第94話:硝煙と鐘の狭間
第94話をお読みいただきありがとうございます!
今回は、アレン・クラウス・黒鐘卿の三つ巴戦です。
銃火を道標にする業火流『硝煙ノ灯』、そして黒鐘卿が告げる第零鐘の新たな危機に注目していただけると嬉しいです。
ごぉん。
三度目の鐘が鳴った。
音ではない。
意味そのものが、石造りの通路に染み込んでくる。
眠れ。
忘れろ。
膝を折れ。
その命令は、魔力の刃よりも薄く、毒よりも静かに心へ入り込もうとした。
だが、アレンの足は止まらない。
胸の奥にある空白が、鐘の意味を呑み込み、形をほどいていく。痛みも、眩暈もない。ただ、ひどく不快な泥水を踏んだような感覚だけが残った。
「相変わらず、気色悪い鳴らし方をしやがる」
アレンは和泉守兼定を抜いた。
白刃が、薄暗い通路に冷たい線を引く。
同時に、クラウスの魔導小銃が火を噴いた。
乾いた破裂音。
魔導弾が鐘鳴りの兵の頭部を撃ち抜き、着弾と同時に青白い爆発を起こす。石壁が震え、黒い残滓が飛び散った。
「対象一体、破砕」
「いちいち数えんな。気が散る」
「戦闘記録は生存率を上げる」
「口数を減らせばもっと上がるぜ」
返事の代わりに、クラウスは二発目を撃った。
その射線は、鐘鳴りの兵を貫きながら、わずかにアレンの肩口をかすめる角度だった。
試している。
こいつは黒鐘卿を撃ちながら、同時にアレンの反応速度を測っている。
アレンは舌打ちし、半歩だけ身を沈めた。弾丸の火花が頬の横を通る。その光の軌道が、暗い通路に一本の線を描いた。
(銃火の道筋。見えりゃ、斬れる)
兼定の刃に、硝煙の臭いを帯びた赤黒い炎が走る。
業火流『硝煙ノ灯』。
アレンは弾丸の火花を道標にし、射線を逆に辿るように踏み込んだ。鐘鳴りの兵の爪が横から来る。だが、その爪が振り下ろされるより早く、兼定が肩口から胸までを一息に裂いた。
黒い兵が崩れる。
その向こうで、黒鐘卿が指揮杖を傾けた。
「火線反応、良好。銃撃への適応速度、想定以上」
「観察してんじゃねえ」
アレンは瞬歩で距離を詰める。
だが、黒鐘卿の前に鐘型の結界が落ちた。黒い鐘の輪郭が半透明に浮かび、兼定の刃を受け止める。
硬い。
ただの防壁ではない。斬れば斬るほど、こちらの殺気を鐘の内側へ吸い上げ、反響に変えようとしてくる。
「アレン。そこに長く触れるな」
クラウスの声が飛ぶ。
「命令するな」
「警告だ。精神干渉型の反射壁だ。貴様の殺意を記録媒体に変換している」
「先に言え」
アレンは刃を引く。
直後、クラウスの影から獣じみた腕が伸び、鐘型結界を横から殴りつけた。鈍い衝撃。結界が一瞬だけ歪む。
その歪みに、アレンは刃を差し込んだ。
天然理心流、平突き。
黒い鐘の縁が、薄氷のように割れる。
だが、黒鐘卿の本体には届かない。半身だけの影が、さらに壁の奥へ沈んでいく。
「興味深い。帝国式物量による外圧と、虚孔観測者の一点突破。相性は不良。しかし結果は有効」
「勝手に組ませるな」
アレンとクラウスの声が、ほぼ同時に重なった。
黒鐘卿は仮面の奥で笑ったようだった。
「同調否定も記録します」
ごぉん。
四度目の鐘。
今度は命令ではない。
映像だった。
通路の壁に、白鐘療養院の地下で見たような黒い水晶片の像が浮かび上がる。そこに刻まれた文字が、じわりと滲んだ。
原型適合率、再更新。
帝国式兵装干渉、追加。
第零鐘、競技場主導管へ仮接続。
アレンの眼が細くなる。
「主導管だと?」
黒鐘卿の半身が、壁の中へ沈みながら告げる。
「表の競技は継続してください。歓声、緊張、羨望、嫉妬。大規模感情流は、鐘にとって良い燃料となります」
クラウスが三発撃った。
弾丸は黒鐘卿の影を貫く。
だが、手応えはない。
残響だけだ。
「逃がすか」
アレンは兼定を低く構えた。
肉体のバネを一点へ集める。
絶空・平突き。
見えない気魄の衝撃が、赤黒い火を巻き込みながら通路を走った。黒鐘卿が沈みかけた壁面が、鐘の形ごと大きく裂ける。
仮面の一部が砕けた。
黒い破片が床へ落ちる。
だが、黒鐘卿の本体はすでにそこにはいない。
「損傷、許容範囲。観測継続」
声だけが残り、黒い波紋は消えた。
通路に静寂が戻る。
残ったのは、砕けた鐘鳴りの兵、硝煙の匂い、そして床に落ちた黒銀の仮面片だけだった。
クラウスは銃口を下げない。
アレンも兼定を納めない。
二人の間に、再び冷たい間合いが生まれる。
「第零鐘という語を知っているか」
クラウスが問う。
「知ってるように見えるか?」
「見える。貴様は今、反応を殺し損ねた」
アレンは小さく笑った。
「お前もな。帝国式兵装干渉って言葉に、眉が動いたぜ」
沈黙。
互いに一歩も引かない。
だが、今ここで斬り合う時間はない。
表の競技場では、歓声がさらに大きくなっている。
大規模感情流。
鐘にとって良い燃料。
黒鐘卿の言葉が、耳に残る。
アレンは兼定を鞘へ戻した。
「クラウス。撃ち合いは後だ」
「合理的判断だ」
「気が合ったみたいに言うな。虫酸が走る」
クラウスは葉巻の灰を落とした。
「目的地は同じだ。競技場主導管」
「なら、遅れるなよ」
アレンは振り返らずに走り出した。
表の拍手が、今は鐘の前触れに聞こえる。
ルシアンがいる。
フェリスがいる。
リナも、セレナも、シオンもいる。
あの華やかな競技場を燃料にされるわけにはいかない。
アレンの黒い瞳に、静かな怒りが灯った。
次に斬るのは、鐘そのものだ。
第94話をお読みいただきありがとうございました!
今回は、剣と銃と精神鐘が同時にぶつかる閉所戦闘を書くのがなかなか大変でした。
特に、クラウスの銃撃をアレンが逆に利用する場面は、アレンらしい実戦感を出せたと思います。
黒鐘卿も相変わらず嫌な観測者として動いてくれました。
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