第37話:月下の二段突き
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深夜の屯所の裏庭で、一人ストイックに木刀を振るう一番隊長シオン。
「アレンを死なせないため」に強さを求める彼女に、アレンは前世の「ある天才」が放った至高の突きの極意を伝授します。魔力×執念が生み出す、シオンの新たな魔剣とは――!?
後半では、監察方に新たな実力者・ニナが合流。
スラムの最奥で蠢く「闇の奴隷市場」の情報を掴み、特務隊(新選組)が再び夜闇に動き出します!
ぜひ最後までお楽しみください!
深夜の特務隊屯所。 昼間の賑やかさが嘘のように静まり返った裏庭に、ひんやりとした夜気が満ちていた。 煌々と輝く月光が、白砂の敷かれた地面を青白く照らし出している。
シュッ、と鋭い風切り音が静寂を切り裂いた。
「ハァ、ッ、ハァ……! ボクは、もっと速くなれる……!」
木刀を構え、荒い息を吐き出しているのは一番隊隊長シオンだ。 その額からは大粒の汗が流れ落ち、新調された浅葱色の羽織が、激しい運動によって大きくはだけている。普段のぽわぽわとした笑顔は消え去り、その色素の薄いタレ目は瞳孔が開き、獲物を見つけた猛獣のような鋭い「野生の眼」に変わっていた。
その数歩先。 アレン――土方歳三は、木刀を右腰のあたりに低く構え、微動だにせずシオンを見据えている。その佇まいは、まるで一本の古木のように自然でありながら、一切の隙がない。
ドンッ! と地面の白砂が爆発した。 神速の踏み込み。シオンの身体が月光の中で文字通り陽炎のようにブレる。 肉眼では到底捉えられない速度から放たれる、必殺の直突き。真っ直ぐアレンの喉元へと突き進む軌道。
だが、アレンは寸前で半身をかわした。 シオンの木刀が、アレンの首皮一枚のところを、凄まじい風圧を伴って通り抜ける。
「――仕留めた!」 かわされることは織り込み済みだ。シオンは即座に木刀を引き戻し、二撃目の面へと移行しようとする。 しかし、それよりも早く。アレンがかわした勢いのまま、最短距離で突き出した木刀の切っ先が、シオンの胸元にピタリと止められた。
「……そこまでだ」 アレンが静かに木刀を引くと、シオンはその場に膝をついた。
「あうぅ……やっぱり当たらない。今のボクの最速だったのに……! ボクの剣が、一瞬でも遅れたら――アレンが死んじゃう」
悔しさに唇を噛み締め、拳で地面を叩くシオンを、アレンは静かに見つめた。 自分を「魔力過多」の地獄から救ってくれたアレンを失うことだけは、彼女にとって絶対に許せないのだ。その健気な執念を誇らしく思いながらも、アレンは木刀を肩に担ぎ、月を見上げた。その脳裏に、かつて同じように月明かりの下で、冗談を言い合いながら白刃を交わした、あの懐かしい「天才の背中」が浮かぶ。
「……昔な、俺のよく知る男がやっていた技なんだがな」
そう呟いたアレンの目が、一瞬だけ、ぞっとするほど寂しげに細められた。シオンはその横顔を、じっと見つめる。
「そいつはひどく身体が弱くて、お前のように魔力なんて便利なものは持っていねえ。だが、そいつの突きは、ひと呼吸の間に三つの穴を穿った。一撃目を突き出すと同時に、すでに二撃目、三撃目の軌道が重なっているんだ。……引くんじゃねえ、一撃目の突きが風を切り裂いた瞬間、その反動の『ブレ』を利用して、手首の返しだけで二撃目を滑り込ませるんだ」
アレンの言葉に、シオンの天才の脳細胞が凄まじい速度で回転し始めた。 彼女はゆっくりと立ち上がると、自らの腕を見つめ、魔力を限界を超えて練り上げ始めた。
