第23話:闇を往く狼
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オズワルド伯爵の最悪な謀略の証拠を掴んだ特務隊。しかし王国法の壁に阻まれ、正規騎士団は動かせない。
領主ガラルドから下されたのは、「騎士団抜きでのオズワルドの生け捕り」というあまりにも理不尽な隠密密命でした。
だが、その過酷な条件に、鬼局長アレンの魂は不敵に歓喜します。ルシアンが用意した秘策、ミアが命懸けで洗った見取り図を手に、ついに特務隊はあの「浅葱色の羽織」を纏い、巨悪の館へと突入します――!
ド・グランヴェル公爵家の奥深く、限られた者しか立ち入りを許されない秘密の執務室。
重厚な魔導灯の光が落とす深い影の中、現当主ガラルドは、机を挟んで立つ一人の少年に冷徹な視線を注いでいた。
仲介役として同席しているのは、公爵家の嫡男であり、若くして膨大な魔力を操る「魔法の神童」ルシアン。非常に頭が切れ、普段は合理的かつ冷徹なリアリストである彼が、今は緊張のあまり微かに息を詰めていた。
張り詰めた沈黙を破ったのは、ガラルドの地を傷うような低い声だった。
「状況は理解した。オズワルドが『魔獣の毒』を用い、スラムを巻き込んで我が家を陥れようとした証拠……確かに現行犯で押さえた男どもから吐かせたようだな」
ガラルドは手元の密書を指先で叩く。そこには、密偵・ミアが命懸けで掴んだオズワルドの謀略が克明に記されていた。アレンの器量を誰よりも正当に評価し、あえて騎士団が撤退した「スラム街の全警備権」を委ねたこの大物領主は、すでに事態の全容を見抜いている。
「だが、貴族同士の私闘は王国法で厳しく禁じられている。公式な罪状が確定せぬ現段階では、我が家の正規騎士団を動かすことは絶対にできん」
ガラルドの鋭い眼光が、じっとアレンを射抜いた。
「手は一つ。オズワルドが次の暴挙に出る前に、奴の邸宅へ潜入し、暗殺魔導士集団の私兵をすべて壊滅させる。その上で、オズワルドを公の場へ引きずり出すための『生け捕り(捕縛)』だ。……騎士団抜き、特務隊のみでの隠密行。アレン、できるか?」
それは、あまりにも理不尽で、あまりにも過酷な、試すような条件だった。
生かすのは、殺すよりも遥かに難しい。相手は強力な魔法を操る高位貴族とその精鋭なのだ。
「父上! それはあまりにも無茶です!」
嫡男として、術者として、そして次期指導者としての自覚を持ち始めたルシアンが、耐えかねたように声を上げた。アレンの「本物の強さ」に全幅の信頼を置く彼だからこそ、この制限プレイのような無茶な命令に抗議せずにはいられなかった。
「特務隊はまだ組織されたばかり。魔力も持たぬ平民の彼らに、そんな条件を強いるなど――」
「……」
ガラルドは答えず、ただアレンの反応を待った。ルシアンが焦燥に駆られてアレンを振り返る。
だが、当の少年は、怯えるどころか薄く不敵に口元を歪めていた。
その瞳の奥に宿る、少年のものとは到底思えない、無数の死線を越えてきた者だけが持つ冷徹な輝き。前世で新選組副長として京の治安を預かり、不逞浪士を捕縛し続け、生きたまま尋問して組織を炙り出し続けてきた「御用改め」のプロの血が、その理不尽な条件に歓喜していた。相手を殺さずに五体を無力化し、法の場へ引きずり出すなど、彼の最も得意とする戦場だ。
アレンはただ、静かに一言だけ、地を這うような声で応じた。
「御意」
その短くも圧倒的な重みを孕んだ一言。
次の瞬間、ガラルドの背筋に冷たい戦慄が走った。目の前にいるのは、ただのスラムの平民などではない。国家の裏で、組織的な暴力のプロとして幾多の修羅場を仕切ってきた「本物の化け物」だ――公爵家当主としての直感が、そう確信させていた。
「……よかろう。すべての全権を貴様に委ねる。見事、生きてオズワルドを連れてこい」
ガラルドの密命を受け、アレンは静かに一礼して部屋を後にした。
