第20話:泥中の狼、不骨な誓い
第20話をお読みいただきありがとうございます!
激闘から一夜明け、アレンは猫耳の少女ミアに連れられて、スラムの特等席である「秘密の場所」へ。
そこで語られる、アレンの「知っていた男たち」の生き様。持たざる者同士だからこそ響き合う不骨な誓いと、日陰の狼たちの間に結ばれる真の絆の物語をお楽しみください――!
翌朝。
特務隊の屯所を抜け出したミアは、アレンの黒い外套の袖を小さく引っ張った。
「……ねえ、アレン。ちょっと、連れていきたい場所があるんだけど。二人だけで、さ」
いつもツンツンしている猫耳の少女の、少し神妙な誘い。
アレンは黙ってその後ろ姿に付いていった。
入り組んだ下層のゴミゴミした路地を抜け、今にも崩れそうな廃建物の錆びついた鉄ハシゴをいくつも登っていく。
キィ、キィ、と頼りない金属音を響かせながら最上階へ辿り着き、重い鉄扉を押し開けた瞬間――。
アレンの目の前が、鮮やかな光と共にパッと開けた。
そこは、スラムの劣悪な景観からはおよそ想像もつかない特等席だった。
遮るもののない高い屋上からは、領都の美しい白亜の城や、きらびやかに陽光を反射する時計塔、遠くに広がる豊かな緑の山々が一望できた。
ゴォ、と鼓膜を揺らすように吹き抜ける突風。
その風だけが、地上に漂う生ゴミと汚水の悪臭を綺麗に消し去って、驚くほど冷たく澄んでいた。
「ここ……私が見つけた秘密の場所んだ。嫌なこととか、辛いことがあったら、いつも一人でここに来て、お城を眺めてたの」
ミアは屋上の端に腰掛け、小さな足をぶらぶらさせながら、遠くの綺麗な街並みを見つめた。
アレンもその隣に、腰の和泉守兼定が邪魔にならないよう、静かに腰を下ろした。
流れる白い雲と、吹き抜ける風の音だけが響く、二人っきりの静かな空間。
ミアはきゅっと外套の裾を握りしめ、ずっと胸につかえていた疑問を、静かに吐き出した。
「……ねえ。なんで、そこまでして私たちに気を遣ってくれるの?」
アレンは手元を動かさず、黙ってミアの横顔を見つめた。
「あんたほどの強さがあれば、私みたいなガキの耳目なんか使わなくたって、大金持ちの貴族にいくらでも雇ってもらえるでしょ。ただの使い捨ての駒に、あんなに温かい飯を食わせる大人なんて、この世界にはいないもん」
裏切られ、捨てられ続けてきたスラムの子供だからこ所の、切ない本音だった。
アレンはフッと不敵に口元を歪め、太陽に照らされる白亜の城を見つめながら口を開いた。
「気を遣う、か。柄じゃねえな。……ただな、お前らみたいな泥棒猫を見てると、昔、俺の知ってた『とある男』のことをちっとばかし思い出すんだよ」
「知ってた男……?」
「ああ。そいつやそいつの周りにいた仲間たちも、お前らと似たようなもんだった。身分もなけりゃ、金もない。ただの農家のガキや、飯も満足に食えねえようなゴロツキの集まりさ。世間様からは日陰者扱いされて、お上の偉い奴らからは都合よく使われてな。……だけどそいつらは、ドブの中でもがいて、飢えに耐えながら、それでも『あのお城の奴らを見返してやる』って牙を剥き続けて、最後はでっけえ組織を作り上げた」
アレンは、隣でピコピコと細かく動くミアの茶色い猫耳を、少し乱暴に、だけど大きな手のひらで優しく撫でた。
「泥をすすってでも身内を守ろうとするお前の執念を見てると、その男の生き様が他人の気がしねえのさ。ガキが必死に噛みつこうとしてる手を、大人が振り払う理由にゃならねえだろ」
ミアは大きな琥珀色の目を見開いた。
