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天国白書  作者: 凛1129
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7章 連関の系譜(3) ゴーストリンク

挿絵(By みてみん)

震える手。

紙コップに入ったコーヒーが揺れる。


モニカは自動ドアの前で立ちすくむ。


「普通に」

小さく呟く。


自動ドアが開いた。


「!?」


白嶺が立っている。


「お、おはようございます」

モニカの声が震える。

「はい。おはようございます」

白嶺は答えた。

「今日は京都へ行きます。支度してください」


「きょ、京都ですか」

モニカの声が上ずる。

「はい」

白嶺は端末から視線を上げる。

「少し気になることがありまして」

そして少し笑った。

「よろしくお願いしますね」

モニカは視線を逸らした。

「……はい」


 東京から京都までは二十八分だった。

かつて新幹線と呼ばれた線路の上を、今は真空リニアカプセルが走っている。

乗車券も改札もない。BANREIが本人認証を済ませると、白嶺とモニカの前に個室カプセルの扉が開いた。


「モニカさん。今日はいつもより綺麗な服ですね」

白嶺はおもむろに言った。

モニカは慌てた様子で答えた。

「特に理由はありません。ただ、職場ではないので」

モニカは下を向く。

白嶺は少しだけ微笑む。


「それより先生、京都のどちらへ向かうのですか」

モニカは駅弁を開けながら白嶺に聞いた。

「京都市立御所南小学校です」

「以前2年生までいたという小学校ですか」

「えぇ」

「なにをしに」

「――自分、探し?」

「自分探し!?」  

白嶺はぼんやりと外を見ながら、モニカの駅弁に入っていた鮭を摘み、当然のように口へ運んだ。


「えっ?」


モニカは箸を止める。


「だから乗る前に先生もいりますかって聞いたじゃないですか」

思わず声が大きくなる。

白嶺は鮭を飲み込んでから、ようやくモニカを見る。


「少しは戻りましたね」

「何がですか」

「緊張です」

「……!」


モニカは言葉を詰まらせる。

白嶺はまた窓の外へ視線を戻した。


「その方が助かります。京都では少し歩きますから」

「……勝手に人の鮭食べないでください」

「はい。次は聞きます」

「次も食べる気なんですか」

モニカは唇を噛み、駅弁をかき込むように食べ始めた。


 京都市立御所南小学校。

白嶺は校門の前で立ち止まった。


校門脇には古びた石碑がある。

文字だけは百年以上前と変わらない。


白嶺はしばらく校舎を見上げた。


風が吹く。

校庭の木々が小さく揺れた。

隣でモニカが周囲を見回す。


「本当に残っていたんですね」

「えぇ」


白嶺は短く答えた。

校門を抜ける。

その瞬間だった。

「…………あの記憶」

「先生?」


モニカの声で意識が戻る。

「どうかしましたか」

「いえ」

白嶺は首を振った。

「少し既視感があっただけです」


そして校舎に足を運んだ。


 受付の職員は、白嶺から提示された文明局認証を見てすぐに姿勢を正した。


「失礼いたしました」


職員は慌てて端末を操作する。

白嶺は何も言わない。

アーカが認証を完了している。

本人確認も申請書も必要なかった。


文明局。

それだけで十分だった。

数分後。

二人は教育資料保管室へ案内されていた。


職員が離れた瞬間。

「先生」


モニカの声が低くなる。

「なんですか」

白嶺は学校の端末を見ている。

「今の完全に権限使いましたよね」

「使いました」

即答だった。


モニカは思わず周囲を見回した。

「目的も分からないのに?」

「はい」

「はいじゃありません」


 白嶺は首を傾げる。

「調査のためです」

「何の調査ですか」

「それを調べに来ました」


「だから!」

モニカは額を押さえた。


「先生、自分でも何を探しているか分かってないんですよね?」

「えぇ」

「なのに文明局の権限使ったんですか?」


「使えるので」


モニカは数秒黙った。

「先生」

「はい」

「そういうの、普通は駄目なんですよ」


白嶺の指が止まる。

天を見上げ少し考え答えた。

「そうなんですか」


