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第28話:鬼の居ぬ間の……

第28話をお読みいただきありがとうございます! いよいよ【帰郷・修行編】のクライマックスです。

アレンが買い出しで村を離れたその日、狂暴化した魔獣の群れが村を急襲します。アレンという絶対的な盾がない絶望的な状況で、立ち上がったのはリナとセレナでした。 漆黒の魔法を操る魔獣の猛攻に、二人の少女はこれまでの特訓のすべてを懸けて立ち向かいます。「アレンの教えを、ここで汚すわけにはいかない!」――二人の意地と絆が交錯する死闘の行方は……。

そして、窮地に現れたアレンとボスの苛烈な一騎打ち、アレンが拾い上げた小さな命に授ける「ある名前」とは――。 大興奮の実戦共闘回、開幕です!


「――リナさん、東側の防壁が突破されましたわ!」

「分かってる! こっちは私が食い止めるから、セレナ様は村人を広場へ!」


緊迫した叫び声が、のどかだった村の広場に激しく響き渡っていた。


その日、アレンは両親に頼まれた「冬に備えた保存食用の塩と、農具の買い出し」のために、隣町へと出かけていた。いつも実家を手伝ってくれるアレンに対し、父親のトマが「たまの休暇なんだから、帰りに美味い酒でも買ってこい」と小遣いを握らせたのだ。


まさにその「鬼の居ぬ間」を狙い澄ましたかのように、村の境界にある森から、不気味な黒い霧を纏った狂暴な魔獣――『黒角狼ダークウルフ』の群れが突如として襲来したのだった。


いつもならアレンが真っ先に駆けつけ、その圧倒的な力で蹂腙するはずの戦場。だが、今はその絶対的な守護神がいない。

村人たちが恐怖に顔を歪める中、武器を手に前線へと飛び出したのは、リナとセレナの二人だった。


「アレンの教えを、ここで汚すわけにはいかない……!」


リナは木刀を強く握りしめ、前衛で魔獣の爪を間一髪で弾き返した。

特訓の成果は確実に現れていた。昨日までの地獄のランニングのおかげで、足腰のブレが完全に消えている。泥濘に足を取られることもなく、二人は泥臭く地を這うようにして魔獣の群れへと肉薄した。


「ガァァァァッ!」


正面から飛びかかってくる三頭のダークウルフ。その鋭い牙が迫るより早く、セレナが疾風のごとき踏み込みを見せる。

魔力による強化はない。しかし、アレンに叩き込まれた天然理心流の「力の連動」が、彼女の華奢な肉体から爆発的な速度を引き出していた。


(無駄を削ぎ落とす……体軸は真っ直ぐ、足捌きは淀みなく――!)


シィン、と空気を切り裂く音が響く。セレナが放った無駄のない鋭い平突きが、先頭の魔獣の眉間を正確に捉え、その巨体を一撃で地面へと叩き伏せた。


「お嬢様、下がって! 『爆裂バースト』――ッ!」


すかさずリナがセレナの影から飛び出し、木刀を大きく振り抜く。至近距離で炸裂した爆発魔法の炎が、残る二頭の魔獣を容赦なく吹き飛ばした。本来なら後衛から唱えるはずの魔法を、あえて前衛の白兵戦に組み込む実戦主義。

即席とは思えない、完璧なまでの剣と魔法の協奏曲だった。


しかし、魔獣たちもただの獣ではなかった。ダークウルフの真の脅威は、その身に纏う「闇の魔力」にある。


「グルゥゥゥ……!」


後方に控えていた数頭のダークウルフが不気味に喉を鳴らすと、その鋭い角から、漆黒の光弾――『暗黒弾ダークバレット』が一斉に放たれた。空間を腐食させるような禍々しい魔法が、弾雨となって二人を襲う。


「くっ……! 『障壁シールド』!」


リナが咄嗟に展開した防御魔法が闇の光弾を受け止めるが、激しい衝撃波にリナの身体が激しく揺らぐ。魔力を削られ、視界が白く染まりかけた。

その隙を見逃さず、一頭のダークウルフが背後からリナへと牙を剥く。


「リナさん、危ない――っ!」


セレナが叫びながら割り込み、身を挺してリナを庇った。だが、迫る牙を木刀で受け止めた瞬間、魔獣の圧倒的な怪力によって、セレナの体勢が大きく崩される。


「ガアッ!」


ダークウルフの獰猛な顎が、セレナの肩口へと容赦なく噛み付いた。訓練服が引き裂かれ、白い肌に鋭い牙が深く突き刺さる。


「う、あぐっ……!」


劇痛に顔を歪めるセレナ。しかし、彼女の瞳から闘志は消えていなかった。噛み付かれたままの状態で、セレナは残った左拳を固く握りしめると、アレンの泥臭い戦術を真似るように、魔獣の目を容赦なく拳で殴りつけた。


