第48話:図書室の怪、執事の御用改め
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第48話をお届けします。
学園の大図書館の最奥、光の届かぬ古書エリア。
アルクに引かれて進んだアレンを待っていたのは、圧倒的な気品と「一歩進めば生きては戻れぬ」ほどの濃厚な死の気配を纏った、深紅のドレスの女性でした。
牙を隠したアレンの身のこなしを一目で見抜いた彼女の正体とは――?
そして放課後、アレンの前に待ち伏せしていたセレナお嬢様が可愛く迫る裏で、ルシアン様を陥れようとする五家連合の陰湿な害虫どもが動き出します。
「――では、失礼いたします。良い放課後を」
完璧な執事の微笑みのまま、天然理心流の容赦ない「御用改め」が、温室育ちの坊ちゃんどもを恐怖のどん底に叩き落とします!
可愛い子犬の鳴き声の裏で、アルクの瞳に一瞬だけ、最凶の魔獣としての鋭い光が宿る。 完璧な執事の微笑みを浮かべたアレンは、再び音もなく、学園の華やかな光の裏へと消えていく。
――はずだった。
「クゥン!」
突如、アレンの足元からアルクが走り出した。 いつもならアレンの指示に完璧に従うアルクが、何かに引かれるように図書館の奥へと駆けていく。
「おい、アルク……!」
アレンは足音を消したまま、急いでその小さな黒い影を追いかけた。
大図書館の最奥、光の届かぬ古書エリアのさらに奥。薄暗い書架の隙間で、アルクはピタッと足を止めていた。
「アルク、何かあったのか?」
追いついたアレンが声をかけ、その視線の先を見た。
――そこには、一人の女性が座り、静かに本を読んでいた。
背丈は高く、どこか凛とした空気を纏っている。 豪奢な学園の制服ではなく、仕立ての良い深紅のドレス。けだるげに組まれた長い脚と、その指先に宿る圧倒的な気品が、彼女がただの『生徒』ではないことを物語っていた。
アレンが一歩、彼女の方へ進み出た、その瞬間。
突如、全身に鉛を流し込まれたかのような、凄まじい重圧がのしかかった。
「……ッ!」
殺気だ。 それも、肌が粟立ち、呼吸すら止まるほどの濃厚な死の気配。 前世、数多の修羅場を潜り抜けたアレンの肉体が、本能的に全細胞を警戒状態へと叩き上げる。
(一歩……。あと一歩でも前に進めば、生きては戻れねえ。ここは『地獄』の境界線だ)
アレンは足を完全に止め、燕尾服の懐の兼定にいつでも手をかけられるよう指先を遊ばせながら、注意深く彼女を観察した。 武器の類いはない。姿勢にも無駄な力みは一切ない。
(刀じゃねえ。……やはり、魔法による『絶対不可侵の間合い』か)
アレンが油断なくその魔力の流れを見極めていた、その時。 本に向けていた女性の視線が、ゆっくりとアレンへと注がれた。
「……私の間合いに入って、大抵の者は恐怖して逃げ出すか、あるいは気づかずに進んで首を落とされるのだけれど。貴方は一目でそれを見極め、完全に踏みとどまったわね。……ただの給仕にしては、随分と面白い『身のこなし』をするのね」
鈴を転がすような、だが氷のように冷徹な声。 彼女は読み終えた魔導書を静かに閉じると、席を立ち、アレンのすぐ側をすれ違っていった。
のしかかっていた重圧が、嘘のように霧散していく。
アレンが振り返ると、彼女の長い後ろ髪が、薄暗い図書館の光の中でどこまでも綺麗に揺れていた。
その気配が完全に消えた後、アレンはふぅと息を吐き、足元をにらんだ。
「おい、アルク。……お前が気になったものはあれか?」
「ワンッ!」
