第16話:二転三転の急襲劇
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緊急事態に直面し、仕上がったばかりの浅葱色の羽織を背負って夜の王都へと飛び出したアレンと特務隊。
人質を巡る二転三転の急襲劇の中、アレンの「修羅場の勘」が敵の囮を見破ります。正規騎士団が動けない閉所での死闘、そして異世界の常識である「魔法の障壁」に対し、アレンの和泉守兼定が容赦なく火を噴きます――!
1. 割れた情報と鬼の決断
「野郎ども、着替える暇はねえ。――行くぞ」
土方歳三のその一言で、特務隊の面々は仕上がったばかりの浅葱色の羽織を、泥にまみれた衣服の上に乱暴に引っ掛けただけの姿で、夜の街へと飛び出した。
完全な装備を整える時間などない。だが、彼らの胸には剥き出しの鉄の意志が、そして背には鮮烈なダンダラ模様が夜風に翻っていた。
事態は逼迫していた。
直前にもたらされた報告によると、誘拐組織の拠点は二箇所。
一つは「郊外の廃鉱山」。もう一つは「王都の高級酒場(隠れ宿)」。
ルシアン率いる正規騎士団は、名門グランヴェル家の威信に懸けて、人質が大量に囲われている可能性が高いとされる「郊外の廃鉱山」へと大部隊を急行させた。特務隊に与えられた当初の任務は、もう一方の「高級酒場」の監視と足止めに過ぎなかった。
しかし、高級酒場の薄暗い裏路地に潜み、建物の構造や、微かに漂う魔石の甘い匂いを嗅ぎ取った瞬間、土方の脳細胞が猛烈な警報を鳴らした。
「……ちげえ。本命はこっちだ」
人の出入りの不自然さ、空気の張り詰め方。前世で幾度も修羅場をくぐり抜けた土方の直感が、ルシアンたちが敵の巧妙な囮に引っかかったことを告げていた。
今から本隊に伝令を送っても間に合わない。人質が別の場所へ移送されるか、あるいは証拠隠滅のために消されるのが先か。
土方は腰の「和泉守兼定」の柄にそっと手をかけ、不敵に口元を歪めた。
「人数が揃うまで待つなどという生ぬるい真似はせん。……行くぞ、野郎ども」
特務隊「局長」としての、それが最初の冷徹な決断だった。
ボルドたち隊士が、息を呑んでその水色の背中に続いた。
2. 囮の結界と、泥臭き強襲
その頃、郊外の廃鉱山に突入したルシアンたちは、激しい焦燥感に駆られていた。
静まり返った鉱山内。部屋に入った瞬間に足元から不気味な魔法陣が怪しく光を放った。
「――しまっ、結界魔法……! 囮か!」
ルシアンの叫びも虚しく、部屋全体が強力な遮断結界に包まれる。
物理的な脱出はもちろん、外部への通信魔法すら完全に遮断された。名門貴族の精鋭騎士団といえど、この特級結界を解呪するには絶望的な時間を要する。
ルシアンは拳を血が出るほど握りしめ、王都に残した土方たちの身を案じるしかなかった。
同刻。王都の高級酒場の裏口。
「見ろ、あのガキども。上等な魔法衣も鎧も着てやがらねえ。水色の妙な羽織を着たただのドブネズミか?」
馬車へ人質を積み込もうとしていた組織の魔導士たちが、裏口から現れた土方たちを見つけて鼻で笑った。魔法至上主義の彼らにとって、魔力を持たない人間は羽虫に等しい。彼らは油断しきった動作で、杖を掲げた。
「魔法の詠唱をさせんな。喉と腕を潰せ」
土方の冷徹な声が、夜の闇に鋭く響いた。
3. 狭隘の死闘(一瞬の死線)
地下へと続く階段、そしてカビ臭い一本道の通路。ここからが、息詰まるような「死の環境」の始まりだった。
