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第52話:兆候と、不穏なざわめき

いつも最高の応援、そして熱い評価をいただき本当にありがとうございます!

第52話をお届けします。


遠く離れた領地や特務隊の動向に目を配るアレンは、わずかな資料の差異から将来的な「飢饉」の兆候を察知。前世の武州で百姓として育った記憶を胸に、すぐさま先手を打つべく動き出します。


そんな中、講義終わりのルシアンを迎えに行ったアレンの前に、かつて二度も腰を抜かしたはずのボルテール家の跡取り・レナードが性懲りもなく立ちはだかり……?


次なる舞台は、学園の伝統行事である【魔物退治の実技演習】。

教官同伴の安全なお遊びかと思いきや、ルシアンの主君特権(?)によってアレンも同行することに。

華やかな学園の裏で、おぞましい「陰謀の足音」が静かに近づいていました――。

午前中、講義のない時間を利用して、アレンは自室の机で膨大な書類の整理に追われていた。

王都の学園に身を置きながらも、アレンはグランヴェル公爵領、そして自身が立ち上げた特務隊(異世界新選組)の動向を常に監視している。 届けられた特務隊からの定期報告書に目を通し、アレンはふっと口元を緩めた。

「……ふん。案外、上手くやってるじゃねえか」

報告書によると、かつてあれほど荒れていたスラム街の治安は、思いのほか良好に保たれているという。 アレンという絶対的な首領が不在であっても、一番隊組長のシオンをはじめ、ボルドやミアたちがそれぞれの任を完璧にこなしている証拠だった。我が子の成長を見るかのような安堵感が、アレンの胸に去来する。

しかし、次に手にとったグランヴェル領内の内政資料に目を落とした瞬間、アレンの鋭い眉がピクリと跳ね上がった。

「……実りが、芳しくねえな」

資料に記されていたのは、最近の領内における作物の収穫予想、および市場に出回る穀物の流通量の低下だった。ほんのわずかな数値のズレ。普通の文官なら「一時的な天候不順」で見過ごす程度の差異。

だが、アレン──前世における土方歳三は、これに人一倍敏感だった。

武士になる前、武州の農村で百姓として土にまみれて育った男だ。 作物の実りが悪いことが、のちにどれほど悲惨な『飢饉』を引き起こすか。飢えによって村が死に絶え、人が人を食らうような地獄絵図を、知識としても実感としても痛いほどに理解していた。

「飢饉のつらさは、一度始まっちまえば簡単には止められねえからな……」

まだ兆候の段階だ。だが、新選組副長として培った危機管理能力が、今すぐ動けと警鐘を鳴らしていた。 アレンはすぐさまペンを執り、さらさらと二通の手紙を書き上げる。

一通は、アレンの器量を誰よりも正当に評価してくれる公爵家当主・ガラルド様宛て。領主の権限で今すぐ備蓄米の確認と、他領からの穀物買い付けの打診を促す内容。 もう一通は、特務隊の代理を任せている一番隊隊長のシオン宛て。スラム街の闇ルートを使い、いざという時のための独自の情報収集と食糧確保を命じる内容だ。

「これで解決とまではいかねえだろうが……少しはマシになればいい」

手紙を封蝋で閉じ、連絡員へ手配を済ませると、アレンは懐中時計を取り出して時間を確認した。 そろそろ、ルシアンの二講義目が終わる頃合いだ。アレンは書類を素早く片付け、燕尾服の襟を正すと、完璧な執事の顔に戻って講義室へと向かった。

学園の講義棟。 アレンが目的の教室の前に到着したのは、講義終了の少し前だった。案の定、早く着きすぎた。

開け放たれた扉の隙間から中を覗き込む。 すり鉢状になった広い空間に、多くの学生たちが整然と座っていた。そして教壇には、一人の教官が難しい顔をして魔法の理論を説いている。

(なるほど。この世界のガキどもは、こんな風に学び舎で知識ってやつを詰め込むわけか)

