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第29話:新たな一歩と不穏な影

いつも『異世界新選組』をお読みいただき、本当にありがとうございます!

前回、故郷の村を襲った黒角狼のボスを激闘の末に退けたアレン。 今回は、その戦いで出会った小さな相棒「アルク」を連れて、ついに領都へと帰還します。

魔力ゼロの少年が成し遂げた『名付け』という奇跡に公爵令嬢セレナが驚愕する中、アレンの脳裏には前世の「あの男」の言葉が蘇り――。 そして、領都で待っていたのは、世界のパワーバランスを揺るがす不穏な陰謀の影でした。

激動の新章開幕となります。どうぞ最後までお楽しみください!


「アレン、絶対にまた村に顔を出してね! アルクも、アレンの言うことをよく聞くんだよ!」

見送りに集まった村人たちの中心で、リナが大きく手を振っていた。 アレンは馬車の窓から「あぁ、お前も腕を鈍らせるんじゃねぇぞ」と短く応え、動き出した馬車のシートに深く身体を預けた。

村を出発した貸切馬車の中。 アレンの腕に収まっているのは、小さな黒角狼の子供――アルクだ。 昨日、村を急襲した獰猛な魔獣のボスと同じ種族とは思えないほど、その姿は愛くるしい小犬そのもので、アレンの着ている浅葱色の羽織の袖を小さな牙でカプカプと引っ張っている。

「おい、アルク。大人しくしてろ。……お前が食うのは俺の袖じゃねぇだろ」

アレンが大きな手でアルクの頭を軽く小突くと、アルクは短い尻尾を振りながら、アレンの膝の上で丸くなってクンクンと鼻を鳴らした。 かつて「鬼の副長」と恐れられた男が、小さな相棒の無邪気さにどこか呆れつつも、その不骨な眼差しには確かな温かさがあった。

しかし、そんな車内の向かい側で、公爵令嬢のセレナだけは、一人真剣な顔で固まっていた。

(信じられませんわ……。本当に、普通に生きている……?)

セレナの視線は、アレンの膝の上で丸くなるアルクへと注がれていた。 通常、魔獣に名を与える『名付け(従魔契約)』とは、術者の膨大な魔力を分け与える高等魔術だ。もし魔力を持たない者が強引にそれを行えば、契約の対価として魂を根こそぎ持っていかれ、最悪の場合は術者も魔獣も即死する。 それなのに、アレンは昨夜一時的な立ち眩みを起こしただけで、今は何事もなかったかのように平然としている。

「……アレン。一つ、伺ってもよろしいかしら」

「どうしたんだ? セレナお嬢様。まだ昨日の稽古の筋肉痛が残ってんのか」

「……からかわないでくださいまし。筋肉痛など、とっくに消え去りましたわ。それよりも……貴方、本当に自分が『魔力ゼロ』だと思っていますの? 昨日貴方が行ったのは、高名なテイマーでも命を落としかねない禁忌に等しい行為ですわよ。どうして平然としていられるのですか」

セレナの真剣な問いに、アレンは少し視線を落とし、窓の外へと目を向けた。

(魔力、か。そんなもんは今でも一滴も感じねぇよ)

自分がなぜこの世界に生まれ変わったのか。誰の意志で、何の目的で、この「アレン」という少年の体に幕末の魂が宿ったのか。その謎は、今も何一つ解明されていない。 ましてや、自分は人を惹きつけるような大層な人間ではないはずだ。

だが、アレンの脳裏には、前世の古い記憶がよぎっていた。 かつて多摩の試衛館で、そして激動の京の街で、近藤局長がよく笑いながら言っていた言葉だ。

『トシ、お前にはな、理屈じゃねえ妙な「器」がある。頑固で、不器用で、だけど周りの人間の魂をどうしても惹きつけちまう、底の知れねえ器がな』

あの時、自分はフンと鼻を鳴らして即座に反論したものだ。

『よしてくれ、近藤さん。俺にゃあんたほどの人徳もなけりゃ、人が集まるような人脈もありゃしねぇよ。俺にあるのは、嫌われ役の引き出しだけだ』

すると近藤さんは、いかにも愉快そうに大口を開けて笑い飛ばしたのだ。

『ははは、いずれ分かるさ、トシ。お前がただの「嫌われ役」で終わる男じゃないことくらい、俺が一番よく知ってるさ』

(理屈じゃねぇ。俺が俺として、武士おとことしての魂の格を貫いているからこそ、この犬っころも俺に命を預けると決めた……。近藤さん、あんたの言った通り、少しは分かるようになってきたぜ)

「さぁな。ただ、俺の命を預ける『牙』が増えた、それだけだ。文句がある奴にゃ、兼定で御用改めを食らわせてやるよ」

アレンは静かに、しかし確かな自信を宿した目で微笑むと、アルクの小さな頭をぽんと叩いた。

その瞬間、アルクの額にある小さな角が、一瞬だけ、主の強い意志に呼応するように鈍い金色の光を放った。それは、この魔獣がただのダークウルフではなく、アレンの「魂の格」を吸って規格外の成長を遂げる予兆であることに、まだ誰も気づいていなかった。

