第88話:魔法競技大会と、神童の挑戦
第88話をお読みいただきありがとうございます!
今回は、学園恒例の魔法競技大会へ向かう回です。
虚孔の謎が残る中でも、学園には学生らしい大行事が近づいてきます。
ルシアンとアレンの久々の手合わせへの流れにも注目していただけると嬉しいです。
虚孔を巡る検証は、アレンの内側にさらに深い疑念を残していた。
測定不能の器。
凍らぬ空白。
黒の円卓が「原型」と呼んだ理由。
そのどれもが、学園の地下に薄暗い影を落としている。
だが、聖アイビス国立魔法学園という場所は、いつまでも暗い顔で立ち止まることを許さないらしい。
翌朝。白亜の講義棟には、いつもの学究的な静けさではなく、どこか浮き立つような熱気が満ちていた。
廊下を行き交う学生たちは、口々に同じ言葉を交わしている。
「今年の魔法競技大会、王族の方々もいらっしゃるらしいぞ」
「他国の貴族も招かれるんでしょう? 下手な魔法を見せたら家の恥だわ」
「辺境伯の騎士団関係者まで来るって聞いたぞ。実戦評価も兼ねているんじゃないか」
その会話を耳にしながら、アレンはルシアンの私室で紅茶を淹れていた。
窓の外では、すでに大会用の魔法旗が校庭に立てられ始めている。属性ごとに色分けされた旗が風を受け、まるで戦場前夜の陣幕のように揺れていた。
「ルシアン。廊下が妙に騒がしいが、何かあるのか」
二人きりの部屋で、アレンはいつもの執事口調を外して尋ねた。
机に向かって書類を読んでいたルシアンは、顔を上げて柔らかく笑う。
「ああ、もうそんな時期か。近いうちに、学園恒例の魔法競技大会が開かれるんだ」
「魔法競技大会?」
「簡単に言えば、生徒たちがこれまで学んできた魔法を披露し、競い合う大会だよ。属性別の演技、実戦形式の模擬戦、魔力制御の精密課題、集団戦術の試験。学年や専攻ごとにいくつか部門が分かれている」
「ずいぶん派手だな。学び舎の行事というより、軍の品評会に近い」
アレンがそう言うと、ルシアンはくすりと笑った。
「実際、半分はそういうものだね。この学園にいる生徒たちは、将来、王国の騎士になったり、各地の領主や当主になったりする。つまり国家の宝だ。王族や有力貴族が見に来るのは当然として、他国の貴族や辺境伯の関係者まで顔を出す」
「他国まで?」
「表向きは友好と交流。けれど本音は情報収集だろうね。どの家の子がどの属性に秀でているか。どの生徒が次世代の戦力になるか。どの家と縁を結ぶべきか。そういう目で見られる」
アレンは紅茶をカップへ注ぎながら、窓の外の旗を見た。
(どの世界でも、若い連中の腕比べの裏では、大人どもの情報戦が動くわけか)
派手な行事の皮をかぶった、国家間の腹の探り合い。
学園の生徒たちが胸を躍らせる一方で、その背後には貴族社会の算盤と、各国の思惑が絡んでいる。
アレンは少しだけ口元を歪めた。
「面倒な祭りだな」
「君ならそう言うと思ったよ」
「だが、お前の実力なら、多くの貴族が泡を吹いて倒れるだろうな」
ルシアンはカップを受け取り、楽しそうに目を細めた。
「それは買い被りだよ。僕より優秀な生徒もいる」
「いるのか?」
「いる、と思うことにしておこうかな。慢心はよくないからね」
「殊勝なことで」
「でも、正直に言うと、負けるつもりはないよ」
穏やかな声だった。
だが、その奥には、確かな自負がある。
公爵家の神童。多重魔法を自在に操り、戦場でも冷静に全体を見渡せる少年。
アレンは、その横顔を見て、ふっと笑った。
「そういう顔は嫌いじゃねえ」
「なら、一つ頼みがある」
ルシアンはカップを置き、まっすぐアレンを見た。
「大会前に、僕と手合わせしてほしい」
室内の空気が、わずかに変わった。
