第75話:第二接触と、黒い礼拝堂
第75話をお読みいただきありがとうございます!
今回は、黒の円卓からの「第二接触」が発動する回です。アレンの虚孔、過去の喪失、そして黒誠を使った逆探知が見どころになります。
教材庫の名簿に浮かび上がった黒い文字は、焼け焦げた匂いだけを残して消えた。
だが、終わったわけではない。
エレノアの管理室に戻ったアレンたちは、机の中央に焦げた名簿の断片を置き、周囲を幾重もの封印札で囲んでいた。普段なら本と書類が山を作る部屋も、今はアレンの手によって塵一つなく整えられている。そのせいで、机の上の黒い焦げ跡だけがやけに目立った。
「第二接触、ね」
エレノアは腕を組み、切れ長の瞳を細めた。
「嫌な言い方だわ。まるで、こちらが予定通りに教材庫へ来ることまで、向こうの手順に組み込まれていたみたい」
「手順だろうな」
アレンは黒誠を膝に置き、静かに言った。
「最初の種で俺の穴を見つけた。次は、その穴に指を突っ込んでくる。そういう段取りだ」
「自分のことを穴呼ばわりするの、やめた方がいいと思うわよ」
「敵がそう呼んでるだけです」
軽口を返しながらも、アレンの目は笑っていない。
部屋の隅では、フェリスが扉の前に立っていた。ルシアンは別室で待機している。フェリスはその護衛と、この部屋の警戒を同時に担っていた。
「ルシアン様には、こちらの異変が収束するまで近づかないようお伝えしています」
「ああ。それでいい」
「……当然です。ルシアン様を危険に近づけるなど、論外ですから」
フェリスは淡々と言ったが、その視線はアレンの手元から離れない。
クロードは焦げた名簿の断片へ、銀色の精神感応糸を細く伸ばしていた。糸は紙に触れる寸前で震え、まるで見えない熱に怯えるように止まる。
「強い拒絶反応です」
「読めるか」
「読むだけなら。ただし、向こうにもこちらの接触が伝わるでしょう」
「伝えろ」
アレンは即答した。
クロードが目を細める。
「罠だと分かっていて踏み込むのですか」
「罠ってのは、仕掛けた奴がどこかで糸を握ってる。糸があるなら、逆に辿れる」
「実に乱暴で、実に合理的ですね」
「褒め言葉として受け取っておく」
エレノアは小さく息を吐き、封印陣を一つ増やした。
「いいわ。クロード君が接続を読む。私が外側を封じる。フェリスはルシアン君とこの部屋の境界を守って。アレン、あなたは絶対に変なところで意地を張らないこと」
「善処します」
「あなたの善処ほど信用ならないものはないわ」
その瞬間、焦げた名簿の断片が、黒い水を吸ったように滲んだ。
室内の灯りが一斉に暗くなる。
紙の焦げ跡から、薄い黒い煙が立ち上り、人の顔とも仮面ともつかない輪郭を作った。目の位置だけが空洞で、口元には笑みのような裂け目がある。
『虚孔観測者』
声がした。
耳ではなく、胸骨の裏側へ直接響く声だった。
フェリスが短刀を構え、クロードが精神感応糸を引き絞る。エレノアの封印陣が赤く輝いた。
アレンだけが、座ったまま動かない。
『魔力なき空白。理の外側に開いた穴。君は、なぜその姿で存在している?』
「質問が下手だな」
アレンは低く笑った。
「人に物を聞く時は、まず名乗るもんだ」
『名は器に過ぎない。我らは円卓。境界を越える知を求める者』
「知を求める奴が、ガキの心を弄ぶか」
『心は扉だ。壊れやすい扉ほど、奥が見える』
その言葉に、室内の温度が一段下がった。
アレンの指が、黒誠の柄を撫でる。
「胸糞悪い理屈だ」
『君も同じだろう。失った者の声を背負い、死者の影で己を縛っている。判断を誤れば人が死ぬ。君はそれを知っている。ならば、なぜまだ前へ進む』
黒い仮面の奥で、何かが開いた。
アレンの視界が、ほんの一瞬だけ歪む。
血の匂い。
雨に濡れた土。
届かなかった手。
名前を呼ぶ声。
だが、その誰の名も、アレンは口にしなかった。
ただ、静かに息を吐く。
「死者を人質に取ったつもりか」
『違う。君の核を見ている』
「なら、目が悪い」
アレンは黒誠を抜いた。
刃ではない。木刀だ。
だが、黒い神木は、室内の封印陣を軋ませるほど重い気魄を帯びる。
「俺は、失ったもので止まってるんじゃねえ。失ったから、止まれねえだけだ」
黒い仮面が揺れた。
『虚孔、深度上昇。観測継続』
「観測だの接触だの、随分と安全な場所から喋るじゃねえか」
アレンは黒誠を平正眼に構えた。
「こっちからも触らせてもらうぞ」
「待って、完全に斬ると痕跡が消えるわ!」
エレノアが叫ぶ。
「分かってますよ」
アレンの踏み込みは、座った姿勢から始まったとは思えないほど静かだった。
瞬歩。
床板一枚を鳴らさず、黒い煙の仮面の懐へ滑り込む。
黒誠が振るわれた。
だが、それは断ち切る一撃ではない。黒い煙の端を、釣り針のように引っ掛ける一撃だった。
仮面が悲鳴のように歪む。
『干渉逆流――』
「遅い」
アレンが黒誠を引く。
同時に、クロードが精神感応糸を走らせた。銀色の糸が黒い煙に絡み、エレノアの封印陣がそれを外側から固定する。
「見えました!」
クロードの声が鋭くなる。
「学園内です。北西区画、旧礼拝堂跡。現在は閉鎖区域のはずですが、そこに精神魔法の反響点がある!」
黒い仮面の笑みが裂けた。
『観測者が、狩人へ変質。記録』
「好きに記録しろ」
アレンは黒誠をもう一度、今度は真っ直ぐに振り下ろした。
黒い煙が、封印陣の中で砕ける。
焦げた名簿の断片は、今度こそ灰になった。
室内の灯りが戻る。
フェリスは短刀を下ろさないまま、アレンを見つめていた。
「……貴方、本当に、相手の精神干渉を釣り針代わりに使ったのですか」
「向こうが糸を垂らしてきたんだ。引っ張らねえ手はない」
「常識が壊れます」
「直せばいい」
「そういう話ではありません……!」
フェリスの声が珍しく少しだけ乱れた。
エレノアはこめかみを押さえながら、しかし目だけは楽しげに輝かせている。
「北西区画の旧礼拝堂跡……。あそこは、十年前の事故で封鎖された場所よ。学生はもちろん、教師でも許可なしには近づけない」
「つまり、隠れ家にはちょうどいい」
アレンは黒誠を腰に戻した。
旧礼拝堂。
黒の円卓が学園の内側に置いた、次の根。
ようやく、敵の尻尾が見えた。
「行くのですか」
クロードが問う。
「当たり前だ」
アレンは扉の向こう、ルシアンが待つ方角へ一度だけ視線を向けた。
「若旦那の庭に、勝手に巣を作った奴がいる。放っておく理由がねえ」
その黒い瞳には、静かな怒りが灯っていた。
第二接触は、敵の観測で終わらなかった。
鬼の副長は、伸ばされた手首を掴み返したのだ。
第75話をお読みいただきありがとうございました!
今回は、精神干渉をただ斬るのではなく、あえて引っ掛けて逆に辿るアレンらしい一話になりました。フェリスが常識を壊されて少し声を乱すところも、彼女らしくて可愛いポイントだと思います。
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