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第21話:利権の影と、見えない毒

第21話をお読みいただきありがとうございます!

特務隊の活躍により、少しずつ平穏を取り戻しつつある領都のスラム。しかし、その治安維持は、スラムの犯罪を資金源にしていた上層部の「巨大な利権」を脅かすものでした。

若き主君ルシアンに世界のリアルを突きつけるアレン。一方で、利権を侵された純血の魔導士オズワルド伯爵は、特務隊の絆である「飯」を狙った、最悪の禁忌を解き放とうとしていました――。

屋上でのミアとの誓いから、数日後の夜。


特務隊とくむたいの拠点であるスラムの詰所に、驚くべき珍客が訪れていた。


「――なるほど。それでボルド、君はまたパツパツのエプロン姿で、子供たちに読み書きを教えていたわけだね?」


「う、うるせえなルシアン様! 好きで毎回こんな格好してねえよ! 汚ねえ手で教科書を汚さねえようにっていう、俺なりの配慮だ!」


顔を真っ赤にして怒鳴るボルドの横で、主君であるルシアン・ド・グランヴェルは、楽しそうにクスクスと肩を揺らしていた。

詰所を覗けば、またあのエプロン姿の巨漢が、子供たちに囲まれて文句を言いながらも熱心にペンを握っている。すっかりスラムの定番となったその微笑ましい光景に、ルシアンは居ても立ってもいられずに、極秘で視察にやってきたのだ。


ルシアンは笑いを収めると、机を挟んで座るアレンに向けて、心からの感嘆を瞳に宿した。


「それにしても驚いたよ、アレン。あの正規騎士団が匙を投げた無法地帯を、たったの数日でここまで大人しくさせてしまうなんて。通りを歩く住民たちの目が、僕たち騎士に向けるものとは明らかに違っていた。……本当に、君は僕たちの常識の先を行く男だね」


「見当違いの白い甲冑でふんぞり返る奴らと、ドブ泥を踏み抜いて悪党を直接叩き斬る俺たちじゃあ、住人の見方が違うのは当然だ」


アレンは腰の和泉守兼定いずみのかみかねさだ柄頭つかがしらに手を置いたまま、不敵に言い切った。

ルシアンはその言葉に嫌悪感を示すどころか、「確かにその通りだ」と深く頷いた。二人の間には、身分を超えた、確かな信頼関係が芽生えつつある。


しかし、アレンの切れ長の目は、少しも緩んでいなかった。


「だがな、ルシアン。表のゴロツキを何匹か間引いたところで、まだこの街には犯罪の根雪がべっとり残ってやがる。……根っこにある『金の流れ』がデカすぎるんだ。今のところは、まだ始まりに過ぎねえさ」


「根っこにある金の流れ……? どういうことだい?」


ルシアンが小首を傾げた。

アレンは黙って懐から、汚れた羊皮紙の束を机に放り出した。


「ミアの奴と同年代の、ある程度分別がつく若い連中を路地に這わせて掴ませた情報だ。このスラムはな、領内全域に流れる違法な『魔薬』や、不法な『奴隷売買』の巨大なハブになってやがる。一介のギャングどもが動かせる額じゃねえ。……その莫大な利益は、スラムのドブを素通りして、上層区の『とある大物貴族』の懐に直接流れ込んでるんだ」


「っ……! まさか、家臣の中にスラムの犯罪を裏で操っている者がいるというのか!?」


ルシアンの顔から一瞬で血の気が引いた。

アレンはフッと不敵に口元を歪め、冷酷な現実を突きつける。


「お偉方にとって、俺たちがスラムの治安を回しちまうことは、単なる面汚しじゃねえ。自分たちの『極上の資金源』を真っ向から叩き潰される、死活問題ってわけだ。前に俺が斬った人身売買のブローカーどもは、その巨大な利権の、ほんの末端のトカゲの尻尾に過ぎねえよ」


アレンの目が、前世の京の都で、倒幕派の背後にいる巨悪を見据えていた頃の修羅の光を帯びる。かつて新選組副長として、巨大な権力機構の裏を嗅ぎ回ってきた経験が、異世界の闇をも正確に透視していた。


「正規騎士団がスラムから撤退せざるを得なかった本当の理由も、案外その辺りかもな。身内の汚れ仕事を隠すために、上から圧力がかかったのさ。……ルシアン、お前が本当にこの領地を背負う覚悟があるなら、いずれその『本物の外道』の首を、根こそぎ刈り取る覚悟をしておけ」