前世の道場での泥臭い稽古や、実戦の修羅場だけで強くなってきたアレンにとって、それは新鮮であり、どこか感心する光景でもあった。

やがて、講義の終了を告げる鐘が鳴り響く。 学生たちが一斉に席を立ち始める中、アレンは人混みを縫うようにしてルシアンの元へと歩み寄った。

「ルシアン様、お疲れ様でございます。昼食の準備が整っております」

「ああ、ありがとうアレン。ちょうどお腹が空いて──」

ルシアンが席を立とうとした、その時だった。 二人の前に、周囲に数人の取り巻きを従えた一人の少年が、大股で立ち塞がった。

赤みを帯びた金髪に、仕立ての良い制服。 かつて勇者一行に名を連ねた伝説の魔法師の家系『ボルテール家』の跡取り──レナード・ヴァン・ボルテールだった。

レナードは、かつて領主館の決闘でアレンに腰を抜かされ、先の国家合同演習でもアレンの木刀一本に喉元を突きつけられて完全に敗北したはずの男である。だが、彼は傲慢な笑みを浮かべ、アレンを見下すように鼻で笑った。

「ふん、平民のくせに、今度は執事の真似事か? どこまでいっても泥臭い雑兵め」

相変わらずの選民思想。アレンは感情の失せた目でレナードを一瞥すると、底意地の悪い笑みを浮かべた。

「ああ、先の合同模擬戦で、最大出力をド派手に纏いながら、何一つ通用せずに早々に脱落したレナード様でしたか。いや失礼、あまりに一瞬のことでしたので」

「き、きっきさまぁあああ!」

痛すぎる事実を突かれ、レナードは顔を真っ赤にして今にも爆発しそうに震え出す。その様子を見て、隣のルシアンは「クスクス」と堪えきれずに上品な笑い声を漏らした。

ルシアンは小さく咳払いをすると、哀れむような目でレナードを見つめる。

「それで、レナード。僕たちの昼食の時間を邪魔してまで、一体何のご用ですか?」

レナードは悔しそうに歯をギリリと鳴らしながらも、どこか勝ち誇ったように胸を張った。

「ふん、教えてやろうと思ってね! 今度の実技演習の内容は……どうやら『魔物退治』らしいぞ! ぬくぬくと僕たちの後ろに隠れているだけの平民が、本物の魔物を前にして泣き叫ぶ姿が目に浮かぶようだ! 僕の雷魔法で、魔物もろとも一網打尽にして格の違いを見せてやる!」

自信満々に、完璧な死亡フラグを立てるレナード。アレンは「せいぜい足手まといにならんようにな」と心の中で吐き捨てた。

「せいぜい、恐怖で腰を抜かさないことだな!」

言うだけ言うと、レナードは意気揚々と、満足げに取り巻きを連れて立ち去っていった。二度も腰を抜かしたのは自分の方だというのに、貴族の記憶改変能力は凄まじいものがある。

「やれやれ、相変わらず賑やかな人ですね。アレン、僕たちも食堂へ行きましょう」

ルシアンが苦笑しながら教室を出る。 アレンが案内した食堂の個室には、アレンが腕によりをかけて作った昼食が並んでいた。領内の収穫低下を意識し、麦や穀物、新鮮な野菜をベースにした、前世の農村の陣中食を思わせる質素だが極めて栄養価の高いスープとパンだ。一口食べたルシアンは、「美味しい! 体の芯から力が湧いてくるようだね」と目を輝かせた。

ルシアンが食事を進める中、アレンは先ほどの疑問を口にした。

「ルシアン様。いくらなんでも、学生に魔物退治をやらせるのは、少々性急すぎるのではありませんか?」

「ああ、そのことなら心配ないよ。演習にはほとんど、実戦経験の豊富な教官たちが護衛として同行することになっているんだ。生徒が命を落とすような危険な場所には行かないから、問題ないよ」

「なるほど、教官の同伴ですか。合点がいきました」

アレンは納得し、ふっと緊張を解いた。

「なら、当日は俺の出番はなさそうですね。教官どもに任せて、俺は後ろでゆっくり休ませてもらうとしましょう」

「ふふ、何言っているのさ、アレン」

ルシアンはスプーンを止め、悪戯っぽく微笑んでアレンを振り返った。

「君は、僕の『補助員サポート』として、一緒に演習に参加するんだよ?」

「……は?」

アレンは思わず、素のトーンでツッコミを入れた。

「なぜだ。俺はただの執事(雇用人)であって、学園の生徒じゃねえぞ」

「グランヴェル家の専属執事だからこそだよ。高位貴族の生徒には、万が一の際の安全確保のために、一人まで私設の補助員の同行が認められているんだ。教官がいるとはいえ、僕は君の武力を一番信頼しているからね。当然、ついてきてくれるよね?」