アレンの三白眼が、すっと細まる。
「俺とか」
「うん。君とだ」
「相手を間違えてねえか。俺は魔法の審査員じゃないぞ」
「分かっているよ。でも、君ほど実戦の怖さを教えてくれる相手はいない。僕の魔法が、綺麗な演技で終わっていないか。実戦の間合いで通じるか。それを確かめたい」
ルシアンは少しだけ懐かしむように笑った。
「君と本気で向き合ったのは、ずいぶん前だ。まだ、僕が君の力を測ろうとしていた頃だね」
アレンの脳裏にも、懐かしい光景がよぎる。
まだ互いの距離が今ほど近くなかった頃。
ルシアンは貴族の神童として、アレンは魔力なき平民として、互いの底を探っていた。
あれから、随分と遠くまで来た。
スラムの泥。
王宮の審問。
学園の陰謀。
白鐘療養院の地下。
生きるか死ぬかの場面をいくつも潜り抜け、今や二人は主従であり、相棒だった。
そのルシアンが、自分から手合わせを望んでいる。
アレンの胸の奥で、久しく眠っていた稽古前の熱が、じわりと燃えた。
「いいぜ」
短い答えだった。
ルシアンの顔が明るくなる。
「本当に?」
「ああ。ただし、泣き言は聞かねえぞ。大会前だからって、ぬるい稽古にするつもりはない」
「望むところだよ。僕も、今の君にどこまで通じるか知りたい」
「今の俺に、か」
アレンは腰の黒誠へ視線を落とした。
学園内での手合わせなら、兼定を抜くわけにはいかない。使うのは黒誠。神木烏木で作られた、魔力を叩き斬る木刀だ。
だが、ルシアン相手なら、単なる手加減にはならない。
彼の多重魔法は、並の魔法使いとは速度も精度も違う。詠唱の隙を突けば終わるような相手ではない。風で距離を調整し、火で視界を奪い、土で足場を崩し、同時に防壁を重ねてくる。
きっと、面白い。
アレンの口元に、獰猛な笑みが浮かんだ。
「ルシアン。場所は?」
「第三訓練場を押さえてある。エレノア教授にも立ち会いを頼むつもりだ。たぶん、面白がってすぐ来るよ」
「見世物にされるのは趣味じゃねえが、教授がいれば怪我の処置は早いか」
「怪我をする前提なんだね」
「しない稽古に意味はねえ」
ルシアンは困ったように笑った。
「君らしいな」
アレンは盆を片付け、窓の外へもう一度視線を向けた。
魔法競技大会。
王族、他国貴族、辺境伯、各家の思惑。
そこには必ず、表の華やかさと裏の情報戦が同時に存在する。
だが、今だけは少し違った。
難しい陰謀も、黒の円卓の影も、虚孔の謎も、一瞬だけ遠のいていた。
目の前にあるのは、ただ一人の相棒との手合わせ。
かつて底を測り合った少年が、今度は自らの力をさらに磨くため、アレンの前に立とうとしている。
ならば、応えない理由はない。
「大会前の肩慣らしだ。俺が、お前の魔法の甘いところを全部叩き潰してやる」
「頼もしいね。じゃあ僕は、君の間合いを少しでも崩してみせるよ」
二人は静かに笑い合った。
主従であり、相棒であり、互いの力を誰よりも知る者同士。
その手合わせが、学園中を巻き込む魔法競技大会の前触れになるとは、まだ誰も知らない。
ただ、アレンの胸には確かな高揚があった。
久々に、ルシアンと真正面からやれる。
その事実だけで、鬼の血は静かに熱を帯び始めていた。
第88話をお読みいただきありがとうございました!
今回は、重い事件の余韻から少し空気を変えて、学園イベントのワクワク感を出す回でした。
ただの大会ではなく、王族や他国貴族も絡む情報戦の場でもあるところが、この学園らしいですね。
ルシアンがアレンに手合わせを申し込む場面は、二人の相棒感と信頼が出せて楽しかったです。
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