天井は低く、幅は人が二人並ぶのがやっと。大振りの大剣を振り回すスペースはなく、魔法の照準を合わせるための視界も遮られている。
「侵入者――」
先頭の魔導士が呪文を紡ごうとした瞬間、土方の身体はすでに爆発的な踏み込みを見せていた。距離はわずか三歩。
「チッ、喋るな」
呪文の最初の1文字が発せられるより早く、バルカスの打った「和泉守兼定」が鞘から滑り出た。
摩擦音すら置き去りにするような、神速の抜き打ち。
刃は魔導士の喉笛を正確に捉え、真横に一文字に裂いた。
異世界の肉厚な剣とは違う、日本刀特有の「引き切り」の凄まじい切れ味。魔導士は悲鳴すら上げられず、ゴボリと血泡を吐いて崩れ落ちた。
「な、なんだあの速さは……!?」
残る護衛の剣士たちが戦慄する。
彼らの常識では、魔法の障壁を展開する間もない「一瞬の間合い」で人間が肉薄してくるなど、想像の枠外だったのだ。
奥の護衛が、狭い通路にもかかわらず力任せに大剣を振り下ろす。壁のレンガを激しく削り、凄まじい火花が散った。
土方はそれをまともに受けない。紙一重で首を傾け、剣風が耳元をかすめる。わずか数センチの差で脳漿が飛び散る緊迫感の中、土方の目はどこまでも冷徹だった。
「大振りが過ぎるんだよ、ド素人が」
刀身の鎬で敵の剣を滑らせるように受け流し、そのまま密着の間合いへ。
刀を使わず、空いた左手で敵の顔面に、あらかじめポケットから掴み出していた練兵場の土砂を容赦なく叩きつける。
「ぎあああッ! 目が、目がァ!」
悲鳴を上げる敵の膝裏を容赦なく踏み抜き、体勢を崩したところへ、兼定を逆手に持ち替えて鎧の隙間――首筋へと突き立てる。
ズブり、と肉を貫き骨に当たる嫌な感触が土方の腕に伝わった。
さらに奥では、もう1人の護衛が逆上し、刃に炎を纏わせる魔法剣を発動しようとしていた。
そこへ、土方の訓練を受けたボルドが盾を構えて全力で突進する。
「魔法を使わせるかよぉ!」
炎の刃が形成されかけるが、ボルドが盾で強引に押し込み、敵の剣の軌道を天井へと逸らした。天井の木枠が激しく焦げ、狭い通路に黒煙が立ち込める。
視界が最悪の中、もう1人の隊士が床を這うように滑り込み、敵の足首をナイフで深く切りつけた。
アキレス腱を断たれて崩れる敵。そこへボルドが容赦なく上から乗りかかり、石突で頭部を何度も殴りつける。
華麗な騎士の決闘ではない。一瞬の油断が死を招く閉鎖空間での、徹底的な泥臭い圧殺劇だった。
4. 障壁魔法VS天然理心流・平青眼
子供たちが囚われている最奥の広間。
そこには組織の幹部である純血の魔導士が、冷酷な笑みを浮かべて待ち受けていた。
幹部は土方たちの侵入を察知しており、すでに強固な「六角形の光の障壁」を自身の周囲に何重にも展開している。
「野蛮な羽虫どもが……! 近づくことすらできんわ!」
幹部の杖から、無数の光の弾丸(魔弾)が放たれた。狭い部屋の中で壁や床を跳弾する魔弾の嵐。
土方は床を転がり、瞬時に柱の陰に身を隠すが、肩の肉をかすめ、鮮血が浅葱色の羽織を赤く染める。ボルドたちの体にも無数の擦り傷が増えていく。
一歩でも遮蔽物から出れば、蜂の巣にされて確実に死ぬ。圧倒的な弾幕の暴力。
しかし、土方は和泉守兼定を構え直した。刃を水平に寝かせ、胸の高さに置く――天然理心流の「平青眼」。
(バルカスの野郎……いい鉄を打ちやがった。これなら、いける)
刀身に反射する妖しい光に、職人の魂を感じる。土方は不敵に笑った。