「ギャンッ!?」


魔獣が怯んだ瞬間、リナの追撃が炸裂する。


「この……お嬢様から離れなさい!! 『閃光フラッシュ』!」


ゼロ距離で放たれた眩い光が魔獣の視界を焼き切り、悶絶する狼の脳天へ、リナが渾身の力で木刀を叩き込んだ。

激しい攻防。互いに傷を負い、息は絶え絶え。それでも二人は背中を預け合い、泥にまみれながら防衛線を死守し続けていた。


しかし、最悪の戦況はそこからだった。

森の奥の木々が激しくなぎ倒され、通常の三倍はあろうかという群れのボス――『峻烈黒角狼アルファ・ダークウルフ』が、地響きと共に姿を現したのだ。


「グルァァァァァッ!!」


ボスの咆哮一閃。周囲の闇の魔力が一箇所に集束し、巨大な黒い嵐となって広場を吹き荒れる。

凄まじい闇の風圧が、満身創痍の二人の身体を容赦なく打ち据えた。リナの魔力は底を突き、セレナの腕は傷の痛みで震えている。


「はっ、はぁ……嘘、でしょ……」


迫り来るボスの、山のような巨体。二人は必死に木刀を構え直したが、ボスが放った圧倒的な突進の一撃の前に、二人の木刀は中央からバキィィンと無残に弾き飛ばされてしまった。

武器を失い、地面に叩きつけられる二人。巨大な顎が二人を見下ろし、牙から滴るヨダレが地面を濡らす。


これまでか――誰もが絶望し、目を背けたその瞬間。


ザッ、と静かに草を踏みしめる音が響いた。


「――おいおい。留守中に随分と派手な御用改めじゃねぇか、てめぇら」


その低く、地響きのように冷徹な声が聞こえた瞬間、リナとセレナの顔に一気に歓喜の色が走った。

お土産の塩の袋を抱え、私服の上から山形の染め抜かれた浅葱色の羽織を翻したアレンが、そこに立っていた。領都で特務隊の頭領として戦う時の、そして前世で新選組副長として数々の修羅場を潜り抜けてきた、鬼の戦闘正装だ。


「あ後の御用は、この俺が引き受ける」


アレンは肩の袋をリナたちの足元へ放り投げると、腰の和泉守兼定いずみのかみかねさだの柄にそっと手をかけた。

ボスのアルファ・ダークウルフは、突如現れたアレンから放たれる規格外の「殺気」を本能で察知し、ギチギチと牙を鳴らして標的を切り替えた。


「グルルゥゥァァァッ!!」


ボスが凄まじい咆哮を上げると同時に、その全身から溢れ出た闇の魔力が、無数の鋭い刃となってアレンへ一斉に撃ち出された。空間を削り取りながら迫る、回避不可能な闇の刃の嵐。

だが、アレンの切れ長の瞳は冷徹にその軌道を見切っていた。


「――チッ。手遊びにしちゃあ、上等じゃねぇか」


アレンは地を蹴り、前方へと突進した。魔力がないはずの身体でありながら、その足捌きは風を切り裂く。迫り来る闇の刃のわずかな隙間を見極め、最小限の体捌きで紙一重でかわしていく。どうしてもかわせない死角からの刃は、抜刀する間際、兼定の「鞘」の硬度を利用して火花を散らしながら叩き落とした。


間合いは一気にゼロへ。アレンはボスの懐へと潜り込む。


「ガァァァッ!」


ボスは巨体に似合わぬ速度で反転し、丸太のように太い前足の爪をアレンの脳天へと振り下ろした。直撃すれば骨ごと粉砕される一撃。

アレンはそれを強引に受けることはせず、天然理心流の真髄である重心移動で、ぬるりと真横へ身体を滑らせた。


ズガァァァン!! とアレンがさっきまでいた地面が爆発したように弾け飛ぶ。その爆煙を突き破り、アレンの和泉守兼定が満を持してついに抜き放たれた。


「まずは一本――ッ!」


鋭い斜めの一閃が、ボスの前足の肉を深く切り裂いた。黒い血が飛び散る。しかし、ボスも群れを率いる王だ。傷を負ったことでさらに狂暴性を増し、今度はその巨大な顎を開いてアレンの首筋へと喰らい付こうと猛烈な噛み付きを繰り出してきた。


ガチィィン!!


