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第134話:白き守衛、鬼の刃

第134話をお読みいただきありがとうございます!


今回は、聖務監査院での戦闘回です。

ノエルの声を奪おうとする白き守衛に対し、アレンが黒誠、和泉守兼定、そして業火流『硝煙ノ灯』で立ち向かいます。

 閲覧室の空気が、変わった。


 それは鐘の音ではない。


 紙が擦れるような、骨の内側を撫でられるような、ひどく薄い振動だった。


 壁一面の規定書が、いっせいに小さく震える。白革の背表紙に刻まれた銀文字が淡く光り、閲覧室の床へ、幾何学模様の白い線が走った。


「……これは」


 マルティナ・セレーネの顔色が変わる。


「証言保全陣……? でも、誰が発動を」


「誰かが発動させたんじゃねえ」


 アレンはノエルの前へ一歩出た。


「規定書の不備を記録したから、仕掛けが勝手に起きたんだろうよ」


 白い線は、床から壁へ、壁から天井へ走る。


 次の瞬間、閲覧室の奥に並んでいた白い甲冑飾りが、ぎしりと音を立てて動いた。


 聖務官の儀礼用鎧。


 武器を持たぬはずのそれらの手に、白い羽根筆のような細長い刃が生える。


「証言保全守衛……!」


 マルティナが息を呑む。


「本来は証言者を襲撃者から守るための自律守衛です。ですが、なぜこちらに刃を」


「証言者を守るんじゃなく、証言を整えるための守衛に書き換えられてる」


 ルシアンが素早く杖を抜いた。


「リナ、ノエルさんを下げて。マルティナ殿、記録板を離さないでください。今起きていることそのものが証拠です」


「は、はい!」


 リナはノエルの肩を抱き、部屋の隅へ下がる。ノエルの銀鈴は細く震え続けていた。


 白い守衛が、一斉に動く。


 狙いはアレンではない。


 ノエルの口元。


 羽根筆の刃の先端に、白い糸が結ばれている。その糸は、証言者の声帯や舌へ絡みつき、言葉を「正しい形」に整えるためのものだ。


「ふざけた筆だな」


 アレンは黒誠を抜いた。


 生身の聖務官ではない。だが、まだ監査院の設備だ。乱暴に壊せば、反動がノエルや記録へ飛ぶ可能性がある。


 まずは、止める。


 床を蹴らない。


 足裏で白石のわずかな歪みを捉え、力を吸わせる。


 瞬歩。


 アレンの姿が、白い線の上から消えた。


「一体目」


 黒誠の柄頭が、守衛の肘関節へ寸分違わず叩き込まれる。甲冑の腕が外れ、羽根筆の刃が床へ落ちた。


 続けて二体目の懐へ滑り込む。


 刃がノエルへ伸びるより早く、アレンの左手が白糸を掴み、黒誠の棟で糸の結び目だけを潰した。


 白糸が、音もなくほどける。


「二」


「速い……」


 マルティナの筆が止まりかける。


「止めるな」


 アレンは守衛の膝を砕きながら言った。


「お前の筆が止まれば、こいつらは『なかったこと』になる」


 マルティナは唇を噛み、震える手で記録板へ文字を刻み続ける。


 しかし、守衛はまだ増える。


 白い床の線が、保護室の方へ伸びた。閉じられていた扉の隙間から、冷たい声が滲み出す。


 泣き声。


 祈り。


 途中で千切れた証言。


 それらが束になり、閲覧室の床から白い人形を押し上げた。


 顔のない人型。


 胸元だけに、小さな黒い鐘紋。


 アルクが唸る。


「あるじ。下の口、上に来た」


「旧声蔵の守り手か」


 白い人形の腕が伸びる。


 その指先は刃ではない。口だ。幾つもの小さな口が開き、「静かに」「正しく」「忘れなさい」と意味だけを吐き出してくる。


 ノエルが耳を押さえ、膝を崩しかけた。


「ノエルさん!」


 リナが支える。


 ルシアンは即座に風二式を展開し、ノエルの周囲に薄い風幕を張った。


「アレン! あれは設備じゃない。証言を食べている本体だ!」


「分かってる」


 アレンの声が低く沈む。


 ここからは、手加減用では足りない。


 黒誠を腰へ戻し、和泉守兼定へ手を移す。


 カチリ。


 鯉口が鳴った瞬間、閲覧室の白い空気が一段冷えた。


 白い人形が、口々に意味を吐く。


 黙れ。


 忘れろ。


 整えろ。


 それらの意味がアレンの胸へ突き刺さろうとして、虚孔の縁で泥のように沈む。


「人の声を、勝手に削ってんじゃねえよ」


 抜刀。


 白刃が走る。


 守衛の刃が三方向から迫るが、アレンの周囲数メートルにはすでに濃密な殺気が張られていた。


 方円の檻。


 踏み込んだ瞬間、敵の関節、白糸、鐘紋の揺れが、すべてアレンの感覚へ流れ込む。


「遅い」


 一閃。


 守衛三体の羽根筆刃だけが、根元から斬り落とされる。甲冑本体は壊さない。術式の刃だけを断つ、紙一枚分の刃筋。


 続けて、白い人形の胸元の黒い鐘紋へ踏み込む。


 人形の口が大きく開いた。


 そこから、白い火線が吐き出される。声を焼いて消すための、清らかな顔をした火だ。


 アレンの瞳が細くなる。


 火なら、道が見える。


 〈業火流〉『硝煙ノ灯』。


 迫る白火の光跡を恐れず、逆に辿る。火線が描いた道を、敵の位置を示す標として踏み抜き、最短で懐へ潜る。


 兼定の白刃に、硝煙の臭いを帯びた赤黒い炎がまとわりついた。


 綺麗な聖火ではない。


 血と油が焦げたような、戦場の火だった。


「燃やすなら、こっちの火も覚えていけ」


 アレンの刃が、白い人形の黒鐘紋を斜めに裂いた。


 ゴォッ、と赤黒い炎が走り、鐘紋だけを焼き切る。人形の体は崩れず、内側から吐き出されるように、いくつもの声が解けて床へ落ちた。


「……痛い」


「……聞いて」


「……私は、違う」


 消えかけた声が、ほんの一瞬だけ形を取り戻す。


 ノエルの銀鈴が、澄んだ音を返した。


 マルティナの筆が、震えながらも動き続ける。


「記録、します。証言保全守衛、証言者へ攻撃。旧声蔵由来と思われる人型術式、発現。外部立会人アレンにより、黒鐘紋を破壊……」


 ガルディオ司祭は、もう笑っていなかった。


 アレンは炎の消えた兼定を軽く振り、刃を向ける。


「さて、司祭殿」


 閲覧室に、白い灰が降る。


「これでもまだ、通常業務で押し通すか?」


第134話をお読みいただきありがとうございました!


今回は、久しぶりにアレンの戦闘描写をしっかり入れました。

黒誠で設備を壊しすぎずに止め、旧声蔵の本体には和泉守兼定へ切り替える流れが、アレンらしい合理性と怖さになったと思います。

ノエルの声を守るために戦う構図も、熱くて良い場面でした。


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