「おい、ゴロツキども。俺が突っ込む。弾が途切れた一瞬、あの杖の先を狙って物を投げろ。何でもいい、死に物狂いでやれ」
土方の目が、前世の修羅のそれへと変わる。
魔弾の連射が途切れる、ほんの「半秒」の隙。
「今だ!」
ボルドたちが床の瓦礫や死体の剣を幹部めがけて一斉に投げつけた。
幹部が一瞬だけ動揺する。ほんの0.1秒、障壁の維持が揺らいだ。
その瞬間、土方は弾かれた弾丸のように地を蹴った。
天然理心流の極意――「勇を鼓して直進す」。
障壁のわずかな歪みに向かって、兼定の切っ先を一直線に突き出す。全身の体重、そして前世の執念すべてを一点に集中させた、渾身の「平突き」。
ギチ、ギチチ、と空間が軋む音が響き、次の瞬間、ガラスが砕けるような轟音と共に幹部の障壁が粉々に弾け飛んだ。バルカスの打った兼定の鋼が、異世界の絶対的な魔法を力ずくで打ち破った瞬間だった。
「な、何をした……!? 魔力なき家畜の鉄クズが、私の『聖なる障壁』を貫くだと……!?」
驚愕と屈辱に目を見開く幹部の眉間から、後頭部へと、兼定の冷たい切っ先が一直線に突き抜けた。
5. 返り血のバラガキと、主君の畏怖
静まり返る地下広間。
土方が幹部の死体から、ゆっくりと兼定を引き抜く音だけがやけに大きく響いた。刀身に付着した血をパッと床に振り払い、静かに鞘へと収める。
その直後、結界を力ずくで破り、息を切らせて高級酒場に駆け込んできたルシアンと正規騎士団が、部屋の扉を激しく蹴破った。
「アレン!! 無事か――」
ルシアンの言葉が、凍りついたように止まった。
彼らが目にしたのは、きらびやかな騎士の鎧ではない。
泥と返り血にまみれ、しかし獲物を仕留めた狼のような鋭い眼光を放つアレンと、水色の羽織を纏ったバラガキ隊士たちの姿だった。周囲には、王国の裏社会を牛耳るはずの魔導士たちが、文字通り全滅して転がっている。
魔法至上主義を掲げるグランヴェル家の騎士たちは、魔力を持たない者たちが「剣一本と泥臭い連携」で最高難度の魔導士集団を屠ったという事実に、恐怖に近い畏怖を抱き、一歩も動けなくなっていた。
ルシアンの胸に、激しい衝撃が走る。
(これが……アレンの言っていた『戦える組織』の完成形なのか……。僕たちの常識の、遥か先を行っている……!)
ただの驚きではない。この少年の皮を被った男は、本当にこの世界のパワーバランスをひっくり返そうとしている。その圧倒的な事実が、ルシアンを「ただの守られる神輿」から「真の指導者」へと覚醒させる決定的な引き金となった。
土方は荒い呼吸を整えながら、傷ついた肩を押さえ、ルシアンに向けて不敵に笑ってみせた。
「遅かったじゃねえか、ルシアン。……見ての通り、着替える暇もなかったがね」
特務隊局長・土方歳三。
その圧倒的な背中に、ルシアンは静かに、しかし深く首を垂れるのだった。
特務隊、圧倒的な初陣を飾りました!
きらびやかな魔法騎士たちが囮に引っかかる中、狭所での泥臭い殺人術と、アレン(土方)の「平突き」がすべてを粉砕するカタルシス。浅葱色の羽織が血に染まる姿は、まさに新選組の再来ですね!
この激闘を経て、主君としての覚醒を迎えたルシアン。
特務隊の存在が王国内でどう噂されていくのか、そしてバルディア帝国の足音がどう迫るのか――。
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