第53話:神童の輝きと、忍び寄る影
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第53話をお届けします。
ついに始まった一年生の実技演習【魔物討伐】。
天幕の水晶鏡の前で冷徹な戦術家の目で観察するアレンの前に、先日特級魔導書庫で圧倒的な死の気配を放っていた深紅のドレスの美女・エレノア教授が現れます。
「魔力の色が、あなたからは一切見えないの」
元暗部トップの鋭い洞察と、幕末の修羅場をくぐり抜けた鬼の副長による、息詰まる大人の化かし合い。
一方、水晶鏡の向こうでは、ルシアンや王女たちが圧倒的な力で魔物を屠っていく中、アレンの野生の勘が“致命的な違和感”を捉え――。
燕尾服のボタンを荒々しく外し、陰謀の森へと弾丸のごとく飛び出すアレン!
牙を剥いた鬼の副長による、学園編最初の御用改めが始まります!
聖アイビス国立魔法学園が誇る演習場──昼なお暗い森林地帯の入り口に、特設の天幕が張られていた。
今回の実技演習は、学園の一年生にとって初の本物の魔物討伐である。 参加するのは、ルシアン、リナ、セレナ、レナード、エレナ、アルベルト、クロード、そして第一王女であるクリスティア・ヴァン・アイビスをはじめとする錚々たる顔ぶれだ。
高位貴族には一人まで私設の補助員の同行が認められている。だが、それはあくまで万が一の安全確保のため。当然、実技そのものは学生たちの力だけで乗り越えることが必須とされていた。
「これより、実技演習についての説明を行う」
教壇に立った教師が、今回討伐対象となる魔物の生態や危険性について粛々と説明を始める。 アレンは一段下がった補助員待機場所からその様子を眺めていたが、ふと、説明を行う教師の斜め後ろに直立している人物に目が留まり、鋭い瞳をわずかに細めた。
仕立ての良い、妖艶な深紅のドレス。抜群のプロポーションを誇る、漆黒の長い髪の女性。 それは、先日学園の図書館の奥──特級魔導書庫で出会った、あの謎めいた美女だった。
(あの女……。特級魔導書庫の管理人かと思っていましたが、違うのですか?)
なぜあんな化け物じみた気配を持つ女が、一年生の実技演習の場に立っているのか。完璧な執事の仮面の下で、元新選組副長としての警戒心が小さく頭をもたげる。
やがて説明が終わり、学生たちはA、Bの二つのグループに分けられて森へと入っていった。 ルシアン、レナード、エレナ、長年北方の防衛を担うフロストハイム家の令嬢、放置すれば危うい空気を持つ面々。そしてクリスティア王女は同じAグループ。心配だったのはリナとセレナの二人だったが、今回は幸いにも二人揃ってBグループに配属されていた。
(まあ、あの二人が一緒になっているだけでも問題ないでしょう。反目し合ってなきゃいいですがね)
アレンは小さく息を吐くと、待機場所に設置された、教官用の大型魔導投影機(リアルタイムで森の様子を映し出す水晶鏡)の前へと移動した。
天幕の中は、名門貴族の子息たちの活躍を一目見ようと、教官や他の補助員たちで大騒ぎになっていた。 「おぉ、レナード様、素晴らしい!」「エレナ様の氷魔法、なんと見事な!」と、派手な魔法が映し出されるたびに歓声が上がる。そんな喧騒の中、アレン一人だけが微動だにせず、完全に冷徹な戦術家の目で、生徒たちの隙や魔物の動きのパターンを静かに『観察』していた。
水晶鏡の向こうでは、Aグループが次々と魔物を圧倒していた。 先陣を切ったのはレナードだ。
「ボルテール家の雷を見よ! 泥臭い平民どもとは格が違うのだ!」
傲慢な言葉とは裏腹に、かつて勇者一行に名を連ねた伝説の家系の跡取りとしての実力は本物だった。彼が放つド派手な雷魔法は、向かってくる中級魔物の群れを一撃で消し飛ばしていく。周囲の取り巻きから「さすがレナード様!」と歓声が上がる。
負けじと、北方の公爵令嬢エレナが冷徹な三白眼で魔物を見下し、身じろぎ一つせず【絶対不可侵・氷結世界】を展開。巨大な氷の城壁で敵の進軍を完璧に阻み、次の瞬間、その盾に触れた敵の衝撃を100%の氷の棘に変換して全方位に撃ち返す──【盾の反逆・氷牙】。襲いかかった魔物たちを容赦なく串刺しにして粉砕していく。