ルシアンの丁寧かつ、拒否権のない説明。 アレンは天を仰ぎ、これ以上ないほど深い、深いため息をついた。

「……はぁ。やれやれ、これだから貴族の我が儘ってやつは。……分かりましたよ。ですがルシアン様、昼食が終わり次第、俺は鍛錬し直してくることにしますわ」

「え? 君がかい?」

「ええ。サボっていたわけじゃないが、執事の仕事や学園生活で、実戦の感覚が少しでもなまっていては死ぬことだってある。……基礎体力と剣術を、もう一度たたき直さないとな」

不敵に、そしてどこか冷徹な眼光で己の五感を研ぎ澄ますアレンの姿に、ルシアンは少しだけ圧倒されながらも、嬉しそうに頷いた。

「くすくす、それは頼もしいな。期待しているよ、アレン」

同じ頃。 王都から遠く離れた、演習場として指定されている広大な未開の森林地帯。

昼なお暗いその森の奥深くで、突如、異変が起きていた。

──ズ、ズズ……。

地鳴りのような、重苦しい振動が地面を揺らす。 巨大な何かが一歩、また一歩と歩みを進めるたびに、周囲の木々が激しく揺れ、古い葉をハラハラと落とした。

──グルルルル……ッ!!!

大気を震わせる、おぞましい魔物の咆哮が、獣たちのいない静寂の森に響き渡る。 暗闇の中から妖しく光る無数の眼光。

だが、それだけではない。 魔物たちが狂暴に蠢くその足元──草むらの陰には、鈍い赤色に明滅する『不自然な魔導具』が設置されていた。何者かが意図的に魔物を呼び寄せ、狂乱させている異様な魔力の歪み。

それは、学園の教官たちが想定している規模を遥かに超えた、人為的な『陰謀』のざわめきだった。


第52話をご覧いただき、ありがとうございました!


今回はアレンのバックボーンが光る内政描写から、次なる大激闘へのカウントダウンまで、見どころ満載の回となりました。


前半、領内の不穏な空気(飢饉の兆候)を誰よりも早く察知したアレン。綺麗事ではない、人が人を食らう地獄を知っているからこそ、すぐさまガラルド公爵やシオンへ先手の手紙を出すあたり、さすが「バラガキ」として土にまみれ、新選組の台所を支え続けた土方歳三のリアリズムです。アレンが作った栄養満点の陣中食風スープ、私も一口飲んでみたいです(笑)。


そして中盤のレナード様、期待を裏切らない見事な噛ませ犬っぷりでしたね!

二度もアレンに完敗しているのに「泥臭い雑兵め!」とドヤ顔で迫り、アレンに正論のカウンターを喰らって爆発する姿は、もはや様式美すら感じます。「貴族の記憶改変能力は凄まじい」というアレンのツッコミには書いていて吹いてしまいました。


しかし、ラストの不穏なざわめきは本物です。

ルシアン様の私設補助員サポートとして演習への参加が決まったアレン。本人は「後ろでゆっくり休ませてもらう」なんて言っていますが、演習場となる森の奥では、何者かが仕掛けた不自然な魔導具によって魔物たちが狂乱状態に陥っていました。


教官たちの想定を遥かに超えた、五家連合(あるいはボルテール侯爵)の陰謀の臭いがプンプンします。

危機を察知して「実戦の感覚を叩き直す」と決めたアレンの勘、相変わらず恐ろしい執念です。はたして、お遊び気分で突っ込むレナードや生徒たちはどうなってしまうのか!?


牙を隠した一級執事、いよいよ本物の戦場へ。次からの大激戦の開幕を、どうぞお楽しみに!


【作者からのお願い】

「百姓時代の記憶を活かすアレンが渋すぎる!」「レナードの安定のポンコツぶりに笑った!」「ラストの不穏な引きにゾクゾクした!」と思ってくださった方は、ぜひ作品への応援をお願いします!


皆様のブックマークと評価(★5)が、アレン(土方)が狂乱する魔物と裏の陰謀を一網打尽に叩き斬る最強の戦力になります!


なろう読者様:下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に染めて、鬼の執事へ出陣の熱いエールを!


カクヨム読者様:【★で称える】ボタンや【フォロー】のワンタップをぜひお願いいたします!

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