
「そうだな。事件だ」
さっきまで笑っていたチェロは、口を閉じ厳しい顔で見ている。
「白嶺のところで見つかったバグ、そちらでは白界状態と呼んでいたアレだが、こちらの機構でも同様のケースが見つかった」
白嶺の動きが止まる。
そして黙って聞いている。
「特定の音声に反応するってことは今の所ないが、調べていくと妙なこと、つまり、相違をみつけたんだ」
白嶺はコーヒーを取り、飲みながら黙って聞いている。
「結論から言えば、中枢化したのは消息不明となっていた、あるマフィアの脳だ」
「つまり身体、戸籍は本人だが、脳だけ違ったと」
白嶺は言った。
「流石、白嶺。理解が早いじゃないか」
チェロが陽気な笑顔に戻る。
「俺たちも運ばれてこれから天使になるヤツの脳が誰のものかなんて調べないもんな」
「脳移植は禁呪ですからね」
白嶺は薄っすらと笑い答えた。
「昨日は麻薬王の脳だ。今日は死人の脳だ。明日は大統領かもしれねぇな」
「そっちは朝か?」
「午後です」
「こっちはラムがうまい時間だ」
チェロはなにかを一気に飲み、答えた。
「死んだマフィアの脳なんざ珍しくもないが、生きてるはずのマフィアの脳が出てきたのは初めてだ」
白嶺はコーヒーを置いた。
「リオ・ヴァレンの身体か」
白嶺は呟いた。
「なんだって?」
チェロは大きな声で聞き直した。
大きな声に少しだけ怪訝な表情を出したがすぐに元に戻り白嶺は言った。
「いえ、ありがとうございますチェロさん。貴重な情報でした」
「そっちもなんか新しいこと分かったら教えてくれ。こっちゃあいないはずのマフィアの脳だっていうんで警察やら検察がわんさか来やがって、めんどくせえんだよ。情報が欲しい。頼むな」
チェロは親指を立て、映像は消えた。
数秒。
コーヒーを一口飲んだ。
白嶺は背もたれに身体を預け天井を見て息を静かに吐いた。
チェロとの通信が切れた後、中央監視室に静寂が戻った。
白嶺はデータを呼び戻し検索をかける。
「リオ・ヴァレンの脳と身体の相違点」
高速で流れる検索結果を目で追う。
白嶺は天井を見た。
「……くそ」
冷めたコーヒーを飲みほす。
数分間、沈黙。
ふと机を見ると、白嶺の端末が置いてある。
白嶺はくるりと椅子を回し背を向けた。
数秒後。
「アーカ」
赤い光が空間に現れた。
少し遅れて金色の光も浮かぶ。
『二時間四十七分』
アーカが言った。
『今回は早い』
「何の話だ」
『諦めるまで』
白嶺は目を細める。
「諦めてません」
口調が戻る。
『なら調べろ』
即答だった。
「何をですか」
アーカは空間に浮かぶリオ・ヴァレンの名前を見る。
『全部』
「雑ですね」
『雑ではない』
青い光がゆっくり移動する。
「今度はリオ・ヴァレンの出身地へと?」
白嶺はため息をつきながら言った。
『45点』
白嶺は天井を見る。
『脳移植』
『白界』
『身体』
『全部ある』
『足りないのは確認だ』
白嶺は黙る。
エオンが割り込んだ。
『少し休憩したら?』
『不要』
『必要よ』
『不要』
二つの光が睨み合う。
白嶺は額を押さえた。
「うるさいですね」
アーカは続ける。
『身体を見ろ』
「身体?」
『南米は見つけた』
『だから分かった』
『日本は見ていない』
白嶺の視線が止まる。
『中枢化した』
『だから終わった』
『そう思い込んでいる』
『日本らしい』
「……」
『リオ・ヴァレンの身体は残っている』
『確認する』
アーカはリオのデータを映し出し、アクセスする。
『通常照会では出ない』
『深層へ入る』
「許可した覚えはありません」
『必要ない』空間に保管記録を呼び出す。
『解析まで75秒』
白嶺は背もたれに身体を預けた。
『違う』
「……!?」
『身体が違う』
「脳移植ということか」
『60点』
「……!?」
白嶺はアーカを睨む。
「脳の持ち主は」
『本人だ』
「からっ……」
白嶺は言葉を途中で止める。
手を口元に置き、左上に視線が向く。
沈黙が数秒続く。
「なぜ、データを消す必要があった」
『ふふっ、よく止まったな』
『続けていたら帰ろうかと思ったよ』
「ちっ」
怪訝そうな表情があからさまにでる。
『想定通りだ』
『お前は順番を間違えている』
「何をですか」
『リオを調べている』
『違う』
『身体を調べろ』
白嶺。
「身体?」
アーカ。
『身体には名前がある』
「だから消されて……」
白嶺は止まる。
白嶺の視線が、空間の端に残っていた音声ログへ動く。
テレシア・松永。
白界で、唯一ノイズを生んだ声。
「テレシア……」
『理解が遅くイライラするわ』
白嶺は動かない。
視点は合わず考えている。
『では行け』