「チッ……汚らわしい。熱気が皮膚に触れるだけで不愉快だわ……!」
魔物の返り血が放つ微かな熱を嫌悪するように、エレナは異常なほど露骨に顔をしかめた。
そして、第一王女クリスティア。彼女は王族としての完璧な気品を保ちながら、王家に伝わる洗練された細剣を抜いた。だが、剣を構える直前、彼女の夜空のような瞳が、チラリとルシアンの斜め後ろ──本来、アレンが立っているはずの「影」の場所に視線を向けた。
(おいおい、戦いの最中にどこを見てやがる。お姫様、俺の羽織だけじゃなく、執事姿まで観察する気か? 厄介な目つきだぜ)
アレンが内心で苦笑する中、王女は眩い光を纏わせた剣先から、目眩ましと同時に光速の刺突を繰り出した──光・付与魔法【神聖なる一閃】。無駄な飾りを削ぎ落とした美しい一撃で、魔物の急所を的確に穿っていく。
しかし、やはり群を抜いているのはルシアンだった。 ルシアンは風の衣【ウィンド・ヴェール】を纏いながら、火の玉の高速連射【フレイム・バレット】や土の弾丸【ストーン・ガトリング】を最速で多重並列展開し、面白いように魔物を屠っていく。
(……ふん。綺麗に並んでお勉強してるだけかと思えば、あのガキ、戦いに関しては本物の天才だな)
アレンが内心で執事の仮面を脱ぎ、土方歳三としての目でルシアンの才覚を称賛していると、背後から衣擦れの音と共に、香水の甘く知的な香りが漂ってきた。
「──素晴らしい観察眼ね。……で? その完璧な執事の仮面の下で、あなたは何を考えているのかしら? 視線がただの執事のそれじゃないわよ」
不敵で、どこか楽しげな大人の女性の声。 振り返ると、先ほど教壇の後ろに立っていた深紅のドレスの美女──エレノアが、妖艶な微笑みを浮かべてアレンのすぐ隣に立っていた。 彼女は周囲に聞こえないほどの小声で囁くと、優雅に一礼して名乗る。
「私の名前は、エレノア・フォン・ローゼンバーグ。よろしくね、グランヴェル家の優秀な執事さん」
「……アレンと申します。ローゼンバーグ教授」
アレンは完璧な一礼で応じつつ、笑みを返した。
「まさか、特級魔導書庫の管理人だけではなかったのですね。こんなむさ苦しい現場に、あなたのような御方が直々に足を運ばれるとは」
「魔法を探求することも、時には実戦の場が必要になるのよ。だから、私にとってあの書庫もこの演習場も、同じ研究室のようなものだわ」
エレノアは髪をかき上げ、水晶鏡を見つめる。
「それにしても、書庫で少し確認させてもらいましたが、あんたたちの言う『魔法』ってものは、何度見ても不思議なものですね。指先一つで火や土が飛び出してくるなんざ、未だに信じられません」
アレンの率直な言葉に、エレノアはクスクスと喉を鳴らして同意するように頷いた。だが次の瞬間、彼女の切れ長の瞳が、獲物を見定むるようにアレンの顔を覗き込んだ。
「不思議、という意味なら……あなたも相当不思議よ、アレン? 私の目にはね、誰しもが持っているはずの『魔力の色』が、あなたからは一切見えないの。まるで、そこに存在していないかのように」
元王国の暗部トップとしての、鋭い洞察。 だが、アレンの中身は、幕末の花街で洗練された大人の駆け合いをくぐり抜けてきた男だ。アレンは懐の『兼定』の感触を確かめながら、静かに肩をすくめた。
「それは、私には魔力というものがひとかけらも無いですからね。ただの空っぽの人間ですよ」
「ふふ、そういうことにしておくわ。でも、私の勘は『分からない』って告げているの。見えないけれど、そこに底知れない何かがいるってね」
エレノアは心の中で、目の前の男の正体が不思議で堪らなかった。魔力がないと言い張りながら、その立ち居振る舞いは、明らかに数千人の屍を越えてきた本物の修羅のものだ。
その時、水晶鏡の向こうの戦場で、クリスティア王女がピクリと足を止めた。 彼女の持つ本質を見抜く固有能力【真実の光彩】が、森の奥から漂う不自然な魔力の淀みを捉えたのだ。 「……おかしいわ。魔物の様子が不自然だわ。まるで見えない何かに……」
王女が現場で違和感を口にした、まさにその一瞬──。 補助員待機場所にいたアレンの鋭い目も、映像のほんのわずかな歪みを捉えていた。
