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第18話:泥中の雛

第18話をお読みいただきありがとうございます!

スラムの巡察中、アレンは驚異的な身のこなしを持つ猫耳の獣人の少女ミアと出会います。

行き場のない子供たちを食わせるためにスリを働くミアに、アレンは「影の部隊(密偵)」としての勧誘を試みるも、大人への深い不信感から拒絶されてしまいます。

しかしその数時間後、スラムの闇に蠢く人身売買ブローカーの手によって、ミアが拉致されたという報せが屯所に届き――。

1. 泥棒猫と元・茨垣バラガキ

特務隊がスラムの警備権を握ってから数日。街の空気は確実に変わりつつあったが、長年染み付いた貧困と泥が、一朝一夕で消えるわけではない。


アレンは一人、羽織の代わりである黒い外套の襟を立て、スラムの雑雑とした雑踏を鋭い目で見回り(巡察)していた。


その時、すれ違いざま、アレンの懐に「視線」とは違う、極めて微かな違和感が走る。

熟練の暗殺者でも気づかないような、衣服の擦れる極小の音。アレンの財布(懐中)へと滑り込んできた、細く汚れた指先。


(――スリか)


前世の武州、あるいは京の街で、嫌というほど悪ガキや泥棒の相手をしてきたアレンだ。

振り返ることもなく、電光石火の速さで自らの懐を抑え、その「侵入者」の手首を万力のような力でガシッと掴み取った。


「捕まえたぜ、泥棒猫」


前世の感覚で、スリのガキを揶揄する「言葉の綾」としてそう口にした。

だが、アレンが冷たく見下ろした瞬間、その言葉は文字通りの意味となって己に返ってくることになる。


「……って、本当に猫じゃねえか」


「放せっ、このお上の犬がッ……!」


そこにいたのは、ボロ布を纏った、見慣れぬ獣の耳――茶色い猫耳を頭に生やした、小柄な少女だった。アレンは異世界に来てから初めて目にする本物の「獣人」に、内心で小さく目を見開く。


少女――ミアは、捕まった恐怖を押し殺すように、野生の獣さながらの鋭い眼光でアレンを睨みつけ、シャーッと喉を鳴らして威嚇してきた。その琥珀色の大きな瞳には、大人への強烈な敵意と警戒心が満ちている。


「くそっ、離せって言ってるでしょ!」


ミアは自らの手首の関節を一瞬で「ぬるり」と脱力させ、あべこべにねじることで、アレンの指の骨の合わせ目を狙って滑り落ちるようにすり抜けた。泥棒特有の、見事な骨法(技術)だった。


「――ほう?」


アレンが驚きに眉を上げた瞬間には、ミアは四足獣のような爆発的な推進力で、ゴミゴミとした路地裏の隙間へと飛び込み、あっという間に人混みに消えていった。


アレンは、残された自分の手のひらを見つめ、思わずフッと口元を歪める。


「ただの足の速さじゃねえな。関節の力を抜いて俺の握力をいなしやがった。前世の江戸のかっぱらいでも、あそこまで鮮やかな抜け方をする奴はそうそういねえ。大したすばしっこいガキだ」


かつて武州のバラガキ(茨垣)と呼ばれ、泥にまみれて生きていた己の過去が少しだけ脳裏をよぎる。

アレンは和泉守兼定の音を小さく鳴らし、少女が消えた路地の奥へと、静かに足を進めた。


2. 路地裏の真実と、冷たい拒絶

少女を追って、スラムのさらに奥、崩れかけた廃屋の影にたどり着いた時、アレンの優れた聴覚が、小さな話し声を捉えた。アレンは気配を完全に消し、街角の影に身を隠して聞き耳を立てる。