アレンは兼定の刀身を横に構え、ボスの鋭い牙を真っ向から受け止めた。凄まじい質量と怪力が、アレンの細い腕にのしかかる。ミシミシと骨が鳴るような圧迫感の中、アレンの顔には不敵な笑みが浮かんでいた。


「力比べなら、前世の局長の方がよっぽど化け物だったぜ……!」


アレンは刀身をわずかに傾け、ボスの牙の力を受け流しながら滑らせる。体勢を崩したボスに対し、アレンは容赦なくその顔面へ向けて、不骨な蹴りを叩き込んだ。


ドゴォッ! と重い音が響き、巨体がわずかにのけ反る。実戦なら、剣技だけに拘る必要はない。殴る、蹴る、目をつぶす――勝つためには泥臭くあらゆる手段を使う新選組副長の、冷徹な実戦思想がそこにあった。


「これで、仕舞いだ」


のけ反ったボスの無防備な胸元を見据え、アレンは刀を構え直した。全身のバネ、腰の回転、そして踏み込んだ大地の力をすべて一振りに集束させる。


「――天然理心流、一の太刀」


空間そのものを一刀両断するような、凄まじい速度の抜刀、そして一閃。

それは魔法による強化など一切ない、ただ純粋な技術の極致。アレンが和泉守兼定を鞘に納める「カチリ」という音が静寂に響いた瞬間、巨大な魔獣の身体は胸元から斜めに深く引き裂かれ、轟音を立てて地面に崩れ落ちた。


息を呑むような苛烈な死闘。その圧倒的な強さと、浅葱色の羽織をなびかせるアレンの背中に、リナもセレナも、ただただ魅了され、言葉を失うしかなかった。


二人が安堵の息を漏らした、その時だった。

どさりと倒れたボスの巨体の後ろから、小さく、震えるような鳴き声が聞こえた。

見ると、そこにはまだ生まれて間もない、手のひらに乗るほど小さな子供のウルフが、親の亡骸に縋り付いてブルブルと震えていたのだ。


アレンの切れ長の瞳が、一瞬で冷徹なものに変わる。


(……火種は早いうちに絶やした方がいい。ここで情をかければ、いずれ災いになる)


前世の戦場で数々の修羅場を潜り抜けてきた土方歳三としての本能が、冷酷にとどめを刺せと告げていた。アレンが静かに木刀を突き出そうとした、その時。


「待って、アレン! 止めて!」


リナが必死にアレンの前に立ち塞がり、その腕を掴んだ。


「その子はもう、戦う力なんてないわ! お願い、殺さないで……!」

「リナ、退け。こいつらは魔獣だ。生き残れば必ず人間を襲う」


冷たく突き放すアレンだったが、傍らで同じように子供のウルフを見つめていたセレナの言葉に、足を止めた。


「アレン……。不思議ですわ。この黒角狼ダークウルフの群れも、この母親のウルフも、本来ならこのあたりの地域には生息していないはずの魔獣です」


その言葉に、アレンの脳裏にルシアン公爵家で執事の見習いをしていた頃、義務付けられていた勉学の記憶が蘇った。確かにこの種のウルフは、ここから遥か遠くの「帝国側」に生息しているはずの生き物だ。


(……生息地じゃない場所に、群れごと移動してきたってことは……)


アレンは、親を失って震える子供のウルフをもう一度見つめた。

すべてを察した。このウルフたちは、帝国側の縄張り争いか、あるいは別の強大な何かに「故郷を追われ、行き場をなくしてここまで流れ着いた」のだと。


(故郷を追われ、拠り所をなくし、最後は行き着いた地で討たれる、か……)


