第32話:異世界に翻る、浅葱の『誠』
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買い出しの隙を狙った魔獣の襲撃を、リナとセレナの共闘、そしてアレンの「一の太刀」で退けた【帰郷・修行編】。 しかし、その裏には隣国バルディア帝国の不穏な陰謀が隠されていました。
本当の戦場が近づく中、アレンはスラムの教会地下で、かつての懐かしい天才剣士――沖田総司の面影を重ねる少女・シオンと出会います。
今宵、特務隊の詰所で、新たな伝説の幕開けとなる「組織改編」が宣言されます。異世界に産声を上げる、あの「誠」の形とは――!?
領都にある特務隊の詰所(屯所)の広場に、肌を刺すような緊迫した空気が張り詰めていた。
急遽招集された数十人の隊士たち――元騎士のボルドを慕う実力派の戦士から、裏社会でブイブイ言わせていた骨のあるゴロツキまで、一癖も二癖もある猛者たちが一堂に会している。
その最前列、アレンのすぐ傍らに、見慣れない少女がぽつんと立っていた。 肌が白く、華奢で細身の、おっとりとしたタレ目の少女――シオンだ。
ずるずると大きいサイズの特務隊の制服を羽織り、「ふわぁ……」と緊張感の欠片もないあくびを噛み殺している。
「おいおい局長、急に野郎どもを集めて話ってのは何ですかい? 帝国のネズミ狩りの続きですか?」
190センチ近い巨躯を持つ特攻隊長、ボルドが太い腕を回しながら尋ねる。
隊士たちの視線がアレンへ、そしてその隣の奇妙な小娘へと集まった。アレンは腰に帯びた和泉守兼定の鞘を不骨な指で軽く叩き、地響きのような鉄の声で告げた。
「総員、静粛に。――これより、特務隊の組織改編を行う」
アレンの切れ長の瞳が、並み居る猛者たちを射抜く。それだけで、ざわついていた広場が水を打ったように静まり返った。
「昨夜の御用改めで分かった通り、裏で糸を引いているのはバルディア帝国 shadow(影)だ。これからは、綺麗に整えられた捕縛劇じゃ済まねぇ。国を奪りにくる本物の『戦争』が始まる。……ゆえに、敵の陣形を真っ向からブチ破り、術式を構築される前に魔術師の首を瞬殺できる、特務隊の最先鋒――『一番隊』を新設する」
隊士たちがゴクリと息を呑む。誰もが、自分がその命懸けのエース部隊に選ばれるのではないかと身構えた。
だが、アレンは迷うことなく、隣で睡魔と戦っている少女を指差した。
「一番隊隊長には、このシオンを任命する」
一瞬の静寂。直後、広場が爆発したような激しい騒がしさに包まれた。
「はぁぁ!? 局長、冗談だろ!」 「いくら局長の命令でも、そんな触ったら折れそうな小娘が一番隊の頭だなんて、納得いかねぇ!」 「俺たちに死ねって言ってるようなもんだ!」
裏社会上がりの筋骨隆々とした大男たちが、色めき立ってシオンを睨みつける。魔法至上主義のこの世界において、杖も持たず、魔剣でもない錆びた鉄剣を腰に下げただけの少女が上に立つなど、彼らのプライドが許さなかった。
だが、シオンは困ったように首を傾げるだけだ。
「えー。ボク、組長さんなんてめんどくさいのですけど……。でも、アレンさんがやれって言うなら、お給料分は働きますよぅ?」
「おい小娘、なめるなッ!」
痺れを切らした一人の大男が、前に飛び出した。元傭兵で、特務隊でも一二を争う剛腕を誇る男だ。男は威嚇のために不骨な鉄剣を抜き放ち、シオンへと獰猛に肉薄する。
「そのふざけたツラ、少し引き締めてやるわ――」
男が間合いに入った、その瞬間だった。
シオンの瞳孔が、猛獣のように細く裂けた。 アレンから伝授された『天然理心流の呼吸法』。体内で暴走し、己の肉体を内側から焼き切ろうとしていた膨大な魔力の激流を、彼女は呼吸一つで均し、その全てのエネルギーを、手にした鉄剣の「切っ先」へと完全に集束させる。
――シィンッ!!!