アルクは先ほどの警戒が嘘のように、尾をちぎれんばかりに振って意気揚々と吠えた。強者との遭遇に、魔獣としての血が騒いだらしい。
「名前を聞きそびれたが……まぁ、この学園にいる間は嫌でもいつか出会うだろう。仕事に戻るぞ」
アレンはフッと不敵に笑うと、今度こそルシアンの待つ表舞台へと引き返した。
放課後。 学生たちが次々と帰路に就く中、アレンは公爵家の馬車へルシアンを送り届けた後、忘れ物を取りに行くという名目で、夕闇に包まれ始めた校舎へと一人戻っていた。
「ねえ、アレン!」
人気のない回廊の曲がり角。待ち伏せていたセレナが、ここぞとばかりにアレンの前に飛び出してきた。
「やっと二人きりになれたわ! 朝からずっとルシアン兄様の後ろで澄まし顔しちゃって、私、どれだけ声をかけたかったか……! その燕尾服、すっごく格好いいじゃない。たまには私のお給仕もしなさいよ」
「セレナ様、今はグランヴェル家の『執事』としてここにいます。公衆の面前で軽率に近づくのはお控えください」
ふくれっ面でまくしたてるセレナ。 だが、アレンの黒い瞳は、セレナの背後――さらに十数メートル先にある、教室のカーテンのわずかな隙間に向けられていた。
(……一、二、三。いや、四人か。お嬢様に付きまとってた『五家連合』のストーカーどもが、ここにきてルシアン様への嫌がらせに標的を変えたか)
セレナは気づいていないが、アレンの並外れた聴覚は、夕暮れの教室から漏れ出る不穏な囁き声を完全に拾っていた。 『グランヴェル公爵家の教科書に、夜間のうちに遅効性の精神汚染呪詛を仕込む』『明日、ルシアンが恥をかく姿が楽しみだ』。
アレンは完璧な執事の笑みを浮かべ、セレナに向けて優雅に一礼した。
「セレナ様、ルシアン様より、お嬢様を馬車へ連れてくるよう仰せつかっております。まずは馬車へ。私はルシアン様の忘れ物を回収した後、すぐに合流いたします」
「え、あ、そうなの? 兄様が……。じゃあ、先に行ってるわ。絶対にすぐ来なさいよね!」
セレナが少し嬉しそうに駆け出していくのを見送り、その背中が完全に角を曲がった瞬間――アレンの顔から、一切の「執事の笑み」が消え失せた。
「アルク。お前はあいつらの退路を塞げ。声を出す暇を与えるな」
「ガル」
燕尾服の影から黒い霧が飛び出し、一瞬で教室の裏口へと回り込む。
アレンは音もなく、問題の教室の扉の前に立った。白手袋の手をドアノブにかけ、ゆっくりと開ける。
「だ、誰だ……!? 執事……?」
薄暗い教室の中で、ルシアンの魔導書を囲んで怪しい呪符を広げていたエリート貴族の学生たちが、驚愕して振り返った。
アレンは入室すると同時に、背後でパタン、と静かに扉を閉め、鍵をかけた。夕闇の中で、アレンの瞳が新選組副長としての冷酷な光を放つ。
「失礼いたします、皆様。当学園の備品、および生徒個人の私物に、そのような下劣な呪詛を塗布することは規律違反に該当いたします」
「な、なんだと平民の分際で――」
一人が声を荒らげ、指先をアレンに向けようとした。 魔法の発動(詠唱)に移るよりも速く、アレンの身体がブレた。
「――がっ!?」
純粋な天然理心流の踏み込み――刀がなくとも、間合いの詰め方は同じだ。 アレンは一瞬で距離を詰めると、男の突き出された指を白手袋の手で掴み、そのまま笑顔でへし折らんばかりに逆方向へと極めた。ミチミチ、と関節が悲鳴を上げる。
「ひ、ぎぃあ、あ、あああっ!?」
「静かに。ルシアン様は明日も講義があるのです。教科書を汚されては、私の仕事に障る」
「この、平民がぁあ!」
残りの三人が一斉に割り出そうとしたが、教室の影から飛び出したアルクが、彼らの足首に噛みつき、凄まじい内圧の魔力で床へと叩き伏せた。
