第39話:鬼のしごきと、二つの覚醒
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第39話をお届けします。
特務隊に加わった黒髪のエルフ・レイヴン。
彼を待ち受けていたのは、幕末の京都を震え上がらせた、土方歳三直伝の『鬼のしごき』でした。
「外の精霊に嫌われたなら、そんな奴らに縋るのをやめろ」
アレンの容赦ない言葉と殺気が、レイヴンの中に眠る「不吉とされた真の力」を引きずり出す――!
限界の先で二人が魅せる、技の共鳴と「二つの同時覚醒」をぜひお楽しみください!
特務隊屯所、裏手の広大な練兵場。 早朝の澄んだ空気の中、鋭い風切り音と、それにつづく重苦しい打撃音が響き渡っていた。
――バシィィィンッ!!
「くっ……!?」 レイヴンは無様に土の上へと転がり、激しく咳き込んだ。 彼の纏う浅葱色の隊服は、すでに砂埃と己の汗でドロドロに汚れている。手にした黒鉄の強弓は辛うじて手放していないが、それを構える両腕はガクガクと震えていた。
「どうしたレイヴン! 狙いがブレてるぞ。足元が浮けば、どんな強弓もただの木切れだ。へばるにゃまだ早い、立て!」
目の前で、木刀を無造作に肩に担いだアレンが、鋭い眼光で見下ろしていた。 アレンの足元では、実体を持たない小さな黒角狼のアルクが「きゅ~う」と心配そうにレイヴンを見つめている。
特務隊の一員となったレイヴンを待っていたのは、かつて幕末の京都で隊士たちを震え上がらせた、土方歳三直伝の『鬼のしごき』だった。 訓練内容は、百歩離れた的を射るような通常の弓術ではない。アレンが放つ容赦のない殺気と、アルクを伴った変幻自在の突撃を、超至近距離で「回避しながら矢を番え、急所に叩き込む」という、実戦を想定した地獄の白兵戦訓練。
「はぁ、はぁ……クソ、人間め……!」 レイヴンは悔しさに奥歯を噛み締め、泥を吐き捨てて立ち上がった。 本来なら、プライドの高いエルフがこんな泥臭いしごきを受ければ即座に反発して立ち去るはずだった。――しかし。
ピコピコピコピコッ!!
怒りで顔を歪めながらも、彼の長い両耳は、アレンに激を飛ばされる度に嬉しそうに激しく振動している。本人は完璧に殺意の目を向けているつもりだが、耳の感情センサーは「局長に直接名前を呼ばれて、本気で向き合ってもらえて最高に嬉しい」と全力で主張していた。
「あーあ、レイヴンくん、また耳がすごいことになってるよー」 練兵場の隅で、シオンが屯所特製の麦茶が入った水瓶を抱えながら、のんきに笑っている。
「ふん、ただの痙攣だと言っているだろう」 レイヴンはシオンを冷たく一蹴すると、再び強弓をアレンへと向けた。 「アレン局長……。俺は、あなたに命を預けると決めた。だが、こんな泥臭いだけの訓練に何の意味がある。俺の『千眼のスリット』があれば、どんな敵の死角も一撃で射抜ける。わざわざ近接格闘に付き合う必要など――」
「甘ぇな」 アレンの目が、一瞬で冷徹な戦士のそれへと切り替わった。 「戦場じゃな、お前が弓兵だと分かった瞬間、敵の剣士や魔術師は死に物狂いで間合いを詰めてくる。綺麗に距離をとって狙い澄ませる戦場なんざ、ただの机上の空論だ。間合いを潰され、肉が斬らせ、骨を断たれる極限状態で、なお敵の喉笛を正確にブチ抜く技術――それこそが、俺の求める実戦の弓だ」
アレンは木刀の先を、レイヴンの胸元へと突きつけた。