「……アレン。ボクにはその男の人みたいな、極限の手首のバネはないかもしれない。……でも、ボクには『これ』がある」
シオンの全身から、爆発的な浅葱色の魔力が噴き出す。 それは肉体強化の域を超えていた。シオンは、突き出した腕の筋肉を強制的に「魔力の波動」で逆方向に爆発させ、物理的な限界を超えた超高速の引き戻しと、第二撃の再加速を同時に行おうとしていたのだ。
パキパキ、と常人なら筋肉が千切れ飛び骨が砕けるほどの超負荷。衣服の隙間から覗く白い肌が真っ赤に充血していく。それを、彼女のアレンを護りたいという執念だけが繋ぎ止めていた。
「いくよ、アレン……! ボクの、新しい剣――っ!」
瞬間、シオンが突進した。 アレンは先ほどと同様に、最小限の動きでその直突きをかわしようとする。 だが、アレンの首筋を木刀が通り過ぎたコンマ数秒後、シオンの腕からパァンッ!! と大気が爆裂するような衝撃音が響いた。
引き戻すのではない。魔力の反動で腕をその場で『弾き』、瞬時に軌道を変えた。 かわしたはずのアレンの視界に、月光を反射して完全に「二本にブレた木刀の残像」が同時に迫る。
(――チッ!!) アレンは本能的に和泉守兼定の鞘を抜き放ち、その二撃目をギリギリで弾き落とした。 激しい木音と魔力の風圧が裏庭を吹き抜ける。
アレンの浅葱色の羽織の袖口が、一文字に切り裂かれ、夜風にひらひらと舞い落ちた。
静寂が戻る。 シオンは肩で息をしながらも、自分の両手を見つめ、それから満面の笑みを浮かべた。
「できた……! 掴んだよ、アレン! 天然理心流・魔剣――『瞬界・二段突き(しゅんかい・にだんづき)』!!」
「……上出来だ。お前のその牙なら、時代の壁だってぶち抜けるな」
「えへへ、アレンに褒められちゃった!」 シオンはいつものぽわぽわとした笑顔に戻り、嬉しそうにアレンの周りを飛び跳ねる。
アレンは木刀を納めると、懐から昼間鹵獲した魔導銃の部品を取り出し、指先で弄んだ。シオンの近接殺傷能力は跳ね上がったが、魔導銃という遠距離兵器に対抗するには、こちらの飛び道具の戦力が圧倒的に足りていない。敵の射手を確実に、かつ無音で仕留められる「狙撃手」が必要だった。
その時、裏庭の隅の夜闇から、サバサバとした軽快な声が響いた。
「相変わらず隊長サマの特訓は過激だねぇ。屯所の庭がいくつあっても足りやしないさ」
月光の届かない植え込みの影から、ずるりと滑り出るように、黒装束を纏った小柄な少女が姿を現した。顔の半分を黒い布で覆った彼女――ニナは、アレンの足元へトトト、と駆け寄ってきた黒角狼の子供、アルク(歩)の頭を器用に避けてみせる。
「グルル……」 アルクはアレンの羽織の裾を甘噛みしながらも、ニナに向けて小さな角をピンと立てた。アレンが大きな手でアルクの頭をガシガシと撫で回すと、アルクは嬉しそうに尻尾を振る。
「ニナ、勝手に影から戻るなと言ったはずよ」
直後、ニナの背後の闇から、猫耳を不気味にピルピルと動かした監察方筆頭・ミアが姿を現した。その碧い瞳には、鋭い密偵の光が宿っている。
「いいじゃないかミア。隊長サマに早く報告したくて、君だってソワソワしてたんだろ?」 ニナは長い前髪の奥の瞳をニヤニヤと細め、ミアの肩を肘でつついた。
「な、何言ってるのよ、バカニナ! 私は公務として……!」 「はいはい、公務公務。隊長サマ、聞いてやってよ。ミアってば、隊長サマに褒められたくて、昨日の夜から一睡もせずに潜入捜査してたんだぞ。健気だろ?」
「ちょっとニナ!! 余計なこと言わないでよっ!!」 ミアは一瞬で顔を真っ赤にし、猫耳を完全に逆立てて怒鳴り散らした。そんな二人のやり取りを、シオンは「ミアもアレンが大好きだもんねー」とぽわぽわした笑顔で見守っている。
