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天国白書:2Re:Light  作者: 凛1129
記憶
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(3)紅の日食

挿絵(By みてみん)

 ヴィクターから依頼を受けた翌日、白嶺はモニタールームで候補者のデータを確認していた。


 求められているのは二十五歳前後の健康な男性で、神経疾患の既往がなく、高い運動能力を備えていること。条件だけなら単純に見えるが、身体能力が高くても過去に神経障害があったり、遺伝子補正の副作用が残っていたりと、すべてを満たす者は意外に少ない。


 何人目かの候補者を除外したところで端末に来訪者通知が入り、白嶺は作業の手を止めた。


【中枢化事前契約 火星移住計画参加者】

【リオ・ヴァレン 二十四歳】

【火星生活圏基盤整備計画 第一次建設隊】

【出発予定日 七月七日】


 火星移住計画の参加者には、《開拓者優先中枢化制度》が適用される。事故などで死亡した場合、通常の待機手続きを省略して中枢化へ移行するため、出発前に正常な脳波や記憶構造、人格基準データを保存しておく必要があった。


 白嶺は端末を閉じ、同じ階にある契約室へ向かった。


 七月四日、日曜日。


 壁面ガラスの向こうでは夏の都市が熱で白く滲み、地表冷却プレートが道路の下で淡く点滅している。地上を歩く者は少なく、人々の多くは空調管理された地下通路や空中回廊を利用していた。


「先生」


 後ろから追いついたモニカが、二つ持っていた紙コップの片方を差し出した。


「ありがとうございます」


「今回は火星組の優先枠です。契約だけじゃなく、事故時の復元に使う基準データまで取りますからね」


「死ぬことを前提にした優遇制度ですねぇ」


「相変わらず言い方が悪い」


 モニカは呆れたように返してから、契約室の方へ目を向けた。


「リオ・ヴァレン、二十四歳。もう来ています。火星へ行く三日前とは思えないくらい楽しそうでしたよ。先生とは少し話が合うかもしれません」


 白嶺は受け取ったコーヒーを一口飲んだ。


「それは失礼ですねぇ」


「どっちにですか?」


 そんな話をしているうちに契約室へ着き、自動ドアが二人の前で開いた。


 室内には金髪の青年が一人で座っていた。火星移住計画の白い訓練服に、日焼けした肌。長い脚を組んでいた青年は白嶺を見るなり立ち上がり、明るく笑った。


「おお、本物だ。白嶺先生ですよね」


「本物、ですか?」


「事前説明で見ました。事故ったら先生のところへ送られるって」


「随分と縁起の悪い紹介ですねぇ」


「でも、死んだ後に会う人の顔が分かってると、逆に死ぬ気がしないんですよ」


「では、私とは二度と会わない方がいいですね」


「そのつもりです」


 リオは笑いながら手を差し出し、白嶺もそれに応じた。


 ◇


 契約手続きと同時に全身スキャンが始まり、天井から降りた光がリオの身体をなぞっていく。神経伝導、脳活動、遺伝子情報、人格波形まで順番に記録され、数十秒ほどで基準データの取得は完了した。


 スキャンを終えたリオは自分の手を開き、感覚を確かめるように軽く握り直した。


「不思議ですね。本人より機械の方が、身体のことを詳しく知ってる」


「気になりますか?」


「逆です。自分の主観より信用できますよ」


 その答えに、端末を操作していた白嶺の指が止まる。


「二十四歳にしては、随分達観していますねぇ」


「火星へ行くなら、死ぬ可能性くらいは考えますよ。死ぬつもりはありませんけど」


「怖くはないんですか?」


「怖いですよ。でも、見たことのない景色の方が気になる。だから行くんです」


 そう言って笑うリオの顔を、白嶺は数秒眺めてから端末へ視線を戻した。


「興味深いですねぇ」


「褒めてます?」


「観察対象としては」


「ひどいな」


 その後も手続きに問題はなく、すべての契約を終えたリオは席を立った。出口まで行ったところで一度だけ振り返り、先ほどと変わらない笑顔を白嶺へ向ける。


「もし死んだら、よろしくお願いします」


「その時は歓迎しますよ」


「それじゃ困るなぁ」


 最後まで笑ったままリオが契約室を出ていくと、モニカは取得したデータを確認しながら白嶺へ話しかけた。


「やっぱり変わった人でしたね。でも、嫌な感じはしなかったでしょう?」


「そういうものですか?」


「人の目を見て話すし、冗談も通じるし、無理して怖くないふりをしてる感じもしなかったですから。普通に無事で帰ってきてほしい人ですよ」


「なぜです?」


「いい人そうだったからです」


 白嶺は端末から顔を上げ、モニカを見た。


「それだけですか?」


「それだけじゃ駄目ですか?」


 白嶺はすぐには答えず、モニカの顔を数秒眺めてから「なるほど」とだけ返し、契約室を出た。


 ◇


 個室へ戻った白嶺は、リオの診断結果を再び開いた。


 身体と神経に異常はなく、運動能力と認知能力はいずれも火星移住者の中でも高水準にある。人格波形にも大きな乱れはなく、ヴィクターから提示された年齢、健康状態、神経系、運動能力の条件と照らし合わせても、ほとんど外れる項目がない。


 白嶺はヴィクターの依頼条件とリオの診断結果を並べ、何度か表示を切り替えながら確認していった。


 条件は合っている。


 新しい送信画面を開くと、宛先にはヴィクター・ヴォルコフの名が入り、添付欄へリオ・ヴァレンの基準診断データが表示された。


【宛先 ヴィクター・ヴォルコフ】


 本文には何も入力しないまま、白嶺は送信ボタンへ指を移した。


『普通に無事で帰ってきてほしい人ですよ』


 開いたままの扉の向こうから聞こえてきたモニカの声に、指が止まる。


 先ほど契約室を出ていったリオの笑顔が頭に浮かんだ。


『いい人そうだったからです』


 白嶺は廊下の方へ一度だけ顔を向け、それから再び画面へ視線を戻した。


 送信ボタンの上には、まだ指がある。


 数秒後、その指が画面へ触れた。


【送信完了】


 リオ・ヴァレンの診断データが、ヴィクターの端末へ転送される。


 白嶺は送信済みの表示をしばらく眺めていたが、やがて何も書かれていない本文欄ごと画面を閉じた。

クソだるい人間ドッグが進化した!?

設定資料 

https://x.com/i/status/2075061581873099064

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