表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天国白書  作者: 凛1129
PR
15/38

4章 Cinderella’s Final Moments(4)欲望

 朋子は健太郎へ抱きついていた。

行為は終わった後だった。


 薄暗い寝室。

 乱れたシーツ。

 古いエアコンの音。


 中年夫婦の部屋。

健太郎は眠そうに欠伸をしている。

若い頃より腹が出た。

髪も減った。

途中で息が上がる。

朋子は、そんな健太郎を選んだ。

時刻は23:52。


あと8分。

480秒……


 部屋の隅にはタイマーが浮かんでいる。

健太郎には当然見えない。


「健太郎さん」

「んー?」

眠そうに返事をする。

朋子はさらに身体を寄せた。

「大好き」

健太郎は少し笑う。

「なんだよ今日」

「うん」

「やたら素直だな」

照れ臭そうに笑う健太郎。


朋子は、 そんな人生が好きだった。


00:05:31


タイマーが目に入る。

終わる。

朋子の呼吸が少し乱れ始める。


「健太郎さん」

「ん?」

「愛してる」


健太郎は吹き出した。

「だからどうしたんだよ今日」

笑っている。

だが朋子は笑えない。

怖かった。


 もっとこの男と、 くだらない日常を続けたかった。朋子は健太郎の胸へ、さらに顔を埋めた。


コンビニへ行って。

テレビ見て。

スーパーの半額弁当で笑って。

途中で終わるセックスして。

隣で寝る。


それだけ。


白嶺は無言でモニターを見ていた。

珍しく白嶺の顔の筋肉に力が入っている。


白嶺が無意識に眉をしかめる。

数値を何度も確認する。


だがこの中年女性は違う。

人生をやり直そうとしない。

夢も望まない。

ただ、 古びた記憶を繰り返す。


【DNR-600552 幸福度99%】


数値は上がり続けている。

白嶺は初めて、 薄気味悪さを感じる。

理解できない幸福だった。


00:02:14


朋子はさらに健太郎強く抱きついた。

「お、おい苦しいって」

健太郎は笑った。

朋子は震えていた。

「健太郎さん」

「なんだよ」

健太郎は苦笑いを浮かべる。

「ありがとう」

「急にどうしたんだよ。変だぞ」

「ありがとう」

「だから何なんだよ」

健太郎は困ったように笑う。


朋子はタイマーを見る。

00:01:03


言葉がまとまらない。

終わる。

この人が消える。

この時間が消える。


「健太郎さん」

「ん?」

「大好き」

「えぇぇぇ」

「大好き」

「わかったって」

「怖い……」

「怖い……?」


朋子の腕に力が入る。

健太郎は少し黙った。

そして照れ臭そうに、 朋子の頭を撫でた。


「……俺も」


その瞬間。

朋子の顔が崩れる。


00:00:21


「健太郎さん」

「ん?」

「大好き」

「おう」

「大好き」

「おう」

「ありがとう」

「どうしたんだよほんと」

健太郎は困惑している。

意味がわからない。

だが、 それでも朋子は優しく強く抱きしめた。


00:00:09


朋子は叫ぶように抱きついた。

「大好き!」

健太郎が驚く。

「お、おう」

「大好き! 大好き!」

涙が溢れる。

「ありがとう! 大好き!」


綺麗な言葉は出てこない。

 

ただ、言葉だけが響き渡る。

00:00:05

「健太郎さん!」


00:00:04

「大好き!」


00:00:03

「愛してる!」


00:00:02

「ありがとう!」


00:00:01

「大……」


映像は停止した。

モニターには、 中年の男女が抱き合う姿だけが残る。


時間表示は、

0000:00:00.0000

静止した世界。


モニカは涙を流していた。

「幸福値が……下がらない……」

モニカは嗚咽を堪えながら呟く。


白嶺は何も言わない。

ただ、 画面を見続けていた。


 白嶺はゆっくりモニターを閉じた。

そして隣にいたモニカの手を握った。


 モニカは驚いた顔で白嶺を見る。

「なぜ……」

白嶺はただモニターを眺めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