第131話:古鐘都市オルフェリア、白き聖務監査院
第131話をお読みいただきありがとうございます!
今回は、ついに古鐘都市オルフェリアと聖務監査院が登場します。
鐘楼だらけなのに鐘が鳴らない都市の不穏さと、ノエルが自分の証言を守ろうとする場面に注目していただけると嬉しいです。
古鐘都市オルフェリアは、遠目に見た時よりも、ずっと静かな街だった。
白い石造りの城壁。その内側に、大小さまざまな鐘楼が立ち並んでいる。朝日を受けた銀の鐘は、清らかな光を返していた。
だが、音がない。
これほど鐘楼があるのに、街は不自然なほど静まり返っていた。
「……鳴っていませんね」
ノエルが、ルシアンの馬車の窓から外を見つめて呟く。
「古鐘都市は、朝の祈りの時刻に、大小の鐘が順に鳴るはずです。こんなに静かなのは……」
「誰かが止めてる、か」
アレンは馬車の横を歩きながら、城門上の鐘楼を見上げた。
鐘はある。
鐘の舌もある。
だが、どの鐘にも白い布が巻かれていた。喪の布にも、封印にも見える。清らかさを装った沈黙だった。
城門の前で、一行は止められた。
門衛ではない。白い法衣をまとった聖務官たちだ。彼らは武器を持たず、代わりに銀の筆と記録板を持っている。
「聖アイビス国立魔法学園、実地研修一行。ならびに、鈴番記録に関する立会人ですね」
先頭に立つ女が言った。
年は三十前後。濃い藍色の髪をきっちり結い上げ、丸眼鏡の奥に淡い灰色の瞳を持つ。白い聖務服は皺一つなく、胸元の白蔦紋も完璧に整えられていた。
「私は聖務監査院、記録審理官マルティナ・セレーネ。古鐘都市内での証拠物、証言者、外部立会人の管理を担当します」
管理。
その言葉に、アレンの三白眼がわずかに細くなる。
保護ではない。
歓迎でもない。
管理と言った。
ルシアンは穏やかな笑みを浮かべ、馬車から降りた。
「ルシアン・ド・グランヴェルです。こちらは僕の補助員、アレン。証言者のノエル・アルヴィーネさん、白蔦の門のシスター・エステルさん、そして同行者です」
「承知しております」
マルティナは、すでに用意されていた名簿へ目を落とした。
「まず、証拠物の提出を。鈴番記録の写し、黒鈴、その他関連物を、監査院保管庫に預けていただきます」
ルシアンは微笑んだまま、少しも動かなかった。
「保管庫ですか。昨日から、保管という言葉には少々嫌な縁がありましてね」
マルティナの筆が止まる。
「何か問題でも?」
「ええ。白蔦の門で、原本保管箱に証拠文字を剥がす術式が仕込まれていました。移送馬車にも、証言者の記憶を削る黒鈴が吊るされていた。ですから、証拠物は共同封印にしましょう」
ルシアンは涼しい声で続ける。
「聖務監査院、白蔦の門側立会人、グランヴェル公爵家。この三者の封蝋が揃わなければ開けられない形で」
マルティナの灰色の瞳が、初めてルシアンをまっすぐ見た。
「……外部の公爵家が、聖教国の監査手続きに条件を付けると?」
「条件ではありません。証拠保全です」
そのやり取りを、アレンは黙って見ていた。
表の場はルシアンの領分だ。
アレンがここで牙を見せれば、相手は「粗暴な外客が聖務を乱した」と記録するだろう。だから今は、刃ではなく、ルシアンの言葉が道を開く。
しかし、アレンの足元でアルクが小さく唸った。
「あるじ。あの女、黒くない。でも、鈴の匂い、固い」
「固い?」
「石みたい。決まりの匂い」
アレンはマルティナを見た。
悪意ではない。
だが、規則で人を潰せる者の匂いだ。
マルティナはしばらく沈黙した後、筆を動かした。
「共同封印を認めます。ただし、証言者ノエル・アルヴィーネは、聖務監査院内の保護室に入っていただきます。外部者との接触は、審理官の立会いのもとに限定されます」
ノエルの指が震えた。
リナが思わず前に出る。
「そんなの、また閉じ込めるのと同じじゃないですか!」
「リナ」
アレンが短く止める。
リナは唇を噛んだが、踏みとどまった。
ノエルは、白い修道服の胸元をぎゅっと掴む。そして、小さく息を吸った。
「……保護室に入ります」
「ノエルさん」
「でも、一つだけお願いします」
ノエルはマルティナへ向き直った。
「私の証言を、私がいないところで決めないでください。私は、私の口で話します」
小さな声だった。
だが、門前の静けさの中で、その言葉だけははっきり響いた。
マルティナの表情は変わらない。
ただ、筆先が一瞬だけ止まった。
「記録します」
彼女はそう言って、記録板へ文字を書いた。
アレンはふっと口元を緩める。
「上等だ」
ノエルが振り返る。
不安は消えていない。けれど、その瞳には、白蔦の門にいた時とは違う細い芯があった。
城門が開く。
中へ入った瞬間、街の奥から風が流れてきた。
薬草、白い石、古い紙、そして、かすかな鉄の匂い。
大通りの先には、巨大な白亜の建物が見えた。正面に三つの鐘楼を持ち、中央の鐘だけが黒い布で覆われている。
聖務監査院。
オルフェリア聖教国の祈りと記録を裁く場所。
その階段の上に、ガルディオ司祭が立っていた。
白い法衣。
黒い裏地。
柔らかな笑み。
「ようこそ、古鐘都市オルフェリアへ」
彼は両手を広げ、まるで祝福するように告げた。
「どうか、真実が清らかに響きますように」
アレンはその笑みに、静かに目を細めた。
「鳴らす鐘を間違えるなよ、司祭殿」
古鐘都市の静寂が、かすかに揺れた。
第131話をお読みいただきありがとうございました!
今回は、新しい舞台である古鐘都市の空気を描くのが楽しかったです。
白く清らかな街なのに音がない、という不気味さを意識しました。
ノエルが「私の口で話します」と言えたところは、彼女の成長が見える大事な場面ですね。
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