隣にいるのは自分と大して変わらない少年の体なのに、その言葉の重みは、幾千の修羅場をくぐり抜けた大人のそれだった。
汚い大人への根深い不信感が、その不骨な手のひらの温度に触れて、跡形もなく溶けていく。
「……そっか。あんたの知ってるその人も、狼だったんだね」
ミアはふいっと顔を背け、赤くなった耳を隠すように黒い外套に深く潜り込んだ。
だが、すぐに意を決したように前を向き、アレンの目を真っ直ぐに見据えた。
「わかった。あんたの言う『影の部隊《隠密》』っての、やってあげる。……その代わり、一つだけ、絶対に譲れない条件があるの」
「言ってみろ。法に触れねえ限りは聞いてやる」
「私の給料、ほとんど全部、あの子たちに渡して。あの子たちが毎日、ひもじい思いをしないで、普通に笑って暮らせるだけのパンとお肉を、私が稼いだお金で買ってあげて欲しいの。……私自身は、ここでこうして雨風がしのげて、昨日の鍋みたいな美味しい飯が食えて、着る服があれば、それだけで十分だから」
自分の取り分は要らない。ただ、大切な身内を救いたい。
どこまでも健気で、まっすぐなミアの願い。
それを聞いたアレンは、一瞬だけ驚いたように切れ長の目を丸くしたが、すぐにククッと喉を鳴らして笑った。
「自分の分は衣食住だけでいい、か Lights。……おいおい、入隊初日からとんでもないことを言うな。お前、そこらの気取った騎士なんかより、よっぽど一本芯が通ってやがる」
アレンはニカッと悪ガキのような、最高に獰猛で不敵な笑みを浮かべた。
「いいだろう。お前の給料は責任を持って、毎月あの子たちの食費と生活費に回してやる。その代わり、ただ飯を食わせるだけじゃねえ。あの子たちが大きくなった時、自分の力で生きていけるように、読み書きや、いざって時の護身術くらいはうちの隊士どもに仕込ませる」
アレンはそこで一度言葉を区切り、当然の義務を口にするように付け足した。
「――それが、大人の仕事だろ」
そのあまりに不骨な優しさに、ミアは呆気にとられた後、堪えきれずにクスクスと笑い声を上げた。
鈴が鳴るような高い笑い声が、澄んだ風に乗って屋上に響く。
「ぷっ……あはは! なにそれ。あんた、私と大して歳変わらないくせに、ずいぶんとおじさんみたいなことを言うんだね」
「うるせえ。中身の年季が違うんだよ、中身のな」
アレンは淡々と返し、腰に帯びた和泉守兼定の柄頭をポンと叩いた。
ミアの顔に、初めて年相応の、心からの綺麗な笑顔が咲いた。
突き抜けるような青空と、頬を撫でる冷たい風の中、日陰の狼たちの絆が、より深く、より強固に結ばれた瞬間だった。
――だが、特務隊が手にした温かい平穏は、長くは続かない。
スラムの治安を強引に奪い取ったアレンたちの躍進を、面白く思わない『本物の外道』が、すぐ裏で牙を研ぎ始めていた。
利権を奪われた闇ギルドの執念、そして特務隊の台頭を阻まんとする既存の貴族たちの陰謀が、静かに、しかし確実に日陰の狼たちを包囲しようとしていた。
第20話をお読みいただきありがとうございました!
ミアが特務隊の「未来の密偵」として正式に加入を誓う、最高の青春&エモーション回となりました!
アレンの不骨ながらもどこまでも温かい大人の包容力に、ミアの頑なな心が完全に溶かされるシーンは、書いていて(読んでいて)胸が熱くなりますね。
しかし、ラストには再び不穏な影が……。
民を味方につけた特務隊を、次なるスラムの闇が襲います。
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