7章 連関の系譜(2)双つの残響
モニカはベッドへ飛び込んだ。
三秒。
五秒。
十秒。
やがて足をばたつかせ。
「うぅぅぅぅ……」
情けない声が漏れる。
誰も見ていない。
仕事中の自分が見たら卒倒するような今。
天国センター統括補佐。
冷静沈着。
合理的判断。
部下からの信頼も厚い。
そんな評価を受けているモニカが、今は毛布にくるまって悶えている。
目を閉じる度、勝手にあの時の事が映像として何度も何度も蘇る。
顔。
近付いてくる距離。
首に残る手の感触。
そして――。
「だぁぁぁぁ!」
モニカは枕へ顔を押し付けた。
「いやっ!」
何度も思い出している。
『心拍数が上昇しています』
ベッド脇に淡い薄紫色の光が現れる。
モニカは反射的にクッションを投げた。
「出てこないで!」
クッションは光をすり抜ける。
『相談要求を検知しました』
「してない!」
『本日二十七回目です』
「数えない!」
光核は静かに揺れた。
今の時代、一部の国を除き、誰もがバンレイを持っている。
正式名称はBANREI。
日本と中国が共同開発した、個別支援型行政AIである。
開発当初の名称は「伴霊」
人生に伴う霊。
古い資料には、そんな説明が残っている。
だが今では、漢字でそう書ける者の方が少ない。
出生登録と同時に一体ずつ付与され、医療記録、納税情報、教育履歴、労働記録、犯罪予防データまで統合管理されBANREIの名は親がつけることがほとんどである。
表向きの目的は、医療最適化と犯罪防止。
だが実際には、脱税、身元偽装、不正受給、無登録労働を防ぐための行政把握装置でもあった。
もっとも、生まれた時からBANREIと共に育つ人間にとって、それは監視装置ではない。
学校でも職場でも、リタイア後の生活でも、常にそばにいる。
進路相談もする。
恋愛相談もする。
今晩のおかずも聞く。
悩みは共有され、社会全体で支えられる、それが当たり前の時代だった。
『嫌いになりましたか?』
モニカは答えない。
『会いたくありませんか?』
答えない。
『担当変更を希望しますか?』
「嫌っ!」
目を見開き部屋に残る自分の言葉にモニカは驚く。
一瞬の間をあけ、モニカは毛布を頭から被った。
『そうですか』
優しい声。
「ミネルヴァ、黙って」
モニカの補助AIの名前を呼ぶ。
『では……今は、考えなくて大丈夫です』
「大丈夫じゃない」
『大丈夫です』
「最低っ」
『そうかもしれません』
「変態なのよ」
『そうかもしれませんね』
「意味分かんないのよ」
『そうですね』
モニカは毛布の隙間から顔を出した。
「なんで全部肯定する?」
ミネルヴァは答える。
『モニカ……本当は答えを知っているからですよ』
無音の空間が生まれる。
『推奨行動を更新しました』
「聞いてない」
『現在の最適解です』
モニカは毛布の中から片目だけ出す。
『何事もなかったように接してください』
「は?」
『通常業務を継続』
『態度変更なし』
『距離変更なし』
『追加行動なし』
『感情分析保留』
モニカは顔をしかめた。
「それでいいの?」
『はい』
即答だった。
『現時点では』
「現時点では?」
部屋が静かになる。
『はい』
「その先は?」
少しだけ沈黙。
そしてミネルヴァは答える。
『情報不足です』
『現時点で結論を出す合理性がありません』
『そのため推奨しません』
モニカは天井を見上げる。
「逃げてない?」
『違います』
『保留です』
『逃避と保留は異なります』
『モニカ』
「なに」
『明日も普通に出勤してください』
『それが現在の最適解です』
部屋が静かになる。
モニカは毛布で顔を隠した。
――――――――――
天国センター中央監視室。
空間そのものが、異常な数の情報で埋め尽くされていた。
論文。
診療記録。
脳波データ。
監視映像。
白界実験。
神経接続ログ。
数千。
数万。
数十万。
普通の人間なら一生かかっても読み切れない量のデータ。
白嶺の視線が高速で動く。
情報が整理され、関連性が繋がる。
近づけては、横に。
また近づけては不要な情報が消える。
まるでAIだった。
空間に残ったのは三つの名前。
リオ。
テレシア。
なゆた。
白嶺は椅子へ深く座り込む。
「……くそ」
珍しく悪態をつき、しばらく沈黙する。
そして白嶺は諦めたように天井を見上げた。
「アーカ」「エオン」
返事はない。
白嶺は目を細める。
「聞こえてるんだろ」
青い光が現れ、少し遅れて金色の光も現れた。
『三時間十一分』
薄っすらと青く光輝くアーカが言う。
『今回は粘ったな』
「数えるな」
『数えるよ』
エオンが被せるように答え少し笑った。
『頑張ったじゃないか』
青く輝くアーカは白嶺の頭上に移動する。
白嶺は、頭上に移動したアーカを、露骨に嫌そうな目で見た。
「その言い方はやめろ」
『なぜ?』
「知らん、だが気分は悪い」
アーカは興味なさそうに三つの名前を見る。
『なるほど』
『やっとそこまで辿り着いたか』
「何がだ」
『七十点』
「だから何の点数だ」
『お前のだ』
白嶺は額を押さえる。
『……で?』
アーカが続ける。
『何が分からない』
白嶺は三つ目の名前を差した。
なゆた。
その瞬間。
空間へ警告表示が現れる。
閲覧権限不足。
アクセス制限。
情報保護。
白嶺は眉をひそめた。
「なんなんだこれ」
アーカは即答した。
『怪しい』
「雑だな」
『雑ではない』
「!?」
アーカは移動しながら言う。
『隠され』
『読めず』
『封鎖』
『以上』
白嶺は思わず笑った。
「小学生か」
『小学生でも分かる』
アーカはいう。
『動け』
『現場へ行け』
『人に会え』
『調べろ』
『お前なら出来る』
白嶺は目を細める。
『生まれから追え』
「は?」
『人間を調べる時はそうする』
『親』
『学校』
『所属』
『研究』
『交友』
『死』
『順番だ』
白嶺の真横にいる金色の球体であるエオンが口を開く。
『京都へ行くの?』
「……多分な」
『危険なら帰りなさい』
アーカが即座に反論した。
『帰るな』
『最後までやれ』
『中途半端が一番駄目だ』
『お前は出来る』
『だから行け』
エオンは譲らない。
『無理はしないで、答えより命の方が大事よ』
『違う、答えだ』
『命よ』
『答えだ』
二つの光が睨み合う。
白嶺は大きくため息を吐いた。
「なぜ私だけ2匹いるのだ」
背もたれに白嶺は身体を預け、天井を見上げた。




