第51話:心配無用と、鬼の休息
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第51話をお届けします。
学園の平民差別を知り、間もなく入学する幼馴染・リナの元へと夜の闇を駆けたアレン。
しかし、そこで彼を待っていたのは、特権階級の害虫どもを前に、木刀を構えて不敵に笑うリナの姿でした。
「あんたたちの魔法なんて、予備動作が大きすぎて欠伸が出るのよ!」
アレンの背中を追い続け、独学で「超近接・実戦特化型」の魔法を極めたリナの初無双をお楽しみください!
そして、戦闘の後に訪れる、この二人だけの特別な「鬼の休息」。
前世の京都から戦い続けてきた男が、この異世界で初めて抱いた“ある感情”とは――。
深夜の平民クラス専用寮。 周囲の森がざわめく不気味な暗がりの一角で、卑屈な笑い声が響いていた。
「おいおい、そこの特待生。随分と調子に乗っているみたいじゃないか」
夜風を浴びていたリナの前に立ち塞がったのは、上級生らしき貴族の学生三人だった。 彼らの手には、平民を威嚇するための魔法の炎が赤々と灯っている。先ほどアレンが中庭で片付けた奴らと同じ、特権意識に脳まで浸かった害虫どもだ。
「平民の分際で優秀な成績を取りやがって。僕たちのプライドを傷つけた罪は重いぞ? ほら、今すぐここで土下座でもしたら──」
「──あのさあ」
貴族の言葉を遮ったのは、ため息混じりの、ひどく冷めた声だった。
「夜中にわざわざ群れて平民一人の脅し文句? 呆れて開いた口が塞がらないわ。お堅いプライドの割に、やってることが安っぽすぎるのよ」
リナは怯えるどころか、心底面倒くさそうに頭を掻いた。 その手には、学園指定の杖ではなく、寮の裏から拾ってきたような無骨な『木刀』が握られている。
「な、何だと……! やれ、身の程を教えてやる!『風の刃』!」
激昂した貴族の一人が、鋭い不可視の風を放った。 まともに喰らえば肉が裂ける凶刃。しかし、リナの瞳に恐怖の色は一瞬たりとも浮かばない。
「アレンの戦い方を見てたらね……あんたたちの魔法なんて、予備動作が大きすぎて欠伸が出るのよ!」
リナは驚異的な反応速度で地を蹴り、風の刃の軌道から最小限の動きで身をかわした。 そのまま一直線に、信じられない速度で間合いを詰める。
「なっ、距離を──」
「唱えさせるわけないでしょ!『閃光』!」
リナの左手から、爆発的な白い光が弾けた。 後衛から綺麗に呪文を唱えるのがこの世界の魔法使いの常道。だが、リナの戦い方は違う。アレンの「勝てば官軍」の思想を独学で実戦に落とし込んだ、超近接・実戦特化型だ。
「うああああっ!? 目が、目がぁ!」
至近距離で強烈な目潰しを喰らった貴族が、悲鳴を上げて顔を覆う。 リナはその隙を絶対に見逃さない。両手でしっかりと木刀を握り直し、腰の回転を乗せて一気に振り抜いた。
「『爆裂』ッ!」
木刀の風切り音に、ドォン、と重苦しい爆発音が重なる。 木刀の打撃面に瞬間的に爆発魔法を付与し、破壊力を何倍にも跳ね上げるリナ独自の変則技だ。
バキィッ!!!
綺麗な弧を描いた木刀が、目潰しを喰らった貴族の顎を真下から完璧に打ち抜いた。 男は木の葉のように宙を舞い、そのまま地面にドサリと崩れ落ちて白目を剥く。
「な、なんだその戦い方は!? 魔法使いが木刀を持って突っ込んでくるなんて、そんな野蛮な……っ!」 「ひ、怯むな! 残りの二人で囲んで──」
「遅いわよ」
残る二人が慌てて距離を取ろうとした、その時だった。
「──そこまでにしときな、リナ。それ以上やると、本当に首の骨が折れるぜ」
夜の闇を裂いて、ひどく低く、だが聞き慣れた大人の声が響いた。
「え……?」
リナがハッとして動きを止める。 残された二人の貴族が驚愕して周囲を見回すが、その時にはもう遅かった。 闇から音もなく現れた燕尾服の影──アレンが、流れるような体さばきで二人の背後に回り込み、その首筋へと容赦なく手刀を叩き込んだ。
「がはっ……」 「あ……」
まともに防御魔法も張れぬまま、二人の貴族は糸が切れた人形のように地面へと崩れ落ちた。一瞬にして静寂が戻った中庭で、アレンは白手袋についた汚れを小さく払う。
「ア、アレン……!? どうしてここに……」
リナは目を丸くして驚き、次の瞬間、自分が心配されてアレンが駆けつけてくれたのだと気づいて、一気に顔を真っ赤にした。
「どうしてって、お前な……。ルシアンから学園の身分格差の話を聞いて、同じ平民のお前が害虫どもに絡まれてねえか心配で見にきてみれば……」
アレンは地面に転がる貴族三人を見下ろし、それからリナの手にある木刀に視線を移した。
「目潰しからの爆裂付与のぶちかまし、か。相変わらず、泥臭え戦い方をしてやがる」
「も、もう! 泥臭いって言わないでよ! アレンの隣に立つんだから、これくらい自力で踏み潰せないと駄目でしょ!」
リナは木刀を後ろに隠しながら、ぷくっと頬を膨らませる。 だが、その表情には、アレンが来てくれたことへの隠しきれない喜びと安心感が満ち溢れていた。
