第130話:鳴らぬ黒鈴、証言を喰う道
第130話をお読みいただきありがとうございます!
今回は、移送馬車に仕込まれた黒い鈴の罠を描く回です。
ノエルの証言を守るために、アレンとルシアンがそれぞれ動きます。
ラストでは、いよいよ古鐘都市オルフェリアの姿も見えてきます。
白蔦の門を出た移送馬車は、朝霧の残る巡礼路を静かに進み始めた。
古鐘都市へ向かう道は、白い石畳で整えられている。両脇には低い白蔦の垣根が続き、ところどころに小さな道標の銀鈴が吊るされていた。
表向きは、清らかな巡礼路だ。
だが、アレンの目は、馬車の車輪から離れなかった。
車輪の内側に吊るされた黒い鈴。
鐘の舌はない。揺れても音は鳴らない。だが、車輪が回るたび、黒鈴の縁がわずかに震えている。
「あるじ。あれ、音じゃない。道を食べてる」
黒犬姿のアルクが、アレンの足元で低く言った。
「道を、か」
アレンは馬車の後方を歩きながら、石畳に目を落とす。
車輪が通った跡だけ、霧が薄く削れていた。いや、霧だけではない。馬車の中で交わされた声や気配まで、車輪の跡へ吸い込まれている。
(記憶の足跡を喰う鈴か。証言者を運ぶ馬車に、よくまあ似合う仕掛けを付けやがる)
馬車の中には、ノエル、エステル、リナが乗っている。ルシアンは別馬車で、学園一行の表の説明役として同行していた。フェリスは屋根上に近い位置で気配を殺し、周囲を見張っている。
不意に、馬車の中から小さな鈴の音がした。
ノエルの耳飾りだ。
「止めろ」
アレンが短く言うより早く、御者が困惑した顔で振り返る。
「しかし、まだ出立してすぐで」
「止めろと言った」
声に殺気はない。
だが、逆らえば次の瞬間には手綱ごと腕を押さえられると理解したのだろう。御者は慌てて馬車を止めた。
扉が開く。
中で、ノエルが両手で耳を押さえていた。顔は青ざめ、淡い月白銀の髪が頬に張りついている。
「ノエル」
リナが彼女の肩を支えている。
「急に、声が遠くなったの。私が何を話してたか、少し分からなくなって……!」
「……私も、です」
ノエルは苦しげに息を吐いた。
「鈴番記録のことを、思い出そうとすると……白く、欠けていきます」
アレンの目が冷えた。
証拠を消せないなら、証言を薄める。
記録を奪えないなら、記憶から剥がす。
やり口が徹底している。
「ルシアン様」
アレンは後方の馬車へ視線を送った。
すぐにルシアンが降りてくる。朝の光の中でも、その表情は穏やかだったが、目だけは鋭い。
「罠かい」
「ええ。馬車に付いた黒鈴が、車輪の回転を使って証言を削っています。長く乗せれば、ノエル様は帳簿の中身を曖昧にされる」
「やはり、古鐘都市へ着く前に一度仕掛けてきたか」
ルシアンは一瞬だけ考え、すぐに指示を出した。
「全員、この馬車から降りて。移送は続けるけれど、ノエルさんは僕の馬車へ移す。エステルさん、聖教国側の立会人として、この黒鈴の確認をお願いします」
「承知しました」
エステルの声は硬かった。
アレンは車輪の前にしゃがみ込む。
黒い鈴は、ただ吊るされているだけではない。細い黒糸が車軸へ絡み、回転するたびに鈴の縁を擦っている。音にならない振動が、馬車の床を通じて乗る者の記憶に触れていた。
斬れば早い。
だが、アレンは黒誠を抜いた。
この手の仕掛けは、乱暴に断てば仕掛けた者へ合図が飛ぶ。あるいは、乗っていた者の記憶へ反動が戻る。
「アルク、噛むなよ」
「がまん」
アルクは不満そうに喉を鳴らす。
アレンは黒誠の先で、黒糸の結び目を軽く押した。
パキン。
音は小さい。
しかし、見えない薄膜が一枚剥がれたように、馬車の周囲の空気が軽くなる。
次の瞬間、黒い鈴が震えた。
鐘の舌などないはずなのに、アレンの耳の奥だけへ、低い音が差し込んでくる。
忘れろ。
黙れ。
証言するな。
意味だけが、刃のように突き刺さる。
「つまらねえ命令だ」
アレンは黒誠を逆手に持ち替え、黒鈴の縁ではなく、車軸に絡んだ黒糸の根を押さえた。
「人の口を塞ぎたきゃ、もう少し肝を据えて来い」
黒誠が、すっと沈む。
斬るのではなく、結び目をほどく。黒糸はほどけた瞬間、乾いた虫の殻のように崩れ、石畳へ落ちた。
黒鈴は力を失い、ただの黒い金属片になった。
馬車の中で、ノエルが深く息を吸う。
「……思い出せます。鈴番記録の、日付も、印も」
「なら上等だ」
アレンは黒鈴を布で包み、ルシアンへ渡した。
「証拠が増えました」
「ありがたいね。向こうが親切に自分の手口を足してくれる」
ルシアンは涼しく微笑んだ。
その笑みに、リナが少しだけ引きつった顔をする。
「ルシアン様って、怒るとアレンと別方向で怖いですよね」
「そうかな」
「そうです」
ノエルが、わずかに笑った。
本当に小さな笑みだった。
けれど、白蔦の門を出てから初めて、彼女の顔に血の色が戻った。
移送馬車は使わない。
ノエルはルシアンの馬車へ移され、アレンとアルクはそのすぐ横を歩くことになった。
道標の銀鈴が、朝風に揺れる。
今度は、確かに音がした。
澄んだ音だった。
だが、その向こう。
遠く霞む丘の先に、無数の鐘楼が並ぶ都市の影が見え始めていた。
古鐘都市オルフェリア。
癒やしの国の中枢。
そして、黒い鈴の根が伸びている場所。
アレンは懐の簡易控えを確かめ、静かに目を細めた。
「さて。いよいよ本丸だな」
第130話をお読みいただきありがとうございました!
今回は「鳴らない鈴が証言を喰う」という、かなり嫌な罠を書きました。
直接殴り合う戦いではありませんが、ノエルの真実を守るための大事な一戦です。
最後にノエルが少し笑えたところは、個人的にほっとする場面でした。
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