「レイヴン。お前はさっきの戦いで、確かに矢に魔力を乗せていた。だが、お前の中に眠る力は、そんな生温いもんじゃねえはずだ。一族を恐怖させて追放されたほどの『精霊に呪われた黒髪の力』が、なぜあの程度の威力で収まってるか、分かるか?」
「……なんだと?」 レイヴンは息を呑み、漆黒の瞳を揺らした。
「お前は、外の精霊に嫌われて従来の魔法が使えねえ自分を、心のどこかで『一族の落ちこぼれ』だと諦めてやがる。だから、ただ矢に魔力を『乗せる』だけの、既存の魔法の真似事で満足してんだよ。俺を見ろ。俺にはお前たちのような魔力なんてこれっぽっちもねえ。だが、だからこそ殴る、蹴る、目潰し、何でも使って己の肉体一つで勝つ方法を掴んってきた」
アレンは木刀を引き、自身の髪――レイヴンと同じ、夜のように深い黒髪を指差した。
「外の精霊に嫌われたなら、そんな奴らに縋るのをやめろ。お前自身の内側にある力だけで、限界まで魔力を圧縮するんだよ。ただ矢に乗せるんじゃなく、その細い指と弓の弦の張力、そしてお前の『肉体の限界』を使って、千切れる寸前まで魔力を『絞り込め』」
「……絞り込む……?」
「あぁ。全身のバネ、腰の回転、そして甘えを捨てた指先に、お前の魔力のすべてを一点に同期させろ。お前をゴミのように捨てた一族の奴らが、怯えて腰を抜かすくらい、密度の違う『漆黒の炎』になるまでな。……お前だけの黒炎の矢、俺のシゴキで必ず引きずり出してやる。来い!」
アレンが地を蹴った。凄まじい風圧と共に、木刀が肉薄する。 いつもなら、レイヴンはここで『千眼のスリット』を使い、回避ルートを計算して後ろに跳んでいただろう。だが、アレンの言葉が、彼の魂の最奥に火をつけていた。
(一族の落ちこぼれ……。そうだ、俺は自分の限界を、自分で決めていた……。精霊に愛される美しいエルフの魔法を、どこかで羨み、なぞろうとしていた……!)
だが、自分を肯定してくれたアレンが求めているのは、そんな綺麗な魔法ではない。 泥水を啜り、一族を呪い、それでも生きるために引き絞ってきた、この不吉な黒髪の力――己自身の深淵だ。
「――おおおおおッ!!」
レイヴンは逃げなかった。一歩も引かず、むしろ前へと踏み込む。 アレンの放つ圧倒的な気魄の流れが視える。アレンの木刀が自身の肩をかすめ、肉が悲鳴を上げるのを無視し、黒鉄の強弓の弦を、限界を超えて引き絞った。 指の皮が弾け、鮮血が弦に滴る。
アレンの教え通り、ただ魔力を流すのではない。全身の筋肉、骨の軋み、そして血の焦る感覚をすべて、指先の一点へと「絞り込む」。 その瞬間、レイヴンの全身から、陽炎のようなドス黒い魔力が噴出し、弓全体が不気味な黒炎を纏い始めた。
(……待て。あのガキ、空間を『計算』してやがるな)
対峙するアレンの脳裏に、凄烈な「革新」が駆け巡った。 レイヴンの右目の奥で発動している『千眼のスリット』。 shadowを切り裂くようなその視線と、魔力を外部に放出せず、己の肉体と強弓の構造を利用して限界まで「内側に圧縮」していくプロセス。
魔力がないアレンには、魔法のエネルギーそのものは真似できない。 しかし、レイヴンがやっているのは「限られたエネルギーを空間的に把握し、ミリ単位で肉体の一点に同期させ、爆発的な威力を生み出す」という、極めて物理的で洗練された『空間と肉体の制御』だった。
(そうか。気魄も、肉体の力も同じだ……。ただ無闇に前にぶつけるんじゃねえ。敵との空間をミリ単位で把握し、そこに己の力を凝縮してハメ込むんだよ)
