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第22話:水面下の猟犬

第22話をお読みいただきありがとうございます!

特務隊を根絶やしにするため、スラムの住人ごと魔獣化させようとオズワルド伯爵が放った『魔獣のマナ・ブリーダー』の罠。

しかし、特務隊の「新たな猟犬」となったミアの耳目が、その邪悪な足音をいち早く察知します。陰謀渦巻く夜の領都で、鬼局長アレンが下した冷徹なる「局中法度」とは――。日陰の狼たちの容赦なき逆襲が、今幕を開けます!

領都の陽だまりから見放されたスラム街。


その一角にある特務隊の屯所では、今日も巨大な鉄鍋から、肉と根菜を煮込む香ばしい湯気が立ち上っていた。

かつては飢えに怯えていた住人たちが、今では浅葱色あさぎいろの腕章を巻いた特務隊の隊員たちを信頼の目で見つめ、配給の列を作っている。


だが、その平和な光景の裏で、確実に悪意の網が広げられていた。


「――局長」


屯所の奥、アレンの執務室のドアが静かに開いた。入ってきたのはミアだ。

かつて泥にまみれていた猫目の少女は、今では特務隊の密偵としての訓練を受け、その天性の聴覚と隠密の才能を開花させつつあった。


ミアの表情は、いつになく強張っている。


「どうした、ミア」


アレンは机に向かったまま、静かに声をかけた。

細身ながらも、日々の凄絶な自己鍛錬によって実戦特化へと再構築された肉体には、十代の少年とは思えぬ圧倒的な風格が漂っている。


「西の第三配給所に向かう、炊き出しの給水馬車についてです。……見慣れない男たちが紛れ込んでいて、様子が怪しかったので後をつけました。奴らが人気のない路地裏に入ったところで、密かに盗み聞きしたんです」


ミアは生唾を飲み込み、記憶を正確に手繰り寄せる。


「男たちは『オズワルド伯爵のために、このマナ・ブリーダーをすべて注ぎ込め』『これで特務隊もスラムごとおしまいだ』と話していました。……何か、どす黒くて不気味な液体の入った小瓶を持っています」


「マナ・ブリーダー、だと……」


アレンの脳裏に、かつてルシアンから聞いた知識が呼び起こされる。

それは、生物に過剰な魔力を強制注入し、理性を狂わせて異形へと変貌させる最悪の禁薬――『魔獣の毒』だ。


スラム出身で学問を学ぶ機会のなかったミアには、その毒の正確な効果までは分からない。だが、アレンには即座にオズワルド伯爵の狙いが理解できた。


(成程な。その毒を水瓶に仕込み、住人どもを理性のない魔獣に変貌させる気か。そうなれば特務隊は治安維持の無能を晒して失脚、スラムは正規騎士団に焼き払われる。――汚い手を考えやがる)


最悪の謀略だ。だが、銃や大砲の時代、数々のドロドロとした修羅場を潜り抜けてきた土方歳三の魂を持つアレンにとって、この程度の悪意は想定の範囲内だった。


アレンは静かに立ち上がると、腰の兼定の鞘にそっと手を置いた。その佇まいには、絶対の迷いがない大人の冷徹さが宿っている。


「上等だ。敵が謀略を仕掛けてくるなら、特務隊のやり方で応えてやる」


アレンは部屋の外に控えていたボルドを呼び寄せた。


「ボルド、腕の立つ者を三人選べ。ミア、お前が案内しろ。現場は西の給水所だ」


「はっ! 局長、奴らをここで斬り捨てますか?」


ボルドが殺気をみなぎらせるが、アレンは冷酷に首を振った。


「馬鹿言え。ここで派手にやれば、オズワルドに『特務隊がスラムの住人を虐殺した』と逆ねじを食わされる。――いいか、現行犯で捕らえろ。ただし、誰にも気づかれるな。声を出す暇も与えず、音もなく首根っこを掴め。身内であっても法を破れば処刑する組織だ。他人の不法を目の前で見逃すわけにはいかねえ。それが今回の『局中法度』だ」