空間そのものが一瞬だけ消滅したかのような、超高速の平突き。
金属が激突する音すら鳴らなかった。男が気づいた時には、彼が振り下ろそうとしていた鉄剣の刀身が、根元から綺麗に丸く『くり抜かれ』、消し飛んでいた。
そして、シオンの鉄剣の切っ先は、男の喉皮一枚のところでピタリと止まっている。刃から放たれた目に見えない衝撃波だけで、男の背後にあった頑丈な木柵が、ボボォン! と大きな音を立てて粉砕された。
「……ひっ、あ……」
男は腰を抜かし、その場にガタガタと崩れ落ちた。一歩間違えれば、自分の喉に風穴が空いていた。その圧倒的な、理不尽なまでの神速の武を前に、広場にいた全員の喉が恐怖で凍りついた。
シオンは再び、ぽわぽわとしたタレ目に戻って剣を引き戻す。
「ふぅ、やっぱりアレンさんの言う通り。息を吸いながら突くと、身体が全然痛くないや。すごーい」
アレンはフンと鼻を鳴らし、硬直する隊士たちを見渡した。
「文句のある奴は、今すぐ前に出てシオンと戦え。……いねぇな? ならば決定だ。一番隊組長はシオン。お前ら、死にたくなければこの天才の背中に死に物狂いで食らいつけ」
「は、はっ……!!」
さっきまで反発していた男たちが、直立不動で恐怖の混じった返声を上げる。かつての病魔の天才の幻影が、異世界の地に『一番隊隊長』として降臨した瞬間だった。
アレンは視線をボルドへと移した。
「次だ。ボルド、お前を『二番隊隊長』に任命する。お前の大盾と剛剣は、特務隊の『不落の壁』だ。一番隊が斬り込んだ後、戦線を完全に維持し、敵を圧殺する重装部隊を率いろ」
「――ッ! がってんでさぁ、局長!! このボルド・ザ・ブルータル、二番隊の盾として、敵の魔法だろうが軍勢だろうが、一枚残らず叩き潰して見せやす!!」
ボルドが分厚い胸を叩き、地を震わせる声を上げる。
「...そして――ミア」
アレンは、広場の影から静かに様子を見ていた猫耳の少女へと声をかけた。
「……なによ。私は戦闘なんて大嫌いだからね」
ミアがツンとそっぽを向くが、アレンは静かに首を振った。
「お前に前線で剣を振れとは言わねぇ。ミア、お前を特務隊の『監察方筆頭』に任命する。スラムの情報網をさらに拡大し、隊内の規律違反の取り締まり、そして帝国のスパイの動向調査――その全てをお前の『眼』に委ねる」
「監察方……、筆頭……」
ミアはその不慣れな、だが自分の隠密能力をこれ以上ないほど評価された役職名に、琥珀色の目を丸くした。
「……ふん。まぁ、おめでたいお上の代わりに、私が裏でネズミを駆除してあげるってだけ。感謝しなさいよね」
相変わらずのツンデレだが、その猫耳は嬉しそうにパタパタと震えていた。
組織の骨組みが、かつての『新選組』と同じ形へと昇華していく。 だが、アレンの改革はそれだけでは終わらなかった。アレンは詰所の奥から、あらかじめ用意させていた、一本の大きな【旗差物(隊旗)】を取り出し、広場の中央へと力強く突き立てた。
それは、夜明けの空を思わせる、鮮烈な浅葱色の布地。 だが、その中央には、この世界の誰も見たことがない、不骨で力強い『文字』が、黒い墨で大きく染め抜かれていた。
「局長……。その旗に書かれてる、見たこともねぇ文字は一体……?」
ボルドが畏怖を込めて尋ねる。
アレンは、誇り高く風にたなびくその文字を見つめ、静かに言い放った。
「これは、俺の昔のふるさとの言葉で『誠』と読む」
誠――。 その一文字に込められた圧倒的な重圧と、アレンの魂の格が、目に見えないプレッシャーとなって広場全体を支配する。
異世界の住人には読めないはずの歪な並びの文字。だが、そこに込められた圧倒的な覇気とアレンの覚悟が、ひどく神聖で、苛烈なものとして彼らの魂に直接響いていた。
「武士が、自らの信念と、主への忠義を最後まで貫き通すという誓いの証だ。これから俺たちは、この浅葱の旗の下で戦う。どんな乱世が来ようが、どんな化け物が相手だろうが、この旗の元に集った仲間は、意地でも俺が守り抜く。――お前たちの命、この『誠』の旗に預けろ」
その不骨で、泥臭く、しかし何よりも頼もしい言葉。 シオンは目を輝かせ、ボルドは涙ぐみ、ミアは息を呑み、他の隊士たちもまた、その未知の文字に、どうしようもなく魂を惹きつけられていた。
「「「おおおおおおおッ!!!」」」
地を揺るがすような、特務隊全員の鬨の声が領都の夜空へと響き渡る。
異世界の地に、ついに完全なる『新選組』が誕生した。 浅葱色の旗が風に揺れる中、鬼の副長は、迫り来る帝国の巨大な闇を睨み据えるのだった――。
第32話をお読みいただきありがとうございます!
ついに、ついに異世界の地に浅葱色の『誠』の旗が掲げられました! アレンの口から語られた「俺の昔のふるさとの言葉」というフレーズ、彼の背負う不骨な過去が垣間見えて最高に引き締まるシーンになりました。
ぽわぽわとしたタレ目からは想像もつかない神速の平突きを放ち、一瞬で隊士たちを黙らせた一番隊組長・シオン。アレンのことを「アレンさん」と慕い、天然理心流の呼吸を完璧にこなす彼女の圧倒的な天才っぷりにゾクゾクしていただけたら嬉しいです!
次回第33話、ついに動き出す帝国の陰謀を前に、結成されたばかりの新生・特務隊が初の任務へと出動します!
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