先日、魔獣アルクへの『名付け』に成功して以来、アレンの肉体には、魔力とは違う未知のエネルギーの巡りが確かに馴染み始めていた。アレンはその感覚と、レイヴンが今見せた「空間把握」と「超圧縮」の概念を、自身の天然理心流の技術へと瞬時にコンバート(変換)した。
アレンの細身ながらも凄絶な鍛錬で鍛え上げられた肉体が、ミきりと音を立てる。 まず、アレンから放たれる殺気と気魄が、自身の周囲数メートルへ濃密に張り巡らされた。踏み込んできた敵の動きをミリ単位で逆探知する、絶対的な迎撃の間合い――。
天然理心流――『方円の檻』。
その檻の中で、臨界点に達したレイヴンが、防壁ごと敵を焼き尽くす漆黒の炎――『黒炎の魔矢(エレボスの残り火)』を解き放つ。
「消え失せろ……我が怨敵を焼き尽くせ!! 『魔弾付与・追影』――ッ!!」
放たれた黒炎の矢は、空気を引き裂きマッハの速度でアレンへと肉薄する。 だが、『方円の檻』によってその軌道を完全に予知していたアレンの表情に、微塵の動揺もなかった。アレンは半身をわずかにずらし、腰に差した和泉守兼定の「鞘」の先端で、飛来する黒炎の矢の側面をミリ単位の精度でカツン、と叩いた。
凄まじい質量を持ったはずの矢が、その最小限の受け流しによって軌道をわずかに反らされ、アレンの衣服を掠めもせずにその真横を通過していく。 レイヴンが「化け物め……!」と驚愕の目を見開いた瞬間には、アレンはすでに『縮地』によって標的の正面へと肉薄していた。
木刀を中段に構え、肉体の全バネ、そして名付け以来巡る未知のエネルギーのすべてを、その先端の一点へと「超圧縮」する。
「天然理心流――『絶空・平突き(ぜっくう・ひらづき)』ッ!!」
轟ォォォンッ!!!
レイヴンの放った黒炎の矢が、練兵場の遥か彼方に設置されていた魔法防御陣付きの巨大な岩の標的に着弾し、内側から大爆発を起こす。 しかし、アレンの放った『絶空・平突き』の、目に見えぬ気魄の衝撃波は、その大爆発の炎すらも強引に巻き込みながら前方へと一直線に突き抜け、さらにその後方にあったぶ厚い防壁までも一瞬にして木っ端微塵に粉砕した。
標的のあった場所には、ただの巨大なクレーターだけが残り、そこには精霊の光を拒絶するような黒い炎がメラメラと揺らめいている。
「はぁ……はぁ……はぁ……!」 レイヴンは強弓を構えたまま、その凄まじい破壊の光景を見つめ、驚愕に目を見開いた。 これほどの威力。一族の誰も見たことのない、自分だけの力。そして、それを引き出し、さらにその一撃を「鞘一本で受け流した」上で、その上を行く衝撃波を平然と放ってみせたアレンの底知れぬ強さ。
「……見事だ、レイヴン」 アレンが木刀を収め、自身の進化した手の掌を握り締めながら、満足げに笑った。 「ただ綺麗に当てるだけの弓じゃねえ。すべてをブチ壊す、特務隊の弓だ。いい極意を掴んだな。……おかげで、俺の剣もまた一つ、先の領域へ進めた」
「アレン、局長……」 レイヴンの漆黒の瞳に、ジワリと熱いものが込み上げる。 自分の不吉な力を認め、必要としてくれた。何より、自分を見て局長自身も強くなったと言ってくれた。 胸が熱くなり、感情を殺しきれなくなったレイヴンの両耳が、衣服が擦れるほどの勢いでピコピコピコピコッ!! と激しく震えだす。
「ふふ、二人ともよく頑張ったね! はい、特製麦茶!」 シオンがすかさず駆け寄り、冷えた木杯を差し出す。 「す、すまない……。人間の割には、気の利く女だ……」 レイヴンは慌ててクールな表情を取り繕い、ミリ単位で乱れた隊服の襟を整えながら、一気に麦茶を飲み干した。
アレンはそんな彼の様子を満足げに見つめると、自身の衣服についた土を軽く払い、練兵場の入り口へと歩き出した。