アレンはフッ、と不敵に口元を吊り上げると、周囲に誰もいないことを確認し、スッと肩の力を抜いた。完璧な執事の仮面──あるいは領地で隊士たちの前で見せる『完璧な頭領(鬼)』の面を外し、大きくため息をつく。
「ふぅ……。まったく、どいつもこいつもご大層な身分を鼻にかけやがって、胸糞悪い。主君の部屋の前に群れる犬を片付けたと思ったら、今度はお前のところかよ。やれやれ、この学園はどいつもこいつも死線をくぐったことのねえ温室育ちばかりで、ヘドが出るぜ」
口調も完全に前世の「土方歳三」のそれに戻り、リナの前にどさりと腰を下ろす。
隊士たちの前では決して弱音を吐かない鬼の副長。 貴族たちの前では油断ならない化け物として緊張の糸を張る男。 だが、この泥臭く自分を追いかけてくる幼馴染の前でだけは、こうして不平不満をこぼし、素の自分に戻ることができる。リナという存在は、アレンにとって異世界で唯一の『実家のような安心感』であり、心の拠り所だった。
「ふふ、お疲れ様。本当に、アレンの言う通りね。あいつら、魔法の威力を自慢する割に、懐に入られると何もできないんだもん」
リナはアレンの隣にそっと腰掛け、自分の作った不器用なお守りが、アレンの懐にある『兼定』の下げ緒にしっかりと結ばれているのを見て、愛おしそうに目を細めた。
「でも、ありがとね。私のこと、真っ先に心配して走ってきてくれたんでしょ?」
「……勘違いするな。お前にここで退学にでもなられたら、俺の寝覚めが悪いだけだ」
「はいはい。素直じゃないんだから」
クスクスと笑うリナの横顔を横目に、アレンはよっこらしょと重い腰を上げた。
「じゃあ、俺は戻るが、夜は出歩くんじゃないぞ」
「ふふ、お父さんみたいに言うね」
リナが楽しそうに笑う。 アレンが背を向けて歩き出そうとすると、背後から少しだけ真剣な、澄んだ声が響いた。
「アレン、ありがとうね」
「……ああ」
一言だけぶっきらぼうに残し、アレンはそのまま夜の闇へと溶けるように去っていった。
◇
公爵家の寮、アレンに与えられた別室。
白手袋を外し、燕尾服を脱ぎ捨ててベッドの上へと仰向けに寝転がったアレンは、天井を見つめながら深く息を吐いた。
「……チッ。今日の一日だけで、こんなに疲れるとは思わなかったぜ」
完璧な執事の仕事に始まり、学園のシステムへの考察、ルシアンの部屋の前でのいじめっ子の制裁、そしてリナの元への強行軍。前世の京都での市中見廻り並みに目まぐるしい一日だった。
だが──アレンの口元は、自然と不敵に吊り上がっていた。
このせわしない学園生活を、どこか楽しみに思っている自分が確かにそこにいた。
「明日も頑張るとするか……」
前世の世界は、常に死と隣り合わせだった。 寝首を掻かれる恐怖に怯え、明日の朝に自分が生きている保証などどこにもない、血煙の立ち込める暗闇の世界。
だけど、この世界ではどうだ。 明日という日を、こんなにも楽しみに思ったのは、一体いつぶりであったか。
「悪くねえな……」
懐かしい刀の重みと、リナの手作りのお守りの感触を胸に感じながら、アレンは静かに目を閉じる。 心地よい疲労感の中、新選組副長は、新しく始まる異世界の明日に向け、深く穏やかな眠りへと落ちていくのだった。
第51話をご覧いただき、ありがとうございました!
リナ、強くて格好良くて最高に可愛い……!!
前半の平民クラス寮でのバトル、リナの成長っぷりに鳥肌が立ちました。魔法使いの常識を捨て、「閃光」の目潰しから木刀に「爆裂」を乗せて顎を完璧に打ち抜くスタイル、まさにアレン直伝の「勝てば官軍」の思想そのものです。
そして中盤、そんなリナの前でだけ「完璧な執事」の仮面も「鬼の頭領」の面も外し、どさりと腰を下ろして愚痴をこぼすアレンの姿が本当にエモかったです。常に緊張の糸を張って生きるアレンにとって、泥臭く自分を追いかけてくれる幼馴染のリナだけが、異世界で唯一「素の土方歳三」に戻れる場所なんですね。お守りを見て微笑むリナと、素直になれないアレンの空気感が尊すぎます。
ラストの一日の終わりのアレンの独白には、書いていて熱いものが込み上げました。
前世の京都や箱館では、常に寝首を掻かれる恐怖と隣り合わせで、「明日生きている保証」などどこにもなかった土方歳三。そんな彼が、心地よい疲労感の中で「明日も頑張るとするか」「悪くねえな」と、明日が来ることを楽しみに眠りにつく――。この世界の優しさと、アレンが守るべき居場所の価値が改めて伝わる最高の節目となりました。
激動の一日を終えたアレンですが、学園での裏稼業(御用改め)はまだ始まったばかり。
次回からも、この最高の相棒&ヒロインたちと共に突き進むアレンの活躍をご期待ください!
【作者からのお願い】
「リナの独自の戦闘スタイルが格好良すぎる!」「リナの前だけで素に戻るアレンが尊い……」「ラストの土方としての独白に感動した!」と思ってくださった方は、ぜひ作品への応援をお願いします!
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