4章 Cinderella’s Final Moments(4)欲望
朋子は健太郎へ抱きついていた。
行為は終わった後だった。
薄暗い寝室。
乱れたシーツ。
古いエアコンの音。
中年夫婦の部屋。
健太郎は眠そうに欠伸をしている。
若い頃より腹が出た。
髪も減った。
途中で息が上がる。
朋子は、そんな健太郎を選んだ。
時刻は23:52。
あと8分。
480秒……
部屋の隅にはタイマーが浮かんでいる。
健太郎には当然見えない。
「健太郎さん」
「んー?」
眠そうに返事をする。
朋子はさらに身体を寄せた。
「大好き」
健太郎は少し笑う。
「なんだよ今日」
「うん」
「やたら素直だな」
照れ臭そうに笑う健太郎。
朋子は、 そんな人生が好きだった。
00:05:31
タイマーが目に入る。
終わる。
朋子の呼吸が少し乱れ始める。
「健太郎さん」
「ん?」
「愛してる」
健太郎は吹き出した。
「だからどうしたんだよ今日」
笑っている。
だが朋子は笑えない。
怖かった。
もっとこの男と、 くだらない日常を続けたかった。朋子は健太郎の胸へ、さらに顔を埋めた。
コンビニへ行って。
テレビ見て。
スーパーの半額弁当で笑って。
途中で終わるセックスして。
隣で寝る。
それだけ。
白嶺は無言でモニターを見ていた。
珍しく白嶺の顔の筋肉に力が入っている。
白嶺が無意識に眉をしかめる。
数値を何度も確認する。
だがこの中年女性は違う。
人生をやり直そうとしない。
夢も望まない。
ただ、 古びた記憶を繰り返す。
【DNR-600552 幸福度99%】
数値は上がり続けている。
白嶺は初めて、 薄気味悪さを感じる。
理解できない幸福だった。
00:02:14
朋子はさらに健太郎強く抱きついた。
「お、おい苦しいって」
健太郎は笑った。
朋子は震えていた。
「健太郎さん」
「なんだよ」
健太郎は苦笑いを浮かべる。
「ありがとう」
「急にどうしたんだよ。変だぞ」
「ありがとう」
「だから何なんだよ」
健太郎は困ったように笑う。
朋子はタイマーを見る。
00:01:03
言葉がまとまらない。
終わる。
この人が消える。
この時間が消える。
「健太郎さん」
「ん?」
「大好き」
「えぇぇぇ」
「大好き」
「わかったって」
「怖い……」
「怖い……?」
朋子の腕に力が入る。
健太郎は少し黙った。
そして照れ臭そうに、 朋子の頭を撫でた。
「……俺も」
その瞬間。
朋子の顔が崩れる。
00:00:21
「健太郎さん」
「ん?」
「大好き」
「おう」
「大好き」
「おう」
「ありがとう」
「どうしたんだよほんと」
健太郎は困惑している。
意味がわからない。
だが、 それでも朋子は優しく強く抱きしめた。
00:00:09
朋子は叫ぶように抱きついた。
「大好き!」
健太郎が驚く。
「お、おう」
「大好き! 大好き!」
涙が溢れる。
「ありがとう! 大好き!」
綺麗な言葉は出てこない。
ただ、言葉だけが響き渡る。
00:00:05
「健太郎さん!」
00:00:04
「大好き!」
00:00:03
「愛してる!」
00:00:02
「ありがとう!」
00:00:01
「大……」
映像は停止した。
モニターには、 中年の男女が抱き合う姿だけが残る。
時間表示は、
0000:00:00.0000
静止した世界。
モニカは涙を流していた。
「幸福値が……下がらない……」
モニカは嗚咽を堪えながら呟く。
白嶺は何も言わない。
ただ、 画面を見続けていた。
白嶺はゆっくりモニターを閉じた。
そして隣にいたモニカの手を握った。
モニカは驚いた顔で白嶺を見る。
「なぜ……」
白嶺はただモニターを眺めていた。




