第25話:鬼の休暇は修羅場の始まり? 幼馴染と公爵令嬢がバチバチな件
オズワルド編、ここまで熱い応援を本当にありがとうございました!特務隊の初陣、スカッとしていただけたでしょうか?
今回からはガラリと雰囲気が変わり、お待ちかねの新章に突入します!激闘を終えたアレン(土方)が、懐かしのあの場所へと戻ります。しかし、鬼の休息になるはずだったその場所には、最悪の(?)修羅場が待ち受けていました――!
深夜、ド・グランヴェル公爵邸の執務室。
静寂が支配するその部屋の床に、ドサリと、重苦しい肉の塊が投げ出された。
「ひっ……あ、ああ……」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにし、芋虫のように床でのたうち回っているのは、領内の経済を裏で牛耳っていた大物貴族オズワルド・フォン・ヴァイス伯爵だった。その両手には魔力を霧散させる不気味な鈍色の手枷が嵌められ、十本の指はすべて、アレンの峰打ちによって精密に叩き潰されている。
机を挟んで座っていた現領主、ガラルド・ド・グランヴェル公爵は、その無残な男の姿を見下ろし、完全に絶句していた。
(……本当に、一人も殺さずに、現行犯のまま連れてきおったか。騎士団すら動かせぬ盤面で、魔力を持たぬ平民の特務隊だけで、あのオズワルドの私兵を完璧に無力化するとは……)
ガラルドの背筋に、冷たい汗が伝う。
目の前に立つ黒髪の少年――アレン。その衣服には、返り血の一滴すら付着していない。ガラルドは確信した。この少年は、ただの便利な駒などではない。絶対に敵に回してはならない、本物の「化け物」だと。
その隣で、腕を組んだルシアンが、呆れたように苦笑を漏らした。
「手際が良すぎるとは思ったが……まさか本当に一人も漏らさず、これほど完璧に片付けるなんてね。アレン、君という男は、僕の合理的な予測をいつも軽々と超えていく。僕の冷や汗を返してほしいものだよ」
「褒め言葉として受け取っておく。だがなルシアン……あんたが完璧なお膳立てをしなきゃ、こうは上手くいかなかったさ。手回しの良さなら、あんたの右に出る奴はいねぇよ」
アレン――その肉体に宿る新選組副長・土方歳三は、不敵に口元を歪めると、腰の和泉守兼定の柄をポンと軽く叩いた。
「素晴らしい」
ガラルドが深く息を吐き、アレンを真っ向から見据える。
「見事というほかはない、アレン。これでオズワルドの謀略は完全に潰えた。我がド・グランヴェル家を救ったお前の功績だ。望むだけの褒賞――金貨でも地位でも、何でも言うが良い」
並の平民なら目を輝かせる誘い。だが、アレンはそれを手首を軽く振って遮った。
「ガラルド様、代わりに俺に数日間の『休暇』をいただきたい。久しぶりに、置いてきた未練――故郷の村へ戻らせてもらいます」
アレンの言葉に、ガラルドは拍子抜けしたように目を丸くした。
だが、アレンの胸中には土方歳三としての『身内への情』があった。前世では多摩の故郷を飛び出して以来、ついに生きて二度と踏むことが叶わなかった「故郷」という場所。あの村を出て以来、一度も顔を見せていない両親、そしてあの健気な幼馴染の顔が、ふと脳裏をよぎったのだ。
「……ふむ、死線を越えたばかりだ。鬼の休息というわけか。良かろう、認めよう」
ガラルドが頷いた、その時だった。
執務室の壁際でじっと話を聞いていた一人の少女が、意を決したように一歩前に踏み出した。ルシアンの妹であり、公爵令嬢のセレナだった。
「アレン……! 私も、その村へ連れて行ってはいただけないでしょうか」
突然の申し出に、ルシアンが「セレナ?」と驚き、アレンもまた怪訝そうに眉をひそめて振り返る。
魔法至上主義のこの公爵家において、魔力を持たないセレナは「落ちこぼれ」と蔑まれ、不当に扱われてきた。だが、そんな暗闇にいた彼女に、かつて「お前には剣の才能がある。並外れたものだ」と、世界で初めて光をくれたのがアレンだった。
アレンがまたしても、魔力なしで大物貴族を完璧にねじ伏せた。その圧倒的な背中への憧れが、彼女の胸を激しく突き動かしていた。