数日後。馬車は無事に領都へと到着した。

アレンはまず、長旅と過酷な修行を終えたセレナを送り届けるため、ド・グランヴェル家の領主館へと向かった。 館の重厚な門をくぐると、そこには留守中ずっと彼女の身を案じていた家族や、主であるルシアンが安堵の表情で出迎えていた。

「よく無事で帰ってきたね、セレナ」

ルシアンは妹を優しく迎え入れると、その背後に立つ執事へと視線を巡らせた。

「アレン、セレナを無事に連れ帰ってくれてありがとう。……少し疲れているようだね、無理はしないでくれよ」

「過分なお言葉、痛み入ります。ルシアン様」

アレンは一礼して静かに領主館を後にする。家族の元へ無事に返すこと。それもまた、執事としての、そして男としての不骨なケジメだった。

その後、アレンは自身の率いる特務隊の詰所へと足を踏入れた。 だが、その瞬間、アレンは室内に漂う異様な空気を敏感に察知した。 隊士たちが慌ただしく書類を抱えて走り回り、留守を預かっていた幹部の隊士が、アレンの姿を見るなり血相を変えて駆け寄ってきたのだ。

「局長! お戻りをお待ちしておりました!」

「……ずいぶんと騒がしいな。俺の留守中に、また大物貴族でも暴れたか?」

アレンが和泉守兼定を腰から外しながら尋ねると、隊士は首を振り、声を潜めて衝撃の事実を告げた。

「いえ、それが……領都の裏社会で、急速に台頭している不穏な密輸組織の件です。彼らが扱っている物品の出処を調べていたのですが……どうやらすべて、隣国である『バルディア帝国』から不正規に持ち込まれたものだと判明しました」

「……バルディア帝国だと?」

アレンの切れ長の瞳が、一瞬で冷徹なものへと切り替わる。 その国名には、強い見覚えがあった。 かつて、バルトス子爵の不祥事によって王都「エテュルナ」へ召喚され、国王の私室へと個別に呼び出されたあの夜。ルシアンが王の前で口にしていた、王国を脅かす最大の懸念――。

『最近、隣国であるバルディア帝国が軍備を増強しているとの噂が絶えません。物流の停滞、魔石の買い占め……。それらはすべて、一線を越えるための前兆に見えます』

王都のきらびやかな平穏の裏で、確かに進行していた乱世への足音。それが、この辺境の領都にまで響き始めていたのだ。

「さらに、その密輸品の中には、魔獣の精神を狂暴化させ、人為的に群れを誘導する『闇の魔導具』が含まれているとの情報があります。……局長、これは一体……」

「――なるほどな。そういうことかよ」

アレンは低く、地響きのような声で呟いた。

すべてが繋がった。 本来ならこの地域に生息しているはずのない黒角狼ダークウルフの群れが、突如として故郷の村を急襲したあの事件。 あれは、単なる魔獣の気まぐれでも、帝国側での縄張り争いによる自然な移動でもなかったのだ。

(あの村の襲撃は……裏で糸を引く何者かによって、意図的に仕組まれた人災だったってわけだ)

一時の平安に甘んじれば、時は必ずや乱世へと逆行する。時代という奔流を見誤った国は、内側から腐り、衰退していく――。

かつて前世の幕末で、嫌というほど見てきた歴史の理。そして、守るべきものを守りきれずに雪原に散っていった、あの悲しい連鎖の兆候が、この異世界でも完全に始まろうとしていた。

しかし、アレンの眼光に、微塵の揺らぎもなかった。 数々の修羅場を潜り抜けてきた「鬼の副長」としての、静かで、圧倒的に頼もしい闘志がその瞳に宿っている。

アレンは腰の和泉守兼定の柄にそっと触れると、集まった隊士たちに向き直って、鉄のような声で言い放った。

「村を荒らした因縁の相手だ。……特務隊、総員御用改めの準備をしろ。裏で糸を引いてるネズミ共を、根こそぎ狩り出すぞ」

「はっ!!」

隊士たちの地を揺るがすような野太い返事が詰所に響き渡る。 腕の中のアルクもまた、主の覚悟に呼応するように、低く、獰猛に吠えた。

異世界の鋼に宿った幕末の魂。最強の牙と新たな相棒を連れ、鬼の副長は、世界を揺るがす巨大な渦の中へと、容赦なくその足を踏み出していくのだった――。


第29話をお読みいただき、ありがとうございました!

ついにすべての点と線が繋がり、村の襲撃が帝国の陰謀(人災)であったことが判明しました。 「特務隊、総員御用改めの準備をしろ」のセリフ、書いていて非常に熱くなりました……! アレンの「魂の格」を吸って成長するアルクが、これからどんな進化を遂げるのかもご期待ください。

次回、特務隊による怒涛の「裏組織狩り(御用改め)」が始まります!

【作者からのお願い】 「アレンとアルクのコンビが良かった!」「新選組の御用改めが楽しみ!」と思ってくださった方は、ぜひ画面下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、執筆の凄まじい原動力になります! ブックマーク登録やご感想も大歓迎でお待ちしております!


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