↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
92/136

第92話:影は単独で動く

第92話をお読みいただきありがとうございます!


今回は、アレンの単独調査回です。

審査水晶の不可測反応を受けて、彼がルシアンのそばを離れ、ひとりで裏側を探っていきます。

表の大会と裏の潜入、その温度差を楽しんでいただけると嬉しいです。

 競技場の歓声は、まだ熱を帯びていた。


 ルシアンの満点演技に沸いた観覧席では、貴族たちが口々に感想を交わしている。褒める者、悔しがる者、さっそく家の者に伝令を走らせる者。華やかな拍手の裏で、いくつもの思惑が同時に動き出していた。


 だが、アレンの視線はそこにはなかった。


 審査水晶に一瞬だけ走った黒い筋。


 そして、アレンの影だけを拾った不可測の表示。


 あれは偶然ではない。


(水晶そのものが勝手に俺を見たんじゃねえ。誰かが、俺を見させた)


 アレンは完璧な執事の顔を崩さぬまま、ルシアンの背後へ戻った。


「上出来です、ルシアン様。しばらくは、他の生徒たちの競技をご覧になっていてください」


「……アレン?」


 ルシアンは小さく目を細めた。


 声には出さない。だが、彼はすぐに察したらしい。


 今のアレンが、競技の余韻に浸る顔をしていないことを。


「何か見つけたんだね」


「少々、裏の設備を確認して参ります」


「一人で?」


「一人の方が足跡が残りません」


 ルシアンは一瞬だけ迷った。


 だが、すぐに穏やかな笑みへ戻る。


「分かった。表は僕が持つ」


「ええ。お願いします」


 それだけで十分だった。


 フェリスが柱の陰からわずかに動く。追うつもりだ。アレンは視線だけで止めた。


 フェリスの琥珀色の瞳が、不満そうに細まる。


 だが、彼女もまた、自分の役目を理解していた。ルシアン様の背後から離れない。それが今、最も優先される護衛任務だ。


 アレンは観客の拍手に紛れ、音もなくその場を離れた。


 中央競技場の裏手には、出場者用の通路、審査員用の控室、魔導具の管理室へ続く石造りの回廊がある。


 表の華やかさとは別世界だった。


 壁は冷たく、床には清掃用の水気が残っている。遠くで響く歓声が、分厚い石壁に吸われて鈍く歪んでいた。


 アレンは足を止め、壁際に指を這わせた。


 わずかな焦げ跡。


 魔力の匂いではない。


 鉄と油、そして乾いた火薬に似た、学園の魔導具にはない臭い。


(帝国式の部品か)


 断定はしない。


 だが、クラウスの持つ魔導小銃と似た機械油の気配があった。


 アレンは黒誠の柄に指を添えたまま、回廊の奥へ進む。


 審査水晶制御室。


 扉の前には学園職員が二人立っているはずだった。だが、今は誰もいない。床には、眠り薬を吸わせたような薄い甘い匂いが漂っている。


 死体はない。


 血の匂いもない。


 ただ、仕事をしているはずの者だけが、綺麗に消えていた。


「手際がいいな」


 アレンは扉へ耳を寄せた。


 中に呼吸はない。


 だが、紙を擦るような音が一つ。


 カリ、カリ、と。


 何かが記録を削っている音だ。


 アレンは鍵穴を見た。破壊された跡はない。正規の鍵か、もしくは鍵穴に触れずに開けた。


 黒誠を鞘ごと抜き、扉の下の隙間へ差し込む。


 魔力殻を叩くのではない。


 内側の留め具に、ほんのわずかな衝撃だけを流す。


 カチリ。


 扉が開いた。


 部屋の中央には、競技場の審査水晶と連動する副鏡が浮いていた。透明な円盤の裏側に、黒い虫のような小さな器具が貼りついている。


 金属の脚。


 細い針。


 そして、王国式とは違う角張った魔力回路。


(こいつが、俺の影を拾わせたのか)


 アレンが近づいた瞬間、その器具が赤く明滅した。


 証拠を焼くつもりだ。


「遅え」


 黒誠の先端が、器具の脚を押さえた。


 燃え上がろうとした魔力が、神木烏木に触れた途端、形を失ってしぼむ。黒い虫のような器具は、じたばたと震えた後、音もなく動きを止めた。


 その時、部屋の奥に置かれた書類棚の影が、ぬるりと揺れた。


 人影。


 灰色の作業服を着た、学園職員らしき男が、無言で窓へ向かって跳ぶ。


 アレンの身体が消えた。


 瞬歩。


 男の手が窓枠へ触れるより早く、アレンの指がその肩を掴む。


「逃げるなら、足音くらい殺せ」


 次の瞬間、男の身体がぐにゃりと潰れた。


 肉ではない。


 中身のない紙の人形だった。


 衣服も、髪も、皮膚も、薄い魔導紙が重なった偽物。人間そっくりに見せかけた囮だ。肩を掴まれた衝撃で形を保てなくなり、床にぱらぱらと崩れていく。


 アレンは眉をひそめた。


「本体は最初から外か」


 床に落ちた紙片の一つに、黒い刻印があった。


 円ではない。


 四角を積み上げたような、無骨な紋。


 王国貴族の魔法陣ではない。黒の円卓の呪印とも違う。もっと機械的で、感情のない記号だった。


 アレンは紙片を白手袋越しにつまみ、懐紙に包む。


 その直後、遠くの競技場から新たな歓声が上がった。


 表の大会は、何事もなく続いている。


 ルシアンは表で笑っているだろう。


 フェリスはその背後で警戒している。


 シオンはガラルドを守り、エレノアはおそらく今頃、異常を察して目を光らせている。


 ならば、裏は自分の仕事だ。


 アレンは動かなくなった黒い器具を外し、紙人形の残骸と共に懐へしまった。


(帝国か。黒の円卓か。それとも、両方に餌を撒いてる別の馬鹿か)


 答えはまだ出ない。


 だが、分かったことは一つある。


 この大会は、もう競技だけでは終わらない。


 アレンは制御室の窓から競技場を見下ろした。


 歓声。


 拍手。


 七色の魔法旗。


 そのすべてが、今はひどく薄っぺらい幕に見える。


「さて」


 アレンは静かに黒誠を腰へ戻した。


「誰が釣れるか、試してやるか」


 完璧な執事の笑みを顔に貼り付け、アレンは再び歓声の裏側へと消えていった。

第92話をお読みいただきありがとうございました!


今回は、派手な戦闘ではなく、アレンが痕跡を読みながら単独で動く格好よさを意識しました。

ルシアンが何も言わずに任せるところ、フェリスが追いたいのに護衛を優先するところも、それぞれの信頼が見える場面だったと思います。

黒い観測器具と紙人形の囮が、次にどう繋がるのかも見守っていただけると嬉しいです。


続きが気になる!と思ってくださった方は、ぜひブックマークや広告下の【☆☆☆☆☆】での評価で応援をよろしくお願いします!

皆さんの熱い一票をお待ちしております!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。