「今知ったんですか!?」

資料室にモニカの声が響いた。


白嶺は静かに資料へ視線を戻す。

「勉強になります」

「絶対反省してませんよね」

「しています」

「してません」


白嶺は答えず、古い教育記録をめくり始めた。


20分ほど経ち白嶺は端末を閉じ、奥の部屋に足を運んだ。

そこには卒業アルバムと書かれた紙媒体の物が、何百冊といった数が、綺麗に保管されていた。


モニカの顔がほころぶ。

「日本ではこういうのが小学校にはあるのですね」

モニカは、1番奥にある古いアルバムを開いた。

「!?白い?先生、白いアルバムもありますよ」

カラーが当たり前、白黒画像も当たり前のようにカラーで見ることが普通である今、モニカは驚き喜んでいる。


白嶺はじっと卒業アルバムを見ていた。

数秒後、新しい卒業アルバムから順に見始めた。


先生。

生徒。

閉じてはしまい、次に古いアルバムを開いては、閉じる。


モニカはゆっくりと、過去のアルバムを珍しそうに読んでいる。

 

「まさか」

白嶺は大きなで声をもらした。

「えっ、先生どうしました。自分探しできましたか」


白嶺はモニカへの質問には答えない。

「……栗山」

「やっぱり自分もいたんですか。でも2年生?」

「資料端末をこちらへ」

「えっ、学校のですか」

「急いでほしい」

「はいっ、わかりました」

モニカは少し動揺し、先程の資料室から端末を持ち、白嶺に渡した。


空間に広がる学校の資料と卒業アルバムを交互に見ている。

「ない」

「なにがですか」

「いない」

モニカは白嶺の見ている卒業アルバムに目を向けた。


「――栗山?」

1人の女性、恐らくこの学校の教員と思われる人の苗字が白嶺と同じであった。

「先生、探している人はこの人ですか」

白嶺は答えない。

学校の資料を文明局からアクセスを変え再度検索をかけている。


モニカも黙って見ている。

「どういうことだ」

白嶺は呟いた。

悲しそうな目をする白嶺。

手を口に持っていき、動かないモニカ。


「うっ!」

白嶺は頭を押さえ、足が崩れる。

「先生?」

モニカが駆け寄る。

「先生!」


白嶺の端末から金色のBANREIが空中へ飛び出す。

    

『緊急医療プロトコル起動』

金色の光核が白嶺を走査する。

 

『心拍数 一四七』

『血圧 一九一/一一五』

『呼吸数 三十二』

『血中酸素飽和度 九七』

『外傷なし』

『脳活動異常上昇』

『記憶領域への高負荷アクセスを検出』


モニカのBANREIであるミネルヴァも起動する。

二つの光核が高速同期を開始した。


『文明局医療ネットワーク接続』

『緊急搬送申請』


 その直後。

空間へ医療管制AIの音声が割り込む。


『患者BANREI識別番号を送信してください』


金色の光核エオンが即座に応答する。

『BANREIコード エオンより発信』 

『患者 栗山白嶺』

『文明局天国センター管理者』

『神経学的異常反応を確認』

『緊急搬送を要請する』


数秒の沈黙。

そして。


『患者BANREI識別番号を送信してください』


同じ音声だった。

『識別番号なし』

即答だった。


資料室が静まり返った。

モニカは顔を上げる。

「……え?」


『再確認』


『患者BANREI識別番号を送信してください』

『識別番号なし』


医療管制AIが沈黙した。

〇・七秒。

一・二秒。


『優先回線を開く』

医療管制AIの音声が流れ、高速で対応が始まる。


『識別不能個体を確認』

『特別管理対象』

『最優先対応へ移行』

『識別不要』

『神経医療班出動』

『医療ドローン発進』

『到着予測 五十八秒』


モニカの顔色が変わる。

「……あり得ない」

モニカの手が震える。

 

 先進国でBANREI番号を持たない人間など存在しない。

まして文明局職員。

まして天国センター管理者。


だが、医療管制AIは問題にしてなかった。

まるで最初から知っていたみたいに。


『患者応答消失』

『GCS8』

『GCS5』

『GCS3』

『意識消失を確認』


「先生!」


モニカは白嶺の肩を抱く。

白嶺はもう返事をしなかった。

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