「貴方がまた、誰も成し遂げられないような大業を成したと聞きました。……魔力を持たない貴方が、そこまで強く在れるのなら、私も貴方の流儀を学び、もっと強くなりたいのです。強くなって、いつか父上や兄上のように、この家に必要とされる人間だと認められたい……。ですから、どうか……!」
公爵令嬢としての気品を保ちつつも、その瞳には、泥をすすってでも這い上がろうとする強固な意志が宿っていた。
アレンは、必死に自分を見つめる令嬢の目をじっと見つめ、やがてフッと呆れたように息を吐いた。
「お嬢、公爵家の令嬢が、田舎の肥溜め臭い村へ行くなんて、正気かい。……まぁ、あんたがそこまで言うなら止めはしねぇよ。俺の稽古は、スラムのゴロツキどもが泣いて逃げ出すくらいに厳しいが……ついてこれるんだな?」
「はい……っ! 喜んで!」
セレナの顔に、パッと見違えるような、凛とした美しい笑顔が咲いた。
◇ 鬼の帰郷と、二人の少女
数日後。ド・グランヴェル領の片隅にある、のどかな小さな村。
「ふん……はっ……!」
村の外れの広場で、一人の少女が汗まみれになりながら、必死に木刀を振るい、魔法の呪文を唱えていた。アレンの幼馴染、リナだった。
あの日、アレンが村を出る時、「もっと強くなって、いつか絶対にあなたの隣にいたい!」と泣きながら誓った言葉を、彼女は一瞬たりとも忘れていなかった。あのougアレンの瞳の奥にあった、底知れない「孤独な鬼」の背側に追いつくために、彼女は泥に塗れて特訓を重ねていた。
「リナ! 馬車が来たぞ! アレンが帰ってきたみたいだ!」
村人の呼ぶ声に、リナの顔が一気に華やいだ。
「アレン……!」
木刀を放り出し、駆け足で村の入り口へと向かう。
ガラガラと音を立てて止まった馬車から、一人の少年が降りてきた。引き締まった身体、冷徹ながらもどこか懐かしい佇まい。見違えるほど凛々しく、圧倒的な「頭領」の風格を纏ったアレンの姿に、リナは胸を熱くする。
「アレン! おかえりなさい、私――」
笑顔で駆け寄ろうとしたリナの足が、ピタリと止まった。
アレンの後ろから、もう一人、息をのむほど美しい金髪の少女が降りてきたからだ。仕立ての良い上質な衣服、一目で高貴な生まれと分かる洗練された佇まい。
その少女――セレナは、公爵令嬢としての気品を纏いながらも、その視線は確実にアレンの後ろ姿を、深い憧れと敬意を込めて追っていた。
「ここが、アレンの生まれ育った村なのですね。とても空気の澄んだ、良いところですわ」
親しげにアレンの横に並ぶセレナ。
リナの大きな瞳が、激しい動揺に揺れた。
(……嘘。何、あの綺麗な人。髪も服も、私なんかと全然違う……)
アレンが村を出てから、自分に宛てられたはずの「隣の席」に、見知らぬ美しい少女が収まっている。しかもそのお嬢様は、アレンへ熱い憧れの視線を隠そうともしていない。その事実に、リナの胸の奥で猛烈な危機感が火花を散らした。
「アレン……その人は、誰……?」
リナの一歩も引かない視線が、セレナを射抜く。
セレナもまた、公爵令嬢としての気品ある微笑みを浮かべながらも、その目を細めてリナを見据え返した。
魔法の才能に溢れ、アレンの昔を知る幼馴染、リナ。
魔法の才能はなくとも、アレンに憧れ、その流儀を学ぼうとする公爵令嬢、セレナ。
アレンという存在、そしてその「隣」を巡り、二人の少女の視線が、バチバチと静かな火花を散らした。
(なんだぁ? 出迎え早々睨み合って……。田舎の生ぬるい空気に当てられて、どいつもこいつもの気が立ってやがんのか?)
当のアレンは、そんな女心の機微などどこ吹く風で、ふぅとため息をつくと、和泉守兼定の鯉口を小さく切った。
「ちっ、相変わらず田舎の空気はのどかすぎて、体がなまりそうだな。……お嬢、さっそく始めるぞ。まずは走る。肺が焼けるまで、俺の後ろを死に物狂いでついてきな」
「――っ、はい! アレン!」
こうして、鬼の休息となるはずだった休暇は、二人の少女の熱い視線が交錯する、新たな修羅場の幕開けとなった。
いよいよ始まった鬼の休暇(スパルタ合宿)!
アレンの隣の席を巡って、早くもバチバチな幼馴染・リナと、お嬢様・セレナ。異世界新選組にまさかの修羅場が到来です。
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