「……ハァ、ハァ……ごめん、みんな。失敗しちゃった……」


先ほどの猫耳の少女――ミアの声だ。呼吸を荒くしながら、ひどく落ち込んでいる。


「ミアお姉ちゃん、大丈夫? お腹、空いたよ……」

「誰もミアお姉ちゃんのこと責めないよ。怪我はなかった?」


廃屋の中からは、さらに幼い、何人もの子供たちの声が聞こえてきた。どの子も声に元気がなく、飢えに喘いでいるのが分かる。


「うん、捕まりそうになったけど、なんとか逃げた。……でも、今日こそお肉の切れ端でも買って、みんなにお腹いっぱい食べさせてあげたかったのに。騎士団がいなくなって、変な黒い服の奴らが来てから、悪いギルドの奴らもケチになって、落ちてる残飯すら拾わせてくれないんだ……」


ミアはぎゅっと自分の拳を握りしめ、悔しさに声を震わせる。自分のためではなく、この行き場のない子供たちを食べさせるために、彼女はその命がけの技術を使ってスリを働いていたのだ。


(自分のためじゃなく、身内のガキどもを食わせるためのスリ、か)


アレンはゆっくりと影から姿を現し、廃屋の入り口に立った。


「ひっ……! あ、あんた、さっきの……! 待ち伏せしてたの!?」


ミアが飛び上がるように驚き、すぐさま子供たちの前に立ちはだかって猫耳を逆立てた。その細い体を小刻みに震わせながらも、子供たちを守るために必死に虚勢を張っている。


アレンは和泉守兼定の柄に手をかけたまま、冷徹に、しかしどこか見定めるような目をミアに向けた。


「スリや泥棒は犯罪だ。俺が敷いた法じゃあ、本来なら容赦なく処罰する。だがな、お前のその気配を消す足音と、絶対に捕まらない手首の骨法、 shadow(影)のようにスラムの裏路地を知り尽くした耳目は、ドブの中で腐らせるには惜しい」


アレンは懐から、数枚の金貨を取り出して見せた。


「俺たちの組織には、表の騎士どもには真似できない、闇に潜んで情報を集める『影の部隊(密偵)』が必要だ。お前たちを飢えさせないだけの飯と住処は保証してやる。どうだ、その足と耳、俺に売れ」


子供たちの目が金貨に輝いたが、ミアは違った。彼女はアレンの黒い外套――領主の息がかかった特務隊の存在を激しい敵意で睨みつけ、ピシャリと言い放った。


「ふざけないで! あんたたちみたいな『お上の犬』なんか、死んでも信じるもんか! 騎士団だって、最初は優しいことを言って踏み込んできて、結局何もしてくれずに私たちを置いて逃げ出したじゃない! 飯で釣って、どうせ都合よく使い捨てる気でしょ! 汚い大人なんか大っ嫌いなんだよ、出てって!」


信頼関係ゼロ。ミアの瞳には、大人や権力に対する絶対的な拒絶が宿っていた。

アレンは無理に迫ることはせず、ふっと鼻で笑って金貨を懐に収めた。


「そうかい。なら、これ以上俺の目の前でスリは働くなよ。次は容赦なく法の通りに引っ張っていくからな」


アレンは外套を翻し、一度その場を去っていった。

バラガキを動かすには、言葉の綺麗事だけでは足りない。彼らが本当に心の底から「頼るべき壁」を求めた時でなければ、真の絆は結べないことを、アレンは経験で知っていた。


3. 屯所の悲鳴

それから数時間後。特務隊がスラムの拠点(駐屯地)として借り受けている古い詰所に、ドタドタと激しい足音が響いた。


「局長! 大変です!」


見張りに立っていたボルドが、慌てた様子で部屋に飛び込んでくる。その後ろには、先ほどアレンが廃屋で見かけた、ミアの仲間である小さな平民の子供たちが、泥と涙で顔をグシャグシャにして縋り付いてきた。