少年の皮を被った鬼局長の言葉の重圧に、ルシアンは息を呑んだ。

綺麗な正義だけでは、この世界は変えられない。その圧倒的な現実を突きつけられながらも、ルシアンは強く拳を握りしめ、真っ直ぐにアレンを見据えた。


「……あぁ、望むところだ。僕がただの飾り物の神輿じゃないと示すためにも、その闇は必ず暴いてみせる」


「――フッ、その言葉が聞けりゃ十分だ。……なら、まずはその軍資金の尻尾を掴むところから始めるとしようや」


領都のドブ泥の中から、新選組の、そして共に行こうと決めた若き主君の、真の戦いが静かに幕を開けようとしていた。


同刻。領都の上層区、厳重な結界魔法に守られた豪奢な闇の館。


「――特務隊、だと? どこから湧いたとも知れぬドブネズミどもが、随分と小癪な真真まねをしてくれる」


贅を尽くしたマホガニーの椅子に深く腰掛け、不快そうにワイングラスを揺らす男がいた。

純血の魔導士であり、領内の経済を裏で牛耳る高位貴族――オズワルド・フォン・ヴァイス伯爵である。


彼の前では、スラムの闇ギルドの幹部が、床に額を擦り付けてガタガタと震えていた。


「も、申し訳ございません、ヴァイス閣下……! 奴ら、魔力もない平民のくせに、こちらの魔法衣や障壁魔法を力ずくで叩き割る奇妙な剣技を使いこなすのです。昨日も、我々の大事な商品(奴隷)を保管していた倉庫が一つ、完全に潰されました……!」


「言い訳は身内の死体にでもするがいい、無能め」


「ひっ……! す、すぐに、すぐにでも代わりの奴隷を集めま――」


幹部が必死に許しを請おうと言いかけた、その瞬間だった。

オズワルドが侮蔑を込めてパチンと指を鳴らす。


パキパキパキッ――!


冷酷な高音が響き、幹部の足元から衣服、そして顔面へと、瞬く間に「透き通った結晶」が侵食していく。


悲鳴をあげる暇さえなかった。わずか一秒の後、そこには恐怖の表情のまま完全にカチコチに凍りついた、一体の『人間の結晶像』が完成していた。


オズワルドは立ち上がると、靴の先でその結晶像を軽く小突く。

それだけで、かつて幹部だった結晶は、パリンと軽い音を立てて無残なガラスの破片のように砕け散り、部屋の床へと転がった。


血の一滴すら流さない、あまりにも美しく、それゆえに異常極まりない処刑の魔法。

オズワルドは、自分の上質なブーツに砕けた結晶の粉がついたことすら不愉快そうに眉をひそめると、机の上に置かれた、怪しく紫色の光を放つ小さな薬瓶に目を向けた。


それは、魔力を一時的に暴走させ、理性を失った狂暴な魔獣へと変貌させる禁忌の魔薬――『魔獣のマナ・ブリーダー』。


「力ずくの剣技など所詮は野蛮な平民の浅知恵。正面から騎士団を動かせぬなら、別の方法でそのドブネズミどもを駆除するまでよ。奴らがスラムの平民どもに飯を配って調子に乗っているなら、その飯の鍋に、この毒をほんの数滴混ぜてやればどうなるか……」


想像するだけで愉快極まりないといった様子で、オズワルドの口元が酷薄に歪む。


「スラム全体が狂った魔獣の巣窟と化し、平民どもは互いに喰らい合う。そして、治安を守れなかった特務隊の無能さは白日の下に晒され、一瞬で圧殺される。……私の美しい街を汚す日陰の狼どもめ。お前たちの不骨な正義ごと、ドブ泥の中で狂い死ぬがいい」


領都の闇深くで、本物の外道が特務隊を根絶やしにするための、最悪の『毒の罠』を仕掛けようとしていた。

第21話をお読みいただきありがとうございました!

特務隊の前に立ちはだかる、領都の巨大な利権の壁。そしてその中心に君臨するオズワルド伯爵の、冷酷で恐ろしい魔法が描かれました。

アレンたちの絆の象徴である「飯(屯所鍋)」に魔獣の毒を仕込もうとするオズワルドの奸計。この最悪の罠に、特務隊とミアはどう立ち向かうのか……!?


いよいよスラム編最大の危機が迫る大激動の展開へ!

続きが気になる!アレンたちの戦いを応援したい!と思ってくださった方は、ぜひブックマークや、広告下の【☆☆☆☆☆】評価での応援をよろしくお願いいたします!皆さんの熱い一票が励みになります!

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