「がはっ!?」 「な、なんだこの黒い化け物は……!」
恐怖に顔を歪める彼らを見下ろし、アレンはお盆に紅茶を載せるかのような優雅な所作で、男の指を極めたまま、低く冷たい声で耳元に囁いた。
「五家連合の命令か何かは知らねえが……次、ルシアン様やお嬢様にその汚ねえ手を伸ばしてみろ。次は指じゃ済まねえ。この学園の裏山に、綺麗な肥やしを四人分、埋めることになるぞ?」
「ひ、ひぃぃ……っ!」
蛇に睨まれた蛙のように、エリート学生たちはガタガタと震え、恐怖のあまり失禁しかけていた。 アレンの纏うオーラは、ただの平民のものではない。本物の戦場で、何百人もの命を刈り取ってきた『本物の人斬り』のそれだった。
アレンはスッと手を離し、白手袋の皺を綺麗に伸ばした。
「――では、失礼いたします。良い放課後を」
完璧な一礼を残し、アレンは机の上の教科書を回収すると、怯え切った学生たちを置き去りにして、音もなく教室を後にした。
夕暮れの馬車乗り場。 待たされて少し不機嫌そうなセレナの元へ、アレンは何事もなかったかのような顔で歩み寄る。
「お待たせいたしました、セレナ様。忘れ物は無さに回収いたしました」
「もう、遅いわよアレン! ……って、あれ? あなたの白手袋、なんだか少し汚れてない?」
セレナの指摘に、アレンは手元を見た。 学生の襟元を掴んだ際に、ほんの少しだけ埃がついたらしい。 アレンはそれをスマートにポケットに隠し、極上の執事の笑みを浮かべた。
「お恥ずかしい限りです。少々、不躾な『害虫』の駆除に手間取りまして。……さあ、お帰りになりましょう」
ふんと胸を張るアレンの足元で、アルクが「ボクもがんばったよ!」と言わんばかりに、燕尾服の裾からトコトコと顔を出して尻尾を振っていた。
華やかな学園の裏で、その牙を誰にも気づかれずに振るう影。 アレンの学園生活は、まだ始まったばかりだった。
第48話をご覧いただき、ありがとうございました!
学園編第2作目にして、早くも最高にスリリングな展開になりましたね!
前半の図書館最奥で出会った深紅のドレスの女性、めちゃくちゃ格好よくないですか!?魔力ゼロのアレンをして「ここは地獄の境界線だ」と踏みとどまらせるほどの圧倒的な間合いと覇気。アレンを「面白い身のこなし」と評して去っていった彼女が、今後物語にどう絡んでくるのか、そして強者にしか懐かないアルクがなぜあんなに喜んでいたのか……これからの展開にぜひご注目ください。
そして後半は、これぞ『異世界新選組』の真骨頂!
セレナお嬢様が「お給仕しなさいよ!」とツンデレ全開で迫ってくるラブコメ裏で、アレンの暗殺者の耳はすべてを察知していました。
呪詛を仕込もうとしたエリート学生の指を笑顔のままへし折り、「次は学園の裏山に、綺麗な肥やしを四人分、埋めることになるぞ?」と完璧な執事の所作で耳元で囁くアレン……!本物の人斬りのオーラを向けられた坊ちゃんたちの失禁寸前の絶望顔、書いていて最高に爽快でした(箱館政権や新選組を舐めてはいけませんね。笑)。
ラストでセレナに手袋の汚れを指摘され、「不躾な害虫の駆除に手間取りまして」と極上のスマイルで返すアレンと、ドヤ顔のアルクのコンビが最高に愛おしいです。
早くも五家連合の末端を一人で「間引き」したアレンですが、学園の闇はまだまだ深そうです。次なる鬼の副長の暗躍を、どうぞお楽しみに!
【作者からのお願い】
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