「……御意!」


ボルドはアレンの冷徹な合理性と、組織の規律を何より重んじる姿勢に深く納得し、一礼すると足早に執務室を退出していった。


部屋に残ったミアは、まだ緊張で身を硬くしている。アレンはその少女の前に歩み寄ると、静かに見下ろした。


「ミア」


「は、はい」


「お前の行動が、スラムの何百人という命を救ったんだ。よくやった。……だが、まだ仕事は終わっちゃいねえぞ。猟犬の真価を見せてみろ」


「――はいっ!」


厳しいがどこまでも誠実な局長の言葉に、ミアの瞳に確かな覚悟の火が灯った。



数十分後、薄暗い西の給水所。


大きな水瓶を積んだ馬車の影で、二人の男が懐から例の小瓶を取り出していた。


「へへ、これを混ぜれば、明日にはこの街は地獄絵図だ。特務隊の犬どもめ、のたれ死ね」


男が小瓶の栓を抜き、水瓶に傾けようとした――その瞬間。

背後の路地の闇から、音もなく無骨な影たちが急速に接近した。


「がっ――!?」


男の口が、背後から強靭な手で完全に塞がれる。同時に、もう一人の男の首筋に、容赦のない打撃が叩き込まれた。


ボルドたちの、電光石火の強襲だった。実戦のために無駄を削ぎ落とした天然理心流の制圧術の前に、男たちは悲鳴一つ上げることを許されず、泥の上にねじ伏せられる。


「動くな。声を上げれば、その喉笛をへし折る」


ボルドの低い声が、男たちの背筋を凍らせる。

その足元で、ミアが地面に落ちる寸前だった毒瓶を、見事にキャッチしていた。


「……確保しました。一滴も零れていません」


ミアが小瓶を掲げ、ボルドに頷く。

捕らえられた男の懐を弄ったボルドは、そこから「オズワルド伯爵家」の家紋が刻まれた、密書の束を引っ張り出した。


「おいおい、ご丁寧に尻尾まで残していきやがって」


ボルドは捕縛した男たちを見下ろし、冷酷な笑みを浮かべた。



深夜、特務隊屯所の地下尋問室。


机の上に置かれたのは、証拠の「魔獣の毒」と、オズワルドの密書。

アレンは、椅子に縛り付けられ、恐怖に震える男たちを見下ろしていた。


「オズワルドの狐め。スラムを巻き込んで俺を潰す気だったようだが、裏目に出たな」


アレンは腰の兼定を鞘ごと外すと、机の上に静かに置いた。

――ゴン、と重苦しい音が地下室に響く。


魔力など皆無の身体。しかし、その切れ長の眼光と佇まいから放たれる、前世の幾千の修羅場で研ぎ澄まされた圧倒的な気魄さっきだけで、男たちは呼吸を忘れるほどに圧倒されていた。ただのゴロツキとは格が違う、「本物の生殺与奪を握る鬼」が目の前にいるのだと、本能が理解していた。


「この毒、オズワルドの屋敷のワインセラーにそっくりそのまま返してやったら、あの伯爵はどんな顔をするだろうな? ――さあ、吐いてもらおうか。お前たちの知っているルートを、すべてな」


暗い地下室に、特務隊局長・土方歳三の、底知れない冷たい声が響き渡った。


法を敷き、秩序を築く狼たちの、容赦なき逆襲がここから始まる。

第22話をお読みいただきありがとうございます!

オズワルド伯爵の最悪な謀略を、特務隊の電光石火の連携で見事に阻止した回となりました!

ミアの密偵としての初手柄、そしてボルドたちの無駄のない天然理心流による制圧劇。一滴の毒も零さずに証拠の密書まで手に入れた特務隊の完全勝利です。


しかし、アレンの怒りはここからが本番。

手に入れた証拠と毒を手に、いよいよ巨悪であるオズワルド伯爵への「倍返し」のカウンターが始まります!

鬼局長の逆襲が楽しみ!特務隊を応援したい!と思ってくださった方は、ぜひブックマークや、広告下の【☆☆☆☆☆】評価での応援をよろしくお願いいたします!皆さんの熱い声援が、次話の筆をさらに走らせます!

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