「よし、今日のしごきはここまでだ。食堂へ行くぞ。ボルドが屯所鍋を用意して待ってる」
その言葉を聞いた瞬間、レイヴンの目は再び「冷徹な狂信者」のそれへと戻った。 アレンから「好きにしろ」と言われているにもかかわらず、レイヴンは一歩も遅れまいと、アレンの先日負傷した『左肩側の死角』へとピタリと張り付いた。 その歩幅、歩く角度、すべてがアレンの背後を完璧にガードするストーカーのごとき位置取り。近づこうとするシオンや、すれ違う他の隊員たちを、「局長に一歩も近づけるか」とばかりに、鋭い眼光で威嚇し続けている。
「(ボソッ)……シオン、レイヴンくん、さっそく局長の護衛ストーカー部隊になってるよ……」 「(ボソッ)……あはは、本当だね。でも、耳がすっごく嬉しそうにピコピコしてるから、全然怖くないや」
本人はどこまでも冷徹な暗殺者のように影に徹しているつもりだが、その長い耳の先端は、アレンの後ろを歩ける歓喜のせいで根元から真っ赤に染まり、ピコピコと激しく揺れ動いていた。
アレンは前を歩きながら、背後に気配を溶け込ませる新たな一番隊隊士に、ボソリと言葉を投げかけた。
「レイヴン。腕慣らしはここまでだ。……ガラルドの野郎からふっかけられた『スラム街の警備権』、近々特務隊総出で御用改めに乗り出すぞ。その黒炎、さっそく実戦で使い所を作ってやる」
その言葉に、レイヴンは静かに、しかし底深い狂気と歓喜を瞳に宿して一礼した。
「御意、アレン局長。……あなたを汚す不浄、あなたに牙を剥く愚者、そのすべてを、この黒炎で一粒の灰も残さず焼き尽くして見せましょう」
互いの技術を響き合わせ、共にさらなる高みへと覚醒した二人。 無法地帯と化したスラム街に「真の秩序」を築くための、特務隊最強の主従による進撃が、いよいよ始まろうとしていた。
第39話をご覧いただき、ありがとうございました!
アレンとレイヴン、互いの技術を響き合わせた**「師弟であり主従」のW覚醒回**、いかがでしたでしょうか!
己の深淵を受け入れ、弓の限界まで魔力を超圧縮したレイヴンの**『黒炎の魔矢(エレボスの残り火)』の破壊力。
そして、それを目の前で見て瞬時に「絶対的迎撃の間合い」へと昇華させ、防壁ごとクレーターに変えたアレンの『方円の檻』&『絶空・平突き』**……!魔力を持たないアレンが、技術と空間把握だけで異世界の常識を置き去りにしていく姿は、書いていて最高にスカッとしました。
……しかし、そんな凄まじい極意を掴んで「冷徹な暗殺者」を気取っているのに、アレンに認められた嬉しさと、後ろを歩ける歓喜で**両耳が衣服と擦れるほどピコピコピコピコッ!!**と大騒ぎしているレイヴン、本当に分かりやすくて愛おしいですね(笑)。
すっかり局長付きの過保護な護衛ストーカー(耳ピコ付き)が板についてきました。
ラストでは、ついにガラルド公爵からふっかけられた「スラム街の警備権」への出陣が宣言されました。特務隊総出の本格的な「御用改め」、一体どんな大暴れになるのかご期待ください!
【作者からのお願い】
「レイヴンの黒炎の矢が格好良すぎる!」「耳ピコピコのストーカー化が可愛すぎる!」「アレンの新技の威力ヤバい!」と思ってくださった方は、ぜひ作品への応援をお願いします!
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漆黒の炎を宿した特務隊の次なる「御用改め」、どうぞお楽しみに!