アレンの瞳から完璧な執事の光が消え、冷徹な『鬼の副長』の眼光が水晶鏡を射抜く。
「──少しまてください。さっきのところ、映像を止めることは出来ますか」
アレンの、低く、威圧感のある声が天幕に響いた。 周囲の教官たちがハッとして振り返り、口々にざわざわと不快感を露わにする。 「なんだお前は、ただの補助員が教官の魔導具に口を挟むな」「何を言っているんだ」
だが、エレノアだけは、彼の目つきが変わった瞬間、背筋に冷たいものが走るのを感じていた。彼女は迷わず、冷酷な元暗部の声で教官たちに命じる。
「黙りなさい。……言われた通り、映像を巻き戻しなさい」
学園の最高権威であるエレノアの一喝に、教官たちは慌てて魔導具を操作した。 「ここが解せ(・ ・ ・ ・ ・)……失礼、ここ(・ ・)です。この一瞬──」と、アレンが水晶鏡の一点を指さす。
数秒前、ルシアンたちが通り過ぎたはずの、鬱蒼とした茂みの影。 アレンの野生の勘が違和感を覚えたその場所を、教官が拡大し、魔力を集中させて映像の解像度を上げる。
「な、なんだこれは……!?」
教官の一人が驚愕の声を上げた。 そこに映し出されていたのは──じゃっかんながら、隠蔽の魔術で姿を消し、周囲の風景に同化していた【黒いローブを纏った人影】だった。その足元には、不自然な赤色の魔導具が設置されている。
「この人影……学園の教官でも、関係者でもないわ。私の知らない不審者よ」
エレノアが凍りつくような声で呟く。 その言葉が終わるよりも早く、アレンの身体は動いていた。
「ルシアン様たちのところですね」
「ええ、直線距離で北に二ラージ──」
「行きます」
燕尾服のボタンを荒々しく外し、アレンは天幕を激しく蹴破って外へと飛び出した。 昼食後に完璧に叩き直した基礎体力と剣術、それから天然理心流の爆発的な脚力が、地面を痕だらけにするほどの勢いで爆発する。
「なまっていては死ぬことだってある」──己の言葉を胸に刻みながら、新選組副長は、陰謀の渦巻く漆黒の森へと、弾丸のごとき速度で突入していくのだった。
第53話をご覧いただき、ありがとうございました!
いや、もう後半の緊張感の跳ね上がり方が尋常じゃなくて、書いていて鳥肌が止まりませんでした……!
前半の演習パートでは、学園の誇る神童たちの実力が描かれましたね。相変わらずの選民思想ながら雷魔法は本物なレナード様(またフラグを立てていますが笑)や、エレナの【盾の反逆・氷牙】の冷徹な強さ、そしてアレンの執事姿をちゃっかり観察しているクリスティア王女。そして何より、アレンに「本物の天才」と言わしめるルシアンの多重並列展開が格好良すぎました。
しかし今回、何と言っても最高だったのはエレノア教授との大人な駆け引きです!
妖艶にアレンの正体を探ろうとする元暗部トップに対し、懐の『兼定』を確かめながら「ただの空っぽの人間ですよ」とフッと肩をすくめてみせるアレン。洗練された大人の演じ分けができるのは、さすが江戸や京都の激動期を生き抜いた土方歳三ならではの粋な格好良さですね。
からの、ラストの怒涛の展開!
教官たちがナメ腐った態度を取る中、冷徹な『鬼の副長』の眼光で隠蔽魔術の不審者を見抜き、エレノアの一喝と共に映像を暴くシーンのカタルシス。そして「行きます」の一言で、燕尾服のボタンを千切れんばかりに外して森へ超高速突入するアレン……!昼食後に「なまっていては死ぬ」と、自ら肉体を叩き直していた勘の鋭さが、一瞬でルシアンたちの命を救う最大の先手となりました。
狂乱する魔物、仕掛けられた魔導具、そして謎の黒ローブ。
完全に『戦場』と化した森の中で、一級執事アレンの容赦なき害虫駆除が始まります。
命を狙われるルシアンたちの運命は!?次からの大激闘、どうぞお楽しみに!
【作者からのお願い】
「エレノアとアレンの大人の化かし合いがセクシーで格好いい!」「教官を黙らせるアレンの鬼の眼光にシビれた!」「燕尾服を緩めて森へ爆走するラストが熱すぎる!」と思ってくださった方は、ぜひ作品への応援をお願いします!
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