アレンはフッと呆れたように息を吐き、新顔であるニナに視線を向けた。
(ニナ……ミアと同じく、スラムのどん底で行き場をなくしていた娘だ)
先にアレンに拾われ、監察方筆頭となったミアが「スラムで唯一、信頼できる腕利きのダチがいる」と連れてきたのが、このニナだった。 泥水を啜って生きてきた凄みと、影に潜む天性の才能をアレンが見抜き、特務隊の監察方副隊長として正式に拾い上げてから数ヶ月。今ではミアの頼れる右腕として、特務隊の「裏の目」を完璧にこなしてくれている。
「じゃれ合いはそこまでにしろ。ニナ、お前が直々に影から戻ってきたってことは、それなりのネタを掴んだんだな」
アレンの声が低くなった瞬間、ニナは一瞬でからかいの表情を消した。プロの監察方としての、冷徹で鋭い目がアレンを見据える。
「ええ、バッチリ。隊長サマが気に入る極上のネタさ。――このスラムの最奥にある地下廃墟で、バルディア帝国の残党や悪徳貴族が絡んでいる『闇の奴隷市場(密売組織)』が、明日の夜に密かに開かれるみたいだぞ」
その言葉を聞いた瞬間、アレンの足元でアルクの背中の毛が逆立った。 クンクンと鼻を鳴らし、遥か地下から漂う鉄錆と血の臭い、そして囚われた獣たちの怨嗟の気配を、狼の鋭い本能で察知したのだ。
アレンの口元が、冷徹に、そして獰猛に歪んだ。 国直轄の特務隊、そしてルシアン様から任された街だ。裏でうごめく密売組織を合法的に叩き潰し、ガサ入れする大義名分は十分すぎるほどにある。
「上等じゃねえか。丁度、シオンの新しい牙を試す標的(的)が欲しかったところだ。それに、帝国の残党が絡んでいるなら、またあの鉄の筒(魔導銃)に関する情報も転がっているかもしれん」
「ワンッ!」 アルクは低く吠え、自らの爪で白砂の地面をカリリと引っ掻いた。その瞳には、故郷を奪った帝国への、静かな怒りの炎が宿っている。
「アルク。お前を追いやった帝国の奴らの匂いがするはずだ。……初陣だ、ついてくるか?」
アルクはアレンの影にピタリと寄り添い、行く手を睨みつけた。
「シオン、ボルド、ミア、ニナ。総員、御用改めの準備をしろ。明日の夜、スラムのネズミの巣を根こそぎブチ壊しに行くぞ」
「うん! ボクの新しい技、さっそく試してあげるね!」 シオンは目を爛々と輝かせ、夜空に浮かぶ満月を見上げるのだった。
(地下の檻に囚われた「未知の存在」と、特務隊が出会うまで――あと、数時間)
第37話をご覧いただき、ありがとうございました!
シオンの新技【瞬界・二段突き】、いかがでしたでしょうか!
前世で土方歳三と共に戦った、あの白皙の天才剣士の技。それを異世界の魔力とシオン自身の「アレンを失いたくない」という苛烈な執念で再現する展開は、書いていて最高に熱が入りました。アレンの袖口を切り裂くほどの神速、これからの実戦が楽しみです。
そして新顔のニナと、すっかり特務隊に馴染んでいるアルク(歩)も可愛かったですね。ミアがアレンに褒められたくて徹夜で潜入捜査していたのをバラされて赤面するシーンは、殺伐とした特訓の後の良い癒やしになっていれば幸いです(笑)。
次回はついにスラムのネズミの巣へ総員で御用改め!檻に囚われた「未知の存在」とは一体……!?
【作者からのお願い】
「シオンの二段突きがめちゃくちゃ格好良かった!」「ミアとニナのコンビが好き!」「次回のガサ入れが待ちきれない!」と思ってくださった方は、ぜひ応援をお願いします!
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