「おじちゃん……! 助けて、助けてよぅ!」

「ミアお姉ちゃんが……お姉ちゃんが、悪い大人たちに連れてかれちゃったの!」


アレンは静かに立ち上がり、子供たちの目線まで腰を落とした。


「落ち着いて話せ。何があった」


子供たちはしゃくり上げながら、必死に状況を説明した。

アレンが去った後、スラムを根城にする闇商人や、違法な人身売買を行う悪徳ブローカーの男たちが廃屋に踏み込んできたのだという。


「男たちがね、ミアお姉ちゃんが市場でパンを盗んだって、大きな嘘をついたの! お姉ちゃんはそんなことしてないのに……! 『代金の代わりに、その珍しい猫耳の身体でキッチリ払ってもらう』って言って、お姉ちゃんを縛って連れてっちゃった……!」


悪党どもは最初から、希少な獣人の血を引くミアを奴隷市場へ売り飛ばすために、ありもしない「窃盗の罪」をでっち上げて拉致したのだ。その背後には、スラムの利権を特務隊に脅かされつつある、闇ギルドの不穏な意志が透けて見えた。


「ミアお姉ちゃん、私たちを逃がすために、一人で捕まって……お願い、お姉ちゃんを助けて……!」


泣きじゃくる子供たちを見つめ、アレンの切れ長の目がふっと和らいだ。アレンは大きな手のひらを子供の頭に乗せ、ポン、と優しく叩いた。


(……チッ、泣き顔のガキってのは、どうも昔から苦手だ)


前世の多摩の農村で、飢えや理不尽に泣いていた幼い頃の自分たちの姿が、どうしても重なってしまう。不骨な胸の奥に、静かな、しかし烈しい火が灯る。


「よく仲間のためにここまで走ってきたな。もう大丈夫だ。……お前たちの頼れるお姉ちゃんは、俺たちが必ず連れ戻してやる。だからここで、ボルドたちの飯でも食って待ってな」


アレンのどこか懐かしい、不骨だが確かな温度のある言葉に、子供たちは涙を拭ってこくりと頷いた。


立ち上がったアレンの瞳からは優しさが消え、すでにスラムの夜を凍りつかせるような、圧倒的な修羅の光が宿っていた。腰の和泉守兼定の柄を、親指でカチャリと押し上げる。


「ボルド、野郎どもを集めろ」


アレンは黒い外套をなびかせ、冷酷極まりない声で隊士たちに告げた。


「このスラムの警備権は、ガラルド様から俺たち特務隊が正式に預かっている。つまり、ここで法を執行するのは俺たちだ。ガキがパンを盗んだかどうかも、俺たちが調べる。だが……俺たちの目の届く場所で、濡れ衣を着せて勝手な人身売買を行う不法分子は話が別だ。それは、俺たちの『法』に対する明確な反逆だ」


アレンの言葉に、ボルドが下品だが、最高に獰猛な笑みを浮かべて拳を鳴らした。


「へへっ……! 騎士団の旦那方が諦めて逃げ出したこの泥の中で、俺たちが法を舐めたヤクザどもを叩き斬る。……市中巡察の『初仕事』にゃあ、最高の獲物じゃねえですか、局長!」


他の隊士たちも、かつての荒々しさはそのままに、「法を執行する組織」としてのプライドと闘志を瞳に宿して不敵に笑う。最高のバラガキ集団だ。


アレンは詰所の扉を力強く押し開け、夜の闇へと踏み出した。


「特務隊の面目を潰し、法をコケにした悪党どもは……一人残らず叩き斬る。行くぞ、野郎ども」

第18話をお読みいただきありがとうございました!

ミアを救うため、そして自分たちの敷いた『法』を汚す悪党を叩き潰すため、特務隊が夜のスラムへと出陣します!

泣いている子供に優しく触れながらも、悪党に対しては一瞬で「鬼の副長」の顔になるアレンのギャップがたまりません。


次回、スラムの悪徳ブローカー&闇ギルドとの激突!アレンの兼定が再び闇を裂きます!

続きが気になる!ミアを助けてくれ!と思ってくださった方は、ぜひブックマークや、広告下の【☆☆☆☆五つ星】評価(カクヨムなら★)での応援をよろしくお願いいたします!皆さんの応援が何よりの励みです!

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