その境遇が、かつて京を追われ、江戸を追われ、北の大地へと流れ着いてなお戦い、散っていった新選組の仲間たちの姿と、あまり傷残酷に重なった。


アレンは突き出していた木刀を引くと、静かに子供のウルフの前へと歩み寄り、その場に屈み込んだ。

向けられた不骨な手に、子供のウルフは激しく警戒し、小さな牙でアレンの指にガチリと噛み付いた。鋭い牙が皮膚を裂き、赤い血が滴る。


「アレン!?」


リナが悲鳴を上げるが、アレンは眉一つ動かさなかった。動揺することなく、噛み付いたままの子供のウルフを、大きな両手でそっと優しく抱き寄せ、自らの胸に包み込んだ。


「……悪かったな。お前の親を殺したのは俺だ。恨むならいくらでも恨め」


アレンの声は、驚くほど静かで、温かかった。


「だが、行き場がないなら俺が引き受けてやる。責任を持って、俺が育ててやるよ」


アレンはその小さな温もりを抱き締めながら、一瞬だけ、遠い異郷の空を仰いだ。

前世の記憶。流れる血の中で、必死に手を伸ばしながらも、結局は何も守れなかった。近藤局長も、沖田も、新選組の仲間たちも、状態最後の拠点であった五稜郭で、己自身の命すらも――。


(……今度こそは、何があっても手放さねぇ。俺の目の前にあるもんは、意地でも守り抜く)


アレンは子供のウルフを見つめ、その小さな頭を優しく撫でながら、静かに新しい名を刻んだ。


「お前の名前は、『アルク』だ。この世界の言葉で『守護』って意味らしいな」


それに、とアレンの脳裏には、前世でよく仲間たちと指した、不骨な将棋の駒が浮かんでいた。


(お前は前世の言葉で言えば『歩』だ。一歩一歩は地道でちっぽけな存在だが……迷わず前に進み続けりゃあ、いつかは誰も無視できねぇ立派な『金(と金)』に成る。お前にぴったりじゃねぇか)


決して後ろへは退かない。地道に泥をすすってでも、最後には最高の強さを手に入れる。そんな願いと縁起を込めて授けた、彼なりの最高の名前だった。


「お前は今日からアルクだ。俺の側を離れるんじゃねぇぞ」


アレンがそう告げた、次の瞬間だった。


「――っ、……!?」


唐突に、アレンの脳裏を激しい立ち眩みが襲った。視界がグワリと歪み、あまりの目眩に足元がふらつく。自分の内側から、目に見えない強大な「何か」を一瞬で根こそぎ持っていかれたような、凄まじい喪失感だった。


「アレン!? 大大丈夫!?」


リナが慌ててその身体を支える。アレンは額を押さえながら、「あぁ……すまねぇ、急に酷い目眩がしやがった……」と息を荒くした。

そんなアレンの姿を見ていたセレナは、信じられないものを見るように、驚愕の表情で固まっていた。


(今のは……『名付け』……!? 魔獣に名前を付け、主従の契約を交わす高等魔術……。でも、あれは術者の【膨大な魔力】を直接分け与える行為のはず……)


魔力が全くないはずのアレンが、どうして――。


魔力ゼロの落ちこぼれ。世界の常識を覆す圧倒的な剣技を持つ少年。その少年の内側には、本人すら自覚していない、さらに「底知れない謎」が眠っているのではないか――。

セレナの胸に、新たな戦慄と、尽きない興味が深く刻まれるのだった。


腰にリナの手作りのお守りを揺らし、腕に小さな相棒『アルク(歩)』を抱いたアレン。数々の謎と新たな絆を抱え、一行は次なる戦いが待ち受ける領都へと向かう馬車へと乗り込むのだった――。

第28話をお読みいただきありがとうございました!

ただの討伐に終わらず、リナとセレナが互いを庇い合いながらボロボロになって戦った死闘、そしてアルファ・ダークウルフの猛攻を真っ向からねじ伏せたアレンの苛烈な戦闘描写、いかがでしたでしょうか。

前世の後悔から「今度こそ守り抜く」という決意、将棋の「歩」が地道に努力して「金」に成るという二つの意味を込めて、子供のウルフに『アルク』と名付けたアレン。彼の内に秘められた不骨な情熱と優しさに、思わず胸が熱くなる【帰郷・修行編】の堂々たる完結となりました!

しかし、魔力がないはずのアレンが「名付け」を成功させてしまったという衝撃の事実。セレナが抱いたこの疑問は、アレンの出生や隠された力に迫る、今後の物語の根幹を揺るがす大きな伏線となっていきます……!

新章への突入、面白かった!続きが気になる!と思ってくださった方は、ぜひブックマークや広告下の【☆☆☆☆☆】での評価で応援をよろしくお願いします!皆さんの熱い一票をお待ちしております!


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