◇
公爵邸の長い廊下を歩きながら、隣を行くルシアンが周囲を警戒し、外套の内に隠していた重い袋をアレンに押し付けてきた。ずしりとした金属特有の重量がアレンの手首に伝わる。
アレンの脳裏に、その中身を巡る数日前のルシアンとの会話が蘇る。
『――アレン、僕は立場上、オズワルド邸への夜襲には参加できない』
悔しさを滲ませるルシアンだったが、その目は極めて合理的だった。
『だが、手ぶらで行かせるつもりはないよ。バルカスのところへ行って、秘密裏にこれを特注しておいた。スラムの特殊な廃材から削り出した、対・魔導士用の手枷と猿轡だ。あの偏屈な偏執狂が、魔力を霧散させる鉱石を限界まで練り込んで打った最高傑作さ。これを嵌めれば、どんな大魔導士もただの肉塊になる』
『へっ……流石はルシアンだな。相変わらず手際は良すぎる』
かつて共にバルカスの工房へ赴き、異世界の一本の「牙」たる和泉守兼定を誕生させたあの数日間。その繋がりを最大限に活かしたルシアンの機転に、アレンは心中で深く感心していた。
『あの兼定を打って以来、バルカスは君の「鋼の練り」に心酔しているからね。君のためと言ったら、酒瓶を放り出して喜々として槌を振るっていたよ。……それにしても、父上のあの無茶な条件を二つ返事で引き受けるなんて、僕がどれだけ冷や汗をかいたか、少しは自覚してほしいものだね』
呆れたように、しかし全幅の信頼を寄せる目で微笑んだ相棒の顔を思い出しながら、アレンは不敵に笑う。
◇
スラムの特務隊屯所。
戻ったアレンは、集まったボルドとミアに見取り図を広げてみせた。
「――作戦は以上だ。一人の例外もなく、全員が生け捕り(捕縛)だ」
アレンの言葉に、ボルドがごくりと唾を飲み込む。
「生け捕り……。魔法使い相手に、骨が折れそうな仕事だな、局長」
「心配いらねぇよ。ルシアンがバルカスに頼んで、最上の『道具』を用意してくれた。これさえありゃあ、どんな大魔導士様もただのブタだ」
「私からはこれ。屋敷の警備の交代時間、通気口の配置、それからオズワルドの寝室の位置。全部完璧に洗っておいたわ」
ミアが自信たっぷりに、緻密に書き込まれた屋敷の完全な見取り図を差し出す。アレンはそれを一瞥し、満足げに頷いた。
「上出来だ。ボルド、ミア、準備をしろ。特務隊の初陣だ」
夜深き頃。
スラムの闇に紛れ、数条の影が静かに動き出した。
全員が身に纏うのは、夜陰にあってもなお鮮烈に自己を主張する、晴れ渡った空のごとき浅葱色の羽織。袖口には、あの不気味なほど白いダンダラ模様。この特務隊の制服こそ、前世において京の悪党どもを震え上がらせ、誠の旗の下に命を散らした男たちの魂の象徴だった。
隠密性を捨ててすら、己たちの『法』を誇示する狼の群れ。
彼らは音もなくオズワルド邸の庭園へと侵入し、広大な屋敷を完全包囲する。
月光が雲に遮られ、世界が完全な闇に落ちたその瞬間。
アレンは腰の和泉守兼定の柄に手をかけ、静かに、しかし冷徹な殺気を孕んだ白刃を音もなく引き抜いた。
「……行くぞ。一匹も逃がすな」
地を這うような低い号令と共に、浅葱色の羽織を翻した狼たちが、阿鼻叫喚の戦場へと音もなく突入していった――。
第23話をお読みいただきありがとうございます!
ガラルド公爵からの極秘任務を受け、ついに特務隊の伝説の制服「浅葱色の羽織」が異世界にお披露目となりました!
隠密作戦でありながら、あえて己の「法」と「誇り」を示すために羽織を纏うアレンたちの姿は、まさに新選組の生き様そのもの。ルシアンとバルカスが用意した特注の「魔導士用の手枷」を武器に、捕縛作戦が始まります。
次回、第24話、オズワルド邸の「御用改め」!
異世界の魔法集団を相手に、天然理心流の捕縛剣技が炸裂します!
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